Ⅰ. 橋本病の定義・概念1-3)
甲状腺機能低下症の原因の大部分は橋本病である。橋本病は自己免疫性慢性甲状腺炎(慢性甲状腺炎)である。
橋本策は4 例の中年女性の硬いびまん性甲状腺腫を組織学的に検索し、高度リンパ球浸潤、繊維増殖、そして濾胞上皮細胞変性を認め、独立疾患とした1)。橋本病は自己免疫疾患である。甲状腺濾胞細胞が変性・萎縮し、甲状腺機能低下症になる。1)高度リンパ球浸潤、2)繊維増殖、そして3)濾胞上皮細胞変性、以上3 つが橋本病甲状腺の組織所見である。1)2)3)には程度の差がある。臨床的にも無症状から高度甲状腺機能低下症を示すものまである。甲状腺腫のみで甲状腺機能は正常である例が多い。高度甲状腺機能低下症患者の甲状腺ではリンパ球浸潤、繊維増殖、そして濾胞上皮細胞変性をみる。甲状腺濾胞細胞機能がない。甲状腺機能低下症になる。
橋本病は自己免疫疾患であり、甲状腺抗体が陽性になる。甲状腺抗体には甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)、サイログロブリン抗体(TGAb)がある。橋本病の確定は組織診断である。実際にはTPOAb あるいはTGAb が陽性であれば、橋本病と診断している。TPOAb あるいはTGAb 陽性者の1 割が甲状腺機能低下症になる4)。
抗甲状腺抗体にはTPOAb、TGAb の他にTSH 受容体抗体(TRAb)がある。TRAb には甲状腺刺激抗体TSAb(thyroid stimulatingantibody)とブロッキング抗体TSBAb(TSH-stimulation blocking antibody)がある。刺激抗体TSAb はバセドウ病の原因になる。ブロッキング抗体TSBAb は甲状腺機能低下症の原因になる。甲状腺機能低下症の原因にはTSBAb がある。
自己免疫性慢性甲状腺炎[ a u t o i m m u n echronic thyroiditis] [橋本病(広義)]には甲状腺腫のあるものとないものがある。前者甲状腺腫のあるものを橋本病(狭義)[autoimmunegoitrous (Hashimoto's) thyroiditis]といい、後者甲状腺腫のないものを萎縮性甲状腺炎[autoimmune atrophic thyroiditis]という5)。この萎縮性甲状腺炎ではブロッキング抗体TSBAb が陽性になる。TSBAb はTSH 受容体抗体TRAb である。
橋本病では自己免疫により甲状腺組織破壊が生じ、甲状腺ホルモンが血中に流出することがある。甲状腺中毒症を示す。これを破壊性甲状腺炎という。やがて機能低下症になる。
Ⅱ. 病因、橋本病発症機構2,3)
遺伝的素因が重要な役割を果たす。素因のある人に自己免疫異常がおこり、橋本病になる。誘因がある。
1.橋本病発症の遺伝背景
橋本病は家族内で発症する。遺伝的背景がある。橋本病は他の自己免疫性内分泌疾患と合併する。IDDM、橋本病、バセドウ病、Addison(アディソン)病などの自己免疫疾患は合併する。ある種の遺伝背景を持つ患者は橋本病に罹りやすい。HLA、CTLA-4 の遺伝子多型が関係する。
2.自己免疫異常
1)体液性免疫:甲状腺自己抗体(thyroidautoantibody)
甲状腺抗体にはT P O A b 、T G A b 、TRAb がある。萎縮性甲状腺炎ではブロッキング抗体T S B A b が陽性になる。TSBAb は甲状腺機能低下症の原因である。TSBAb はTRAb である。TSAb はバセドウ病の原因である。TSBAb もTSAbもTRAb である。
2)細胞性免疫(cell-mediated immunity)
細胞性免疫は抗体が関与しないで、細胞が直接作用する免疫反応である。甲状腺に対する細胞性免疫がある。甲状腺にはリンパ球の浸潤があり、このリンパ球は甲状腺細胞に直接作用する。
3)抗体依存性細胞性細胞傷害(antibodydependentcellular cytotoxicity :ADCC)
