第11話 むちむちむにむにぴっちぴち

 2日後、灰畑のパソコンに技術部からメールが届いた。雅森専用の戦闘スーツが完成したらしい。


     * * *


 その翌日、雅森はバイトに出掛けるために自宅アパートを出た。

 しかし、アパートを出て数歩のところで彼女は足を止めてしまう。


「何か、停まってるんだけど……」


 自宅前に巨大なトラックが停車しているのだ。特殊な防弾加工された装甲で覆われている代物で、その外見は装甲車と表現しても大きな違いは無い。そのトラックは明らかに民間のものではなく、警察か軍事関係のものであることは確実だ。


「これ絶対、私に用があって停まってるよね……」


 雅森は直感した。

 絶対、この後面倒くさいことになる……と。


「あ、いたいた! 雅森さーん!」

「ほら、やっぱり……」


 トラックの荷台部分のドアが開かれ、灰畑が降りてくる。彼はニコニコしながら雅森に向かって手を振りながら彼女へ歩み寄った。雅森は自分の頬が引きつるのを感じつつ、彼へ話しかける。


「あの……灰畑君?」

「はい? どうしました、雅森さん?」

「ウチの前に、こんなでかい車が停車していたら困るんだけど……」

「大丈夫です。すぐに終わります」

「で、何の用?」

「ヒーロー活動をしていくうえで、戦闘スーツが必要になるでしょう? 今日はその試作品の試着をしてもらいたくて」

「私、これからバイトで急いでいるんだけど……」

「知ってます。だから僕が断っておきました」

「あんた、勝手に何やってんのよ!」


 色々と突っ込みたいことがあったが追いつかず、雅森は頭を抱えた。


「ああ、もう……私の日常が……滅茶苦茶よ……」

「滅茶苦茶なのが日常なのでは?」

「少なくとも、あんたが私の前に現れるまでは平穏な日常だったわ」

英雄ヒーロー代行計画に参加する決意をした以上、これくらいのことは覚悟してもらわないと困ります」

「……ったく! 分かったわよ、早く用を済ませましょう! この中に入ればいいのね?」

「はい。中で僕の同僚が待機しているので、彼女に従ってください」


 トラックの荷台のドアに雅森が入ると、中にはパソコンが並び、奥には円柱型の金属製のケースが置かれていた。

 白衣を着た一人の若い女性がデスクに向かい、作業を続けている。


「あの……」

「あぁ、あなたが雅森さん?」


 女性は雅森に気付くと、キャスター付きの椅子に座ったまま雅森に接近してきた。


「アタシは行政の技術部門に所属する紫木本しきもとユカリ。それ以外の情報は名刺に記載されてるから、そっちを見て」

「あ、はい……」


 紫木本は電子名刺を雅森に差し出した。名刺の写真には眼鏡をかけた彼女が無表情で写っている。


「あの、私の名前は……」

「別に自己紹介はしなくていいわ、雅森さん。あなたに関する資料は散々見てきたから。あなたのスリーサイズから黒子ほくろの数まで知ってる」

「あ、はい……って、ええ、黒子ほくろぉ!?」

「それより早くスーツを試着しましょう。こういう面倒くさいことはお互い早く終わらせた方が得でしょう?」

「あ、はい……」


 紫木本は円柱型のケースに近づき、ボタンを押した。閉じられていた蓋が開き、雅森専用の戦闘スーツの外観が明らかになる。


「うわぁ……」


 そのスーツは薄く、ピチピチだった。しかも露出度が高い。さすがに大事な部分は隠れているが、体の輪郭がほぼ分かるような設計になっている。


「あのぉ、このデザインは?」

「アタシがデザインしたの」


(あんたのデザインかよ!)


 雅森は心の中で突っ込んだ。嫌がらせみたいなデザインだ。


「あのぉ、戦闘スーツってもっとゴツゴツして防御に優れた感じのヤツを想像してたんですけど……」

「アタシ、こういう感じの方が好きなの」


(しかも、あんたの好みかよ!)


