設備投資減税と法人税減税は本当に効果的か?

 参議院選を控えて、アベノミクスの次の焦点は、設備投資減税と法人税減税を今秋にどのくらい実行できるlegitimacy(妥当性)を獲得できるかどうかにかかっている。それは、選挙民に対すというよりも、財務省をどのくらい説得できる材料をこの参議院選の結果で獲得できるかという意味合いが強い。

 ということは、自民党が勝ちすぎないほうがいいのかもしれない。恐らく財務省は、来年4月の消費税の導入が行えるという何らかの確証が得られるならば、何でも提供する可能性が高い。設備投資減税はもとより、法人税減税にも踏み込んでくるかもしれない。

 しかしながら、設備投資減税と法人税減税は、この金融緩和の効果を浸透させ、日本経済のパフォーマンスを上げるために、本当に効果的な政策なのであろうか。個人的には少し懐疑的である。

設備投資と「トービンのQ」

 設備投資減税は、減価償却期間の短縮化も含めて、いわば設備のテクニカルな更新を早めてもらおうという政策である。企業による設備の更新、これは「設備投資」と同義と考えていいが、経済学では、投資関数の推計として多くの研究がなされてきた。最も標準的な推計は、 企業個々の「トービンのQ」とキャッシュフローの値によって、設備投資が決まる、というものである。

 トービンのQとは、非常に簡単に定義すると、分子にその企業が持つ資本の市場価値(株価に基づくmarket value)、分母にはその資本を買い替える場合の費用(会計情報に基づくbook value)をとった場合、の比率である。分子は、いわゆるこの企業の投資から将来生じる収益性を示し、分母はその投資にかかるコストを示す。つまり、この比率が特に1より大きくなれば(つまり投資として現在かかるコストよりも将来の収益性が大きければ)、この企業は投資を行うであろう、という見方が成り立つ。

 中央銀行の金融緩和の結果、株式市場は昨年12月のレベルから大幅に上昇しており、個々の企業の将来の収益性に対する期待も大きく改善している。上で定義した分子(つまり、株価によって計測できる個々の企業のもつ資本の市場価値)も上昇しており、分母が示す投資にかかるコストは大きく変動はしてはいないはずなので、トービンのQは大きく上昇しているはずで、これだけでも本来、設備投資を促す大きな要因となるはずだ。

キャッシュフローと資本市場の不完全性

 一方、投資関数の中のもう一つの説明要因として加えられるキャッシュフローであるが、これを加えることが必要とされるのは、「資本市場の不完全性」が投資決定を左右するという状況を考慮に入れたいためだ。「資本市場の不完全性」というと難しく聞こえるが、何のことはない、個々の企業が本来投資すべきなのに、投資するための資金調達ができないような場合に、「資本市場が不完全である」と言う。

 「資本市場の不完全性」はどういう時に起こるのか、それはこの連載で既に触れたバーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長のクレジット・チャネルの話に大いに関係してくる。つまり、一つの可能性は、企業の財務の健全度が低い場合で、資本市場あるいは銀行などからの資金調達が難しく、投資ができないよう場合が想定できる。

 また、もう一つの可能性は、銀行などの金融機関のバランスシートが毀損している場合で、企業の信用力に問題がない場合でも、銀行が本来貸し出しすべき資金を提供できないような時である。特に、銀行以外からの資金調達の可能性が限られている非上場の中堅・中小企業の設備投資判断には、この経路での資金の提供があるかどうかが極めて重要だ。

 個々の企業がこの「資本市場の不完全性」にとらわれているかどうかを、個々の企業の「キャッシュフロー」で計測しようとして、投資関数の説明要因として「キャッシュフロー」が加えられた。つまり、キャッシュフローが潤沢であれば、外部からの資金の調達が困難な場合でも、企業は行うべき設備投資ができるであろうという考えに基づいている。

 既に過去の連載でも述べた通り、企業のキャッシュフローはもともと良い状態にあり、マクロ的には企業セクターは貯蓄超過になっている。個々の企業のばらつきはもちろんあるが、平均的に言えば、キャッシュフローの状況は、アベノミクスが始まる前から、設備投資を促進すべき状況だったはずだ。これまで、設備投資が抑制されてきたのは、個々の企業が将来の収益性に自信が持てなかった(また、同じことだが、株式市場が個々の企業の収益性を評価できなかった)ことが主因であり、それは、トービンのQの改善により既に修正されている可能性が高い。

法人税減税が投資を促す?