液性抗体と細胞性免疫の協同作用としてADCC がある。ADCC は橋本病でもみられる。免疫細胞は抗体を仲介とし、標的細胞に付着し、細胞に傷害を与える。このような作用を示す免疫細胞はK 細胞(キラーT 細胞)である。抗体自身は甲状腺細胞を傷害しない。抗体は細胞表面に結合し、免疫複合体ができる。この免疫複合体の抗体Fc 部分にK 細胞が結合し、甲状腺細胞内に入って細胞を破壊する。ADCC は萎縮性甲状腺炎、橋本病でみられる。
橋本病、バセドウ病発症にはヘルパーT 細胞(TH 細胞)が重要な役割を果たす。橋本病ではTH1 優位、バセドウ病ではTH2 優位である。橋本病では細胞障害反応、バセドウ病では抗体TRAb(TSAb)産生が主体になる。しかし、ブロッキング抗体TSBAb 陽性萎縮性甲状腺炎ではTH2 優位である。抗体TRAb(TSBAb)産生(TH2)が主体になるが、細胞障害(TH1)もみられる。
3.橋本病発症・増悪の環境因子2,3)
ヨードは橋本病の発症、増悪に関係する。ヨード欠乏地域では少量ヨード投与が橋本病の発症頻度を抑える。一方、大量ヨードは橋本病の発症や増悪に関与する。Amiodarone はヨードを含有しており、甲状腺自己免疫疾患を誘発する。
バセドウ病患者をI131 放射線で治療すると、ブロッキング抗体(TSBAb)が出現し、甲状腺機能低下症になる例がある。I131 放射線治療後TRAb が高値になる例がある。これはI131 で甲状腺が破壊され、血中に甲状腺組織が流出し、その流出した甲状腺組織が抗原となって抗体を作る。I131 放射線療法が自己免疫性甲状腺炎を引き起こす。また亜急性甲状腺炎の後にTSBAb が出てきて機能低下症になる例がある。
インターフェロン治療により、慢性甲状腺炎が増悪あるいは発症する。
妊娠・出産に関連した自己免疫性甲状腺機能異常症がある。Cushing(クッシング)術後あるいは副腎皮質ホルモン投与中止後甲状腺機能異常症が起こる。「過剰副腎皮質ホルモンが急激に低下したときに甲状腺機能異常症が出てくる」ということは出産後の甲状腺機能異常症の発症機序を説明する。ステロイドの急激な変化が自己免疫異常、甲状腺機能異常を引き起こす。
Human T-lymphotrophic virus type I(HTLV-I)感染者では自己免疫疾患が多い。橋本病の頻度も多い4)。チエルノブイリ放射線事故で慢性甲状腺炎が増加した。
Ⅲ. 疫学2)
女性に多い。男性1 に対し女性2 ~ 7 である。30 ~ 60 歳台に多い。抗甲状腺抗体が陽性になるのは成人女性の10 ~ 20 %である。甲状腺抗体陽性者の10 %が甲状腺機能低下症になる4)。成人の橋本病による甲状腺機能低下症の頻度はほぼバセドウ病の頻度と同じである。
Ⅳ. 病理
甲状腺はびまん性に腫大し、表面は粗大顆粒状で硬い。組織学的には1)高度リンパ球浸潤、リンパ濾胞・胚中心の形成、2)間質繊維化、繊維増殖、そして3)濾胞上皮細胞変性、以上3 つが橋本病甲状腺の特徴である1)。病変が甲状腺全体に及んでいるもの(びまん性甲状腺炎diffusethyroiditis)、病変が散在するもの(散在性甲状腺炎focal thyroiditis)、そしてリンパ球浸潤を散在性に認めるだけのものもある。
Ⅴ. 橋本病甲状腺機能低下症の臨床症状6)
甲状腺腫がある。甲状腺腫はびまん性で、最初は柔らかいが、やがて硬くなる。表面は不整。自発痛、圧痛はない。頚部違和感・不快感を訴える。甲状腺機能は初めは正常であるが、やがて甲状腺組織が破壊され、甲状腺機能低下症になる。初期では甲状腺腫のみを認める。
甲状腺機能低下症になる。甲状腺機能低下症は特有の顔貌、声、話し方から診断する。またその特徴的な声から電話でも診断できる。初期の症状は非特異的で、多彩である。甲状腺ホルモン欠乏により、代謝が低下し、ムコ多糖類が沈着し、粘液水腫がみられる。臨床症状は2 つに分けることができる(表1)。1)甲状腺ホルモン欠乏による新陳代謝低下の症状と2)粘液水腫性浸潤による症状である。粘液水腫性浸潤はヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸に富むムコ蛋白の組織間隙への沈着による浮腫であり、圧痕を残さないnon-pitting edema である。
