第2話 「ダイエット成功!」の喜びは束の間…

体重68キロ――今までの人生で最重量まで増えた体重が、あるときから徐々に落ち始め、2011年12月には58キロまで落ちていた。ちなみに身長は、165cmである。
空腹時は胃に違和感のある痛みを覚えるようになった。食事をすると、少し落ち着く。
当時私は、パソコン教室のインストラクターの仕事をしていて、不規則な食事やストレスが重なっていたので、胃痛の原因は、今までに何度も経験してきた胃潰瘍や胃炎なのだろうと思っていた。
そして何よりも、痩せたくても痩せられなかったのに体重が10キロも落ちていたのだから、単純にダイエット出来て嬉しい気持ちが強かった。
ダイエットらしいことはしていなかったし、食事量も減ってはいなかった。不調は胃の痛みだけだったので、自分的には絶好調と言っても過言ではなかった。
胃の痛みよりも何よりも、体重が減った喜びの方が大きかったのである。

それが年が明けて、2012年1月になると、寝ても覚めても胃の痛みが治まらなくなった。
その時の体重は、54キロ。
これはストレスによる胃痛とは違うかもしれない。どこかでそう感じながらも、ストレスのせいで片付けていた自分もいる。
しかし、ときにはしゃがみ込んでしまいたくなるような、仕事にも支障が出るような痛みになっていたので、勤務先近くにある消化器内科クリニックで診察を受けた。

実は私は、胃カメラ恐怖症である。
初めて胃カメラを飲んだのは、20歳のとき。
看護師さんが5人がかりで押さえつけるほど酷い反応で、それからは麻酔を使って完全に眠らせてもらった状態にしなければ、胃カメラの検査は受けられなくなってしまった。
クリニックの医師にそう告げると、エコーで胃の状態を検査することになった。
胃壁に炎症は見られるけれど、深刻な状態ではないでしょう……という事で、ロキソニンという痛み止めと、タケプロンという胃粘膜の保護薬を1ヶ月分処方された。
もしもあのとき、胃カメラ検査を受けていたのならば、何かが変わっていたのだろうか……?

2月にはパソコン教室を辞めることになり、新しい職探しを始めた。
胃の痛みは痛み止めで何とか抑えられていたので、診察と薬だけの通院をしていた。
ストレスの多い職場を辞めたのなら、胃の痛みも治まってくるだろうと考えていたのだが、痛みはだんだん強くなってきた。
それでも痛み止めを飲めば落ち着いたので、再度の検査は受けなかった。

4月には新しい勤務先も決まった。
以前から希望していた地元の大学病院の手術部で、看護助手という仕事だった。
もともと私は、医療に興味があった。自分が今まで大きな怪我や病気を幾度か経験してきたことも、きっと関係しているのだと思う。
もっと言えば、人はなぜ生きているのか、どうやって死ぬのか、ということにも子どものような好奇心が消えなかった。

仕事の内容は、翌日の手術の為に必要な器具の準備や、手術台の準備、麻酔に必要なワゴンの薬剤補充などである。また、手術中に必要な器具や麻酔を看護師さんから指示されて、手術室に届ける事もあった。手術が終わった後片付けも仕事の1つだった。
9部屋ある手術室は、いつも手術予定がぎっしり詰まっていて、手術が10時間を超える事もあった。
そんな状況であるにもかかわらず、不思議な事に手術に必要な準備では、私は何度も【胃ガンによる胃全摘出手術】を担当した。まさかその後に自分が受ける事になるとは、思いもしなかった。
仕事は覚える事も沢山あったし、手術部勤務の看護師さん達からの厳しい指導もあったけれど、大好きな仕事だったので楽しくて仕方がなかった。
それなのに胃の痛みは治まらない。
治まらないどころかますます酷くなり、夜中に飛び起きるほどの痛みが背中に出始めるようになった。

そのときにはもう、確信めいたものがあった。
これは、胃潰瘍とは違う。
すでに自分の中には覚悟みたいなものを秘めていた。誰に相談したわけでもない。静かな覚悟だ。
意を決して、クリニックへ行き、再度エコー検査を受けた。
エコーの画像を見た医師は、苦虫を噛み潰したような顔をして、私にこう告げた。
「胃が縮んでいるなぁ……。これは覚悟を決めて胃カメラを飲んでもらうしかないよ」
私も観念して、頷いた。
「大学病院(私の勤務先)から、上手な先生が来るから」
……いや、無理だろう、絶対。
どんなに上手な技師がチャレンジしても、意識がある状態で口からの胃カメラは無理なのだから。ともあれ、こうなったらまな板の鯉状態になるしかない。
検査日前日は、ゴールデンウィークに突入する最終勤務日だった為に、21時まで残業だった。
21時以降の飲食は禁止だったけれど、空腹のまま眠れるわけがない食い意地の張った私は、消化が良いうどんを仕事帰りに食べて、検査日を迎えることとなった。

検査日当日、私が最初の予約患者だったので、9時になって喉に麻酔スプレーをしてもらった。
その後、検査室へ行きベッドに横になり、検査技師の指示通りマウスピースをくわえた。
胃カメラが口の中に入り、喉の奥に入った瞬間……パニック発作を起こしてしまい、血圧が急上昇し、くわえていたマウスピースを吐き出してしまうほどだった。
検査技師は慌てて中断。
口からの胃カメラは無理と判断されて、急遽、鼻から入れることになり、検査の順番は最後になった。
看護師さんに「こちらのベッドで横になって休んでいてください」と言われて、泣きながら検査室からヨタヨタと歩き、ベッドに倒れ込んでしまった。
無理なのだと言っていても、無理を承知で挑戦したくなる事もあるのだろうなぁ……と思いながら、意識が遠のいて、そのまま眠り込んでしまった。
12時近くになって起こされ、今度は鼻の中に麻酔スプレーをされた。
そして、口から入れるカメラより細いくねくねの胃カメラは、どうにかこうにか喉を通過した。己の胃の内部が映し出されているモニター画面を私も冷静に見ながら、検査技師の言葉を聞いていた。

「大丈夫だよ~、綺麗な胃壁だよ」
綺麗……という技師さんの言葉を頭の中で反芻するや否や……「あっ!」という声。
モニター画面から検査技師のほうに思わず目を向けた。顔色が変わっていた。
そして私は、再びモニター画面を見つめた。
素人の私でも分かるほど、それまで映し出されていたものとはまったく違う、異様な色をした胃壁が見えたのである。
黒く隆起している部分もあれば、白く隆起している部分もあった。
検査技師は「このまま細胞を採取しますから……」と、それまでよりずっと小さな声で言った。
覚悟は確信になり、一瞬で悟った。
胃炎でも胃潰瘍でもなく、私は胃ガンなのだ……と。

北野 十子 (きたの とおこ)

40代女性。2012年6月に「スキルス胃がん」が見つかる。手術で胃の全摘出、脾臓・胆嚢の摘出を行い、「ステージⅣ 余命半年」と宣告される。腹膜播種とリンパ節転移もあり、抗がん剤治療を開始。しかし1年後に本人の判断で抗がん剤をやめる。それから2年経った今も元気に暮らしている。