みなさんこんぬづわ、山下しんかです。
う~、雨……散歩がてら、行きたいとこもあったのに、どーしてくれるんだコンチクショー。
なんか、今年は晴の日が少なかったな~とか思いつつ、鬼ノ霊殿 羅刹ノ勾玉 七章と終章を投下いたしました。
水那人と湊、早矢とセハヤ、朔と月子。彼らの因縁も、七章にて決着を迎えます。
終章では、後日談と、さらにもう一人の生まれ変わりが判明します。
※以下七章以前のネタバレ結構含みますので、まだ読んでない方はご注意願います!
さて、最後の解説をb
登場人物の特殊能力解説~ワーイぱちぱちぱちぱち~!
ってなカンジでb
まぁ、世の中の創作物を見ていると、ファンタジー作品に於ける『魔術』『法術』の解釈って、人様々で面白いな~、と思います。
呪文とかのアプローチを使わずに、超能力的な発動をするものから、長い詠唱を経て発動されるもの。または、条件を整えていき、全てが揃う事で発動されるものなどなど。
私の場合は、成長過程でマンガやアニメやゲームなどの影響も色濃く受けているので、まぁ、基本的になんでもアリなんですが、この作品に関しては、ワリと手間のかかる魔術、呪術が出てきます。
では、キャラごとに。
真己:転生秘法、操剣術(弱)
操剣術については後述するので割愛します。転生秘法は、まぁ、作品オリジナルですね~、実は水那人を始めとする真己の転生者は限定的サイコメトリー能力者で、死の直前に土地に記憶を染み込ませ、無意識にそれを読み取っている、といったカンジです。とはいえ、ハッキリ前世を思い出せるワケではなく、無意識的な『使命感』のようなものを呼び起こさせる、といったカンジです。
湊:禁呪、封術
元々呪禁師という役職があり、湊の肩書きもそれです。が、まぁ、彼らは皇族や有力貴族が病気に罹った時に祈祷して治す、一種のシャーマンなのですが、正確には、それは湊の使う『禁呪』とは違っています。
禁呪の源流はやはり『道教』にあり、ある意味で最強の方術です。達人になれば、森羅万象悉く、その存在そのものを改変する術です。傷を禁じればたちどころに治癒し、人を禁じればその動きを止め、魔鬼を禁ずれば、破魔の効果を持つことも可能です。が、それだと万能過ぎて面白くないので、作中では制限を設けています。湊の禁呪は、その存在の意味を一時的に『無効化』する、というものです。幼少に背中に重症を負った朔は、湊の禁呪で一命を取り留めましたが、背中の傷が無くなった訳ではなく、時期を見て、背中の傷の一部の禁呪を解き、少しづつ自然治癒させて治した、という裏設定があったりします。結果、傷跡は醜く残り、朔の嘆きの一部となっています。
朔:操剣術、封術
操剣術は今作のオリジナルです。術とは言ってますが、魔術や呪術というより、気功の概念を持った術で、朔のものは超強力です。通常、鉄剣を一本、手を使わずに遠隔操作する程度の術なのですが、朔の場合は、和紙で作った数枚の護符を硬化させて剣とし、それを自在に、しかも数十本同時に動かしています。幼少の心の傷が原因で、複数の統合されない感覚(人格ではない)を持った朔は、身体が持っている感覚器官をその複数の感覚で共有し、全方位からの攻撃に対して比類なき強さを発揮します。
朔の封術は、ナデモノの概念を応用して、死期の近づいた肉体から、別の器に魂を移植する術です。転生に近いといえば近いですが、いつまでも嫌な記憶のリセットができないので、そういう意味では永い苦しみが待っています。
セハヤヒメ・タケミカヅチ:カバラの肉体強化の秘術
これもまぁ、今作品のオリジナルですね。でもってキモでもあります。世界の事象を解き明かしていけば、呼び名は違っても概念は一緒だろう、ということで、『魂魄』の概念を、カバラ秘術にも取り込んでいます。大和朝廷の軍勢によって殺害された仲間達の『魄』を取り込み、肉体が持つ本来のポテンシャルを100%解放した状態、というカンジです。所謂『火事場の馬鹿力』を常に発揮できる状態ですね。まぁ、かなり誇張してはいますが。私の中では、『魄』というのはOSでハードを一元管理する『カーネル』のようなもの、という解釈なので、身体操作、治癒、感覚管理などに、それぞれ専門の『魄=カーネル』を配置し、並列処理させれば、スーパーマンが出来上がるだろ、といったカンジです。まぁ、作中では細胞増殖の加速によって新陳代謝を活発にするため、『代謝限界によって寿命が縮む』、『体細胞が癌化しやすい』という欠点を抱えるに至っているのですが。