病歴、問診で得られる重要な所見は声の変化である。甲状腺ホルモンが欠乏すると声帯に浮腫が生じ嗄れ声になる。舌の運動が悪く、会話がのろくなり、難聴も生じる。会話が難しくなる。「眠い」、「寒さに弱い」、「記憶力低下」、「便秘」などを聞き出す。これらは甲状腺ホルモン欠乏が長期間続いたことを示す。腓腹筋の痙攣(こむら返り)は早期に出現する。
視診では、皮膚が甲状腺ホルモン欠乏に敏感に反応する。欠乏すると、皮膚は乾燥し、粗になる。皮膚で甲状腺機能低下症を疑う。粘液水腫様顔貌は特徴的。頭髪の脱毛、眉毛外側1/3 の脱落、無気力様顔貌が見られる。甲状腺腫がある。皮膚の色素沈着はSchmidt(シュミット)症候群を示唆する。Schmidt 症候群は橋本病とAddison 病の合併。
自覚症状としては、浮腫(浮腫感)、寒がり、易疲労感、嗄れ声、言葉のもつれ、動作緩慢、精神鈍麻、眠がり、難聴、皮膚乾燥(肌荒れ)、脱毛、体重増加、月経過多などがる。他覚的には、粘液水腫様顔貌、口唇や舌は厚く(巨大舌)、脱毛があり、眉毛も外側1/3 が薄い。皮膚は乾燥し、粗?であり、黄色(カロチン血症)になる。手足に浮腫があり、圧痕を残さない。声は低く、嗄れ声になる。言語、動作は緩慢である。甲状腺腫があれば診断は容易であるが、甲状腺腫のないものもある。心臓は拡大し、心音は微弱、徐脈になる。時には胸水や腹水をみる。アキレス腱反射の弛緩相延長は診断的価値がある。
表1
Ⅵ. 検査3,6)
甲状腺自己抗体(TPOAb、TGAb)が陽性になる。甲状腺機能は血中甲状腺ホルモン(T3、T4、遊離T3、遊離T4)と血中TSH でみる。TSH の基準値は0.4 ~ 4.0 μ U/ml(mU/l)である。橋本病は甲状腺性の甲状腺機能低下症であり、TSH が高値となる。TSH 10 μ U/ml以上の患者は橋本病の10 %である。橋本病では甲状腺組織が破壊され、甲状腺ホルモンが血中に漏出するため、一過性に甲状腺中毒症になる。その時、血中TSH は低値を示す。
一般検査では、血沈が亢進し、γ-グロブリンが増加する。CPK やLDH が増加する。血中chol は高値。胸部X 線写真で心拡大、心電図では徐脈、低電位、T の平低・陰性化がみられる。甲状腺超音波では甲状腺腫大と粗?化をみる。血中プロラクチンが高値になる。下垂体が大きくなる。
Ⅶ. 橋本病甲状腺機能低下症の診断2,3,6)
甲状腺自己抗体(TPOAb、TGAb)は陽性になる。甲状腺腫があり、甲状腺抗体が陽性であるとき橋本病を考える。TRAb が陽性になることがある。このTRAb はTSBAb である。甲状腺機能低下症の診断は甲状腺機能検査による。血中甲状腺ホルモンは低値を示す。橋本病のような甲状腺性甲状腺機能低下症では、TSH が高値となる。TSH の基準値は0.4 ~ 4.0 μ U/ml である。臨床症状が出ていない例でも、TSH は高値となり、早期診断に役立つ。遊離T3、遊離T4 が正常で、TSH が4.0 ~ 10 μ U/ml のものを潜在性甲状腺機能低下症という。
Ⅷ. 甲状腺機能低下症の治療6)
甲状腺ホルモンを投与する。補充療法である。T4 で補充する。TSH 10 μ U/ml 以上の患者はT4 を補充する。T4 投与は高齢者では心筋梗塞、狭心症を誘発する。下垂体性甲状腺機能低下症ではときに下垂体性副腎皮質機能低下症を合併する。このような例でT4 を投与すると副腎不全を引き起こす。T4 投与前に副腎皮質ホルモンを投与する。Schmidt 症候群でも同じようにT4 投与前に副腎皮質ホルモンを投与する。T4 補充でTSH を正常に保つようにする。
Ⅸ. 役に立つ知識
1)甲状腺機能低下症6)
