ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 ダイエットはじめました!2013年6月23日 04:10「ごちそうさまでした!」 箸を夕食の膳において、奈々生はぱちんと手を合わせた。巴衛が腕をふるってくれる食事はいつもおいしい。三色そぼろご飯にいわしの梅干し煮、揚げだし豆腐に筑前煮、だし巻き卵に上品なすまし汁――奈々生が完食したいま、膳の上は空だった。「巴衛の作るご飯ってほんとにおいしい。こんなにいい思いしてていいのかなあ」 頬が落ちるよう、とはこのことだ。奈々生は頬をにへにへと緩ませる。「俺の作る夕餉ごときでそこまで有頂天になれるとは、幸せなやつだ」 横合いから呆れたような声がした。振り返ると、巴衛が居間の入り口に立っていた。「あ、巴衛。ご飯ごちそうさま!」「うむ。今日も残さず平らげたな。相変わらずいい食いっぷりだ」「だっておいしいんだもん。それに今までお腹いっぱいご飯食べられることなんてなかったし、残さないよ」 金遣いの荒い父親に振り回されて、奈々生は食費の工面に苦労していた。満足な食事もできなかった過去を思えば、巴衛が用意してくれる豪華な食事はありがた過ぎて涙が出そうだ。「だから今ほんとに幸せなんだよ。ここだけは土地神になってよかったって素直に思う」「まったく現金なやつだ。土地神になったからには神の仕事をしてもらわねば困るのだぞ」 そう言いながら膳を片付ける巴衛の頭で、キツネの白い耳がぴくぴく、尻尾がゆらゆらと動いている。手料理を褒められてまんざらでもないのだろう。憎まれ口をたたいても獣の身体は素直だ。 奈々生は思わず笑った。「奈々生、もうじき風呂が沸くから適当に入れよ」「はーい。じゃあそれまで宿題してようっと」 そうして巴衛は台所へ。奈々生自室に戻ったのだった。 お風呂は本殿から独立した離れにある。 宿題を終えた奈々生は、湯船で温まった。徐々に秋の気配が深くなり始めたこの頃、夜の涼しい時間帯に外を行き来しないといけないのは辛い。けれど木の香りがなんとも落ち着く憩いの場だ。 その憩いの場で、事件は起きた。 バスタオルを身体に巻いて水気を拭いた奈々生は、あるものに気づいて浴衣に伸ばした手を止めた。「あ。そういえば最近、体重計ってないなあ」 脱衣所の隅に置かれた体重計。最後に計ったのはいつだったか……思い出す前に、奈々生は軽い気持ちで体重計に乗った。 そして、表示されたアナログな目盛りに、目を見開く。「うそおおぉぉぉ!?」 たかが体重計に大声を爆発させてしまった。 揺れる針を見つめて呆然としていると、「奈々生! どうした!?」 脱衣所の扉が勢いよく開かれた。大声を聞きつけてやって来たらしい、血相を変えた巴衛がいる。そう、巴衛――奈々生が想いを寄せている男、が。「きゃあああぁぁぁ! 入ってくるなああぁ!」 裸にバスタオル一枚。自分の格好を思い出して、奈々生は絶叫した。 巴衛はというと、奈々生の言霊に縛られてその場に固まっていた。びっくりして目を見開いたまま、戸惑ったように口を開く。「し、しかし奈々生、先ほどの大声は……っ」「なんでもない! いいからドアを閉めて! 出てって!」 奈々生はもう涙目である。再び言霊に縛られた巴衛が素早く扉を閉めて、脱衣所から消えた。 ようやく一人になった奈々生は、顔を真っ赤にさせてその場にへたり込んだ。(み、見られた、増えてるのに、ちゃんと隠れてた……? なんでこんなに増え、て……) 混乱した頭は支離滅裂である。 奈々生は扉の外を気にしながらもう一度、体重計に乗ってみた。(やっぱり……3キロも増えてる!) 最後に計ったのは夏だった、と奈々生は思いだす。巴衛に告白して振られたあと、あみが海に誘ってくれたとき。