朋友、ウォン・ジンポー

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〜ブログ★祝100記事記念特大号〜

に、ウォン・ジンポー監督(黄精甫/Wong Ching Po)が来る!! 新作の日本初上映。ついにこの時が来た・・・

彼との出会いは2001年の横浜。


Yokohama 2001

ジョニー・トー監督のの日本ロケで、僕は制作のスタッフとして参加していました。カタコトの日本語を話すウォン・ジンポー、カタコトの広東語を話す堀河洋平(Seckie/セッキー)。僕らはすぐ仲良くなった^o^
この映画はジョニー・トーの無茶振りに、日本の制作サイドはかなり大変でした。新人の僕は、本当に寝る暇もなく、移動中の機材車で仮眠の日々が続きます。
それでも小学生の頃から香港映画が大好きで、毎日のようにビデオを借りてきては勉強そっちのけで見てきました。その香港映画を作っている自分がいる。となりにはアンディ・ラウがいたり、サミー・チェンもいる。あ、ラム・シューもね。
僕はテンションが上がり撮影の合間、のを歌い香港のスタッフに聞かせました。やも、ロケ弁を配りながら歌った♪ 変な日本人がいると香港スタッフは驚きウケましたね(笑)


ハリウッドからきた特殊メイクのスタッフ。でエディ・マーフィーの特殊メイクを担当したスペシャリスト。
ロケ弁を配っています。みんなが食べ終わって、制作部は交代交代でご飯を食べます。空のお弁当箱の片付けも僕らがやります。食べ残しが目立ったのは以外にも日本人、これには腹が立った!


香港版ポスター


日本版DVDジャケット

撮影も終盤に入った頃、ウォン・ジンポーが僕に頼みごとをしました。実は彼『痩身男女』のメイキングビデオの監督だったのですが、カメラを僕に渡し「You Shoot!!」と撮影をさせるのです。嬉しかったですね〜^o^ 後々DVDの特典映像を見ると、僕が撮影した映像がちゃんと入っていました。

制作の下っぱで参加させてただいたのに、メイキングを撮らせていただいたり、そんなに香港電影が好きなら出ていいぞ!! と言われ、夜の新宿駅をバックに自転車に乗って出たり、殴られ屋の華仔を応援したりとエキストラカットに登場!
サプライズが連続な初体験の香港電影でした。出演されていたさんと写真撮ったりサインもらったり♪
のロケハンに来ていたチン・ガーロッ監督に遭遇し即サインもらう(笑) 面白かったです、と伝えたら喜んでいた♪(待望の吹替え付きブルーレイはもちろん即買いしました)

さらに谷垣健治さん(で日本のアクション映画を次のレベルに上げた大哥)もいて、読みましたと伝え、写真を撮っていただきました。
さらにさらに『痩身男女』の打ち上げを歌舞伎町の居酒屋でしていると、そこへ谷垣さんがドニー・イェンを連れてきて(!!)、タンクトップ姿のムキムキなドニーと握手しました。香港電影ファンなら羨ましすぎる現場ですよね☆


サミーが歌う挿入歌のMV「终身美丽」 編集したのはウォン・ジンポーで、MTVの賞をもらったとか♪ 今見ると懐かしくて涙が出てくる・・・



この翌年(2002年)、ウォン・ジンポーに呼ばれ香港へ行くことになります。いきなり僕を主演に短編撮ろうと観光が → 映画撮影の日々に!!


というタイトルの、ヒットマンの話です。


当時はSONYのVX2000で撮っていました。脚本は広東語… 必死に解読しましたよ!! 加油拉〜


Hong Kong 2002
ウォン・ジンポーの家に2ヶ月Stay.  Mama & Papa 多謝!!


この映画の撮影の合間、香港明星たちとたくさん会いました。ケリー・チャン、アーロン・クォック、ジジ・リョン、エディソン・チャン、カレン・モク、ジョイ・ヨン、ツインズ等々。
完成まではいろんなことがありすぎて、ここには書けませんが(関係者内ではレジェンド!!)どれも貴重な経験ばかり。


2003年、ジャッキー・チェンに会いに香港へ。もちろんウォン・ジンポーに再会♪


Hong Kong 2003
お互い新作の話をしたり、日本から持参した、自作の上映会をホテルで行ったり。


2004年、再び香港へ。
ウォン・ジンポーが、アンディ・ラウと、ジャッキー・チュンW主演の撮影を終え、編集しているとのこと。僕は編集現場へ通い、ポスプロの一部始終を勉強させてもらうことに。


