先のパレルモ戦でも出番がなかった本田。これでセリエA15試合連続だ。写真:Alberto LINGRIA
サイドアタッカーのローテーションだけは…。
ミランにおけるサイドアタッカーのローテーションは相変わらず続いている。たった一人を除いては……。
直近のパレルモ戦(4月9日のセリエA31節)ではスソが戻ってきた。故障でユベントス戦、ジェノア戦、ペスカーラ戦の3試合を欠場したが、再び右ウイングという定位置に戻って来たのだ。
そのため、数試合そのポジションでプレーしていたルーカス・オカンポスはベンチに戻った。とにかくウイングのターンオーバーは今も本田圭佑を抜いた形で続いている。そして本田の先発落ち記録はセリエA連続15試合連続まで伸びた。この間で背番号10は1秒たりともプレーしていない。
このコラムで何度も言ってきたが、故障離脱中のジャコモ・ボナベントゥーラ、スソ、ジェラール・デウロフェウは、期待通りもしくはそれ以上に違いを見せてきた。彼らが本田に代わってレギュラーとしてプレーすること自体は、決して不当ではない。指揮官のヴィンチェンツォ・モンテッラの選択は至極正しい。
ただ、他のポジションの選手はほぼ満遍なくターンオーバーに組み込まれているのに、たった一人だけまるで忘れ去られたようにベンチに置き去りにされるのは、少し度を過ぎているようにも思う。
例えば後半、守りを固めなければいけない時などに、ラスト20分くらいは本田を使ってもいいのではないだろうか? 本人がこの扱いを不当だと感じてしまっても決して不思議はない。
しかしミランは今、シーズンの明暗を決める重要な時期に入ってきている。だからここまでこの形できたのだから、今後もまず状況が変わることはないだろう。
先週末のセリエA第31節、風はミランに味方した。ヨーロッパリーグ出場権(4、5位)を直接争うライバルであるラツィオ、アタランタ、インテルが引き分けや敗戦で停滞したのに対して、ミランは順調に3ポイントを稼いだ。
おかげでミランはまた6位に返り咲き、それどころかあと4ポイント差を縮められば、予選なしでヨーロッパローグに出られる4位に入ることさえできる。また何より10試合ほど後塵を拝していたインテルを追いぬいたことは、4月15日のミラノ・ダービーに向けての大きな弾みとなるはずだ。もしここでも勝利すれば、あと6試合を残す時点で、ミランはインテルを5ポイントもリードすることとなる。
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今シーズンの総出場時間はここまでわずか95分間。ミラン栄光の10番が背中で泣いている。(C)Getty Images
中国人新オーナーは本田を構想外にしている。
もうひとつミランにとっての朗報は、まるで昼ドラのような幾度にもわたるすれ違いや肩透かしの展開を見せていたクラブ買収交渉が、ようやくまとまりそうなことだ。
シルビオ・ベルルスコーニから中国人投資家ヨンホン・リーへの株式譲渡は、遅くとも現地時間4月14日にはついにやっとクロージングを迎える。ただ、そのためにはリーはアメリカのヘッジ・ファンド会社『エリオット』から3億ユーロ(約360億円)の融資を受けなければならなかったが……。
とにかく、これでやっとミランは前へ進める。31年間に渡るベルルスコーニ時代でミランは29のタイトルを獲得した。新たなオーナーの下でミランはどのような展開を遂げるのだろうか。中国人たちはアジアでのミランの知名度をより高め、ビジネスで得た利益をチームの補強に使うつもりだ。
しかし、先週もこのコラムで語ったように、残念ながら新オーナーのプロジェクトの中に本田は入っていない。選手としても、広告塔しても彼らはこの日本人を使う気がないようだ。
それにしても、本田の下降線は著しい。フットボーラーとして最も成熟した時期を、彼は最悪の形で過ごしている。何しろピッチでプレーする機会そのものが限られているのだ。
今シーズンが閉幕する5月28日、本田のミランでの冒険は終わる。初めてサン・シーロに立った時、本田はもっと別のストーリーを思い描いていたはずだろう。そして多くのミラニスタを怒らせ、失望させた背番号10も、新シーズンからは別の選手が纏うことになる。
ミラニスタはここ数年、酷い内容の試合を見ることも、キャプテンマークが何度も持ち主を変え、時にそれに値しない選手が付けることにも耐えてきた。
しかし、なにより背番号10がベンチから動かないところを見るのは、何にもまして耐え難く感じている。いや、過去のミランでどんな選手がこのナンバーを背負ってきたかを考えれば、耐えがたいというよりは恥ずべきことと捉えている。
ただ、モンテッラはそのことに関しては無頓着のようだ。4-3-3システムを使う彼にとってのトレクアルティスタ(トップ下)はボナベントゥーラとスソ。実際にスソは先日のパレルモ戦でも中央寄り、CFカルロス・バッカの後ろのポジションにいることも多かった。そして、指揮官の期待通り3つの得点に絡む(1ゴール、1アシスト、1つの起点)大活躍を演じたのだ。
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現在のミランで実質的なナンバー10の役割をしているのはこのスソ。前節でも3ゴールに絡んだ。(C)Getty Images
イタリア人の持つ10番のイメージとは程遠い。
しかし、今ここで語っているのはポジション上の背番号10ではない。背番号10という存在自体だ。栄光の背番号、カリスマ性と想像力に溢れた選手だけが背負うことを許される、サッカー界のエースナンバー。それが我々イタリア人の持つ背番号10のイメージだ。
残念ながら今の本田は、それらからは程遠い。ただもし、本田があと20年早く生まれていたならば、きっとその時代の有数のトレクアルティスタになっていた可能性も大いにある。今よりもサッカーがスローで緩かった時代ならば……。
もちろん彼の先達たちは、鳥肌が立つような名選手ばかりだ。イタリア人で初めてバロンドールを獲得したジャンニ・リベーラ(60~70年代)をはじめ、ルート・フリット(80年代から90年代)、デヤン・サビチェビッチ(90年代)、ズボニミール・ボバン(90年代)、マヌエル・ルイ・コスタ(2000年代)、クラレンス・セードルフ(2000年代)と、ミランのみならずサッカー界の歴史に名を残すレジェンドばかりだ。
彼らはみな違うタイプの背番号10だった。あえて本田と比較すれば、たぶんボバンが一番似ているか。彼もまた予想不可能なパスを出し、プレースキックにも長けていた。
しかし本田の今の状況を見る限り、きっとどんなことを言おうとも、彼にはからかわれているとしか受け取れないだろう。
文:マルコ・パソット(ガゼッタ・デッロ・スポルト紙)
翻訳:利根川晶子
【著者プロフィール】
Marco PASOTTO(マルコ・パソット)/1972年2月20日、トリノ生まれ。95年から『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙で執筆活動を始める。2002年から8年間ウディネーゼを追い、10年より番記者としてミランに密着。ミランとともにある人生を送っている。
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