 また、法人税減税については、現在日本の全法人の約7割が法人税を払っていないとも言われており、その状況で法人税を下げたからと言って、少なくとも短期的には、設備投資が大幅に増加すると期待するのは難しいかもしれない。

 法人税減税については、その目的が、海外企業の日本への投資を促すインセンティブとして、その重要性を説く論者は多いが、実際に日本に来てほしいような企業は既に国際的な節税システムを構築している場合が多く、日本の法人税率の低下だけで彼らの世界的なリソース・アロケーションを大きく変えるとは考えにくい。

望まれる投資とは?

 設備投資減税も法人税減税も、もちろんマージナルには、設備投資を増加させる方向に企業行動を動かす政策である。しかし、その効果のマグニチュードは、上で述べたようにあまり大きくないかもしれない。

 より根本的な問題は、設備投資減税も法人税減税も、現存する企業の枠組み(よりテクニカルな言葉を使えば、「企業の境界」)を所与として、投資を促そうとしている点だ。つまり、今存在する企業にその企業内で投資をたくさんするように促すインセンティブを与えようとしている。テクニカルな設備の更新などを主に念頭に置いているようだ。

 恐らく、真に望まれ、かつ規模が大きくなるような投資は、「企業の枠組み(境界)」を再編成するようなところに一番あると考えるべきだろう。世界的に競争力を失いつつあるようなセクターに属する大企業は新規投資よりもリストラに忙しいはずで、また、経営層が高齢化した中小企業が単体で新たな大きな投資をするというのもなかなか難しいはずだ。

前向きなConsolidation

 しかしながら、中小企業が特にサービス・セクターなどで、現状の企業の枠組みを超えた積極的な事業展開をしている例は存在する。例えば、事業承継した若手経営者が、既存のビジネスの中で、前の経営者が思いもつかなかったビジネスシステムを構築し、事業規模を拡大しているような場合だ。

 人口の高齢化が進んでいるということは、経営者及び基幹社員の高齢化も進んでいるわけで、そのような「高齢化した」企業で、事業承継者がみつらないところは、何らかの “Happy Ending”を望んでいる場合は多い。そのような場合、新たなビジネスシステムを構築した若手経営者に事業を売却するというのは、どちらのサイドにとってもWin-Winで望ましいことだ。そのような、前向きなConsolidation(統合)の中に、規模の大きい資金需要、投資需要があるはずで、現在の企業の枠組みを組み替える、このような行動を促す政策が欲しいところだ。

 この例のようなConsolidationは必ずしも、事業承継を必要としている中小企業に限る必要はない。かつては国際競争力があったが今はなくなり、しかしながら、6、7社の大企業がひしめいているセクターはいまだ多くある。そのような企業の合従連衡を促せば、新たな投資、事業展開の可能性が開けて来る可能性は高い。

企業の新陳代謝が新たな投資機会を創出する

 政府の成長戦略の中では、他の先進国と比べて低迷している、開業率を欧米並みの10%前後に押し上げようという目標がうたわれている。

 ここで注意すべきは、開業率を上げることだけに腐心するのではなく、廃業率も同じ水準まで上げるような政策も打ち出して行く必要があるということだ。他の先進国の開業率と廃業率がほぼ同じ水準で推移していることは決して偶然ではない。各国が持っている人的資源などは一定であり、開業率を増やすためには、一方で、同じくらいの廃業率が必要なはずだ。まさに、それが企業の新陳代謝であり、新陳代謝が起こって初めて、本当の投資需要が喚起されるのではないだろうか。

 参議院選挙後になるかもしれないが、まずは、企業の新陳代謝を促すような政策議論が、投資促進を本気で実現するためには、実はカギになると考えられる。