甲状腺機能低下症はⅠ. 甲状腺性(原発性)、Ⅱ. 視床下部性、下垂体性(二次性)、Ⅲ.末梢性甲状腺機能低下症の3 つに分類する(表2)。Ⅲは甲状腺ホルモン不応症である。Ⅰの甲状腺性(原発性)甲状腺機能低下症にはいろいろあるが、自己免疫による慢性甲状腺炎が多い。血中甲状腺ホルモンと下垂体TSH 分泌との間にはnegative feedback があり、甲状腺性甲状腺機能低下症では血中TSH が増加する。
慢性甲状腺炎には甲状腺腫のある慢性甲状腺炎(橋本病)と甲状腺を触れない萎縮性甲状腺炎とがある。萎縮性甲状腺炎ではブロッキング抗体TSBAb が陽性になる。TSBAb はTRAbである。ブロッキング抗体TSBAb は甲状腺機能を抑制し、甲状腺機能低下症の原因になる5)。TSBAb はTSH の作用をブロックし、甲状腺機能を抑制する。
表2
図1.橋本病(組織で診断)と抗体TGAb A とTPOAb B のROC 解析2)
2)TPOAb、TGAb、TSBAb と甲状腺機能低下症
橋本病の診断は組織診であるが、全ての症例で組織をみることはできない。従ってTPOAb、TGAb が陽性で、甲状腺機能低下症があるとき、橋本病による甲状腺機能低下症を考える。
T P O A b、T G A b はバセドウ病のT R A b(TBII ・TSAb)ほど感度・特異度が良くはない(図1)2)。橋本病では甲状腺濾胞が破壊され、血中に甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)とサイログロブリン(TG)が流出して抗原となり、抗体TPOAb とTGAb ができる。甲状腺機能低下症は橋本病により甲状腺が破壊された結果である。TPOAb、TGAb 値と、甲状腺機能低下症の程度が相関するとは限らない。TPOAb とTGAb は甲状腺機能低下症の原因ではない。
TPOAb、TGAb は甲状腺機能低下症の原因ではない。その理由は1)TPOAb ・TGAb とも測定感度以下であるにもかかわらず、橋本病の組織変化と甲状腺機能低下症を示す症例がある。このことはTPOAb ・TGAb は橋本病・甲状腺機能低下症の病因でないことを示唆している。2)TPOAb ・TGAbは橋本病で陽性になるが、TPOAb ・TGAb は甲状腺機能を抑制するわけではない。
TPOAb ・TGAb は橋本病の指標にすぎない。
ブロッキング抗体TABAb は甲状腺機能低下症の原因である5,7,8,16)。その理由は①ブロッキング抗体TSBAb は甲状腺機能低下症を引き起こす5,7,8,16)。TSBAb は萎縮性甲状腺炎の原因になる。TSBAb は甲状腺を萎縮させる。2) TSBAb 値と臨床経過が一致する8)。TSBAb が消失すると甲状腺機能低下症から回復する8)。3) TSBAb は新生児一過性甲状腺機能低下症の原因になる7)。TSBAb 強陽性の母親のTSBAb は胎盤を通過し、児に移行する。このTSBAb が児の甲状腺を抑制、甲状腺機能低下症を引き起こす。
TABAb は甲状腺機能低下症の原因である。
3)甲状腺機能低下症から回復するもの9)
成人の甲状腺機能低下症の大部分は慢性甲状腺炎による。慢性甲状腺炎による機能低下症は永続するものと考えられてきた。大部分は甲状腺ホルモン服用を中止できない甲状腺機能低下症である。しかし中には甲状腺ホルモン服用を中止できる患者がいる10)。中止できるもの(可逆性甲状腺機能低下症)には次のものがある。
1)過剰ヨード投与・摂取による甲状腺機能低下症はヨード制限で回復
過剰ヨード摂取により甲状腺機能低下症になることがある(図2)。ヨード制限により甲状腺機能低下症から回復する。ヨード造影剤により甲状腺機能低下症になる例がある。Amiodaroneは1 錠(100mg)に37.3mgのヨードを含む。Amiodarone は甲状腺機能低下症の原因になる。基礎に橋本病がある。
図2.橋本病の患者でヨード造影剤により甲状腺機能低下症になった例
