自己紹介

坂藤菜々(さかとう なな)

宮崎県出身。1男1女の母。
エステティシャン。
長女女妊娠中にエステの資格を取得。
子育てしながら自宅でエステサロンを始める。
お客様満足度98%
「ななさんのサロンに来ると元気になれる!」
とお客様に大変喜ばれいます。


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1981年6月13日 長女として誕生。
祖父母、父、母、私、妹、妹、弟の8人家族での生活。

父はあまり育児には協力
には協力的ではなくて
優しいけど見た
けど見た目がやくざなお父さんだった。

母はいつもヒステリーで
いつも大変そうだった。

すごく人見知りで泣き虫で
地元の保育園には通うことができず
隣の幼稚園に行くようになる

自分の気持ちが言えないので
腕が痛くても先生に言えず
ひびがはいっていたこともあった

小学校入学しても学校に行きたがらず
保健室に通ったり
小学2年生の頃から少女バレーを習い始める。
その少女バレーのおかげで体も強くなり
精神面も鍛えられる。

5年生の頃から6年生までクラスでいじめにあう。
なぜかは覚えていない。
自分がいじめにあっていることを母に言えず
とてもいじめにあっている自分が恥ずかしくて
でも学校に行くのも辛くて
で、担任の先生が間に入ってくれて終わりをむかえる。

中学生活は3年間バレーに明け暮れる。
自宅から学校まで片道6km、自転車で。
寝坊や雨の日は父に送り迎えしてもらってましたけど(笑)


環境の変化~心の変化

高校は地元ではなく寮生活のある学校に入学
寮生活の同室の先輩が剣道部のマネージャーだった
こともあり剣道部のマネージャーを5年間やる
最初はホームシックになって
大変寂しい思いをしたのだけど
学年が上がるにつれて遊びにバイトに楽しんだ。

卒業まじかで1人暮らしを始め
ますます自分の孤独感が強くなる

卒業してそこの地元の会社に就職
しかし緊張の毎日が続き、入社してすぐに入院する。

それからしばらくして会社を辞め
うつ病になる

うつ病発症~完治への道

最初は眠れなくなる程度だったのだけど
毎晩お酒を飲まないと寝れなくなり
病院へ通うようになる。

寂しくて、寂しくて、なんで1人ぼっちを選んでしまったのだろうって
甘えたいのに甘えられない
親には迷惑かけないようにと
知られないようにとにかく頑張った。

寂しさゆえに薬に頼る日々。
寂しさが心をすさませて
自分をどんどん粗末にした。

全然生きる希望がもてず
私のせいで、私のせいで、というのが染みついて
自分の存在価値がわからず
生きているのが辛かった

寝る前に薬を飲みながら思うこと
このまま目が覚めなければいいのに・・・
このまま終わればいいのに・・・

そう思いながら私はこのままずっと
薬を飲み続け
このままずっと1人なんだって

寂しくて寂しくて泣いて泣いて眠る夜
ふとしたときに襲われる寂しさ
甘えたいときに甘えられなくて
言いたくても言えなくて
自分の気持ちを押し殺してきた

抜け出せばいいのに
でも、怖くて抜け出せなかった

アルバイトしたり派遣で働いたり
DVにあったりして
でも
それすらをもなくしてしまったら
私は本当にこの世が終わると思っていた

だって、これまで我慢して耐えてきたものが
全部がなくなってしまう気がして
怖かった

だけど、もう、体は悲鳴をあげていた

私は本当の自分の気持ちを無視し続け
そこにしがみついていた

それにようやく終止符をうち
実家に帰る決意をする。

もう、どうしていいのか分からなかった。
もう、何を目的にして生きていけばいいのか
なんでいる意味あるの?と
毎日どうやって、どうやって、って考えていた

そんなときに友達がアルバイトに誘ってくれた
地元の居酒屋でのアルバイト
友達が私を救ってくれた。

奇跡な出会い

そうやって少しずつ毎日が過ぎていく中で
一緒に住んでいた祖母が
「ななちゃん結婚せんね?」
と持ちかけられた。

私の祖母は私が一緒に住むようになる1年前に
祖父がなくなっていて
そこに私が一緒に住む形になったのだけど

祖父に心底つくした人だった
とっても可愛い祖母だ


その祖母が私に今の主人を紹介してくれた

祖母と母がとっても気に入って
2人の一致団結により
主人の転勤が決まったと同時に
結婚式の段取りが始まった

3か月で入籍して
そのあとに結婚式をあげた

誰も知り合いもいない場所に
行くことには抵抗がなかったけど
育児をやっていける自信はとてもなかった
何かあったらすぐに宮崎に帰ろうと思っていた

でも、そんなことにはならなかったし
むしろ、私は自分の趣味を見つけた
パン焼きにはまって
毎日パンを焼いた
そうして育児とのバランスをとっていたんだと思う

そんな私に主人は何か文句を言う人でもなく
実に協力的だ
誰が想像しただろう。
20歳の青春時代を薬の毎日。
きっと自分は薬を飲み続けることになり
結婚することもないだろうし、
ましてや子供を授かれるなんて思ってもなかった。

