第3話「嵐を呼ぶ女」

 入学直後、俺は高良昴という女と衝撃的な出会いを果たした。だがそれとは別にもう一人、衝撃的な出会いをした女がいた。


赤川千夏あかがわ ちなつです。以上」


 入学式翌日の初めての朝のHR時。これから一年間仲良くやりたいねなどと希望に満ち溢れていた我が一年E組の教室は、初っ端から凍り付いた。


「えっと……赤川さん? クラス内での初めての自己紹介の時間なんだから、もう少し何かあるでしょ?」


 担任の湯浅先生が苦笑を浮かべて言う。


「いえ、特にありません。ていうか立ったままだと疲れるので、もう座っても良いですか?」

「えっと……」


 相手はまだひよっこである入学したての女子高生。それなのに、ある程度人生経験豊富であろう二十代後半(見た目から推察)の女性である湯浅先生は、そのふてぶてしい態度に対してビシッと物言いを出来ないでいる。


 その時、俺は昴という女と衝撃的な出会いを済ませた後だったので、どこか神経が麻痺していた。だから、「はあ、変わった奴がいるな」程度にしか思わなかった。しかし周りに視線を巡らせてみれば、他のクラスメイト達は一様に青ざめた顔をしており、中には怒りの感情を浮かばせる奴もいた。


 いきなり現れた問題児にどう対処しようか湯浅先生が手をこまねいている内に、赤川千夏という女は無言のまま着席した。それから数秒後、ちらりと後ろの席に座る男子を睨む。


「ほら、次はあんたの番でしょ? さっさとしなさいよ」


 声をかけられた、というより命令をされた男子は、びくりと肩を揺らして立ち上がり、上ずった声で自己紹介を始めた。不憫である。


 そういった経緯もあり、赤川千夏は早々にクラス内で孤立した。ただそのおかげで、赤川以外の女子達の結束は強まった。赤川を共通の敵、あるいは有害な人物として捉えている。一方、男子達は怯えながらも、遠巻きにその美貌を楽しんでいた。そんな中で俺は、かつて出会った少女に対する恋慕の甘い思いと、入学して早々に出会った高良昴という毒女に対する苦い思いとの狭間で苦しんでいたので、さほど赤川を気にすることは無かったし、そんな余裕は無かった。


 だがある時、俺はそんな赤川千夏と接点を持つこととなる。


 それはとある日の四時限目が終了した直後。待ちに待った昼休みが訪れ、教室内ではにわかに弛緩した空気が漂い出した。だがすぐにそれを打ち破るようなやかましい音が鳴った。クラスの全員が振り向いた先では、赤川が筆箱の中身をぶちまけていた。床にはシャーペンやら消しゴムやらが散らばっている。普通であれば、周りのクラスメイト達が自然と拾うのを手伝ってくれて事態は早々に収束するはずだ。しかし入学早々クラスの嫌われ者、というか孤立無援の立場を作り出した赤川を助ける者は誰一人としていなかった。一瞬彼女に視線を向けた後、すぐに逸らして教室から出て行く。あるいは机を動かして弁当を食べる態勢に入る。赤川の失態など我関せず、もっと言えば赤川という存在にさえ我関せずといった具合に、見事なまでのシカトを決め込んだのだ。半ば呆然と立ち尽くす赤川を、俺もしばし呆然と立ったまま見つめていた。その時胸の内で何かが疼き、湧き上がって来た。


 気が付けば俺は歩みを進めていた。にぎやかなクラスメイト達の笑い声を通り過ぎ、クラスの隅っこにひっそりと形成された孤独な空間に足を踏み入れた。すると、その主である赤川はぴくりと肩を揺すり、侵入者である俺を睨んだ。その鋭さに俺は一瞬たじろぐが、気を取り直すと床に片膝をつき、散乱した文房具を片し始めた。その作業自体は十数秒ほどで終わった。俺は両手に文房具を抱えた状態で立ち上がり、赤川に目を向けた。


「これで全部か?」


 尋ねた俺に対して尚も鋭い視線が突き刺さる。だがほんのわずかながら、その目つきが丸みを帯びた。そして、そのきれいな唇がおもむろに開かれる。果たしてこの親切な俺に対してどれほどの賞賛の言葉を浴びせてくれるだろうか。少しばかり期待を膨らませた。