 雅森は心の中で突っ込んだ。レースクイーンみたいに、プロパガンダという意味で着るのだろうか。


「じゃあ、早速試着しましょう」

「ま、まずは敵対組織へのアピールってことでこれを着るんですよね? 実際にこれで戦うわけじゃないですよね?」

「何を言っているの? これを着て戦うに決まっているじゃない」


(マジだった……)


 もう心の中での突っ込みも追いつかなくなっていた。一番恐ろしいのは、紫木本がこれを真顔で言っていることだ。その瞳に濁りは無かった。


     * * *


「サイズはピッタリね。動きも問題なし。今日の作業はこれで終わりよ」


 数分後、試着が完了した。雅森の予想通り、スーツはかなりきつく、ボディラインが露になっている。


「あのぉ、これ恥ずかしいんですけど……」

「え? どこが?」


 紫木本は首をかしげる。


「露出度高くないですか?」

「そう? これでもけっこう低い方だと思うけど……」


 雅森と紫木本との感覚がズレ過ぎていて話にならなかった。


「それに……その……」


 雅森は自分の体を見つめる。

 ヒーロースーツには自分の体の輪郭が、胸から足先まで、細かく浮き上がっていた。


「これ……バストとか、ウエストとかが……ハッキリ分かっちゃうと思うんですけど……」

「あぁ、今後の改良で、もっと浮き立つようになるわ」

「え、何で!?」

「だって、出っ張ってるところが潰れてちゃ、いろいろと窮屈でしょ?」

「ち、違います! 目立たなくしてほしいんです! 私には窮屈さよりも、いろいろと大事なものがあるんです!」

「ふーん……まぁ、それは今後の様子を見て決定するわ」


 紫木本は自分のパソコンに、今の会話をメモしていく。


「それと、雅森さん? さっきから気になっているのだけれど……」

「な、何でしょう?」

「スーツからはみ出ている無駄毛は処理した方が良いと思うの」


 紫木本は、懐から眉毛用の剃刀を取り出し、雅森に近寄った。


「え? ちょ!?」


 そしてヒーロースーツを脱がし、雅森の肌を露にする。


「動かないで。暴れると痛いわよ」

「し、処理は自分でやりますから! ひゃっ!」


 紫木本は雅森の体にジェルをペタペタと塗りこんでいく。そのひんやりとした感触に、雅森は堪らず声を上げた。

 そして、剃刀を脇の下に当てていく。他人に脇の下を剃らせるという未知の経験に、雅森の頭は混乱状態になっていた。


「あ……ん……」

「……これで、両脇は大丈夫。次は……」

「か、下半身くらいは自分で処理しますから!」

「下半身なんて自分では剃りにくいと思うわ。ここはアタシに任せて、雅森さんはそこの台座に座って股を開いて……」

「えっ、あの、ちょっとぉ!」


     * * *


「何か、すごくスースーする……」

「そのうち慣れるわよ」


 数分後、無駄毛処理は完了した。

 雅森は台座に座り、両手を股に当てながら別の質問をする。


「あのぉ、この服、私のサイズにピッタリなんですけど、体のサイズを測ってもらった覚えが無いのですが、どうしてサイズが分かったんでしょう?」

「あぁ、雅森さんの相棒から貰った映像をコンピューター解析したの」


 紫木本は再びデスクに向かうと、パソコンで動画を再生させた。


「ほら、この映像から解析したのよ」

「こ、こ、これって……」


 それは雅森が灰畑に削除させたはずの下着動画(第9話で復元された)だった。


「あの男は……」


 雅森は元の服に着替えなおすと、拳を強く握り、わなわなと震えながらトラックの外へ出た。そこには灰畑がニコニコしながら待機している。


「あ、戦闘スーツどうでした? あれ、結構良いデザインだと思、ぐぼぉえ!」


 満面の笑みが浮かぶ灰畑の顔面に、強烈な一撃がヒットしたのだった。

 雅森はそんな彼を見ながら思う。


(どうして政府関係者は変態ばかりなの!)