漢方エッセイ手足の冷えと漢方薬

【建設業労働災害防止協会発行「建設の安全」平成21年11月号 健康管理コーナー 24~25ページ】

はじめに

冷えで体調が悪化される方はとても多いですね。慢性の痛み、しびれをもっている方は大体冷えに弱いです。慢性の鼻炎、呼吸器疾患のある方では、冷えると「かぜ薬」が手放せないという人ばかりです。冷房が健康な方の体調を悪化させることは皆さんよくご存知の通りです。

残念ながら、現代医学は冷えにあまり興味がありません。というのは、現代医学が注目する「冷え」は閉塞性動脈硬化症などの、特殊な病気に限られるからなのです。

漢方医学では「冷え」は血管の病気だけでなく、万病に関与する病態概念です。

冷え症は漢方で治しましょう!

陽の冷えと陰の冷え

漢方医学では人を治療の対象として診るときは、陽か陰か、いずれのタイプかを考えます。これは冷え症に限りません。陽の人は、顔色は比較的良く、がっちりして、声に力があり、脈や腹の緊張がよいのが特徴です。一方、陰の人は、顔色不良で、痩せ形で、力乏しく、だるがっていつも横になっていたい、と対照的です。

冷え症は陰と思われるかもしれませんが、実際には陽の人がはるかに多いのです。

陽の人では血液がうっ滯して?血(おけつ)という病態を呈します。スムースに流れるべき血が滞るために、手足に血流が巡らず、冷えてくるのです。治療としては血を巡らせる薬を用います。

一方、陰の人では新陳代謝レベルが低下して体全体が冷えています。温める薬を用います。陽と陰の薬を一つずつご紹介いたしましょう。

桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)

陽の冷えに対する代表的な漢方薬です。中味は桂皮、茯苓、牡丹皮、桃仁、芍薬です。美人のことを「立てば芍薬、座れば牡丹」と呼びますが、芍薬も牡丹も血を巡らせる作用を持っています。桂皮はシナモン、桃仁は桃の種で、やはり血流を増加させます。茯苓はサルノコシカケ科の菌類で、水を巡らし、気分を鎮静させます。

桂枝茯苓丸の適応は、体格は比較的がっちりしていて、足が冷えて顔がのぼせるタイプです。のぼせとは、顔が熱くなり、頭がぼうっとすることです。のぼせやすい人は湯舟に長く浸かっていられません。お湯に入っていると、めまいなど気分が悪くなりやすい傾向があります。このお薬は、冷え症だけでなく、月経痛、生理不順、皮膚の病気にもよい影響を与えます。1例を紹介いたしましょう。

28歳の女性です。中肉中背で、血圧、体温は正常です。20歳頃より生理痛、冷え、にきびに悩んできました。受診時、頬から顎にかけて赤いにきびが目立ちました。にきびは生理時に悪化しました。診察すると、臍の周囲に抵抗圧痛が顕著で、これは前述のお血、すなわち血のうっ滯を示す所見です。手足が冷えて、赤ら顔であることから「のぼせ」があると考え、桂枝茯苓丸の適応と考えました。にきびを考慮して桂枝茯苓丸加よく苡仁(よくいにん、ハトムギとも言います)をエキスで開始しました。月経痛、にきびは徐々に改善しました。服薬3ヶ月で冷えはほぼ軽快。にきびも、大好物のチョコレートを中止してからは、消失してきれいになりました。

桂枝茯苓丸は末梢血管を拡張するだけではありません。このお血状態においては、赤血球が3~4個集まれば一杯になる、極細の微小循環で赤血球が集合して流れにくくなっているのですが、桂枝茯苓丸は赤血球そのものにも働いて動きやすくなり、微小循環のうっ滯を改善することができます。このため、西洋薬の血管拡張薬を服用していても改善できない、脳血管障害患者の冷え、しびれに効く場合が出てくるのです。女性の病気だけではありません。長期服用しますとその抗酸化作用により、高脂血状態の動脈硬化を阻止できることが動物実験で報告されています。腎臓に合併症をきたすことで恐れられている糖尿病患者に長期服用していると、腎臓の病変がより軽度になるとの報告もあります。

