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東洋医学史研究会・九州郷土史歴史サイト史料館
「九州古代史・歴史探訪シリーズ」
「天草島原の乱」に至るいくつかの道程とともに
(この歴史シリーズは今年の5月にいきなりサイトから削除されましたので、新たに購読ブログ記事として別サイトで紹介していくことにいたしました。
これまで拙論を評価していただいた皆様には、心より感謝申し上げます。)
ドキュメント・「戦国九州奴隷貿易の真相に迫る」
・何故、千々石ミゲルはキリスト教を棄教したのか
・何故、長崎代官村山等安は斬首されたのか
・天草島原の乱はキリシタン傭兵部隊の反乱なのか
ドキュメント・「戦国九州奴隷貿易の真相に迫る」(1~23)全編の内容と目次
● 天正遣欧少年使節とイエズス会宣教師ヴァリニャーノ・何故に、鉄砲が持ち込まれたのか?!・すべてはキリスト教伝来から始まる・いま何故、千々石ミゲルの存在が問われるのか?天正遣欧少年使節・イエズス会(1)
● 九州戦国時代の様相・奴隷船がやってきた・千々石ミゲル(2)
● 宣教師が絶賛した織田信長・海外に売られた戦争捕虜・当時の奴隷供給の背景と様相 (3)
● 秀吉は、何故バテレン追放令を出したのか・アジアにおける日本人奴隷の実態・秀吉を激怒させたものとは何か・何故にキリシタンは、弾圧されたのか(4)
● 千々石ミゲルの棄教・大村喜前・応用倫理神学(5)
● キリシタン大名による奴隷貿易は特殊なものだったのか・保身に転じたキリシタン大名・その後の千々石ミゲルと時代背景・ 命を狙われる異端者、千々石ミゲル(6)
● 千々石ミゲル、長崎へ逃げる・長崎代官・村山等安とは何者か・ キリシタン貿易商としての活躍(7)
● 千々石ミゲルと長崎代官・村山等安との邂逅・ 長崎の教会と村山等安・それでも奴隷貿易は続く・奴隷の輸出許可書を誰が発行したのか・ ジョアン・ロドリゲス神父の登場(8)
● 長崎でのイエズス会・ジョアン・ロドリゲス神父の活動・ 等安、イエズス会からの離反を決意する ・ 村山等安と彼の一族が支援した宗教活動 (9)
● 長崎・マードレ・デ・デウス号事件・追い詰められるキリシタン・ 等安の命運を決定付けた長崎聖行列(10)
● 誇り高き同志、キリシタン高山右近との別れ・村山等安の決死の行動計画・その①・キリシタン弾圧と村山一族の動き・決死の行動計画・その②(11)
● 幕府の思惑と村山等安の画策・幕府が恐れた村山等安の存在・等安の対コンフラリヤ策とは ・村山等安の台湾遠征の目的とは?(12)
● 村山等安に忍び寄る影・村山等安に対抗する勢力とは・村山等安と末次平蔵との確執(13)
● 末次平蔵の怒りを買った等安・末次平蔵を操るイエズス会の陰謀 (14)
● イエズス会司祭荒木トマスの暗躍・荒木トマスとは何者か・荒木トマスの放った一撃(15)
● 村山等安、窮地に陥る・末次平蔵の勝利 ・裁かれる村山一族・ 村山等安、ついに斬首される (16)
● 村山一族の斬首、殉教者・ キリシタン弾圧の時代と元和大殉教 ・キリシタン村山マリーアの殉教・ 陰謀の顛末とキリシタン弾圧の時代(17)
● 村山等安を評価していた背教者不干斎ハビアン・「破提宇子」=「地獄のペスト」を書いたハビアン・ハビアンの不可解な死に隠されたもの・その後の千々石ミゲル (18)
● イエズス会世界戦略・大航海時代と侵略の歴史・「宣教活動→仲介貿易→軍事行動→植民地化」という侵略の図式(19)
● 日本でのイエズス会が採った軍事戦略・イエズス会に踊らされた秀吉・九州には、キリシタンによる内乱の火種があった・本能寺の変との関わり(20)
● 国内最大の内乱が、キリシタン武装勢力、3万7千人の大乱勃発! ・村山等安一族が残した功績を顕彰する(21)
● 最強の傭兵部隊天草四郎鉄砲軍団の実態と、その攻防・鉄砲二千丁による猛攻とその後の悲劇 ・ついにはオランダ艦船の手を借りる(22)
● 悲劇の主役は、一体誰だったのか・何故に、ここにきて千々石ミゲルなのか・鎖国令・反乱はキリシタン傭兵部隊の暴走だったのか(23)
その他の重要な参考文献(24)
教科書にも載らない意外な事実と歴史!
| ●九州徐福渡来伝説の謎に迫る「医学史からみた鍼医・徐福の研究」 古代九州を中心に秘められた謎に迫る そこには古来より民間伝承の域を出ずに、常に為政者から排除され続けてきた複雑な経緯がある。 もとよりわが国の歴史教科書にも一切記載されることのない、実に不可思議な古代史の一つといえよう。 日本では同じように正史にまったく記述がないはずの邪馬台国については、その存在がまともに論じられることはあっても、この徐福渡来伝説だけはどうやらタブー視されていて、ほとんど触れられることはない。 近年中国では、古代の史書はもとより、膨大な家譜(家系図)の調査研究によって徐福の伝承そのものが歴史的事実として確定された。 本論は、当初わが国の古代医学史に関連付けて追跡してきた徐福渡来伝説について、東洋医学の専門誌「医道の日本」に1年近く連載したものである。 |