| ■5日目 この日はアイト・ベン・ハドゥ近くのリアド・クサール・イグンダ・ホテルからバスで出発、ワルザザードを経てカスバ街道をドライブ。トドラ渓谷で昼食後、メルズーガ砂丘の入口となるエルフードへ向かう。 エルフードでバスから四輪駆動車に乗り換えメルズーガへ向かうという予定だった。 8時にホテルを出発。朝から雨である。 この時点では、のちに大変なことになるとは夢にも思わず、雨の少ないモロッコにとっては恵みの雨だ、などとのんきに構えていたのだった。 昨日来た道を20分ほど走り、Tabourahteまで戻るが、雨で昨日に比べ川の流れが速くなっている。 8時22分TabourahteでN9号線に入り、ワルザザードへ向かう。 ワルザザード(Ouarzazate)に近づくと政府が進めている新たな農業開発プロジェクトによるオリーブ畑が広がっている。 モロッコは人口の50%が30歳以下という若い国。そのマンパワーを活用して、至るところで農業開発が行われているのだ。 8時35分ごろ、ワルザザードの市内に入る。雨は小やみになってきたが、そらはどんより曇ったまま。 入るとすぐに左手に映画スタジオのCLA Studios Cinématographiques de Ouarzazateがある。 2004年にイタリアの映画プロデューサー、ディーノ・デ・ラウレンテス、イタリアの撮影所チネチッタとモロッコのサナム・ホールディングスによって設立されたスタジオである。 5分ほどするともう一つの映画スタジオ、アトラス・コーポレーション・スタジオAtlas Corporation Studiosに到着。N9号線から少し入ったところにある。 1983年に実業家のMohamed Belghmiによって設立されたスタジオで、敷地面積では世界最大とのこと。 スタジオ内の見学ツァーもあるのだが、今回は10分弱のカメラストップのみ、残念だ。 ワルザザードには映画スタジオが3ヵ所あり、これまで多くの有名な映画がこの地で撮影されている。 周辺に砂漠の雄大な光景が広がり、人的にも撮影スタッフやエキストラなど安価な労働力が得られることなどから、「アラビアのロレンス」はじめモロッコが舞台でない映画でもここをロケ地に選ぶなど、ワルザザードは今では世界有数の映画産業のメッカとなっている。 再びN9号線に戻ると、周辺にオアシスが広がり、ベルベル人の家の材料になる葦なども植えられている。 ワルザザート(Ouarzazate)はアトラス山脈の南側に位置し標高1,151m。雨はほとんど降らないが、アトラス山脈から流れ出すドラア川の水によってオアシスとなっているのだ。 8時50分ごろ、ワルザザードの市街地に入る。 3分ほどでN9号からムレ・アブデラ通り(Avenue Moulay Abdellah)へと左折する。 その交差点の中央には映画フィルムをかたどったモニュメントが設置されている。 ムレ・アブデラ通りに入ると、右手奥にバスターミナル(Gare routière)があり、その手前の広場がタクシー乗り場になっている。 商店街を過ぎると、役所や学校のような建物が並んでおり、空港もこの先、市街地にすぐ隣接したところにある。 ワルザザードはかつてはキャラバンが立ち寄るだけの小さな村であったが、1920年代にフランス軍がサハラ砂漠の最前線基地を築いたことによって発展した。 現在の人口は約57,000人で、サハラ砂漠観光の入口として多くの観光客が訪れる都市となっている。 9時ごろ市街地を抜け、N10号線に入る。 このワルザザードからティネリールを経て東のエルラシディアへと続くN10号線沿いには大小のカスバが点在しており、「カスバ街道(Route des Kasbahs)」と呼ばれ人気の観光ルートになっている。 やがて右手の砂漠の中にカスバスタイルの建物が現れる。いくつもかたまって建っているが、これが実は3つ目の映画スタジオ、ガンザマン・スタジオ(?)である。 次いでダム湖が見える。ワルザザードなどを潤すマンスール・エダービ・ダム(Barrage El Mansour Eddahbi)のダム湖である。 