水着になるのだからと体重を気にしたのだが、玉砕して食欲を落としていた時期だったから何の問題もなかった。あれから神楽の猛特訓をして体重を計る余裕もなかったが――「う……お腹、出てるかな? 太ったこと、巴衛、気付いたかも」 巴衛に見られるならせめて3キロ痩せていたときに……いやいやいや。「食欲の秋って恐ろしい。巴衛のご飯がおいしすぎるからいけないのよっ」 そうだ。巴衛の作る食事がおいしすぎるから、つい腹八分目を越してしまうのだ。「ダイエット、しよう!」 奈々生は思春期の女子らしい、ダイエットをしたことがない。いつも食費に困っていたため、ダイエットするまでもなく少食を強いられていた。体重を気にするより食費のやりくりを気にしていたのだ。 けれど未だかつて見たことのない自分の体重の数値に、奈々生は初めてのダイエットを決意した。 *** 脱衣所から追い出された巴衛は、夜風にあたりながら離れの壁にもたれかかった。 奈々生の悲鳴が聞こえたから駆けつけたと言うのに、自分に悲鳴をあげられるとは思わなかった。予想外と言えば、奈々生がバスタオル一枚のしどけない格好をしているのも驚いた。いや、脱衣所なのだから裸であっても何もおかしくはないのだが。「奈々生のやつ、細すぎやしないか?」 一瞬だけ見た奈々生の姿を、巴衛は図らずとも目に焼き付けてしまっていた。白いタオルから伸びた足は余分な肉などなく、すらりとしていた。肩も細く、そこから伸びた両腕など簡単に折れてしまいそうだ。 海に行ったときも奈々生のあんな姿は目にしていたが、嫌いな海と蛇のせいで気づく余裕などなかった。 奈々生は土地神。大事な身体だ。「神使として、もっと栄養のあるものを食わせねばならんな」 巴衛は主人の決意など露知らず、一人うなずいたのだった。 ***「奈々生、今日の朝食は五目炊き込みご飯に豚バラ肉の角煮、ひじきの煮物にかき玉汁、干し椎茸の炊き合わせだ。ありがたく食え」「朝っぱらから嫌がらせ!? 椎茸は嫌いだって言ってんでしょ!」 翌日。巴衛が居間に運んできた膳に、奈々生は文句を言った。狐の妖怪である巴衛は基本的に食事をしないから、もちろん奈々生の分だ。「何を言う。椎茸には骨を丈夫にするための栄養が含まれていると本に書いてあったのだ。おまえが虫ケラのように弱いのは椎茸を食べないせいだ。うんと食って骨を太くしろ」「意味わかんないんだけど……」 どこから仕入れた情報か知らないが、いい迷惑である。(しかも、なんか朝から気合い入った食事だなあ……朝から豚肉って……) 昨夜ダイエットすると決意したばかりだというのに、とんだ障害だ。とりあえずひじきと五目ご飯を箸でつつく。椎茸と豚肉をあからさまに避ける奈々生に、巴衛がふっと笑う。 どこからか取り出した葉を、ぽんっ、という音を立てて箸に変えた。 その箸で、巴衛が膳の上の椎茸をつかむ。「どうしても食わない、というのなら俺が食べさせてやる」「い!? 冗談……!」「冗談だと思うのなら口を開けてみろ。ほら、あーん」 甘いような口調でそんなことを言われながら巴衛のきれいな顔が寄せられて、奈々生は呆然とした。「あ、あ――……」 口を開け放してしまった隙に、巴衛が奈々生の口の中に箸を突っ込んだ。もちろん椎茸付き。「~~~~~~っ!!!!」「ふん。容易い」 口に椎茸をふくんだまま声にならない悲鳴をあげる奈々生に、巴衛が口元をゆがませた。「あーん」などと言った甘い顔が嘘のような意地の悪い笑みだ。(わたしが巴衛のこと好きって知ってて……! なんてイヤな狐なのっ!) もう騙されるもんか。奈々生は涙目になりながらも、なんとか椎茸を飲みこんだ。「あのね、巴衛。わたしは昨日からダイエットを決意したのよ。