昨是今非(さくぜこんぴ)という。昨日までよかったことが、今日からは悪いことになるというほどのことである。昔からよくあることだと、先生は生徒に教えればいいと私は思うが、先生は思わない。

 

山本夏彦「二流のたのしみ」

 

昨是今非」…、「諸行無常」や「万物流転」よりも身近な印象なのがいい。価値観、物事のやり方、ルール、流行などがコロコロ変わる様がよく現れている。そうそう、健康状態だって。今良いと思われていることが明日には変わるのを「いつものことだ」と超然とできるようになったのはいつだっただろう。確かに先生には教わらなかった。社会に出る前にその覚悟ができていたなら、人間としての成熟度は今よりもう少し先にあったかもしれない。いや、「どうせ変わるのだから」と、懈怠に耽っていたとも考えられ、あまり変わらなかったような気もする。

 

人間を含めてあらゆる生物はホメオスタシス(恒常性)、つまり生理的に自分の状態を一定に保とうとする力が働いている。何度細胞が新陳代謝を繰り返しても自分が自分のままなのはそのためだ。それは意識にも現れる。だから変化が起きると、ホメオスタシスに基づいてる身心との摩擦が起きる。

 

「変化に対応できたものだけが生き残れる」と進化したダーウィニズムを元に、ビジネスやさまざまな世界で煽られる。ホメオタシス同様、これもまた科学的観察に基づくものなのだろうと思っていたら大きな誤解で、ダーウィンが言っているのは「たまたま環境に適応していた者だけが生き残る」だけだそうである。その割に、まるで変化できない人は役立たずだ、不幸だと言わんばかりに煽るのは、変化への「同調圧力」って言うんでしょうかね?「売り口上」になって、かまびすしいですが。

 

 

Louis Jordan and His Timpany FIve, "Let The Good Times Roll"(1946)

 

映画"Blues Brothers"では、ジェイクとエルウッドのブルース・ブラザースが、エルウッドの電車線路脇のボロ・アパートに戻った時にこの曲のオリジナルのDECCA版をターンテーブルに乗せてかけていた。ルイ・ジョーダンの音楽は今の黒人音楽のルーツのひとつで、おそらく"Blues Brothers”に登場していた同時代人キャブ・キャロウェイと共に、活躍した時代、最もPopだったと思う。今のHip-Hopに通じる曲もある。

 

 

徳川家康は戦国時代を難じて、明治新政府は江戸幕府を難じて、戦後は戦前を難じてきた(家康は源氏の権威を借り、明治新政府は朝廷の権威を借りたところが日本の歴史と伝統の連続性を重んじるエライところだ。よその国はバッサリだね。だが、戦前と戦後には亀裂があるかも知れない)。昔を見下して、今の価値観やルールで過去を裁く。現状不満と未来への希望が進歩主義や革新に化けて礼賛されるようになって、過去や現在を頭から否定するのが口癖になった者たちもいる。世の中が絶えず良い方に変わるなんて幻想なのに。変化への同調圧力はこんな感じで現れる。

 

「歴史は繰り返さない。人の振る舞いが変わらないだけ」(塩野七生)、つまり人そのものはそれほど進歩する存在ではないのに。人の世の変化は、無論例外はあるが、大抵は誰かさんの都合で始まる。

 

あなたの職場だって、やがて始まる年度始めになれば新しい部長が赴任するかもしれない。その部長が前任者の頃、認められていたことを拒絶する可能性もある。あまつさえ前任者のアラを探して、トップに報告したりして。それで預かった部門の立て直しを上にアピールしたり、今後の失敗や不振への言い訳の布石を置いたり…、ミエミエでねぇ、やれやれですよ。

 

「ああ、また始まったか」と自分の内なるホメオスタシスと、世の常である「昨是今非」を見比べながら、分かっていそうな連中と一杯やって、「だよねー」と流せるのは幸せなことだと思う。「いや、前任者より前にそのルールややり方決めたのは、そもそも誰なんだ?あ、取締役だっけ?あの人もコロコロ変わるよねー(笑」なんて。

 

そして、そうしたことができないひとたちもいる。上にえびす顔で下に鬼の形相で「変化、変革、改革、革新」と煽り、騒ぎ立てる連中と、そうした連中に、必要以上の、余計な恐怖を感じる人々。

 

上に媚びへつらい、目下に辛くぞんざいにあたるのを「諂上欺下(てんじょうぎか)」という。

 

支那の宦官や成り上がりの専売特許みたいな振る舞いだが、日本人のみならず全世界的にそうした連中はいる。ウエにもシタにもミギにもヒダリにもいる。「ヒラメ社員」や「他責で無能な管理職」に、「天然」に多くいる。正義と世渡り上手は我にありと得意満面にやる。陰で嗤われ、鬱陶しがられ、憎まれているのに。この手の連中に振りかざされた「変化要求」で、哀れ、心身共に壊れてしまう人々もいる。

 

手前の落ち度や、分際(=努力の差)をわきまえない欲、あるいは運命の悪戯のような不運から、ある日を境にダモクレスの剣が頭上にぶら下がって壊れるのは別として、多くの場合、ちょっと斜めウエから見ていれば、同調圧力なんて、どうと言うことはないことは多い。そう、あまり気にしなくていいんだよ。「長いものに巻かれる」ふりをしていれば。

 

同調圧力を伴う変化をうやうやしくおし戴こうが、適当にあしらおうが、どうせすぐ次に新しい変化があるから。それなのに、あまりにデリケートに、真面目に反応して、窮してしまう人たちが周りに多すぎる。原因は同化意識や対抗心、あるいは幻想なんだと思うけどね。これはまた別途。

 

そうした人たちは、やはり少し辛口の「先生」に教わった方がよかったかもしれないと思うのである。大人になると変わりにくくなるから、若いうちにね。ただ、世の先生たちも煽る派とその被害者の多いこと、われわれと同じだったりするのだけれど。

 

 

山本夏彦氏(1915年 - 2002年、編集者、随筆家)

 

 

Good Luck

 

 

 

 

 

 

 

 

AD