「得る」より「手放す」で楽になる
人生のダイエット
第3回
欲望のダイエット
「欲望を削ぎ落としたい!」
こう願っている人が、
とても増えています。
つまり、
『欲望のダイエット』
をしたい。
私もそのようなご相談を
よくうかがいます。
欲望のダイエットには、
いったいどのように
取り組んでいけばいいのでしょうか。
「欲望」と聞くと、
あなたはどんな印象を持ちますか?
ドロドロと私たちの心の中で渦巻き、
一度足を取られてしまうと
二度と脱け出せなくなる…。
そんな「取り扱い注意」の存在だと
イメージする人も多いのではないでしょうか。
たしかに欲望には、
そんな怖い一面もありますよね。
それは、欲望を満たすと、
大きな快感を得られるという
特徴があるからだと言えるでしょう。
そのため自分の意志だけでは
おさえるのが難しく、
気がつくとその快感がなければ
生きてはいけないと感じてしまうような
いわゆる「依存症」と呼ばれる状態にも
なってしまいかねません。
そうならないためにも、
欲望はあらかじめおさえておく方が
いいという風潮が一般的。
最近ではいわゆる「煩悩」に
自分の心が乱されないように、
瞑想や写経といった手軽な
「修行」を実践することが
ブームにもなっていますし、
そのもととなった仏教の教え自体も、
広く社会の人の知るところになっています。
にもかかわらず、
世間には欲望をあおるものばかりで
あふれ返っています。
ひとたびテレビをつけようものなら、
物欲、食欲、性欲、自己顕示欲など、
あらゆる欲望を刺激するような番組や
CMが次から次へと流れ出す。
会社や学校に行くために
電車に乗っただけでも、
「これを買うといいですよ!なぜなら…」
と全方位から肩を叩かれるように、
車内や駅構内が広告で満たされている。
私たちの住む日本の社会は、
そんな激しい矛盾を抱えています。
その矛盾の中で、
欲望をおさえ切り、
それを維持するのは
なかなかできるものではありません。
ついつい欲望に火がついて、
あれも欲しい、
これも手に入れたいと
思ってしまったとしても、
それは当然のこと。
人間として
ごく自然な反応だと言えるでしょう。
欲望をおさえられない自分を
責める必要はまったくありません。
日本の社会は人間の欲望を
大きくしていこうとする仕組みを、
その中に抱えこんでいるのです。
だから、
放っておけば私たちの欲望は、
どんどんと大きくさせられていってしまう。
どこかで自ら歯止めをかけなければ、
欲望という「脂肪」が
人生を覆いつくしてしまうのです。
そして当然のことながら、
その大きくふくらんだ欲望すべてを
満たすことができるわけではありません。
あれが食べたい、これが着たい、
あそこへ行きたい、それをやりたいと、
どんなに求めても望んでも手に入るとは限らない。
満たしたくても満たせない
というストレスは、
私たちの頭の中に、
「ゴチャゴチャ」
と溜まっていきます。
私たちは、
欲望を大きくさせられて、
それを満たせないという
苦しみの嵐のまっただ中に
放り込まれて生きているのです。
そこで重要になるのが、
『欲望のダイエット』
です。
欲望を「満たそう」とするのではなく、
欲望を「手放す」ことで楽になる。
上手に欲望を削ぎ落として、
苦しみの嵐から脱け出すことが、
「ゴチャゴチャ」
を取りのぞくためにとっても有効です。
とは言うものの欲望というものは、
本当にあつかいが難しい。
欲望のダイエットをしてみようと、
自分の中から湧き出てくる欲望を
グゥ~っとおさえつけてみると…、
たまりにたまった欲望は、
やがて暴発してしまうでしょう。
おさえつづけた反動で、
今まで以上に欲望を満たしたくなったり
それでも満たせないときは、
怒りや攻撃的な言動、
不眠や体の痛みといったあらゆるものに
形を変えて私たちを悩ませはじめます。
満たせば満たしたで依存してしまい、
満たせないと「ゴチャゴチャ」が
たまって苦しくなり、
おさええつければ暴発してしまう。
欲望は、本当に、
「取りあつかい注意」
です。
そんなときによく見かけるのが、
「欲望は、生きるために必要なものだから、無理におさえずに上手に利用しましょう」