甘いものもお肉も我慢するから――」 奈々生は自分の机に広げた弁当箱を指さし、隣の席にいる巴衛に訴えた。「お弁当にトンカツなんて入れないでちょうだい! しかもまた嫌がらせみたいに椎茸が入ってるしっ」「わあ、奈々生ちゃん今日のお弁当エネルギッシュねえ」 学校の昼休み。友人のあみがわめく奈々生の弁当箱に目を輝かせた。 二段になった大きな弁当箱にはトンカツが入っている。いつもの純和風な弁当箱に、トンカツははっきり言って浮いている。「ダイエット?」 話を聞いていた巴衛が、首を傾げながら奈々生を見た。なんだそれは? と言い出しそうな口調に、奈々生は慌てて補足する。「減量中なのっ。目標体重になるまで食事制限するのよ。これから食事は自分で用意するから、そのつもりでっ」「桃園、あんたダイエットなんかする必要ないんじゃない? 十分細いって」 一緒に集まっていた友人のケイが、コンビニのサンドイッチを食べながら言った。そう言ってもらえるのは嬉しい。けれど昨夜、体重の増えた身体(バスタオルを巻いていたが)を好きな男に見られてしまった奈々生としては必死なのだ。巴衛が顔をしかめる。「俺も上島に同意見だ。むしろ太れ。そのトンカツを食べて豚のように肉をつけるのだ」「喧嘩売ってんの!?」 まったくデリカシーのない巴衛の言葉に、奈々生は頬を引きつらせた。「御影、先生が呼んでるぞ」 そのとき、クラスメイトの男子が巴衛を呼んだ。見ると教室の入り口に担任教師が立っていた。 生徒として学校にいるからには、表向きだけでも教師に従わなくてはいけない。 巴衛は小さく舌打ちしながらも、席を立って大人しく離れていった。「奈々生ちゃん、どうしてダイエットなんて始めたの?」 巴衛がいなくなったのを見計らって、あみがたずねた。奈々生は恥ずかしげに口を開く。「実は、体重が3キロも増えちゃって……」「あ、わかるよ。ご飯がおいしい季節だから食べすぎちゃうんだよね。そうだ! 奈々生ちゃんがダイエット中なら、お弁当わたしももらっていい?」「もちろん! 是非食べてっ」 奈々生はこれ幸い、とあみに弁当のおかずを薦めた。「前から気になってたの~」と言って、あみがおいしそうにおかずを口にする。 傍らではケイが、自分の鞄から雑誌を取り出して奈々生に差し出した。「この雑誌にダイエット特集載ってたから貸してやるよ。わたしはもう読んじゃったし」「いいのっ? ありがとう、ケイちゃん!」 雑誌を胸に抱えて、奈々生は笑った。優しい友人に恵まれて、自分は幸せ者だ。(二人に協力してもらえるなんて……何が何でもダイエット成功させよう!) 改めて決意を固める奈々生を、教室の入り口から巴衛が横目で盗み見ていた。[newpage]「あれ? 奈々生ちゃん、今日の夕飯は巴衛くんお手製じゃないの?」 膳ではなく、テーブルについて食事をする奈々生に、瑞希がたずねた。テーブルにあるのは、もやしを麺に見立てたラーメン風スープの丼だ。父親と二人暮らしていたときによく作った節約料理。奈々生は口の中のものを飲みこみながらうなずく。「わたしだって料理くらいできるもん。巴衛にはしばらくお休みしてもらおうと思って」「へえ、お休みね……そのわりに巴衛くんさっきから機嫌悪そうだよ」 それは奈々生も気付いていた。奈々生が台所に立っている間、巴衛の視線が背中にちくちく刺さっていたのだから。 瑞希が納得したように、ぽんっと手を打つ。「つまり巴衛くんは大好きなご主人様のお世話ができなくて拗ねてるんだっ。かっわい~!」「今すぐ皮をはいで丸焼にするぞ、クソ蛇」 瑞希の背後に、呪詛のごとき気配をまとわせた巴衛が立っていた。「奈々生、おまえも夕飯がそれだけでは足りんだろう? 蛇の丸焼きで体力をつけるといい」「僕の肉なんて不味いから食べちゃダメだよ。