国生み神話のいわゆる生み損ないの箇所は、
遂に為夫婦(みとのまぐはひ)して、先ず蛭児(ひるこ)を生む。便ち葦の船に載せて流(ながしや)りてき。次に淡洲(あはしま)を生む。此も亦児の数に充(い)れず。(神代紀第四段一書第一)
くみどに興して生みし子は、水蛭子(ひるこ)。此の子は、葦船に入れて流し去りき。次に、淡島を生みき。是も亦、子の例(つら)には入れず。(記)
とある。国生み神話では、伊奘諾尊(いざなきのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)が、「洲国(くにつち)を産生(う)まむとする」(紀第四段本文)ときの話である。導入部では、二神が「底下に豈国無けむや」(紀本文)、「吾、国を得む」(一書第二)、「当に国有らむや」(第三)、「其[浮膏(うかべるあぶら)]の中に蓋し国有らむや」(第四)と言っている。
生みたいのは国、国土、地面である。それも「塩こをろこをろに描(か)き鳴す」(記)海のなかの話である。紀の用字に、クニは「国」、「洲国」、「地」で、「島」は「◆(石偏に殷)馭慮島」と、本文において「大八洲国(おほやしまくに)」に含めない「対馬島(つしま)」、「壱岐島」、「処処の小島(をしま)」に限られる。「洲(しま)」は「淡洲」、「淡路洲」から「大日本豊秋津洲」までほとんどである。そして、「蛭児(ヒ・コは甲類)」とある。地面として広がりのあるものが「洲」らしい。「蛭児」や「淡洲」は確かならざる地面ということであろう。
蛭子命は西宮戎神社の祭神である。ヒルは血を吸い、瀉血に用いることもあった。血を吸って大きく膨らむところが、唇という語にもあるヒル的な要素を持っている。吸血(すひち)と似た音に沙土(すひぢ)があり、記に須比智邇神(すひちにのかみ)という神名がある。沙泥が目立つところは洲(す)である。浅瀬に砂が堆積し、水面上に現れているところである。万葉集に「渚」の用字がある。三角州になる渚には、当初葦が生えているが、川や湾の水の流れによって、渚は姿形や場所を変えて流されていく。エビが巣を作るのは渚であろう。葦船に載せて流すとか、紀第五段本文には、蛭児は三歳になっても脚が立たなかったともある。次第に海水に浸るようになり、葦が枯れて倒れ流れたり、葦が育たなくなったということであろう。
葦船の話は、紀第五段本文では、「天磐◆(木偏に豫)樟船(あまのいはくすぶね)に載せて風の順(まにま)に」、一書第二では、「鳥磐◆樟船(とりのいはくすぶね)」に載せて「流(みづ)の順に放棄(はなちす)て」たとある。天上と水上の二つのイメージが重なっている。蛭児の天上のイメージは、蚕であろう。カイコガは古語にヒヒル、カイコをコ(コは甲類)という。カイコガの幼虫は特に肥っているから、ぼよよんとしたヒル的な要素が強く感じられる。蚕が繭を作るとき、上方へ登っていく習性がある。養蚕では蔟(まぶし)という巣箱の器具を使い、一匹ずつ繭を結ぶように仕向けている。均等、均質にまぶされているからでも、生糸が高いところできらきらと眩しいからでもあろう。天の浮橋で、天之瓊矛(あまのぬほこ)を操った、きらきらしている情景を髣髴させる。ヒルのような蚕(こ)の籠(こ)(コは甲類)は、簀に作った巣である。
また、ネギ、ニンニク、ノビルなどの総称の「蒜(ひる、ヒは甲類)」は、葱坊主や零余子(むかご)を作る。葱坊主はきらきら光る苞嚢の中にたくさんの花が隠れ、さしずめ花の巣である。擬宝珠(ぎぼし)ともいい、欄干などの柱の頭部に丸く被せたものもそう呼ぶ。柱の上部を方錐状にしたところに被せるものを頭巾(ときん)金物という。被髪の修験者がかぶる頭巾(兜巾、頭襟)に似ているからである。山伏の話だけにまぶしいということであろう。鳥さながらに山を翔け回る。