映画完成後、脚本にサインを書いてプレゼントされた♪


香港版ポスター


日本版ポスター


チラシ

スタジオでは、ロー・ウェイ監督が試写を見ていたという伝説の椅子に座ったり、ウォン・カーワイ作品の編集をされている方を紹介していただきました。そして香港に永住できるよう、たくさんの女性を紹介してもらったりと、ここでも何かと書けないような様々な体験がたくさん。

偶然アラン・タムとバーで会って乾杯した時は最高でした♪ サインは今も覚えているという日本語で書いてくれました!! が大好きで50回は見てます。


プロデューサーの、エリック・ツァンと一緒に夕飯を食べゴチになりました^o^ いろいろアドバイスを受け感動。


挿入歌を歌って出演もしているラム・ユゥンからCDのプレゼント♪ この歌は『悪戦』でも使われていて驚きました!


把悲傷留給自己(江湖ver)
ウォン・ジンポーが徹夜で編集し、横で僕が寝ないよう応援してた(笑)


把悲傷留給自己 (悪戦ver)



Hong Kong 2004


2006年の東京国際映画祭でウォン・ジンポーが、華仔のチーム(フォーカス・フィルム)と来日。六本木で再会。『姐御』を完成させ間もない頃だと思うのでスランプ状態の時。僕らはとにかく遊びまくった。ラーメンを食べに行ったり、買い物したり^o^


香港版ポスター


日本版ポスター


チラシ


来日中、僕の携帯で50枚ぐらいこんな感じの写真を撮り合いっこ^o^

この時、リー・コンロッ監督(李公樂/Lee Kung-Lok)も一緒でした。彼は華仔がプロデュースしてゲスト出演している『ママはベリーダンサー』という映画を監督し(商業映画デビュー)、ティーチインをするから観に来て^o^ と僕を招待してくれました。
その後、彼はアンディ・ラウチャーリー・ヤンのをダニエル・ユーと共同監督し、ウォン・ジンポーのサポートでを作りました。主演はさん。


この映画でウォン・ジンポーはを受賞します。

この時期に僕は俳優を辞め、完全に裏方として監督一本で再スタートすることになります。2006年の出来事はそれほど大きかったのです。
またちょうどその頃、障がい者の方と運命の出会いがありました。そして、障がい者の方々と一緒に映画を作るようになるのです。

●実験的な短編(2007年)

●自立をテーマに挑戦した(2009年)

●バリアフリーを意識した(2012年)

そして新作、障がい者と健常者の“共生”を考えるファンタジーの撮影中、
ウォン・ジンポーと8年ぶりの再会!

第6回京都ヒストリカ国際映画祭の『悪戦』舞台挨拶で開口一番、「セッキー、ゲンキ?」
まさかの僕の名前を言うなんて・・・あっけにとられながらも嬉しくて大声だして返事したけどね♪ このような再会になるとは夢にも思いませんでした。


『悪戦』はユエン・ウーピンがアクション監督で、サモ・ハン・キンポーが出演しています。映画の内容はシンプルでアクション映画が好きな人なら充分に満足できる作品です。ただ、僕はこの映画、ウォン・ジンポーそのものだったので泣きました。


映画祭後、みんなで酔拳のポーズ! 飯星さんはウォン・ジンポーもびっくりの螳螂拳だけど!! 『悪戦』トークショーの様子は飯星景子さんのブログを要チェック (この方の香港電影知識ハンパじゃないです)
● ●


映画祭のパンフレットにバカと書かれたサイン(笑) お互い映画バカなんです♪ 2014と書くところを「Special!!」と言って2015と書く・・・Why?


一緒に映画を作る約束をしました。インターナショナルな作品で、某砂漠でロケを行う予定。それが来年2015年。Specialの意味はそういうこと?


〜PS〜
彼の日本未公開作品は『福伯 fu bo』


サイン付きDVD^o^ インディペンデントにも関わらず、エリック・ツァンや、アンソニー・ウォンが出ています。


プロデューサーは、あのウィリー・チャンです! ジミー・ウォングも、ロー・ワイコンも出てる! ぜひソフト化を希望★(東映さんも関わってるし)

大 家 多 謝 !

Po × Seckie





Studio Wooonish



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