糖質制限は脳機能を低下させる?
糖質制限は脳機能の低下を招くという批判があります。その根拠は主に以下です。
- 脳はブドウ糖しかエネルギー源にできない
- 糖質制限すると必要なブドウ糖が不足し低血糖になる
まず1は誤りです。糖質制限で痩せるメカニズムとはでも書きましたが、「ハーパー・生化学」に「脳はそのエネルギー必要量の約20%をケトン体でまかなう事ができる」と明記されています。
さらに「ガイトン臨床生理学」には、「イヌイットは時々完全脂肪食を摂取するが、通常ブドウ糖しかエネルギー源として利用しない脳細胞も、この時は50~70%のエネルギーを脂質代謝産物のケトン体から得られるようになる」と書かれています。
ケトン体は脂質から肝臓で作られる物質。糖質制限すると糖質中心のエネルギー代謝が脂質中心に変わり、脂質から生まれるケトン体も増加。それが脳のエネルギー源になります。
続いて2ですが、脳はブドウ糖だけでなくケトン体を使えますが、赤血球だけはブドウ糖しかエネルギー源にできません。そのため、人間には空腹時でも血糖値を一定範囲内に保つシステムが2つあります。1つは肝臓が蓄えたグリコーゲンの分解、もう1つは糖新生です。
肝臓にはブドウ糖がグリコーゲンという形で蓄えられています。肝臓は必要に応じ、グリコーゲンを分解し血糖として放出します。
糖新生は体内で新たに糖質を作り出す仕組みです。乳酸、アミノ酸、脂質を分解して出来るグリセロールから、肝臓や腎臓で糖質を作ります。人が睡眠中に低血糖に陥らないのは、糖新生により血糖値が正常に保たれているからです。
ケトン体値の上昇は危険じゃないの?
通常、26~122μm/lのケトン体が血中に含まれています。糖質制限ダイエットを行うと濃度は倍以上になります。これは病的でも異常でもありません。
難治性てんかんの治療に「ケトン食治療」というものがあります。難治性てんかんとは、通常のてんかん治療や薬の効果が無い病気です。その治療に1920年代から現代まで続けられているのがケトン食治療です。
ケトン食治療では、総摂取カロリーの75~80%を脂質から摂ります。要は極度に糖質制限した食生活をし、血中のケトン体濃度を上昇させ、難治性てんかんの発作を抑えるのです。ケトン食治療の有効性は医学的に確立していますが、発作を抑えるメカニズムは完全に解明されていません。しかし、いくつかの説明がなされています。
難治性てんかんの原因の1つに、脳細胞がブドウ糖を上手く利用できない事が挙げられます。脳細胞には血糖を運ぶ糖輸送担体「GLUT1」があり、これがブドウ糖を取り込みます。しかし、難治性てんかんはGLUT1に機能不全が起こりブドウ糖が取り込めない。結果、脳がエネルギー不足に陥り発作を起こす。
ケトン食治療で発作が起きにくくなるのは、脳がブドウ糖の代わりにケトン体を取り込んで消費するためと考えられます。脳には異物の侵入を防ぐ「血液脳関門」という関所があり、ケトン体はブドウ糖と同じく出入り出来ます。
病的なケトン体上昇と糖質制限での上昇は違う
糖質制限ダイエットを行うとケトン体値が上昇します。これは生理的な正常反応で、病的な上昇とは異なります。
病的な上昇は「糖尿病性ケトアシドーシス」という病気が挙げられます。糖尿病性ケトアシドーシスは、インスリンの作用欠如により高血糖を引き起こします。インスリンの効果が落ちると細胞は血糖を使えなくなります。
さらに血糖値を上昇させる「グルカゴン」「カテコールアミン」「成長ホルモン」などが過剰分泌されます。これらホルモンは脂質の分解を促します。体脂肪から分解された遊離脂肪酸が血中に増加、その遊離脂肪酸から肝臓でケトン体が過剰生成されケトン体値が急上昇します。
脂質の摂り過ぎは健康に悪くないの?
