ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 寝物語2014年8月16日 21:51それは突然の落雷の如く。子供部屋からリビングにまで届いた子供の遠慮のない、母音に濁点を重ねたような声音の泣き声に、皿を洗う手を止め、慌てて手についた泡を流した。手を拭うのもそこそこに子供部屋に駆け込むと、ぼすっ、と、膝の辺りに遠慮のないタックルをくらい、思わずバランスが崩れて身体が傾いだ。「わ、ちょ、まっ…!」捕まるところを求めて宙を彷徨った手が不意に掴まれ、ぐいと引かれる。腰に回された手でしっかりと支えられ、転倒の危機は回避したようだ。「はぁー…。助かりました、危うく共倒れするとこでした」「何やってんだ危ねぇな…つか今回は俺のせいか」悪かった。素直に、しかし何処か憎々しげに呟く夫に、目を瞬かせる。「そうだ、一体何したんですか。キッチンまで聞こえましたよ」未だ脚の間に顔を埋めるようにしていやいやとしゃくり上げる幼子を抱き上げる。盛大に泣いたせいなのか、少し蒸す気温のせいにか、汗でしっとりと濡れた黒髪がおでこに張り付いているのをかきあげた。ぐずぐずと啜り泣く子供は、助けを求めるように懸命にシャツを小さな手で目一杯握り込む。バツが悪そうに、夫が親指で背中越しに示して見せた先を見れば、赤ずきんの絵本が開きっぱなしで落ちていた。見れば場面は一つの山場、赤ずきんの問い掛けに狼が答え、彼女をぺろりと食べてしまうシーンだ。「…もしかして」「ああ、ちょっと本気でやりすぎたらしい…」道理で腕の中の小さな生き物が頻りに「ぱぱじゃない」とか、「わんわあっちいけ」などと怯えるわけだ。今この子は大好きなはずのパパが、大きな口に牙を備えた醜く恐ろしい狼に見えているに違いない。さて、どうしたものか。このままでは就寝してくれないどころか、少なくとも暫らくは父親に怯えさえしかねない。目に入れても痛くないとばかりに愛情込めて育てているのに嫌われるなんて気の毒だし、下手をすればご近所さんにあらぬ疑いを掛けられて児童相談所に連絡されてしまうかもしれない。流石にあんまりだ。「そうだ」我ながら名案が。「ちょっと待っててくださいね」事態を飲み込めてない夫を残し、一度リビングへ足を運ぶ。怯える子供を何とか宥めてソファに座らせ、駆け足に子供部屋に戻った。「どうすんだ」「えーと、私が猟師になりますんで、なるべく、リビングに聞こえるくらいの声でやられた振りしてください。で、あとはあの子の好きな、大好きなパパです」そんなに上手く行くか、と訝しげな表情を浮かべる彼に、とっておきの甘い顔を作って最後の一押しを。「きっと大丈夫です。あなたの大好きな王子様を信じてくださいよ」王子様は姫のピンチを救うものなのだから。「……どうにか寝たな」「誤解も無事解けたみたいで、万々歳ですね」明かりを落として、そっと扉を閉める。あのあと、扉を隔てた迫真の演技による「狼の断末魔」と、私が扮した狩人の「パパのフリをしていた狼は倒したからね」という言葉と、遅れて廊下からの扉を開けて入ってきた父親、のコンボに、完全に狼退治を信じ切ってくれたらしい幼子は、暫らく興奮冷めやらぬ様子であったがバトンタッチで読み手を引き受けた私の読み聞かせにより、今はぐっすり就寝夢の世界なうだ。「まさかこんなことになるなんてなー…」次から悪人が出るタイプの話は避けねぇとと頭をかきながらどっと疲れた様子でソファに沈んだ「パパ」に、くつくつと喉の奥で笑いを堪えながらよく冷えた麦茶を汲んで手渡した。もうほぼないそれを自分用で注ぎ切って、次の準備をして冷蔵庫にしまうその間中、じっとりと身に馴染んだ視線を背中に受けていたが、今更大仰に気にしたりはしない。「他人事だと思ってお前は…」「いやぁ、確かにこんなことになったのは驚きましたし、焦りもしましたけど、考えてみたら納得だなぁと思って」麦茶の入ったグラスを手に隣に座ると、視線が伺うようなそれに変わっていた。「私を虜にした「堀政行」の演技力を舐め過ぎですよ」スポットライトに照らし出される、小柄だけど存在感に溢れた肢体。ホールに浪々と響き渡った芯のある通る声。恋に落ちるように一瞬で私を魅了したそれが、子供相手とはいえ通じない道理はない。それに、何て言ったって私の胎から生まれた子なのだから、彼の演技になんて、敏感に決まってる。「お前な…、それ、わざとか」「特に計算したつもりはないので多分答えはノーです」本当に特に煽るつもりもなく口に出した言葉だったけれど、それに動揺したのか僅かに耳を赤くして唸るように麦茶を呷る様は何だかかわいくて、喜びにだが何だかにお腹の辺りがふわふわむずむずして堪らなかった。右腕の辺りにじんわり伝わる熱が、しっとりと汗ばむ室温の中でも心地好くて思わずまた殺しきれない笑い声が喉から漏れた。腰に回った大きな手を享受して、こちらから逆に擦り寄って。少し呆れたような息が漏れても気にしない。「でも羨ましいなー。私もまた演技見たいのに」ね、今度は私に読み聞かせしてくださいよ。かなり本気のおねだりは、煩い黙れとばかりに重なった口腔に飲み込まれた。至極残念だ。[newpage]「いやぁでも、まさか先輩があんなに親馬鹿になるなんて思わなかったよ。テレビで子役の子とか見ても「うちの子の方がイケメンだな」とか真顔で呟くし」「私は予想してたけどね」「え?」「ああ、高校の頃から、安易に想像出来た未来だな」「え??」「予想してなかったの、お前だけだと思うぞ」「はっ??」のざちよみこと。*****お子さんは鹿島くん似の男の子で、お父さんがお父さんなのでとてもしっかりした性格に育ったりしても楽しい。妹なんて生まれた日には軽くあしらいながらしっかりシスコンになりそうですが。お父様が元役者さんで、読み聞かせがとんでもなく怖かった、というフォロワーさんの実体験を変換して、萌え転がった結果でした。