世界にない糸を紡ぐ ~オーガニックコットンにかける紡績会社~ (バラエティ/情報)11:07~
今日の壺ナビゲーターの赤星憲広さんがオーガニックコットンを説明し「全世界の綿花全生産量の1%に満たない貴重な綿だが、商品としての世界市場は5年で3倍となっている。今回取材した会社は国内のオーガニックコットンが広がるきっかけとなった会社」と話した。
赤星さんは大阪阪南市にある紡績会社を訪ねた。出迎えてくれたのは繊維事業本部長の近藤健一さん、実は近藤さんは業界では糸の魔術師と呼ばれていてどんな糸でも作る技術を持っている。近藤さんはあるストールを取り出した。わずか335グラムという軽さで一般の5分の1、タオルに使われる糸と比較するとストールの糸は9分の1となる。この糸をどうやって作っているか?工場に案内してもらい作る工程の説明を受けた。「、には1,ゴミを取り除く 2、繊維を一方向にそろえる 3、糸を紡ぐ オーガニックコットンの糸は一般のおよそ1.5倍をかけて作られている。」と話した。
近藤さんは以前は大手紡績会社に勤めてて技術者として世界中に紡績工場を立ち上げてきた。ところが、1989年、昆虫学者サリー・フォックスさんが「綿花の栽培には殺虫剤などが大量に使用され健康や周囲の環境に悪影響を及ぼしている」と論文を発表した事に衝撃を受けた。「大量に安く売れば世界中が幸せになると思っていたが、それが大きく環境を汚していた事に気がついた」と話した。近藤さんはアメリカのカリフォルニアのサリー・フォックスさんの元を訪ね、その足で綿花を栽培している世界中の農場を見てまわった。その後1995年に帰国、これからの人生をオーガニックコットンにかけようと決意した。今の会社に移った近藤さんは精力的に世界のオーガニックコットンを集めて糸を作り始めた。質を確保する為世界の20の農家と直接契約を結んでいる。中でも貴重なのはスビン綿、この綿をオーガニックで作っているのはここだけ。近藤さんはより良いオーガニックコットンを求めて世界を飛び回っている。
ゲストに近藤健一さんを迎えて話を聞いていった。「実はオーガニックコットンで大切なのはトレーサビリティで生産者の顔が見えるという事。一般の綿に対してオーガニックコットンは1%未満、しかも科学的に調べて品質の差の根拠はない。フェアトレードが成立して初めてオーガニックコットンと言えるので少し高い。」と話した。赤星が「なぜ1%をビジネスにしたのか?」と聞くと「帰国した頃に周辺の紡績の廃業が続いていた。海外と同じものを作ればその運命を担う。このままではだめだと思い活路を見出だすには人が幸せになれる商品を作り認めてもらう事だと思った。それはオーガニックしかない。オーガニックコットンは21世紀型、必ず世界はオーガニックに向いてくると思った。」などと話した。
オーガニックコットンのパイオニアとしてビジネスを展開する近藤さん、当初は糸を売るのに苦労したと言う。その理由は作った糸を下ろす商社や問屋に高いプライスの面でオーガニックコットンの魅力を分かってもらえない事にあった。商売の壁となったのは繊維業界のシステム、川上の紡績会社は作った糸は商社や問屋を通して川中の生地メーカーで生地になり川下のアパレル会社で商品になっていく。オーガニックコットンの場合商社や問屋に理解してもらえなかった為川中にも川下にもいけなかった。
そこで近藤さんは業界の壁を飛び越えて直接売り込む作戦にでた。まず訪ねたのは和歌山市のニット生地製造メーカー、近藤さんは紡いだ糸を持ち込んでオーガニックコットンの品質と可能性を訴えて生地にしてもらえるように頼み込んだ。近藤さんの思いに答えてくれたのが社長の志茂晶尚さんだった。初めてのオーガニックコットンは試行錯誤を繰り返しながら生地を作った。更に近藤さんは直接アパレル会社を回る作戦をとった。生地メーカーで作ったサンプルを持込み実際に肌で感じてもらいながらオーガニックの価値を伝えた。この結果、興味を持ったアパレル会社から直接注文を受けるようになった。今、近藤さんの会社では業界の壁を超えた新たな商品作りを行っている。ニット生地製造メーカーの内富英彰さん、アパレル会社の寺田智子さん、が集まって知識を出しあい新たなオーガニック商品を共同で作り上げていこうという取り組み。今回はオーガニックコットンに温かい素材を混ぜあわせて冬の子供服を作るというもの。近藤さんは今では国内外300社と商品開発を行っていて新たなビジネスモデルによって繊維業界を活気づけようとしている。
赤星が「壁を打ち破る中で新しいビジネスモデルを作る苦労とは?」と聞くと、「私は糸を作る技師で工場を施工する技師、営業も一日もした事がなくアポなしで受付に行った。このおじさんに会わないと後悔するよ?と言ったら10社中9社が会ってくれた。それでオーガニック、地球の環境が悪くなる事の重大性、大手こそ率先してオーガニックをやって世界の目標となってほしいと切々と伝えた。そしてアパレルと私が結びついて中小企業の人達にあがってもらう役割をしようと思った。決めて、信じてやった事。これからは世界中に行って求めてきた素材で世界にないものを作りみんなの見本になりたい。見本になって真似してもらえれば日本全体が強くなる。大阪を世界のミラノ、第2のミラノにするという野望がある。」と話した。赤星が「日本のものづくりに対する近藤さんのこだわりを知ってものづくりに対する原点を感じた。近藤さんみたいな方がいれば日本のものづくりはまだまだこれからだと思う」としめた。
大阪の阪南市で72歳の今、近藤さんは新たな夢に動き出した。阪南市は江戸時代に綿花で栄えていてかつての活気を取り戻し新しい特産物を創りだそうとしている。近藤さんは自社や商工界の若者達にオーガニックコットンのビジネス、そしてそれにかける自分の想いを伝えていきたいと考えている。
近藤さんは「日本の綿を使って商品を作る。フル・パーフェクトメイド・イン・ジャパンが夢です」と話した。
新・ルソンの壷 番組ホームページのテロップ表示。