紀伊の加太(かた)神社の祭神は、淡島(粟島)、また、淡島殿(阿波島殿)と呼ばれる。アハシは、濃度が薄い、淡白であるという意味で、「淡海」とは海のように広いが塩辛くない琵琶湖を表す。すると、「淡洲」はシマのように面積をもった陸地のようでありつつ存在が薄いところ、つまり、潟(滷)(かた)であろう。和名抄に、「潟 文選海賦に云ふ、海浜広潟 師説、加太」、新撰字鏡に、「滷 ■(酉偏に咸)なり、浜なり、加太」とあって、塩水を干潟で取る意の字とされる。塩田である。満潮時に隠れ、干潮時に現れる。潟滷(さんずい偏のない字も同様)(せきろ)は塩水につかって塩分を含んだ海辺の土地をいう。
▲(潟の字の旁)は、二重底のくつを表す。説文に、「▲ 鵲(かささぎ)なり」とある。湿気を嫌う性質から乾鵲(かちがらす)ともいった。さんずい偏の失われた所以である。腹部が白いため、樹上の巣にいるときなどきらきらして見える。字の頭の部分が白の鳥に目があり、真ん中の横棒がない烏に目がなく、臼はその中間で目が見えたり見えなかったり淡いということらしい。魏志倭人伝に、「其の地に牛・馬・虎・豹・羊・鵲無し」とあり、推古紀六年四月条、天武紀十四年五月条に新羅から届けられている。中国では、七夕に、牽牛織女の天の河の懸け橋になるとの民間伝承があった。荊楚歳時記に見え、我が国では懐風藻に詩が載っている。一夜限りで消えてしまう淡いものといえる。天(あま)の間に架空の橋(はし)があってアハシマである。塩田の干しならぬ星はきらきら光っている。加太神社に七夕祭、針供養の伝わる所以である。
また、滷の上空版、すなわち、鹵には、蜃気楼も考えられる。鹵は、盾(楯)のこと、盾は動詞「立つ」の名詞形である。「立つ」とは、雲、霧、湯気、煙が上方に向かって盛んにあがることをいう。そのような現象を「陽炎(かぎろひ、ギ・ロは甲類、ヒは乙類)」という。ちらちら光ることを意味する「かぎる」+火の意である。炎のさま、立ちのぼる水蒸気に光が当たり揺らめいて見えるもの、あけぼのの光などを包括していう。万葉集に「炎」の用字がある。「東(ひむかし)の 野に 炎(かぎろひ)の 立つ見えて 返り見すれば 月傾きぬ」(万48)。淡の字のさんずい偏が失われた形になっている。蜃気楼も、陸地があるようなないような、淡くて消えたり現れたりして見える。史記・天官書に、「海旁(かいばう)の蜃気は楼台に象り、広野の気は宮闕を成す」とある。巨大な蜃(はまぐり)が息を吐いて現れたものとの説が伝わった。金蔵経にも、蛤の魂気が天に昇って宮殿を見るといった話があるという。ハマグリ(浜栗)は滷におり、貝合わせのアイテムから、雛祭に欠かせないものになっている。加太神社に雛流しの行事がある。
染付蜃気楼図稜花大皿(江戸時代、19世紀、東博展示品)
以上の、渚(す)、蔟(まぶし)、潟(かた)、炎(かぎろひ)などは、光が当たるときらきらしてまぶしく、まばゆく、まぎらわしい。上代語に、マキラハシ(キは甲類)と清音で、眩しい、目映い、紛らわしい、の意を表す。目にきらきらし、陸からすれば端にあるところは、切り捨てて顧みない(「斥(きら)ふ」)ことにして、葦船に流したり、数に入れなかったりした。話頭にあったのは、柱の周りを廻って、「目麗(まぐは)し」という意味の言葉を言い合い、「遘合(みとのまぐはひ)」のために、「鶺鴒(にはくなぶり)」は別名、マナバシラにセックスを教わり、「枕交(まくらかはし)」して、国を生むというものであった。マとハの音に「纏はる」話で、ちょっとした行き違いで「紛らはし」いことが生じる展開になっている。海中における国土(くにつち)の諸相が説話化され、国生み=国土形成神話が重厚なものになっている。
相見英咲『倭国神話の謎』(講談社、2005年)に、淡洲の「淡=沫(あわ)」だから架空の島であると納得している。中村修也『日本神話を語ろう』(吉川弘文館、2011年)にも、泡のようにふわふわした存在は淡い存在だから淡洲だと考えている。古語に、「淡(あは)」と「沫(泡)(あわ)」とは音が違い、別語である。紀第四段本文に、対馬・壱岐・あちこちの小島は、「潮沫(しほなわ)」か「水沫(みなわ)」の「凝りて成れる者」と明記されている。アワは島になるが、アハは子のなかに入れられない存在である。困ったことになっている。
