職場や、電車内など公共の場で発せられる「ニオイ」に悩む日本人が増えている。ニオイの中心は、タバコや汗、衣類の生乾きといった身近なニオイだ。いずれも発生源は人だけに、放置すれば、職場の人間関係に影響したり、トラブルに発展したりしかねない。最近は「スメハラ」や「香害」といった言葉も聞かれるなど、ニオイが社会問題にもなりつつある。そうしたなか、最新の消臭・脱臭製品も続々と登場し、注目を集めている。ニオイがきつくなる夏を前に、現代のニオイ事情を探った。
日本人を悩ます「タバコ」「スメハラ」
2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、飲食店を全面禁煙にすべきかどうか、喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が続いている。背景にあるのは、国際オリンピック委員会(IOC)と世界保健機関(WHO)による「タバコの無い五輪」の推進だ。
IOCやWHOの念頭にあるのは、タバコがもたらす健康問題、とりわけ受動喫煙の問題だ。しかし実は、健康問題を差し引いても、禁煙や分煙を求める声は日本でもかなり多い。理由は、タバコのニオイだ。
おととし、P&Gが20代、30代のオフィスで働く女性 300人に、一番気になるビジネスマンのニオイを尋ねたところ、タバコという答えが最も多く、95.3%にも達した。ちなみに、2位は汗(94.0%)、3位は体臭(90.0%)だった。
ニオイ問題が専門の東北大学の坂井信之教授は、「タバコが多くの人に嫌われるのは、受動喫煙の問題以前に、人間が本能的にタバコのニオイを嫌うから。ものが焦げたり燃焼したりする時のニオイに、人は身の危険を感じる」と解説する。
日本人を悩ますのは、タバコのニオイだけではない。多くの職場で問題となっているのが、スメハラ(スメルハラスメント)だ。
2014年から主に企業向けに無料の「においケアセミナー」を開いているマンダムは、スメハラを、「体臭や口臭、強すぎる香水や柔軟剤の香りなど、自分のニオイに何も対処せず、本人が意識するかしないかに関係なく、周囲に迷惑や不快感を与えること」と定義する。
同社のセミナーは、スメハラ問題に悩む企業が増えるなか、快適な職場環境実現のため、職場の一人ひとりに、ニオイに対する正しい知識と適切なケアの仕方を身に付けてもらおうという趣旨だ。
これまでに40社以上、延べ2200人が受講。高い関心の背景には、「職場のニオイに苦しむ人から人事への相談が増えたり、外回りの営業マンやサービススタッフに対する顧客からのニオイに関する苦情が増えたりしているという事情がある」(下川麻友・マンダム広報部課長)。
女性は男性よりニオイに敏感?
タバコのニオイにしても、体臭にしても、昔はなかったわけではけっしてない。それがなぜ、今になって大きな問題になっているのか。
第1の理由は、女性の社会進出や高齢化など、急速に進む社会の変化だ。ニオイの特徴の一つは、同性同士は互いのニオイがあまり気にならないが、異性のニオイには敏感なこと。特に女性は、胎児を守るなどの生物学的理由から、「男性よりニオイに敏感」(坂井教授)とされる。
職場は、かつては圧倒的な男性社会だったため、オフィス内に充満する男の汗のニオイを気にする人はあまりいなかった。しかし、男女平等が進んで職場に女性が増えた現在は、男性から発せられる嫌なニオイが気になり、時には耐えられないという社員も、増えてきたというわけだ。
また、「加齢臭」や「ミドル脂臭」と言われるように、体臭は中年以降に一気に強まる傾向にある。少子高齢化で社員の平均年齢が高くなれば、職場の中でニオイがきつくなるのも、当然と言えば当然だ。
問題は、タバコのニオイにも体臭も、周りはすぐに気付いても、当の本人には自覚がない点だ。また、体臭は生理的な問題でもあるため、セクハラやパワハラとは違い、本人に直接苦情を言いにくい。言えばそれこそ、逆スメハラにもなりかねない。このように、ニオイはデリケートな問題なだけに、解決は容易ではない。