という解決策。
理にかなっていまよね。
しかし、本当にそれが
実践できれば素晴らしいのですが、
話はそんなに簡単ではないでしょう。
そもそも、わかっていても
そのような対応ができないから、
みなさん苦労しているのではないでしょうか。
そして、この解決策には、
欲望に悩まされている人への
アドバイスとして、
一つ大きく欠けている視点があります。
それは、
「生きる」という気力そのものが
薄れている人がいるという点。
言いかえればこのアドバイスは、
誰もが「生きたい」と思っているという
前提に立った発言になっているということです。
欲望を削ぎ落としたいとまで考えている人は、
人生に対して真剣に思い悩んでいる人です。
そして自分の人生について
深く悩んでいる人ほど、
「生きる」ということそのものに
疑問をいだいています。
すんなりと、
「生きることは素晴らしい」
「生きていたい」
と即答できない。
そのような人が、
「生きるために必要なものだから」
というアドバイスを受けたところで、
「だから、そもそも生きていたくないのですが…」
と的外れに感じてしまうだけでしょう。
そして自分の本当の苦しみが
相手に伝わっていないことを痛切に感じ、
さらには、
生きていたいと思えない自分を責め、
「世間」と自分の感性とのあいだにある
ギャップの大きさを突きつけられ、
孤独を深める結果になってしまうかもしれません。
今、自分を苦しめている
「ゴチャゴチャ」を
スッキリさせられなければ、
もはや「生きていたい」とも思えない。
それが悩み苦しんでいる人の、
切実な胸のうちなのです。
では、
その「ゴチャゴチャ」を取り払うために
いったいどのように欲望のダイエットに
取り組めばいいのでしょうか?
まず取り組むこと。
それは、
「必要」と「欲しい」の区別をつける
ということ。
あなたの中にある欲望が、
自分にとって「必要」なものなのか、
「必要」ではないのに、
ただ単に「欲しい」と思っていただけの
ものなのかを区別していくことです。
想像してみてください。
あなたが今食べたいと思っている物、
その味、その量、その質、
それは、あなたにとって、
「必要」
なのでしょうか、
「欲しい」
だけなのでしょうか?
あなたが手に入れたいと思っている服、
ゲーム、家具、家電、
それは、あなたにとって、
「必要」
なのでしょうか、
「欲しい」
だけなのでしょうか?
あなたが行きたいと思っているレストラン、
エステ、イベント、ライブ、旅行、
それは、あなたにとって、
「必要」
なのでしょうか、
「欲しい」
だけなのでしょうか?
あなたが満たしたいと思っている
あらゆる欲望は、あなたにとって、
「必要」
なのでしょうか、
「欲しい」
だけなのでしょうか?
この答えは
あなたの中にしかありません。
他の人にとっては「不必要」でも、
あなたにとっては「必要」なものがあるでしょう。
そして、あなたと他の人では、
それが「必要」な質も量も違うはずです。
社会の常識に一切とらわれなくていい。
正直にあなたにとって
「これが必要だ」というものを
見出していきましょう。
それ以外の物や量、質は、
ただ「欲しがっていただけ」だったと
気づくことができるはずです。
周囲の雰囲気や広告や
「ゴチャゴチャ」に惑わされて、
「必要」な気にさせられていただけだったと。
人生のダイエットとは、前回の、
「得るより手放すで楽になる」
でお話ししたとおり、ただ単に、
「人生を痩せさせるためのもの」
ではありません。
あなたの目的に合った人生に、
「調整する」
ということ。
だから欲望のダイエットでも、
むやみに欲望をおさえつけたり、
ただただ削ぎ落とすのではなく、
あなたにとって「必要」なものは
しっかりと残す。
まずそれに取り組むことが第一歩。
そうしてはじめて、
「余分」なものがわかり、
それを削ぎ落とし、
残った欲望を上手に活用することが
できるようになるのです。
●人生のダイエットその1
「必要」と「欲しい」の区別をつけてみよう
Brain with Soul代表
信夫克紀(しのぶ かつのり)