「あんた、バカじゃないの?」


 膨らんだ思いに、暴言という名の針を突き刺され、一気に萎えてしまった。その衝撃に対応することが出来なかった俺は、呆気に取られてそのまま押し黙ってしまう。そんな俺の両手から自分の文房具を掴み取って筆箱にしまうと、赤川はふんと鼻を鳴らして教室から出て行ってしまった。一方、その場に取り残された俺は、何とも滑稽な晒し者になってしまったのである。




      ◇




 あの事件(そう呼ぶにはいささか矮小ではあるが)以来、俺は金輪際この赤川という女には関わらないでおこうと決めた。それなのに、今俺の目の前にはその赤川がいる。


「相変わらず、ボケっとした顔をしているわね」


 開口一番、赤川は辛辣な言葉をストレートにぶつけてきた。


「いや、まあ……悪い」

「何で謝るの? 意味が分かんないんだけど」


 それはこっちの台詞だ。いきなりやって来て、何で俺がそんな風にキレられなきゃならんのだ。本当に意味が分かんないんだけど! ……なんてストレートに言えたらどれだけ良いだろうか。生憎、そんな度胸は兼ね備えていない。


「いや、その……すまん」

「さっきから謝ってばかりでキモいんだけど」

「キモ……」


 面と向かってそんなことを言われたのは初めてなので、凄まじい衝撃を受けた。そのまま力無く後方へと倒れそうになってしまう。


 だがその直後、俺の体は床に倒れることなく、誰かに受け止められた。


「そこのお嬢さん、随分とひどい物言いをするね」


 俺のすぐそばで、気取った男性口調で喋るのは昴だ。


「別に、私は本当のことを言ったまでだけど?」

「それにしたって言い方というものがあるだろう? 柳田くんはこんなにも素敵な男子じゃないか」

「昴……」


 よもやこの性悪女からそのような賞賛の言葉が送られるとは思ってもみなかったので、俺は思わずうるっと来そうになった。


「そう、こんなにも素敵なへたれ男子なんだ」


 前言撤回。浮かびそうだった涙は即座に引っ込んだ。一転して俺の瞳は最高に乾いている。そのままひび割れしてしまいそうなくらいに。怖いな。


「そう、柳田くんが先ほどから君に謝ってばかりなのは、へたれ故なんだ。決して彼がキモい訳ではない。まあ、ほんの少しばかりキモい時もあるかもしれないが」

「さっきから何をごちゃごちゃと……ああ、そっか。その回りくどい物言い、あんたが噂の高良昴なのね」


 冷めた顔で赤川が言った。


「おや、私のことを知っているのかい?」


 昴はやや大げさに目を丸くした。


「ええ。入学して早々、学園中の女子のハートを射抜いたって有名だからね」


 どこか呆れた様子で赤川は言う。


「はは、君も有名人じゃないか。入学して早々、空気を読まない発言で孤立したと。全く、その逞しい勇気をこのへたれの柳田くんにも分けて欲しいくらいだよ」


 笑顔を浮かべて言う昴を見て、赤川は険しい表情を浮かべた。


「……本当にムカつくわね、あんた。ていうか何よ、『皮肉りデトックス』だっけ? 今のあたし全然デトックスされてないんだけど。むしろムカツク一方なんだけど。死んで」

「はは、そう軽々しく死ねなんて言うもんじゃないよ。ボキャブラリーの少なさを伺わせるね、実に可愛らしい」

「なっ……う、うるさいわね! 死ね、バーカ!」


 図星を突かれたのか、赤川はその顔をにわかに赤く染めて叫んだ。


「あっはっは! 良いぞ、もっと来い。君の可愛らしい幼稚な罵詈雑言を、もっとこの私に浴びせたまえ!」

「は、はあ? あんたもしかしてMなの? キモ、マジキモいんだけど!」

「いや、そいつはどう考えてもSだと思うけど……」


 恐る恐る俺が口を挟むと、


「あんたは黙ってなさい!」


 案の定、激昂されてしまう。俺は情けなくも大人しく黙った。


「ところで、君の名前は?」


 終始鋭い剣幕を向けている赤川に対して、昴はにこやかに尋ねた。


「あたしは赤川千夏よ」

「そうか。赤川くん、君は何用があってここにやって来たんだ?」