それよりカエルのほうがいいよね、奈々生ちゃん。僕、庭にいって生け捕ってくるねっ」「ちょっとおおぉ! わたし蛇の丸焼きもカエルもいらないわよ!?」 奈々生は慌てて巴衛と瑞希を止めた。賑やかながらも平和な食卓である。 ***「奈々生、風呂が沸いたぞ」 巴衛は奈々生の自室を、前触れもなく開けた。本人からはノックをしろ、と何度も言われているが障子をノックしろなどと言う阿呆は奈々生くらいだ。別に彼女が着替え中だろうと――少しは遠慮するだろうが巴衛自身は何とも思わない。しかしこの日の巴衛は室内の様子に戸惑ってしまった。「おい……奈々生、寝てるのか?」 部屋着に着替えた奈々生は、板張りの床に横たわっていた。気持ちよさそうに目を閉じている。 巴衛はやれやれ、と奈々生の側にしゃがみ込んだ。「奈々生、起きろ。風呂が沸いたぞ」 むき出しになった額をぺちぺち叩くと、奈々生がうっすら目を開けた。「ん~……あれ、巴衛? どうしたの?」「……風呂が沸いたと言っておるのだ。寝る前にさっさと入ってこい」「わわっ、わたし寝ちゃってた?」「うむ。よほど疲れておるのだろう。料理など慣れないことをするからだな。やはりおまえは俺がいないとダメなのだ」「失礼ねっ。ここに来る前は料理してたわよ」「しかし実際におまえは疲れて寝ていたではないか。俺が栄養と滋養のつくものを食べさせてやるから奈々生は大人しく――」「あ、巴衛―。洗濯物そこにまとめてあるからお願いね。さあ、お風呂お風呂」 巴衛が説得しているうちに、奈々生は言いたいことだけ言って部屋を出ていってしまった。巴衛はため息をつく。「……ん? なんだ、これは」 と、足元に開きっぱなしの雑誌があることに気づいて、拾い上げて見た。「ダイエット……」 昼間、奈々生が言っていた単語が紙面に載っている。どうやら運動の手順を説明したページらしい。(なるほど。運動して疲れたから寝てしまったのか……) 巴衛は雑誌を放り出した。 教師に呼び出されたとき(成績に難癖をつけられたのだが妖術で黙らせた)、離れた位置で話している奈々生たちの会話は聞こえていた。確か3キロ増えたとかなんとか言っていた。が、奈々生のどこに減量する必要があるのか、巴衛には理解できない。「…………」 巴衛は洗濯物を手にして部屋を出た。 ***「ふう、さっぱりしたあ」 風呂上がり、奈々生は脱衣所で浴衣に着替えていた。体重計に乗ってみたが、一日だけでは何も変わらない。(でもちょっと楽しかったりして) 体重を気にしてダイエットに励む……なんて普通の女子らしい。学生でありながら金貸しに悩まされていたときとは大違いだ。「贅沢な悩みよね……」 奈々生は小さく笑って外に出た。「ずいぶん遅かったな」 ……巴衛がいた。「なんで巴衛がいるのよ!? ま、まさか覗き……!」「そんなわけないだろう。おまえが湯船で寝て溺れやしないかと待機していたのだ」 部屋で居眠りしてしまったことを当てこするみたいに言われた。偉そうな態度に、奈々生はぶすっと唇をとがらせる。「心配しなくても寝たりしないわよ。ていうかいつからここにいたの? まだ秋とは言え夜は冷えるん――」 言い終わらぬうちに、奈々生の足が地から離れた。 巴衛に腰をつかまれて、まるで子供を「たかいたかーい」するように抱きあげられている!「ちょっ、巴衛! 何すんのよ、下ろ――っ」「やはり細い」 言霊縛りにあう前にという先手か、巴衛は唐突に言った。奈々生は首を傾げる。「は?」「昨夜も思ったが、やはり腰も細い。それに軽いではないか。どこに減量の必要があるのだ?」 巴衛は昼間に奈々生が話したダイエットのことを言っているらしい。さも不思議そうに首を傾げて見上げてくる巴衛に、奈々生は不覚にもドキドキしてしまう。 