遂に為夫婦(みとのまぐはひ)して、先ず蛭児(ひるこ)を生む。便ち葦の船に載せて流(ながしや)りてき。次に淡洲(あはしま)を生む。此も亦児の数に充(い)れず。(神代紀第四段一書第一)
くみどに興して生みし子は、水蛭子(ひるこ)。此の子は、葦船に入れて流し去りき。次に、淡島を生みき。是も亦、子の例(つら)には入れず。(記)
とある。国生み神話では、伊奘諾尊(いざなきのみこと)と伊奘冉尊(いざなみのみこと)が、「洲国(くにつち)を産生(う)まむとする」(紀第四段本文)ときの話である。導入部では、二神が「底下に豈国無けむや」(紀本文)、「吾、国を得む」(一書第二)、「当に国有らむや」(第三)、「其[浮膏(うかべるあぶら)]の中に蓋し国有らむや」(第四)と言っている。
生みたいのは国、国土、地面である。それも「塩こをろこをろに描(か)き鳴す」(記)海のなかの話である。紀の用字に、クニは「国」、「洲国」、「地」で、「島」は「◆(石偏に殷)馭慮島」と、本文において「大八洲国(おほやしまくに)」に含めない「対馬島(つしま)」、「壱岐島」、「処処の小島(をしま)」に限られる。「洲(しま)」は「淡洲」、「淡路洲」から「大日本豊秋津洲」までほとんどである。そして、「蛭児(ヒ・コは甲類)」とある。地面として広がりのあるものが「洲」らしい。「蛭児」や「淡洲」は確かならざる地面ということであろう。
蛭子命は西宮戎神社の祭神である。ヒルは血を吸い、瀉血に用いることもあった。血を吸って大きく膨らむところが、唇という語にもあるヒル的な要素を持っている。吸血(すひち)と似た音に沙土(すひぢ)があり、記に須比智邇神(すひちにのかみ)という神名がある。沙泥が目立つところは洲(す)である。浅瀬に砂が堆積し、水面上に現れているところである。万葉集に「渚」の用字がある。三角州になる渚には、当初葦が生えているが、川や湾の水の流れによって、渚は姿形や場所を変えて流されていく。エビが巣を作るのは渚であろう。葦船に載せて流すとか、紀第五段本文には、蛭児は三歳になっても脚が立たなかったともある。次第に海水に浸るようになり、葦が枯れて倒れ流れたり、葦が育たなくなったということであろう。
葦船の話は、紀第五段本文では、「天磐◆(木偏に豫)樟船(あまのいはくすぶね)に載せて風の順(まにま)に」、一書第二では、「鳥磐◆樟船(とりのいはくすぶね)」に載せて「流(みづ)の順に放棄(はなちす)て」たとある。天上と水上の二つのイメージが重なっている。蛭児の天上のイメージは、蚕であろう。カイコガは古語にヒヒル、カイコをコ(コは甲類)という。カイコガの幼虫は特に肥っているから、ぼよよんとしたヒル的な要素が強く感じられる。蚕が繭を作るとき、上方へ登っていく習性がある。養蚕では蔟(まぶし)という巣箱の器具を使い、一匹ずつ繭を結ぶように仕向けている。均等、均質にまぶされているからでも、生糸が高いところできらきらと眩しいからでもあろう。天の浮橋で、天之瓊矛(あまのぬほこ)を操った、きらきらしている情景を髣髴させる。ヒルのような蚕(こ)の籠(こ)(コは甲類)は、簀に作った巣である。
また、ネギ、ニンニク、ノビルなどの総称の「蒜(ひる、ヒは甲類)」は、葱坊主や零余子(むかご)を作る。葱坊主はきらきら光る苞嚢の中にたくさんの花が隠れ、さしずめ花の巣である。擬宝珠(ぎぼし)ともいい、欄干などの柱の頭部に丸く被せたものもそう呼ぶ。柱の上部を方錐状にしたところに被せるものを頭巾(ときん)金物という。被髪の修験者がかぶる頭巾(兜巾、頭襟)に似ているからである。山伏の話だけにまぶしいということであろう。鳥さながらに山を翔け回る。
紀伊の加太(かた)神社の祭神は、淡島(粟島)、また、淡島殿(阿波島殿)と呼ばれる。アハシは、濃度が薄い、淡白であるという意味で、「淡海」とは海のように広いが塩辛くない琵琶湖を表す。すると、「淡洲」はシマのように面積をもった陸地のようでありつつ存在が薄いところ、つまり、潟(滷)(かた)であろう。和名抄に、「潟 文選海賦に云ふ、海浜広潟 師説、加太」、新撰字鏡に、「滷 ■(酉偏に咸)なり、浜なり、加太」とあって、塩水を干潟で取る意の字とされる。塩田である。満潮時に隠れ、干潮時に現れる。潟滷(さんずい偏のない字も同様)(せきろ)は塩水につかって塩分を含んだ海辺の土地をいう。