 もっともな疑問を昴が投げかけると、それまで勢いの良かった赤川が口ごもった。


「そ、それは……この『言語研究会』に入部しに来たのよ」


 俺はその言葉を聞いて驚いた。まさか赤川がこんな胡散臭い活動に所属したいだなんて。

 ちらりと昴に視線を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。


「そうか。それは実に歓迎すべき話だね」


 昴が言うと、赤川はわずかに口元を綻ばせた。


「じゃあ……」

「――だが断る」


 昴の鋭い一言が、赤川を一刀両断した。


「は!? 何でよ!? 今あんた歓迎するって言ったじゃない!」

「ああ。本来であれば新しい仲間が増えることは歓迎すべきなのだろう。だが生憎、我が言研は超少数精鋭の態勢を取っているからね。これ以上メンバーは必要ないんだ。という訳で、君には早々にお引き取り願おうか、赤川くん」


 あくまでも笑みを浮かべたまま、昴は突き放すように言った。そのままくるりと踵を返し、部屋の中に戻ろうとする。


「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 良いからあたしをこの部活に入れなさいよ!」


「はは、生憎この言研は正式な部活動じゃない。私が個人的に立ち上げた同好会なんだ。君だって有意義な三年間を送るためにはきちんと正式な部活動に入った方が良いだろう? 大体、さっきから話しているけど君はいささか発言がストレート過ぎる。我が言研が取り行っている『皮肉りデトックス』において到底必要のない人材だ。むしろ害悪とさえ言える。よって君の入会は認めない。分かったかな? 君も猿じゃないんだから私の言わんとしていることが理解出来るよね? それじゃ最高に無駄な時間をくれてどうもありがとう。アディオス」


 反論する暇を一切与えず、昴は立て板に水の如く喋り切った。そして、俺の腕を掴むと強引に部屋の中に引き入れ、直後に扉を閉めた。がちゃり、と鍵がかかる。


「……って、ちょっとぉ! 待ちなさいよ! ていうか、鍵開けなさいよ! この性悪女! タカラジェンヌ気取り! ナルシスト野郎ぉ!」


 扉越しに赤川の罵詈雑言が響いてくる。だが、当人の昴はどこ吹く風。むしろそよ風を浴びているかのように清々しい顔で椅子に腰を下ろした。


「ねえ、スバルン。お客さん入れなくても良いの?」


 ぽりぽり、とスナック菓子を食べていた麻帆里が尋ねる。


「ああ、初めは客人かと思ったが、それに値しない者だったからね。早々にお引き取り願ったんだよ」

「ふぅん、そうなんだ? あ、スバルンもお菓子食べる?」

「こら、麻帆里。学校にお菓子を持って来てはいけないんだぞ?」

「ごめんなさい。でも、美味しいんだよ?」

「全く、しょうがない子だ……では、私も一つだけ頂こうか」


 口元で微笑を浮かべつつ、昴はスナック菓子を一つつまんだ。


「わーい。あ、ミッキーも食べる?」

「お、おう……」


 頷きつつ、俺はちらりと扉を見た。未だにけたたましく音を鳴らし、赤川が何事かを喚いている。少し不憫な気もしたが、俺にはどうすることも出来ないので大人しく椅子に座り、麻帆里からもらったスナック菓子を一口かじった。




 それから数日間、俺は自分のクラスで胃がキリキリするような思いだった。


 教室の前列右端、そこから猛烈に鋭い視線が突き刺さって来るのだ。さすがに授業中は先生の目があるので露骨には来ないが、それでも鋭いオーラは終始俺に襲いかかって来る。その根源たる赤川に対して俺は言いたい。悪いのはみんな昴であると。俺は何もしていないんだと。


おのれ昴め、自分にはさほど被害が及ばないと思って無下に赤川を追い払いやがって。おかげで毎日胃がキリキリするのは俺なんだ。別に胃が弱いキャラでも何でもないが、あの鮮やかな美貌から放たれる怒りのオーラは世にも恐ろしい。しかも、相手は既にクラスで孤立した問題児。なぜに入学早々から、俺ばかりこんな面倒な目に遭わなければならないんだ。こんなことに悩んでいる暇など無いのに。自分の運の悪さをひたすらに呪うばかりである。


