オーバーホールについて思うこと
オーバーホールについて
時計を趣味とした人が最初に当たる壁がオーバーホール(以下OVH)ではないでしょうか?長年の間に色々な事を見聞きし、体験しましたので少し書いてみたいと思います。
■ OVHの質
今から十数年前に友人から「格安、短期間でOVHをしてくれる所がある。」という事で詳しく話を聞いたところ、費用はうろ覚えですが三針時計で2千円〜3千円程、クロノで5千円〜6千円程で、期間は約1週間とのこと。
しかし作業工程を聞いて驚きました。時計本体からムーブメントを取り出して針、文字盤、テンプ一式を外しただけの状態にして、丸ごと洗浄剤の中に入れて洗浄。その後は乾燥させて見える範囲から注油をして完了とのこと……。
「オーバーホール」をウィキペディアで検索すると「機械製品を部品単位まで分解して清掃・再組み立てを行い、新品時の性能状態に戻す作業のこと。」「通常の点検作業では出来ない清掃作業や劣化部品の交換、調整を主目的とする。」と書かれてあります。
当たり前の話しですが、工場出荷時の時計は部品全てが新品であり、その組み合わせで最高の動きをする様に調整されています。
全ての部品を分解し、洗浄して摩耗した削れカスや劣化したオイルを取り、組み立てた後に注油したとしても、内部の部品は使っている内に力が大きく掛かる部分は大きく、小さいところもそれなりに削られたり変形するので、一部の部品を交換しても全く元の状態に戻すのはなかなか難しいのです。
知り合いの時計技術士さんが「クロノメーターの時計は出荷時にパスした時計であり、何年経ってもそれが保証されるものではない。」と言ったのが思い出されます。
■ 正規店と修理店
「やっぱりOVHは正規店でやらなきゃ!」これは鉄則だと思っていました。
もちろん正規店なのでパーツは豊富にストックしているはずです。だからといって100%完璧な状態になって返ってくるかと言えばそうではありません。私は時計運がないのか、正規店に修理に出した時計が調子が悪くなって帰って来たり、直らないまま帰って来た事が何度もあります。
例えばベゼルが計算尺になった時計なのですが、なぜか手巻きが出来ないぐらい重くなったので、保証期間中に正規店に修理に出し、数週間後に引き取りに行った帰り道にベゼルを回してみたら、ケースとベゼルの間に挟まれている樹脂製の薄いパッキンがよじれて飛び出て来た事がありました。
その他のブランドでも、買った当初からクロノの積算計の秒針の動きがぎこちなかったので購入数日後に正規店に出したのですが全く直っていないにもかかわらず「修理済み」と書かれて返って来たので、再度調整に出したのですが結果は同じ。
何度も顔見知りのショップを通じて調整に出すのも気が退け、正規店にクレーマーと思われるのも嫌だったので知り合いの時計技術士さんにお願いしたところ一発で直って返って来ました。
これらの事は正規店を否定して書いている訳ではありません。「正規店だから絶対に安心」という過度な期待は如何なものかと思いますし「扱い慣れていないだろう色々な時計を触っている修理店は格下?」などというのも間違っていると思うからです。
また、古い時計を正規店に修理に出すと受け付けてくれない事が多々あります。その理由は正規店として、ストックされた部品を交換する事によって修理し、その出来上がった時計に対しては一定期間の保証をしなければならず、できる限り再修理などは「正規店の意地」として行いたくない為に部品のストックが無い場合などに断る事があるようです。
そんな時に縋れるのが「時計修理店」です。個人の思い入れのある時計を、コネクションのある部品卸店や時計店から何とかして部品を手に入れてきてくれ、また無い時は作製までして、元気に動く様にしてくれます。
■ 修理店の技術