2006年、ハーバード大学の研究チームが、高脂質食と心臓病の一種である冠静脈疾患の発生リスクに関する研究結果を医学誌「NEJM」に発表しました。この研究は1980年にスタートし、アメリカの女性看護師約8万人を対象に20年間にわたり追跡調査した研究です。
2000年までの結果を解析したところ、高脂質、高タンパク質、低糖質の食事をしているグループとそうでないグループを比較した結果、心臓病に罹るリスクに差はなかったのです。
1983年、世界137カ国の男性のデータを解析した結果、1人1日当たり125gまでは脂質消費量が多くなるにつれ、平均寿命が長くなる傾向があるという研究結果もあります。
日本では脂質摂取量増加を「食の欧米化」という言葉と共に悪として捉えています。しかし、日本人の平均寿命が飛躍的に伸びたのは脂質摂取量増加が一因とする主張もあります。
脂質摂取量が少ない頃の日本人の死因1位は脳卒中でした。1985年のハワイ在住の日系人を対象とした研究では、脂質摂取量が1日40g未満になると、脳卒中による死亡率が極めて高くなると分かっています。
日本でも食の欧米化が進むと同時に脂質摂取量が増加し、脳卒中による死亡は急減しました。その後、死因1位はがんとなり、日本人は世界一寿命の長い国民になったのです。がんが増加した理由は種々考えられるでしょうが、その一因が平均寿命が伸びた事です。がんは老化による細胞分裂のエラーで発症します。年を取れば取るほど罹りやすい病気ですから、平均寿命が伸びれば増加するのは必然。昔はがんになる前に死んでいたのでしょう。
2006年、医学誌「JAMA」に5万人弱の閉経後の女性を平均8年間、2群に分け追跡調査した研究結果が掲載されました。脂肪エネルギー比20%という低脂肪食+野菜豊富な食事を続けてもらったグループは、乳がん、大腸がん、心臓病のリスクはそうでない対照群(脂肪摂取比率三十数%)と変化無かったのです。
2007年、ハーバード大学のマリク博士らが、多数の論文を解析した結果を報告し、「従来の脂肪制限食は減量における長期的有用性、および心臓血管病のリスク軽減に関して否定的である」と結論づけています。
日本では1997年をピークに脂肪エネルギー比は減少し、糖質エネルギー比が増加し続けています。しかし、中年男性の肥満や糖尿病は増加の一途を辿っています。
高タンパク質で腎機能は低下しないの?
糖質制限食は脂質と共にタンパク質の摂取も多くなります。タンパク質の過剰摂取で腎機能低下を招くと心配する人もいます。
脂質、タンパク質、糖質は3大栄養素です。脂質と糖質はエネルギー源となり、両者共体内に貯蔵されます。脂質の一部は細胞膜やホルモンなどの材料になり、最終的に水と二酸化炭素として排出されます。
それに対しタンパク質は筋肉、骨、内蔵、血球、免疫細胞といった体そのものの材料となります。タンパク質は役割を十分発揮するため、常に分解と合成を繰り返し新陳代謝が活発に行われています。その過程で不要になった老廃物を排出するのが腎臓です。
老廃物で問題なのはアンモニアです。アンモニアは毒性が強く肝臓で安全な尿素に代謝されます。つまり、腎機能が正常ならタンパク質を沢山摂取しても、腎機能の低下を招くわけではないのです。厚生労働省の食事摂取基準でもタンパク質の摂取上限は未設定です。その根拠として以下が書かれています。
しかし、タンパク質の過剰摂取により、糖尿病や心血管疾患の発症リスク増加に繋がるとする研究もあるとし、注意喚起しています。
腎臓が悪い人は糖質制限ダイエットをしてはいけない?
高タンパク食が安全といえるのは腎臓に異常がない人に限ります。何らかの原因で腎機能が低下している人が大量のタンパク質を摂ると、腎機能障害が進行しやすいという報告もあります。腎機能障害のある人は糖質制限ダイエットは避けるべきでしょう。
妊婦さんにも糖質制限ダイエットは安全?
江部康二医師は自身のブログにコメントしてくれた女性を例に取り、妊婦さんも糖質制限は大丈夫と説きます。
この女性はカリフォルニア在住の日本人女性、病院勤務。彼女によるとアメリカでは妊娠糖尿病に対し、低炭水化物食を勧める事が多いとの事。彼女自身、出産後、妊娠糖尿病と診断され低炭水化物食を指導され実施。無事、赤ちゃんを産み、出産後は血糖値も正常に戻ったそうです。
江部医師は上記の話を踏まえ、農耕開始以前の人類ははからずも糖質制限をしてきた。その中で妊娠、出産、授乳、子育てを行ってきたのだから、糖尿病を患う妊婦さんでも糖質制限しながら安全に出産出来て当たり前、と主張します。