 そしてこれまた厄介なのが、放課後を迎えた時。それまで以上に赤川が俺を鋭く睨む。今か今かと獲物を狙うハンターのようだ。俺は相手をなるべく刺激しないように慎重に椅子から立ち上がる。それから教室内を歩き、廊下へと出た直後……猛ダッシュを開始する。言研の部屋まで一切立ち止まることなく疾走する。振り向けば、そんな俺の後を猛追する赤川がいた。


 昴に入会を拒否されて以来、赤川は放課後になると執拗に俺を追って来るようになった。


「ちょっと、待ちなさいよぉ!」


 怒りの咆哮を上げて赤川は追いかけて来る。だから俺は何も悪いことしてないのに。なぜこんな目に遭わなければいけないんだ。だがそんな俺の泣き言など察する様子もなく、赤川はひたすらに追いかけて来る。そして命からがら言研の部屋に飛び込むと、図った様に扉の付近で待ち構えていた昴がさっと扉を閉めて鍵をかけた。直後にダン! とけたたましい音が鳴って俺はびくりと肩を震わせる。


「ちょっと、開けなさいよ! このクソ性悪女! 開けなさいってば!」


 扉の向こうで猛獣もかくやという具合に、赤川が叫び声を上げる。


「はは、今日も無駄に威勢が良いな」


 一方、昴はそんな風にのんきな感想を述べるばかりである。この女、やはり性悪ドSだ。


「なあ、昴。赤川の奴を入れてやっても良いんじゃないか?」


 おもむろに俺が口を開くと、昴は大仰に目を開いた。


「君は何を言っているんだい? あんな猛獣のような女、この言研に入れたらやかましいことこの上ないぞ? 私はそんなのごめんだ。断固拒否する」

「いや、まあ。確かにそうかもしれないけどさ……ちょっと可哀想じゃん」


 俺は素直に自分の気持ちを述べた。確かに赤川千夏はそのストレートな発言からクラス内で孤立し、またその狂暴なまでの執念でもってこの言研に入会を迫って来ている。はっきり言ってとても厄介な女だ。


 けど、俺はどうしても根っから赤川を嫌いになることが出来ない。上手く理由は言えないが、そんな悪い奴には思えないのだ。少し不器用なだけで。俺は椅子から立ち上がると、ゆっくりと扉の方に向かった。


「おい、柳田くん。何をするつもりだい?」

「いや、赤川を入れてやろうと思って」

「君は何を言っているんだい? いくら頭の悪いへたれの君でも、彼女をこの部屋に招くメリットが何一つ無いということくらい分かるだろう?」

「うーん、そうかもしれないけど……でも、少しくらい話を聞いてやっても良いだろ? 何でこの言研に入りたいのか、その理由を聞いていないし」

「ふん、そんなこと聞く必要は無いさ。さあ、柳田くん。そんな無駄な行いをする暇があったら、私と一緒に少しは皮肉について勉強を……」

「悪い、やっぱりこのまま放っておけないわ」


 昴の制止を無視して、俺は扉の鍵を開けた。がらり、と音を立てて扉が開け放たれる。


「ちょっとぉ! いい加減に開けなさいよ……」


 すると、それまで喚いていた赤川が一瞬沈黙した。その青みがかった輝かしい瞳を丸くして、こちらを見つめている。


「よう、待たせたな。中に入れよ」


 俺が親指でくいと差して言うと、それまで半ば呆然としていた赤川が、ハッとした顔付きになった。


「遅いわよ! 開けるなら早くしなさいよね、このグズが!」


 相も変わらずストレートな物言いである。俺は一瞬たじろぐが苦笑を浮かべつつ、憤る赤川を部屋の中に招き入れた。


「はぁ……柳田くん、私は理解に苦しむよ。なぜこんな野蛮でやかましい女を招き入れたんだい?」


 昴は珍しく渋面を作り、嫌悪感たっぷりに言った。


「誰が野蛮でやかましいですって!?」


 案の定食ってかかる赤川を、昴はしっしと手で鬱陶しそうに追い払う。


「まあ、勝手に入れたのは悪かったけどさ……でも、入会の動機を聞いてやるくらいなら良いだろ?」


 俺が問いかけても、昴は口をへの字に曲げてそっぽを向いたままだった。こいつがここまであからさまに不機嫌さをアピールするのは珍しい。よほど赤川のことが気に入らないのだろうか?