イサク:転生術(カバラ秘術)、ソロモン魔術
天才少年魔術師のイサク君は、第四世代ヘブライ人です。七十二柱の悪魔の一体を召喚する事ができます。召喚したアイムの力で、放火しまくりますw
また、タケミカヅチを転生させたのは、カバラの一種で、前述の肉体強化術など、諸事情あって限定つきの転生術です。遺伝子に固着させた魄を、子々孫々に伝えていく、というものですが、魄肉体の危機を読み取ると、転生した『魂』と相互に活性化して、記憶と力を復活させる、という仕組みです。なので、肉体が危機を脱すると、それらは消えてしまいます。
吉備真仁:召鬼法、九字、巫蠱、封術
多分、作中で『最も東洋魔術を使ってる!』感のある人物ですw
召鬼法は、所謂『式神』を使役する術。式神の種類自体は問いません。また、作中では『式神』の古い呼び名である『識ノ神』で呼称を統一しています。
九字は、一昔前に流行ったマンガにて、知ってる方もいらっしゃると思います。密教や修験道などでも使用されますが、源流は道教で、『臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行』意味は『(戦に)臨む兵――闘者は皆陣列をつくって前(方)に行となす(又は在る)』 といった感じのようで、(日本では臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前)の九文字で構成される呪文です。基本的には、横五線、縦四線を空中に描き、牢屋を意味する『格子』を観想し、対象を呪縛する術です。(密教では一文字ごとに手で印を結びます)。また、これを図案化し、護符としたものが『ドーマン』と呼ばれ、真偽は分かりませんが、安倍晴明のライバル『芦屋道満』が編み出したと言われています。
巫蠱は、元々は中国西方の苗族の秘術が源流で、まさに『呪術』と言える代物で、各種のトカゲ、カエル、蜂、ムカデ、蜘蛛などを箱に詰めて食い合いをさせ、残った『呪力的な毒性』の強いものを対象に放って呪い殺す、といったものです。これに近いものとして、『犬神の法』という術もあり、こちらは『呪詛対象のふりをして』動物を半殺しにし、対象を呪い殺す、といったものです。
作中では巫蠱の変法として、実の弟を呪詛の道具に使用し、真仁の政敵を駆逐するために使用する、といった邪法の中でも更に外道な使い方をしています。そりゃ朔もキレるわな~w
真仁の封術は、塚の結界として機能していた『五つの石仏と中央の要石』という手法です。真上から見ると、丁度五蒡星に見える配置なのですが、この配置がキモ。道教に『木火土金水』という『五行』という概念があるのですが、これを順番に円を描くように配置し、円として結ぶと『五行相生』という意味を持った図式になります。すなわち『木が燃えて火を生み』『燃えた火が灰となって土を生み』『金(属)は土中より生まれ』『金は水を生む(これちょっとムリヤリっぽいんですが、金属表面に付く結露とか、そんなイメージらしいです)』といった思想で、陰陽の二元論を補完する概念となっています。
で、この円形に配置された『木火土金水』を、五蒡星を描くように結ぶと、今度は『五行相克』という図式になります。全てを滅する意味合いに転じ、この五蒡星は魔除けとして機能するに至る訳です。ちなみにこの図は安倍晴明のシンボルでもあり、この図案の魔除けを『セーマン』と呼びます。
とまぁ、こんなところで最後の解説オワリ!
次回作は……未定ですが、SFとかでまだ世に出してないものも結構あるので、そんなのも出していこうかと思ってます。