祖母と母の流れに乗ったら、
こんな、幸せなことが待っていた


育児と自宅サロンへの道

長男を出産してパン作りにはまり
自宅で友達とパンを焼いたりしていました。
長女が誕生した時に卵アレルギー、小麦、乳製品のアレルギー
花粉、稲などもあり
和食中心の生活へと切り替えることに。

それと同時にエステの資格をとることを決めました。
パンを焼いていたころに出会ったママ友が
産後なのに私と違ってとてもきれいで、生き生きしていて
どうやったらそうなれるのか、興味津津で。
そのサロンに通う友達みるみるキレイになっていったの!

私は産後、とてもくすみがひどくて写真を撮られるのも
嫌で仕方ありませんでした。
妊娠と同時に出てきたシミ、もうショック。
もともと学生のころからニキビ肌だった私は
自分の肌にとてもコンプレックスをもっていて
社会人になってからはエステに通って
お手入れしてもらっていました。
でも、それでもキレイにはならなくて。

産後の肌の衰えは私の中では衝撃でした。
その、くすんだ肌を撃退してくれたエステとの出会い。
もう、それだけでファンになりました。
あんなに、くすんだ肌だったのに、こんなに変わる??
それくらい嬉しかった。
ドラックストアでポップを見てはこれかなあれかなって
悩んで買って
最初の1週間はなんかいい感じなのに
それからまた自分が求めている肌にならない

なのに、1回のお手入れでこんなに変わるんだって
自分の肌のことをしっかりと教えてもらえて
なぜ、くすむのか
なぜ、脂がぜでやすい肌なのか
なぜ、脂の塊がでてくるのか
どうやったらそれを改善できるのか

そして、肌がどう再生していくのか
肌の仕組み、肌は自分で生まれ変わろうとする力
をもっているということ
肌本来の機能を利用する

20代エステに通い続けていたのに
こんな話聞いたことなかったなって
機械まで買ったのに
その機械がないとお手入れできなくて
肌の生まれ変わるサイクルなんて無視だったんだなって


自分が自分の肌を知る
プロに聞く
それが一番の近道なんだなって思った。

どんどん私きれいになってるよ

何もしないままがいいとか悪いとかでなく
この先何十年と化粧品を使っていくのなら
自分に合ったものがいいなって。
自分のキレイを引き出してくれるものがいいなって。

たかが化粧品と思っていい加減に選ばないで!
たかがと思いながらも、高いものを買ったり
ドラッグストアでポップを見ては
長時間悩んで、結局買えずに帰ったり。
無駄な時間やお金を使ってませんか?

どうぜお金を使うのであれば、
納得いくものを使いませんか?


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

エステではその方の肌にあわせて
オリジナルで調合していきます。
肌って1日じゃできないものなの。
もともと肌の遺伝子が強い人ももちろんいます。
そういう方はこだわりがなければ
何を使ってもいいと思います。

でも何度も肌にコンプレックスを抱いた方
お店に行っても何を買ったらいいのか解らない方
美しく老化していきたい方
そういう方こそ一度来てみてほしい。

あなたの悩みを聞かせてくれませんか?

私はあなたの悩みコスメをなくして
あなたがなりたい肌へ導いていきます!




おわり。

マイプロフィール

定番

趣味
エステ 刑事もののテレビを見ること ショッピング 読書
長所
リアクションがオーバー 喜怒哀楽が激しい
短所
素直すぎる
ちょっと自慢できること
パンが焼けること
最近ハマっているものは?
マッサージ
まず家に帰ってすることはなに?
手を洗うこと
平均睡眠時間は?
5~7時間
口癖は?
うーん、なんだろう
ブログの更新頻度は?
まだこれからです。
ブログに何書いてる?
美容について
何フェチ?
あまり気にしてない
集めてるものは?
ダイヤ!
Sですか?Mですか?
M
○○なタイプです
慎重なタイプです

好き嫌い

その他