| 更新は停止するつもりでした…まさかその決断をした年末、こんな記事で再度書き出さねばならなくなるとは思いもしませんでした。 ※掲載の画像は、警鐘を鳴らす意味で全くの非縮小・非圧縮のものとします。ただ、正直見るのがつらい絵でもあるので、落ち着いたら全部撤収します…。 1月5日朝、団地の2階にある実家が、その直下1階の部屋から出火した火災により類焼しました。火元の居住者は火傷で入院程度でしたが、集合住宅団地でのまともな火災だったためか、地方版新聞記事にまで載る大事になってしまいました。ただ不幸中の幸いだったのは、両親や福島から避難中の妹一家に人的被害はなく(あくまでも「今のところ」ではありますが…)、さらに火元直上にもかかわらず室内への類焼は皆無で済んだこと…これ、後から当時の状況を振り返るにつけ、奇蹟的だったことが分かってきています。 連絡を受けたのは当日の10時過ぎ、とっくに鎮火してこちらはぼちぼち都心へ出るかなと、この日自分が幹事の新年会へ向けていろいろ考えていた矢先の電話でした…頭、真っ白です。そりゃあ人命は失われていないかもしれません、でも…実家を出てから10年以上が経過してもやはり、あの部屋は私が幼少の頃から15年以上育ってきた場所です。そこが火であぶられるなんて…恐らく、経験者以外にあの心境を理解できる人はいないでしょうね。現段階でもその後急行した先で見た、黒くすすけた壁面が無惨な実家の姿がまぶたにこびりついて離れず、軽いPTSDみたいな気もしています。私が生まれてから、初めて直面する大惨事と言って間違いありません。それ以上に、その火事場から決死の思いで避難した両親と妹一家の恐怖は、私自身も伝え聞いてはいるものの実感できていません。だから、いまだに甥っ子姪っ子には火事のこと、ひと言も触れず言い出さずを貫いています…子供心に猛威を振るう火勢煙勢がどれほど恐ろしかったかを考えたら、その記憶を呼び起こすようなことなど子供相手に口にする方が狂っています。 実家へ入るには当然、階段室が共用の火元・1階の前を通らねばなりません。ハッキリ言います、丸こげです。何もかも真っ黒です、原形をとどめたものは玄関から覗いた限り、一つもありません。そして、鎮火したとは言え立ちこめるスス臭と気味の悪いボワンとした熱気…実家室内の状況、この火元を見た瞬間正直絶望を悟りました。しかし…自室のドアは、ススで黒く汚れているとは言え燃えた様子はありません。さらに一歩足を踏み入れると…確かにスス臭と壁面の黒ずみはひどいものの、何かが焼けただれたりくすぶっていたりは一切なかったのです。外から見た真っ黒な火元部屋の直上とは思えないくらい、原形を保っていました。見回してみれば、窓のあった5部屋中3部屋は炎熱によって窓が砕け散っており、ベランダにあったものは当然のごとくほぼ全滅です。延焼防止のために消防による放水を受け、破れた窓から水が入り込んでたたみや家財も相当濡れています。鎮火していても1階火元が熱を持っているのでしょう、床暖房設備などない実家にもかかわらず気味の悪い温もりが足裏で感じられます。正月に見た、リフォーム直後のきれいな室内の姿は微塵もなく唖然とはしましたが、火元を見て直感した絶望ほどの惨状でなかったのは本当に不幸中の幸い…。以下、その後の私自身の対応です。 まず、なるべく早くきれいにしたいけれど一人でしか作業ができない、風呂場の掃除で午前中が潰れました。実家の間取りでは最も奥まった、窓から一番遠い場所にあったはずの風呂場と洗面所、本来一番すすけないはずですけど、壁面も残り湯も黒ずんでいます。聞けば、父が火災に気づいて残り湯でのベランダ初期消火を試みたものの(この際、サッシを開けた際に負ったと思われる火傷による水疱に、無我夢中だったのでしょう、後から父は気づいたと言います)、火勢強く及ばず風呂場もフタも洗面所も開け放したまま避難したことで、汚れが入り込んでしまったのでした。煙が充満したのですから、当然汚れてない場所なんぞ基本的にありません。全裸でなければ洗えない天井を除き、全部をこすり落とさねばならないのです、これ相当な重労働。ましてや腰や膝に爆弾を抱えている父には、無理な体勢でも力入れてこすらねばならないこの作業は任せられません。