75歳女性。甲状腺機能正常の橋本病で経過を観ていた。整形外科でヨード造影剤を静注後、甲状腺機能低下症になった。その後甲状腺機能低下症から回復した9)。
図3. Rifampicin(RFP)による甲状腺機能低下症11、12)
62 才男性。肺結核治療にRifampicin を投与した。TSH 170 mU/l になった。
甲状腺機能低下症になった。T4 を投与した。
T3 : Triiodothyronine; T4 : Thyroxine; TSH : Thyroid-stimulating hormone
2)薬剤による甲状腺機能低下症
Rifampicin は甲状腺機能低下症を誘発する(図3)11,12)。慢性甲状腺炎(橋本病)の患者に抗結核剤Rifampicin を投与すると、甲状腺機能低下症になることがある。Rifampicinは肝臓での甲状腺ホルモン代謝を促進する。甲状腺ホルモンの代謝が促進され、甲状腺機能低下症になる。Rifampicin投与中はT4を投与する。甲状腺機能低下症を誘発する薬剤は多い(表3)。
表3.甲状腺ホルモン合成・分泌、代謝に影響を及ぼし、甲状腺機能低下症の原因になる薬剤
3)無痛性甲状腺炎
自己免疫性甲状腺炎で一過性の甲状腺組織破壊を生じ、一過性甲状腺機能低下症になる。産後とクッシング術後甲状腺機能低下症はこの特殊型。
4)産後一過性甲状腺機能低下症
産後甲状腺機能異常症がある。産後一過性甲状腺機能低下症がある。慢性甲状腺炎(橋本病)である。産後甲状腺機能異常症の中でも産後一過性甲状腺機能低下症は頻度が多い。妊娠により一時的にステロイド過剰になり、分娩によりステロイド過剰から解放され、免疫異常が起こる。産後甲状腺機能異常症の発症機序を次に示すクッシング術後甲状腺機能異常症は説明する。
5)クッシング術後一過性甲状腺機能低下症
クッシング術後甲状腺機能異常症がある13,14)。クッシング術後に一過性あるいは永続性の甲状腺機能低下症になるものがある(図4)。クッシングでステロイド過剰になり、免疫反応が抑制され、そして手術によりステロイド過剰から解放されると、免疫異常が起こる。
図4.クッシング術後一過性甲状腺機能低下症13,14)
27歳のCarney's complexの男性。横軸0はクッシング症候群に対する手術でbilateral adrenalectomyをした時を表わす。Xは副腎皮質ホルモンを投与中であることを示す。
MHA :マイクロゾーム抗体(TPOAb)、TA:サイログロブリン抗体(TGAb)
6)ブロッキング抗体(TSBAb)消失に伴う可逆性甲状腺機能低下症8)
ブロッキング抗体TSBAb 消失に伴い甲状腺機能低下症から回復する症例がある(図5)
7)原因不明の可逆性甲状腺機能低下症
原因不明の可逆性甲状腺機能低下症は多い10)。甲状腺ホルモン服用中の慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症患者の1/5 は甲状腺ホルモンを中止することができる。5人に1人は甲状腺ホルモンを不必要に投与されている。甲状腺ホルモン投与は心筋梗塞、狭心症、時には骨粗鬆症を引き起こすことがある。
図5.ブロッキング抗体消失に伴う可逆性甲状腺機能低下症8)
ブロッキング抗体TSBAb 陽性の自己免疫による甲状腺機能低下患者21 例の10 年にわたる観察。21 例中、症例1 ~ 15(ⅠA、ⅠB)の15 例でTSBAb(ここではTBII)は消失したが、症例16 ~ 21 の6 例ではTBII は高値のままであった。症例1 ~ 6(Ⅰ A)はTBII 消失に伴い、甲状腺機能低下症から回復した。可逆性甲状腺機能低下症であった。症例7 ~ 21(Ⅰ B、Ⅱ)は甲状腺機能低下症のままであった。Ⅱは萎縮性甲状腺炎で甲状腺機能低下症のままである。TBII, TSBAb は常に陽性。
TBII :TSH binding inhibitory IgG, TSBAb:TSH-stimulation blocking Ab.