このダム湖に流入する涸れ川(ワジ)にかかった橋を渡る。 ふだんは水の流れていない涸れ川もひとたび大雨になるとたちまち濁流となって道路を横断して流れる。そのため橋がなかった5、6年前までは通行不能ということもたびたびあったようだ。 9時25分過ぎに、Skouraの町から3kmほど西にあるカスバ・アイト・ベン・モロ(Kasbah Ait Ben Moro)でカメラストップ。 18世紀の建物で現在は改造されてホテルとして利用されている。 9時35分ごろ、スコウラ(Skoura)を通過。 大きなヤシが群生するオアシスにある人口2,800人ほどの小さな町。ここにはKasbah Amerhidilがあるが、バスからは見えない。 車内では「カスバの女」の合唱だけれど、この歌と実際のカスバのイメージが結びつかない。 9時55分ごろにはイマシーヌ(Idelmine)を通過。Google Mapにはイマシーヌとあるが、現地ガイドは「イマセン」といい、「でも、人はイマス」と笑わせた。「TOKYO」という名のカフェレストランもある。 10時05分 「EAUDEROSE BOUTIQUE BERBĖRE」と書かれた店でトイレ休憩。 店ではローズウォーターや鉱物、化石、陶磁器などを売っている。 ローズウォーター(Eau de Rose)は少し先へ行った地域で栽培されるダマスクローズ (Damask rose)から生産される美肌水だ。 これもまた美容の国モロッコの代表的な美容製品である。 30分ほど休憩して再び出発。10分ほど走ると道路の左右にバラ畑が広がる。この一帯は「バラの谷(La Vallée des Roses)」と呼ばれる地域で、メグーン川が作るオアシスの豊かな土地を利用してダマスクローズが栽培されている。 花は5月にしか咲かないので、 この時期はブッシュ状のバラの木には葉っぱしか残っていないので、いささか殺風景ではあるが、ピンクの花が一面に咲きそろった情景はきっと素晴らしいだろう。 10時45分にケラーア・メグナ(Kelaat M'Gouna)を通過する。 「バラの谷」の中心にあって、バラの蒸留所とバラ製品の生産工場があり、この地域の経済、社会の中心地となっている。標高は1,470mだから結構高い。人口は約14,000人である。 5月にはバラ祭りが開催され、大勢の人々で賑わうという。 町の中心にシンボルのそのバラをかたどったモニュメントが置かれていた。 10時55分ごろからまた雨が強く降りだしてバスの窓からは何も見えなくなってきた。 11時10分、ブマルヌ・ダデス(Boumalne Dades)の町へ。 ダデス川(Oued Dadès)の両岸にとても美しいオアシスが形成されており、その外側に街並みが連なっている。人口は約11,000人でベルベル人の町である。 この先、ティネリールからトドラ渓谷へ行く道路が大雨で通行止めになっているようだ。 昼食をトドラ渓谷のレストランで予定していたものをティネリールのレストランに変更してN10号線をそのまま進む。 11時30分、Imiterという町で涸れ川を渡る。といってもここには橋がない。大雨で川幅50mほどに広がって道路を横断して水が流れている。 小型車は危険なので渡れずに立ち往生。バスはなんとか渡ることができた。 この先もたびたびこんな場面に遭遇することになる。 12時にティネリールのホテルに到着。ホテル・カスバ・ラムラニ(Hotel Kasbah Ramrani)というカスバスタイルのホテルである。ここのレストランで昼食。 急な予約にもかかわらず、チキンのタジン鍋などベルベル料理の昼食が出された。 雨が降って冷え込んできたため、石油ストーブで暖をとる。 ティネリール(Tinghir)の町は、トドラ川(Assif Todgha)沿いのオアシスに位置し、ここもまたフランス軍の駐屯地として建設された町である。人口は約36,000人、その多くはベルベル人だ。 ティネリールに入る手前では新しい街づくりが進められていた。N10号線と並行する形で新しい道路が建設されるなどインフラ整備とともに市役所や住宅の建設が活発に行われている様子がみてとれる。 (つづく) |