それに腰に……腰に巴衛の手が!「確かに以前よりは重みがあるが微量な違いではないか。気にする必要はない」「巴衛のバカアアァ!」 一瞬前までドキドキしていた顔にずばり言われて奈々生は暴れた。「大人しくしていろ」「わっ!」 腰をつかみ上げているだけだった巴衛が、奈々生を自分のほうに引き寄せた。彼の腕に座るようにして、奈々生は抱え直される。子供抱きだ。その不安定さに、奈々生はとっさに巴衛の頭にしがみついた。 困惑する奈々生など構わず、巴衛が納得したようにうなずく。「うむ。こちらのほうが良い」「は? な、何が?」「このくらい重量があったほうがどこかに飛んでいきやしないかと心配する必要もあるまい。減量などせずにこのままでいろ」「……っ、バ、バカね。いくらなんでもそんなに軽いわけないでしょっ」「何を言う。俺の手をすり抜けて飛んでいったことがあったではないか」 水族館に行った帰り、夜景を見に高層ビルに上ったときのことだ。聞き捨てならない言葉に、奈々生は反論する。「あれは巴衛が落としたんでしょ!? だいたい――」 言いながら、奈々生は思い出してしまった。(そうだ。わたし、あのとき振られたんだ) それなのに巴衛はこうして惑乱させるようなことをするのだ。性質の悪い男。 黙り込んでしまった奈々生に、巴衛が「どうした?」と顔を上げる。なんとなく今の自分の顔を見られたくなくて、奈々生はぷいっと顔を背けた。「……もう落とさぬよ。このくらい重量があればおまえがここにいると実感できる。放すものか」 慰めるような声音。どこか甘さをふくんでいるように聞こえて、奈々生は巴衛の顔が見たくなった。いま、どんな顔をしている?「そういうわけだ。わかったら無理な減量も運動もするなよ。放されたくなければ、な」 ……こちらに顔を向けた巴衛は、いつもの意地悪い目付きをしていた。 やっぱり巴衛は巴衛だ。奈々生はつい期待してしまった自分が恥ずかしくなって、そうして期待させる彼に仕返しとばかりに白い耳をぐいっとつかんだ。「何偉そうなこと言ってんのよっ。巴衛の作るご飯がおいしすぎるから太っちゃったんだから! 巴衛がご飯作り続けたら、ダイエットしたくてもできないわよっ。巴衛のせいなんだから!」 これでは八つ当たりだ。わかっていても柔らかくて温かい耳を握らずにはいられない。「そうか、俺のせいか」 耳が痛いのかくすぐったいのか、巴衛は変な顔をした。その顔に、苦笑が浮かぶ。「それは光栄だな。主人の健康管理も神使の務め。俺は優秀な神使だということだろう? なあ、奈々生」 偉そうに、それでも嬉しそうに言う巴衛に、奈々生は無言のままうなずいた。 悔しいけれど、巴衛の言う通りなのだ。 何でもできる優秀な狐で、大好きな男。離れたくないし、放してほしくない。(……そう思っちゃう時点で、わたしの負けなんだろうな) もう降参だ。こうまで言われてしまっては、ダイエットなど続けられない。 本殿に向かって歩き出す巴衛に、奈々生はやっぱりドキドキするのだった。「奈々生、今日の朝食は卵とニラの雑炊に旬のさんまのみぞれ煮、豚汁になすと椎茸の揚げ煮だ」 翌朝。いつもどおり台所に立った巴衛が運んできた膳に、奈々生は頬を引きつらせた。朝からボリュ―ミ―だが、もうダイエットするつもりはないからいい。問題は食材だ。「なんでまた椎茸があるのよっ。嫌がらせ!?」「まさか。俺は主人に骨を太くしてほしいのだ。愛ゆえなのだよ、奈々生。いいから食え」「食えって言った、食えって! 愛なんてこれっぽっちも感じないっ」「世話の焼ける主人だ。一人で食べられぬとは。どれ、また俺が食べさせて――」「椎茸持って近寄らないでええぇ!」 ミカゲ社の主従は付かず離れず。今日も朝から賑やかだった。