恐怖症の9タイプ

 

強迫観念」って言葉をきいて、あなたはどんなイメージを持ちますか?

 

もし、あなたが子どもの頃から植えつけられてきた家族のルールや守らなければならない道徳みたいな教えがあって、それをいつの頃か破ってしまったとします。

 

すると・・その時の心に何が起こると思いますか?

 

それは「罪悪感」です。

 

例えば、子どもの頃はおばあちゃん子だったあなたが、成長と共に友だちとの付き合いが最優先となり、いつの間にかおばあちゃんに会う機会も少なくなって・・、そんなおばあちゃんが亡くなった時に、何だか自分がおばあちゃんを寂しくさせたんじゃないかって、あんなに大好きだったのに何にもしてあげられなかったんじゃないかって、後悔の念や「罪悪感」を抱く場合があります。

 

あるいは子どもたちが成長し、自慰行為という性的欲求を解消する一方で、思春期特有の「罪悪感」を抱く場合があります。

 

家庭の中で子どもの頃から当然とされる宗教的なルールが存在する場合、それはあくまでも家庭内の常識であって、一歩、外に出ると一般的ではないと知ったあなたは、例えば友人たちとの付き合いの中で、自然に振る舞いながら大切なルールを破ってしまった場合、仕方がなかったと自分に言い聞かせる一方で、心には道徳に対する「罪悪感」を抱く場合があります。

 

こうした「罪悪感」自体、あなたの心の中で自然に解消できれば健康的なのかもしれませんが、残念ながらこの「罪悪感」から逃れることができない場合には、強い「自己否定感」に襲われてしまいます。

 

強すぎる「自己否定感」は、たとえ他のことに責任転嫁したとしても、「本当は自分が悪いんだ」と自分を責め続けることにつながり、いつしか自分の存在意義をも喪失させることも少なくありません。

 

そして、この強い「自己否定感」による悪循環に陥ってしまうと、繰り返しネガティブな考えやイメージ、衝動がわき上がってくるようになります。

これが一番はじめに投げかけた「強迫観念」の正体です。

 

例えば、身体が汚れているという強迫観念がわき上がってくると、繰り返し手を洗い続けたり、長時間お風呂に入っているようになります。また、外出したのに「鍵をかけ忘れた」という強迫観念がわき上がってくると、家に戻って戸締り確認をし続けるようになります。

 

そして昔から、この「強迫観念」のこだわりの対象が固定化されたもの、それが「恐怖症」であると言われています。

 

「恐怖症」にもあらゆるものが存在しますが、ここでは僕がこれまでの臨床経験で対応させていただいた代表的な恐怖症をご紹介いたします。

 

 

対人恐怖

対人恐怖といっても人間全般に対して恐怖心を抱くわけではない。親兄弟や親しい友人、全く知らない人に対しては何の恐怖心もないというケースが多い。

 

ちなみに不特定の人々に恐怖心を抱く場合、「社会恐怖」と区別する場合もある。 

 

対人恐怖は、特定の誰かが怖いとか苦手なのではなく「自分が相手にどう見られているかが怖い」ために、人と接することができなくなってしまう症状と言える。

つまり、怖いのは相手ではなく「相手の表情に映る自分を知ること」なのである。

これを心理的に分析するならば、劣っている自分を認めたくないために、その劣等感を「相手への恐怖」にすり替えて自分を守っている見ることができる。

 

対人恐怖は日本人には非常に多いのに、欧米にはその名が存在するかどうかも怪しいほど。日本人特有の「人目や体裁を気にする」「目立たず、人と足並みを揃え、平均点を取っていればよい」という、欧米型の個人主義とは正反対ともいえるメンタリティが深くかかわっているのかもしれない。 

 

視線恐怖

道行く人から見られているかもしれないという意識が「笑われているのではないか」とネガティブに変換され、ひどくなると、道ですれ違う見知らぬ人まで自分を見ているような気がして、外へ出られなくなるなど生活に支障が出てくるといった症状。

 

視線恐怖には、人から見られているのが気になるタイプ(被害者型)と、自分の視線がそうしようと思わないのに他人を見てしまうタイプ(加害者型)の2種類がある。

 

前者は、周りの人が自分を見ているような気がしていたたまれず、動きがぎこちなくなったりする。極端になると、犬や猫の視線やテレビに出ている人の視線まで気になる。

他方、後者では、例えば他人と話す時などに視線をどこに置いていいのかわからなくなり、うろたえてしまう。自分の視線が他人を傷つけたり、不快な思いをさせていると思い込んで恐怖を感じる。

 

視線恐怖の背景には、人見知り・恥ずかしがりといった性格も関係するが、自分は弱い人間という劣等感があるのに「人に負けたくない」というプライドも併せ持つ人がなりやすい。強気と弱気とが入り交じっている性格の人が陥りやすいと言われている。

 

赤面恐怖

笑顔恐怖

自己臭恐怖

自らの体臭が気になって、気になって仕方がないといった症状。

その根本原因は集団からの《疎外恐怖》。

対人恐怖の一種で、自分の体臭が臭いと思われてるんじゃないかという周囲からの疎外感による被害妄想というケースもある。

 

例えばある女性クライエントは、学校のクラスで体臭を指摘され、それが発端で、自分が仲間から疎外されることの強迫観念に襲われた。

そして実際にはそれほど臭わないのに、異常なほど体臭を気にして汚れることを怖れるようになった。

自己臭恐怖のクライエントは、臭いだけでなく、自分のすべてを否定され捨てられることを恐れている。

 

ふるえ恐怖

醜形恐怖(身体醜形障害)

ありのままの自分の姿を心から愛することができない。

例えば自分の顔や体型を醜いと思い込み、勝手に自己嫌悪に陥ってしまう。

整形手術を何度も何度も繰り返す人もいる。

 

その心理的背景には、他人に認めて欲しい、自分に注目して欲しいという《承認欲求》が存在する。こうした心理が働くと、そのために必死に美しくなろうとする・・

 

彼らの過去の子ども時代にさかのぼると、親から「ありのままの自分」を愛してもらえなかったというエピソードが多い。

両親からの過度な期待が、次第に子どもの心には負担となる。そして、注目されたい、認められたいという気持ちの対象が、成長するにつれ、親ではなく異性や世間に変わっていく。

 

たとえどんなに整形手術を繰り返し、つくられた外見(個性)を繕ったとしても、本人自身の心が変わらなければ何も変わらない。

 

表情恐怖

広場恐怖

閉所恐怖

不潔恐怖

疾病恐怖

尖鋭(せんえい)恐怖

自己臭恐怖

自己視線恐怖

女性恐怖

男性恐怖

自己愛型人間

わずかな失敗も認めず、他者への共感性が欠如し、自己本意の思い込みが激しい

それでいて、周囲からの批判に対し、極度に傷つき被害的になる・・・

いわゆるエリートや秀才型、挫折を知らないような《自己愛型人間

 

自己愛型人間》は男性に多く、たとえどんなに多くの異性と交際したとしても、決して心が満たされることがない。

男性の場合、大切な妻や子どもがいたとしても、他に彼女と交際しているケースが多く、誰よりも自分のことを愛している。

 

彼らの過去の子ども時代に溯っていくと、決まって親から《見捨てられたような》《独りぼっちにされたような》恐くて、さみしくて悲しくてといった大きな体験がある。

 

NLPメンタルコーチング 岩元應和心理相談室

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