第2の理由は生活環境の変化だ。昔の日本は、木造建てで風通しのよい家が多かった。オフィスでも、エアコンのない時代は、夏場は窓を全開にして涼しい風を入れながら仕事をしていた。ところが最近は、コンクリート建てのマンションが増え、オフィスはエアコン完備。建物が密閉状態になった結果、逃げ場のないニオイが、室内にまん延するようになった。
昔は庭やベランダに堂々と干していた洗濯物も、景観や治安などを理由に部屋干しが増加。その結果、今や、衣類の生乾きのニオイは、タバコ、ペット、焼肉、汗と共に「生活5大臭」に数えられるほど、嫌われ者になっている。
ペットのニオイも、犬や猫を室内で飼う人が増えた結果だ。いつも一緒にいる本人はニオイに気付かないだけで、周りは迷惑を被る場合も多い。
ニオイは「マネジメント」する時代へ
では、ニオイをめぐるこうした社会環境の変化に、私たち一人ひとりは、どう向き合えばよいのだろうか。
ニオイの問題に詳しい文京学院大学の小林剛史教授は、スメハラが話題になったり、ニオイをめぐって社会の摩擦や軋轢(あつれき)が強まったりする背景には、「日本人の潔癖性がある」と指摘する。
小林教授は、「そもそも、生活空間からニオイを完全に取り除くことはできないし、無理に取り除こうとすると、それが個人や社会にストレスを与え、かえってますます生きづらい世の中になる」と行き過ぎた消臭・無臭志向に警鐘を鳴らし、「ニオイも多様性、ダイバーシティの一つと考え、もっと寛容な気持ちを持ってニオイと接し、ニオイをマネジメントすれば、ストレスも軽減され、住みやすい社会になる」とアドバイスする。
とはいえ小林教授も、人の集まる職場や公共の場では、ニオイに関しある程度の配慮や注意は必要だと認める。
社会の多様化とともに広がる、消臭・脱臭市場
そこで登場しているのが、消臭・脱臭をうたう新たな商品やサービスの数々だ。消臭剤は、かつては嫌なニオイを別のニオイで覆い隠す「マスキング」が主流だったが、マスキングのニオイに拒否反応を示す人も多く、今は下火。代わって現在、主流なのが、ナノテクノロジーなど最新の技術を使い、ニオイの原因物質そのものを分解したり除去したりすることでニオイを消す商品だ。
5月には、ゴールドウインをはじめ複数の企業が共同で「ニオイ対策体験イベント」を大手百貨店などで開催。ニオイ対策市場はさまざまな業種で広がりをみせている。
例えば、スポーツウエアメーカーのゴールドウインは、体のニオイの消臭機能を備えた下着「MXP」を発売した。ナノレベルで加工したユーカリ由来の繊維が汗臭の原因であるアンモニアを吸着し分解することで、汗臭を消す仕組み。同じ繊維素材を使って開発した下着を、宇宙飛行士の若田光一さんがスペースシャトルの中で1カ月間はき続け、帰還後の会見でその効果を語ったが、当時話題になったという。
ロート製薬の「デ・オウ」シリーズは、シャンプーや制汗剤に含まれる無数の吸着孔を持つ独自の薬用炭(吸着剤)が、加齢臭などのニオイの元となる物質を皮膚から除去することで消臭する、同社の人気商品。
そんな中、個人の自覚や意識に頼らずに、ニオイ問題に効果的な技術もある。パナソニックが昨年発表した「ナノイーX」もその一つだ。
ニオイ原因物質の分解イメージ
「ナノイー」は、水に包まれた微粒子イオンで、繊維などに染み込んだニオイの原因物質を分解し、脱臭するのが特徴の一つだ。自動車や鉄道などの移動空間、病院やホテルなどの公共施設に発生装置が納入された実績がある。
「ナノイーX」は、「ナノイー」に含まれるニオイを抑制する効果のあるOHラジカルの量が10倍になった最新タイプで、パナソニックによると、タバコ、ペット、焼肉、汗、衣類の生乾きの生活5大臭や生ゴミ、枕の頭皮臭などに効果がある。今後は「ナノイー」同様、BtoBへの展開も考えられている。
社会はますます多様化していくだけに、多様なニオイに囲まれながら快適に暮らしていくニーズは、ますます強まりそうだ。
文=猪瀬聖 写真=アフロ、パナソニック提供