▲(潟の字の旁)は、二重底のくつを表す。説文に、「▲ 鵲(かささぎ)なり」とある。湿気を嫌う性質から乾鵲(かちがらす)ともいった。さんずい偏の失われた所以である。腹部が白いため、樹上の巣にいるときなどきらきらして見える。字の頭の部分が白の鳥に目があり、真ん中の横棒がない烏に目がなく、臼はその中間で目が見えたり見えなかったり淡いということらしい。魏志倭人伝に、「其の地に牛・馬・虎・豹・羊・鵲無し」とあり、推古紀六年四月条、天武紀十四年五月条に新羅から届けられている。中国では、七夕に、牽牛織女の天の河の懸け橋になるとの民間伝承があった。荊楚歳時記に見え、我が国では懐風藻に詩が載っている。一夜限りで消えてしまう淡いものといえる。天(あま)の間に架空の橋(はし)があってアハシマである。塩田の干しならぬ星はきらきら光っている。加太神社に七夕祭、針供養の伝わる所以である。
また、滷の上空版、すなわち、鹵には、蜃気楼も考えられる。鹵は、盾(楯)のこと、盾は動詞「立つ」の名詞形である。「立つ」とは、雲、霧、湯気、煙が上方に向かって盛んにあがることをいう。そのような現象を「陽炎(かぎろひ、ギ・ロは甲類、ヒは乙類)」という。ちらちら光ることを意味する「かぎる」+火の意である。炎のさま、立ちのぼる水蒸気に光が当たり揺らめいて見えるもの、あけぼのの光などを包括していう。万葉集に「炎」の用字がある。「東(ひむかし)の 野に 炎(かぎろひ)の 立つ見えて 返り見すれば 月傾きぬ」(万48)。淡の字のさんずい偏が失われた形になっている。蜃気楼も、陸地があるようなないような、淡くて消えたり現れたりして見える。史記・天官書に、「海旁(かいばう)の蜃気は楼台に象り、広野の気は宮闕を成す」とある。巨大な蜃(はまぐり)が息を吐いて現れたものとの説が伝わった。金蔵経にも、蛤の魂気が天に昇って宮殿を見るといった話があるという。ハマグリ(浜栗)は滷におり、貝合わせのアイテムから、雛祭に欠かせないものになっている。加太神社に雛流しの行事がある。
染付蜃気楼図稜花大皿(江戸時代、19世紀、東博展示品)
以上の、渚(す)、蔟(まぶし)、潟(かた)、炎(かぎろひ)などは、光が当たるときらきらしてまぶしく、まばゆく、まぎらわしい。上代語に、マキラハシ(キは甲類)と清音で、眩しい、目映い、紛らわしい、の意を表す。目にきらきらし、陸からすれば端にあるところは、切り捨てて顧みない(「斥(きら)ふ」)ことにして、葦船に流したり、数に入れなかったりした。話頭にあったのは、柱の周りを廻って、「目麗(まぐは)し」という意味の言葉を言い合い、「遘合(みとのまぐはひ)」のために、「鶺鴒(にはくなぶり)」は別名、マナバシラにセックスを教わり、「枕交(まくらかはし)」して、国を生むというものであった。マとハの音に「纏はる」話で、ちょっとした行き違いで「紛らはし」いことが生じる展開になっている。海中における国土(くにつち)の諸相が説話化され、国生み=国土形成神話が重厚なものになっている。
相見英咲『倭国神話の謎』(講談社、2005年)に、淡洲の「淡=沫(あわ)」だから架空の島であると納得している。中村修也『日本神話を語ろう』(吉川弘文館、2011年)にも、泡のようにふわふわした存在は淡い存在だから淡洲だと考えている。古語に、「淡(あは)」と「沫(泡)(あわ)」とは音が違い、別語である。紀第四段本文に、対馬・壱岐・あちこちの小島は、「潮沫(しほなわ)」か「水沫(みなわ)」の「凝りて成れる者」と明記されている。アワは島になるが、アハは子のなかに入れられない存在である。困ったことになっている。
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