●:甲状腺腫(+)、○:甲状腺腫(-)。
4)橋本病甲状腺機能低下症からバセドウ病甲状腺機能亢進症に、そしてvice versa2,15,16)
刺激抗体TSAb からブロッキング抗体TSBAb、逆にTSBAb からTSAb になる症例がある2)。TRAbには刺激抗体TSAb とブロッキング抗体TSBAb がある。TBII はTSAb とTSBAb を区別しない。TSAb とTSBAb はともにTSH 受容体抗体TRAb である。TSBAbからTSAb に代わる症例がある(図6)。TSBAb による甲状腺機能低下症から、刺激抗体TSAb によるバセドウ病になる例がある。逆にTSAb からTSBAb になる症例がある。
バセドウ病と橋本病は甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症と表現は逆であるが、同一個人そして家族内に発症する。バセドウ病と橋本病は同一の遺伝と環境を背景に発症する。どのような機序でバセドウ病甲状腺機能亢進症あるいは橋本病甲状腺機能低下症になるかは不明である。
図6.ブロッキング抗体TSBAb による甲状腺機能低下症からTSAb によるバセドウ病になった例2)
44 歳女性。ブロッキング抗体TSBAb による甲状腺機能低下症からTSAb によるバセドウ病になった。
TSBAb : TSH-stimulationblocking Ab, TSAb :
thyroid stimulating Ab, TBII : TSH binding inhibitory immunoglobulin,
MMI : 1-methyl-2-mercapto-imidazole(メルカゾール), T4 : thyroxine.
Ⅹ. おわりに
橋本病の診断は組織診である1)。しかし、全ての症例で組織をみることはできない。TPOAb、TGAb が陽性で、甲状腺機能低下症があるとき、橋本病による甲状腺機能低下症を考える。TPOAb、TGAbはバセドウ病のTRAb (TBII ・TSAb)ほど感度・特異度が良くはなく、橋本病の指標にすぎない。
またブロッキング抗体TSBAb は甲状腺機能低下症の原因である5,7,8,16)。TSBAb は萎縮性甲状腺炎の原因である。
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キーワード
甲状腺自己免疫疾患、バセドウ病、橋本病、慢性甲状腺炎、甲状腺機能低下症、甲状腺ホルモン、可逆性甲状腺機能低下症、一過性甲状腺機能低下症、TSH 受容体抗体( T R A b )、甲状腺ブロッキング抗体(TSBAb)、甲状腺刺激抗体(TSAb)、ヨード、リファンピシン、クッシング症候群
著 者 紹 介
琉球大学医学部 第二内科教授
髙須 信行出身地:愛知県
出身大学:東京医科歯科大学
略歴
現在 琉球大学医学部 第二内科教授
東京医科歯科大学卒業、フランス国立衛生研究所
研究主任、信州大学医学部助教授専攻・診療領域
甲状腺・内分泌・糖尿病・代謝その他・趣味等
山登り、水泳、読書、雑文を書くこと。
Q U E S T I O N !
問題:以下の記述で正しいのはどれか。三つ選べ。
- a.TSH 受容体抗体TRAb には甲状腺刺激抗体TSAb とブロッキング抗体TSBAb がある。
- b.甲状腺刺激抗体TSAb はバセドウ病の原因である。
- c.ブロッキング抗体TSBAb は甲状腺機能低下症の原因である。
- d.橋本病の患者はすべて甲状腺機能低下症である。
- e.甲状腺機能低下症の患者にはすべて甲状腺腫がある。
CORRECT ANSWER! 4月号(vol.44)の正解
腹腔鏡(補助)下の肝切除術およびラジオ波焼灼術
問題:腹腔鏡(補助)下肝切除術に関する次の記述の中から正しいものを選択せよ。
- 気腹によるもっとも危険な合併症は術後出血である。
- 左葉外側区域切除は適応とならない。
- 手術時間の短縮に貢献しうる。
- 術後肺炎低減の効果は期待できない。
- 肝右葉後区域の手術は施行できない。
正解 3