造血幹細胞を老化から守る代謝制御メカニズム
田久保 圭誉(発生・分子生物学)

造血幹細胞:全ての血球を作る幹細胞

わたしたちの血液細胞は、骨の中にある骨髄という臓器で毎日作られています。骨髄の中にある造血幹細胞が、赤血球やいろいろな白血球、血小板といった各種の血液細胞を作る能力を持っています。造血幹細胞は、白血病をはじめとする疾患の治療法である骨髄移植に用いられて、移植を受けた患者さんの骨髄を再生する能力を持つ細胞です。造血幹細胞は一生の間、休まず血液細胞を作り続けるために、骨髄の中にある特別な環境「ニッチ」によって勝手に分裂しないように静止状態で維持され、必要に応じて自分自身を複製する能力(自己複製能)と、老化して機能を失わないための仕組みを持っていると考えられていますが(図1)、その詳細なメカニズムには分からない点が多くあります。また、骨髄移植ドナー不足から、既存の造血幹細胞ソースを増やして有効に利用するための技術を開発することも重要な研究課題です。

図1. 造血幹細胞による血液細胞産生の維持
造血幹細胞は細胞周期の静止状態を保ちつつ必要に応じて適切に分裂して種々の血液細胞を供給する。

わたしたちは、10年にわたる研究の結果、造血幹細胞が骨髄の中でも酸素の少ないニッチに存在して、酸素が少ない環境に適応するために重要な働きをするHIF-1αという分子(後述)をちょうど良い塩梅で活性化して、酸素を使わないエネルギー産生系を利用して老化せずに生存する戦略をとっていることも見出しました。さらに、こうしたニッチにおけるエネルギー産生系を、化合物を用いて擬似的に再現することで、造血幹細胞を老化せずに体外で維持する技術を開発しました。

VHL/HIF-1α制御系は造血幹細胞を老化せずに維持するために必須である

わたしたちが住んでいる地球上では、およそ21%の酸素が大気中に含まれています。肺から取り込まれた酸素は赤血球に乗って全身へと運ばれますが、全身の組織のなかには大気中に比べるとはるかに少ない酸素しか存在しない環境もあります。低酸素応答性転写因子HIF-1α(hypoxia-inducible factor-1α)は、大気中の21%酸素下ではVHLというタンパク質によって壊されてしまい存在できません。ところが、低酸素環境ではVHLによる破壊から逃れてタンパク質として安定化することが出来ます。安定化したHIF-1αはパートナーであるHIF-1βと一緒にDNAに結合して、細胞が低酸素環境に適応するために必要ないろいろな遺伝子を活性化します。わたしたちはまず、骨髄の造血幹細胞が低酸素環境に存在していて、HIF-1αを活性化していることを見つけました。そこで、HIF-1αとVHLをそれぞれ造血幹細胞で遺伝的に欠損するマウスを準備して、これらの遺伝子の働きを調べました。はじめにHIF-1αを全く持たない造血幹細胞を調べたところ、本来は静止状態にあるはずのところが、分裂が活発になってしまい、その結果老化しやすくなっていることを見出しました(図2)。一方、1対あるVHL遺伝子の片方を欠失させることでHIF-1αを少し増やすと、造血幹細胞は正常よりもより静止状態になり、いろいろなストレスにさらされても老化しづらくなりました。ところが、VHL遺伝子を両方とも欠失させて、HIF-1αを最大限まで活性化すると造血幹細胞はほとんど増殖することができなくなりましたが、その結果幹細胞としての機能も失ってしまいました。つまり、HIF-1αは少なすぎても多すぎてもいけないということが分かります。

図2. HIF-1α量による造血幹細胞維持
HIF-1αやVHLを欠損した造血幹細胞は細胞周期の静止状態や代謝機能に変化が見られる。

HIF-1αによる解糖系代謝の活性化が造血幹細胞を老化から守るために必要である

このように造血幹細胞を維持するために重要なHIF-1αですが、どのようにして維持しているのかという分子メカニズムは不明でした。そこでわたしたちは造血幹細胞がエネルギーを作る仕組みに注目しました。細胞は、細胞外から糖であるグルコースを取り込んで細胞内におけるエネルギー通貨であるATPを作り、これを利用して細胞の生存を図っています。グルコースは解糖系と呼ばれるエネルギー産生経路で分解されてATPが取り出されます。また、解糖系に続いてミトコンドリアのエネルギー産生経路が活性化されてさらに大量のATPが取り出されます。解糖系は酸素は使わないものの、はじめのグルコースに対するATPの産生効率は良くありません。一方、ミトコンドリアの代謝経路はATPの産生効率は良いものの、副産物として幹細胞を老化させてしまう活性酸素が産生されます。わたしたちの解析から、造血幹細胞では解糖系からミトコンドリアの代謝経路への代謝産物の流入をつかさどるピルビン酸脱水素酵素(pyruvate dehydrogenase; PDH)の働きが抑制されていることを見つけました(図3)。PDHはPDHリン酸化酵素(PDH kinase; Pdk)によってリン酸化されることで抑制されます。わたしたちの解析から、造血幹細胞で複数あるPdkのなかでもPdk2とPdk4という遺伝子がHIF-1αによって活性化され、活性酸素を作らずにすむ解糖系によってATPを作り出していることを見出しました。さらに、Pdkの働きを模倣する薬剤で造血幹細胞を体外で処理することで、幹細胞を老化させることなく維持できることを発見しました。

図3. 造血幹細胞の代謝制御
酸素が少ない環境は、造血幹細胞で転写因子HIF-1αを活性化し、Pdk2とPdk4の産生が高まる。これらはミトコンドリアのPDHを抑制し、老化につながる活性酸素種の産生を低下させる。一方、酸素を必要としない解糖系によるエネルギー産生を高めて幹細胞を維持し、老化させないようにする。

おわりに

わたしたちの研究から、造血幹細胞の新たな特性としてHIF-1αを介した解糖系代謝の活性化が見出されました。Pdkの機能を模倣する薬剤は新たな造血幹細胞を増殖させるためのツールとなる可能性を秘めています。さらに、iPS細胞などの多能性幹細胞から造血幹細胞を作成する際に、試験管内でできた造血幹細胞を維持するための技術ともなりえます。他の臓器の幹細胞やがん幹細胞も解糖系を活性化していることが明らかになりつつありますので、今回のわたしたちの研究成果は再生医療の実現や新しいがん治療の開発の礎となる知見であると考えています。

参考文献

Regulation of glycolysis by Pdk functions as a metabolic checkpoint for cell cycle quiescence in hematopoietic stem cells.
Takubo K, Nagamatsu G, Kobayashi CI, Nakamura-Ishizu A, Kobayashi H, Ikeda E, Goda N, Rahimi Y, Johnson RS, Soga T, Hirao A, Suematsu M, Suda T.
Cell Stem Cell. 2013 Jan 3;12(1):49-61. doi: 10.1016/j.stem.2012.10.011.
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1934590912005929

田久保 圭誉
(発生分化生物学・坂口講座テニュアトラックプログラム 専任講師)

最終更新日:2013年4月1日
記事作成日:2013年4月1日