時計の販売ではなく、修理を業としている技術者も様々です。上記の様にムーブメントごとジャブジャブと洗う人もいれば、勘と経験だけで直す人、常に講習会や研修会に行って知識を付けて経験を重ねて直す人などなど、色々な時計技術士を経験しました。私は何軒もの修理店を巡り巡って、有り難い事に「ここで治らなければどうしようもない……。」と、全てを任せられる時計技術士と出会う事ができました。
その時計技術士に修理についてお話しをした時に心に残った話しが二つありました。
先ずは「過度な精度への期待」です。上にも書きましたが、例えばクロノメーター規格にパスした高性能の時計でも、それは工場出荷時の話しで、2〜3年着用して分解、組立をしただけで元に戻るはずもなく、部品交換と調整が必要です。
ましてや十年、数十年経った各部品の草臥れた時計を調整して精度を出すのは容易ではなく、技術をフルに活用して、現在できるベストな状態にしてくれるのが時計技術士だという事を感じました。
私はカチコチ動くテンプを見ていたら「例えば6振動なら1日24時間で518,400回も左右に動くのだから、数十回分、数百回分の誤差が出るのは当たり前」と思う様になりました。
それともう一点は修理に出す側のその時計への拘りです。実はあるブランドの時計を時計士さんに見せたのですが「う〜ん、きれいに仕上げられたムーブメントですよね〜、ここのネジがこうしてあって〜、この部品の表面処理が〜、オイルの指し方も適度で〜」との評価の後に「ところでこの○○○って何処のブランドですか?」との言葉。
時計技術士さんは時計という機械を完璧に動かす事を日々学ばれてますが、ブランドや各モデルのデザインなどについては二の次になってしまいます。
そこで時計技術士さんが気にされるのが「持ち主の拘り」です。実は私も似通った職業をしているので分かるのですが、例えば我々時計好きは「私の持っているスピマスプロは『 r 』下がりなので文字盤が劣化しているけど交換しないで欲しい。」「私のは古いモデルなのでセンタークロノグラフ針のデザインが現行品と若干違うので古い針を探して欲しい。」など事細かな事が気になるのに対し、時計技術士が第一に気遣うのは「綺麗な仕上げと精度」であり、マニアでないと分からない細かな事は分からずに、良かれと思ってやった事が、全く反対の事になりかねない事を心配されていました。
■ 拘りもマチマチ
上記の様な拘りも時計好きによってはマチマチで、この「Five Men's Favorites」のレポートを書いてくれている5人の間でも意見が別れるのが研磨やリダンなどについてです。
私は「傷は無い方が良い、文字盤もシミなどが無い方が良い。」と思いますので、外装研磨やリダン(元通りに再生)には抵抗がありませんが、傷を想い出として残しておく方もいます。
今回は文章ばかりでつまらないので、私がオメガ30mmでやってもらった「再生」の画像を載せてこのページの締めくくりとしたいと思います。
購入直後の画像です
ケースには若干の傷があったので研磨、裏蓋には波紋状のヘアラインの入れ直し。ムーブメントも若干曇りがあったので、同色のコッパーで再メッキをしました。
研磨後の画像
メッキ後の画像
リダンですが、元々、文字盤のベース色にはそれほど劣化は無かったのですが、全体に若干のくすみがあったので同色でリダンしました。Ωマークのメッキや、針にもポツポツとしたメッキの浮き等のダメージがあったので、メッキを剥離後、研磨、再メッキ、夜光塗料の入れ直しを行っております。
リダンの印刷方法は二種類あります。一つはハンコと同じで、ゴム印を作ってインクをつけて押す方法の低価格の物。私がやって貰ったのは、メーカーが文字盤作製の時に行う半球型のゼラチン質を使った高価な印字方法で、実際にメーカーがリダンを行う時に使っている業者に依頼してもらってます。
写真が悪くて分かりづらいのですが「OMEGA」の文字の「M」や「E」,「G」,「A」などの先端の尖っている部分も、高倍率のキズミで見てもキッチリと先端まで印刷されているのが分かりますし、インクも綺麗にプクッと盛り上がっています。
これも私がお願いしている時計技術士のコネクションのお陰です。
2011.3.21