結局、側面はほぼ見られる状態にまで復したものの、やはり床のそれはひょっとするとスス汚れ以外にも油っぽい何かがこびりついたのか、相当しつこくこすっても取れぬ黒ずみが残ってしまいました。 これらも午前中には着手できましたが、本当にライフラインが基本生きていたのには、東日本大震災時同様助けられました。ガス会社に洩れ検知してもらい、ガス使用のゴーサインが出ていなかったら給湯器を使ったお湯での掃除は不可能だったからです。加えてその後、レンジやトースターを電気で使えたのも大きかった…電気が通っていれば、例えエアコンが室外機メルトして死んでいても他の暖房器具が代わりに使えますし、飲食も汚れさえ何とか解決すれば室内でやってやれなくありません。私が着いた時点で寸断されていたのは、共用部において損傷を受けたテレビアンテナと固定電話回線およびインターネット用光回線でした。ただ前者はラジオで代替できますし、後者はケータイを充電できていれば基本無問題…ダメージを受けたライフラインが「最重要」でなかったのは大きいです。 食後、午後は破れた窓の仮復旧です。ダンボールでは密閉度が上がってスス臭がいつまでも室内に篭ってしんどいので、ビニールを継ぎ接ぎして貼り付けてゆきます。これら材料は、すべて近所の方々がかき集めて持ってきて下さったものです。当然、押さえて貼って…は一人でできる仕事ではありませんから、父との二人三脚。強風が吹いてきたら、その時はその時で仕方ありません。この折、やはり無意識でどこかガラス破損部を触ったのでしょう、自分の右手薬指に切り傷を負ったの、この日の夜新年会の最中に気づきました。材料の提供以外にも、一時的に子供達を預かってくれたり、食糧を持ってきて下さったり、「うちに泊まりな」と声かけて下さったり…震災時に叫ばれた「地域の絆」、こういうことを言うんだなとその約2年後、自分自身が経験することになろうとは。 窓に目張りはしましたが、隙間だらけなので風が通ります。妹一家の寝室は、そうでなくても放水による浸水を受けていて寝られる状態になく、かと言って近隣に泊めてもらおうにも小さい子供がいますからいろいろ気兼ねします。出火の当日は、私自身が新年会で抜け出てしまうのを承知で自室に仮宿泊させることにし、一家を連れて自宅へ車で戻りました。明るいうちにってのもあるけど、子供がちょろちょろすればそれだけ片付け・復旧の足かせになり、私一人分の手が失われる以上にもったいないと思ったので、夕方日が傾くのを待たずに被災部屋を出ました。もちろん、車同乗者全員ススまみれなので車内も何だかキナ臭いままです。 自宅では、近くの駐車場へまず車を回します…確保できてよかった、週末だったので心配してたのです。その後、ガスや電気関係、特に暖房や洗濯などは不在の折に使うのが間違いないのでザッと説明。入浴用のタオルなどは外出してから気づいたので、自宅への電話で追いかけ説明。ギリギリではありましたが、幹事だった新年会には間に合いました。mixiで明かしてほのめかしてたので、早速火事場の心配をされてしまいました…言いふらすのもどうかとは思うけれどその反面、伝えなきゃいけない人もいるし、何よりそうやって拡散することで少しでも防火防災の一助になるのなら、自身の被災だって全くの無駄にはならないだろうし…判断が難しいところです。 妹にはおおよその帰る時間も伝えていたため、2次会はパス…状況から見て、また明日も続く片付け作業を考え、流されずにキッパリ断るけど仕方ないこと。電気が灯った自室に帰るのも、入浴中に別な人がいることに気をかけるのも、ここに住まうようになって初めての経験です。これってひょっとすると、家族を持った者の心境に近いのかもしれません。自分のベッドは、すでに半分以上のスペースを甥っ子に取られていて、この晩は実はほとんど満足に寝られませんでした。 翌日、妹が洗濯して乾き待ちしたことと、やはり火事場に子供を連れて行く抵抗もあって、昼前までは出かけずにとどまります。洗濯にせよレートスタートにせよ、仮にホテル宿泊を選んでいたら果たせていなかったはず。子供達は寝息を立てて結構夜も寝ていたはずなんですが…昨日の火事場苦労は一晩の睡眠程度では解消しなかったんでしょうね、私が運転中に2人とも撃沈し、結果的に昼食を食べそびれてしまいました。