「はあ、仕方がないな……赤川、俺で良ければ入会の動機を聞くよ」

「え? あ……うん」


 赤川は少しぎこちなく返事をする。俺がテーブルを挟んで向かいの椅子を勧めると、腰を下ろした。


「それじゃあ、入会の動機を教えてくれ」


 改めて俺は問いかける。


「えっと、それは……」


 それまでの勢いは無く、赤川は歯切れの悪い様子だ。俺は首を傾げて彼女の顔を覗き込むが、なぜか気まずそうにそっぽを向かれてしまう。


「なあ、赤川。もしかして、人に言えないような恥ずかしい理由なのか?」

「いや、そんなことはないけど……」

「じゃあ、教えてくれよ」


 再び俺が尋ねると、赤川は目を伏せた。何か思い悩むようにうーんと唸り、しばらくしてゆっくりとその顔を上げた。


「……自分の悪い癖を直したいと思ったから」

「悪い癖って……?」


 俺は首を傾げて聞き返す。


「分かってんでしょ? 何でもストレートに発言しちゃうことよ。この言研って主に皮肉について研究しているんでしょ? 遠回しに嫌味ったらしに言う最低のレトリックを」

「おい、言っているそばから随分とストレートな悪口だな」


 俺に指摘されて、赤川はハッとして口を押える。


「う、うるさいわね! とにかく、あたしは少しでも自分の悪い癖を直すために、この言研で皮肉について勉強したいと思ったの!」

「わ、分かったから落ち着けって」


 息巻く赤川をなだめつつ、俺は少し意外に思っていた。赤川自身が、己のストレート過ぎる発言に悩んでいたなんて。別にそんなこと気にせず堂々としているのかと思っていた。彼女は彼女なりに、色々と思う所があったんだろうか。


「なあ、昴。今の話聞いていただろ?」


 俺は少し離れた場所で椅子に腰をかけていた昴に問いかける。だが、彼女は返事をせずにそっぽを向いたままだ。


「ふん、いつまでもそんな風にいじけて。意外とガキなのね」


 ふいに、赤川が痛烈な一言を放った。昴の頬に思い切り突き刺さる。ぴくり、と彼女の肩が揺れた。


「……はっは、冗談はよしてくれよ。良い年をしてオブラートに包む発言も出来ない君の方がよほどガキじゃないのか?」


 くるりと振り向いた昴は満面の笑顔だった。


「はあ? あんたこそハッキリと物事を言う度胸が無いから、そんな遠回しな皮肉を言ってるんじゃないの?」


 赤川が荒く鼻を鳴らして言った。俺は恐る恐る、昴の顔を見た。彼女は満面の笑みを浮かべたままだった。それが異常で怖かった。


 ふっと、昴が椅子から立ち上がった。


「……良いだろう、赤川くん。君を我が言研のメンバーとして迎え入れてあげよう」


 その言葉が意外だったのか、赤川は目を丸くした。


「本当に? 入れてくれるの?」

「ああ。ただし、この言研に入会するからには、長である私の言うことには全面的に従ってもらう。とりあえず、君は今からストレートな発言は禁止だ。何もかも、回りくどく喋れ」

「は、はあ? いきなりそんなこと言われたって……」

「何だ、出来ないのか? だったら、今すぐ回れ右をしてこの部屋から出て行きたまえ」

「ぐっ……」


 赤川は言葉に詰まり、顔を俯けてしまう。


「おい、赤川。どうしても無理なら、こんな同好会に入会するなんてやめておいた方が良いぞ。ていうか、むしろ俺はやめたいくらいだし」

「何か言ったかい、柳田くん?」


 昴は満面の笑みを浮かべたまま俺を見た。だから、その笑顔怖いっての。


「……良いわ、やってやるわよ」


 赤川が掠れるような声を漏らす。


「私は今までのストレートな発言をやめて、嫌味ったらしく回りくどいその皮肉をマスターしてやるわよ」

「はは、そうかい。まあ、精々頑張ってくれたまえ」


 愉快げに笑う昴に対して、赤川は悔しそうに唇を噛み締めている。

 赤川千夏。彼女の加入によってこの言研に嵐が吹き荒れそうな気配が漂う。

 俺は先が思いやられてため息を吐くしかなかった。