副作用としては、ときに軟便気味になったり、生理が出過ぎたりする場合があります。効きすぎる方には注意が必要です。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)

 陰の冷えの薬で、冷えがとりわけ強い人が適応になります。症状としては、手足の冷えとこれに伴う腹痛、頭痛、手足の痛み等を改善いたします。

中味は当帰、芍薬、桂皮、生姜、細辛、呉茱萸、木通、大棗、甘草ですが、呉茱萸に特徴があります。呉茱萸はミカンの仲間で、体を強力に温める生薬ですが、飲みにくいことでよく知られています。ところが、冷えの強い人だけは抵抗なく飲めてしまう不思議な薬です。ご自分の冷えが陽の冷えか陰の冷えかわからない方は一度この薬を服用してみるとよいですね。抵抗なく飲む事ができた人は陰の冷えを持っているということになると思われます。

多くの方の冷えは手足の先が白くなりますが、このお薬はしもやけのように「赤く冷える」人が適応です。一例をご紹介いたしましょう。

症例は35歳の女性です。主訴は三叉神経痛、冷え、月経不順でした。

筆者の地域は関東で最も温かいところなのですが、この方は6年前から毎冬しもやけになるようになり、3年前からは悪化してきました。そればかりか、昨年7月からは、左顔面が痛み、近医にて三叉神経痛と診断されました。12月寒くなってから悪化して、毎日2・3回痛みます。1月下旬に受診。酒、喫煙はされません。

症状を伺いますと、手足がしびれてくるほど冷えが強くて、いつもとても寒いと訴えていました。痩せ形で、血圧は低めでした。脈と腹の緊張は弱く触知されました。手足を触わると冷たく、指先は若干赤味を帯びていました。

漢方医学的には陰の冷えの典型的な症例です。

当帰四逆加呉茱萸生姜湯のエキス剤3包を食前に服用して頂きました。

  • 2月上旬 ひどい寒さが減じてきましたが、三叉神経痛は1日数回出現しました。
  • 3月上旬 突き刺す痛みが減少しました。しかし、熱い物を食べると、左顔面がなお響くように痛みました。
  • 3月下旬 三叉神経痛はほぼ消失、忘れたようになりました。

以後は冷え、月経障害を主訴として2年間治療を継続していますが、冬になっても以前のような冷えはなく、三叉神経痛は再燃していません。

漢方のこと等何も知らなそうなベテラン整形外科医のK氏が、疼痛例にこの薬を使って悪いことがないと話してくれて驚いたことがあります。隠れたファンが多い薬のようです。

この薬を服用するときは、錠剤よりは顆粒製剤を選んでください。そしてお湯で溶かして服用することをお勧めいたします。その方がよりよく効くようです。不味い味を恐れてはいけません。体にあっていれば必ず服用できるはずです。もしも、飲みにくさを覚えるようでしたら、合っていない可能性があります。医師、薬剤師、登録販売者の方と相談してみてください。

副作用として知っておいて頂きたいことがあります。

1993年から1999年にかけて、中国より購入した漢方薬による腎障害事件がありました。死亡例も出て、大騒ぎでした。副作用をきたした薬の中には、この処方も入っていたので筆者も驚きました。実は、構成生薬の中の木通として、日本では用いられない関木通(かんもくつう)が入っていて、その成分であるアリストロキア酸が腎障害を起こしていたのでした。日本メーカーの漢方薬ではこのようなことは決してありません。ご安心ください。現在の中国でも禁止されているはずですが、漢方薬に限らず、旅行などで海外の薬を購入するときはくれぐれもご注意ください。(伊藤)