ただ一方で、着後引き続き買い物に出たことで車内に子供らをとどまらせる時間が増え、急きょ駆け付けた弟も加わっていくらかでも片づけが進んだよう。物干しは他の家頼みながら、洗濯とこたつが夕方までに復旧、相変わらず目張りビニールからの隙間風はあるものの、スス臭もさすがに時間が経過して少し抜けつつあり、昨日に比べると少し状況の改善が見て取れました。 妹一家を臨時に急きょ泊めたことで、自宅が逆に無茶苦茶のままです。にもかかわらず、翌日は仕事初めなので普段の生活に急いで戻さねばなりません。日没頃に被災実家を離れ、帰宅後は掃除やら洗濯やら…実際、この2日に着た衣類はスス臭がこびり付き全滅、すぐにでも洗濯しないと臭いが抜けなくなる恐れもあり、自室の洗濯機では珍しい「満水位」状態で強行。 明けて月曜日、新聞報道まで出たので出勤後開口一番質問責めも覚悟していましたが、誰からもそんな声が発せられません、実家の類焼は気づかれていないようなのでこちらから特に言い出すこともしませんでした。ただやっぱり実家の様子は気になるので(特に平日の今日からは、保険や復旧・片付け・瓦礫処理などが一斉にスタートする)、職場からなるべくこっそり電話は入れました。昨晩、妹一家は結局テレビが復旧したことで子供らがなかなか動かなかったことから、目論んでいたビジネスホテル宿泊を断念、コタツ+デロンギで寒くない夜を過ごせたそうでちょっと安心しました…部屋は相変わらず何となく臭く暗いの(照明や壁紙も黒いまま)だろうけど。以上が、出火から今日に至るまでの私自身の大まかな行動です。 実家での第一発見者は、妹でした。ベランダにあったスダレ(酷暑の夏に使った避暑ツール、そのままにしてありました)が、窓にカツカツ当たる音を聞いてまず「風の強い朝だ」と思ったそうです(結果的にこれ、下から吹き上がる炎風で踊っていたのでした)。さほど経たずに、隣のリビングに面した場所にあった植木鉢が落ちて割れる音がし、「植木鉢が落ちるほど強い風なんだ」と起き上がって障子を開けたら…すでにその時点で、1階から炎が吹き上がっていたとのこと。植木鉢は、それを支えていた支柱が炎熱でメルトして傾き、床へ転がり落ちてしまっていたのでした。外からの「火事だー!!!」の声も聞こえていたらしいですが、「どこの」って情報が抜け落ちていたので、まさか自分の直下で起きているとは思わなかったそうです。前述のように父はすぐに初期消火を試みましたが火勢強く断念、すでに南側ベランダは炎が上がってきていて隣家へ逃れることはできず、全員が玄関から北側の共用階段室経由での脱出を試みます。ところが…玄関を開けると、真っ暗だったそう。いや、今落ち着いて振り返るとそれは厳密には違っていて、真っ黒だったのです。1Fの居住者が逃げる際、玄関を開けはしたものの、すでに熱変していて再度閉めることができなかったために、黒煙が階段室を駆け上がってしまっていました…ぶっちゃけ、煙突化していたわけです。全員、決死の覚悟で階段を足探りで下ったと言います。地面に下り立ち、明るくなっていて初めてこの時点で、時間が朝だと気がついたという…経験談はこんな感じでした、壮絶以外の何物でもありません、これだけの状況で、よく今生きているなという気さえします。だから、窓が炎熱で割れるのも、室内に煙が充満するのも、見ないうちに外へは逃げられていたことになります。ただ状況から見て、逃げ出すタイミングが数分でも遅ければ、階下への避難もできなかった可能性大です。押し黙って聞くだけで、一通り話が終わると背筋が寒くなってきます…自分がもしその場にいたら、だるま市以後もダラダラ実家で世話になっていたら、ひょっとすると自分が何か避難の邪魔をしたり逃げ遅れたりしてたかもしれず、今まで感じたことのない恐怖心に襲われました。妹は、もし遅かったら、煙突化した階段室を駆け上がるしかなかった状況に追い込まれ、助かったかどうかも分からないと言っていました。3階より上の居住者が、仮に煙が上がってくるのに気がついて玄関をみんなロックしてベランダ伝いに隣家へ逃げていたら…最上階の5回に達したところで逃げ場を失い万事休す、一酸化炭素でやられていた可能性も否定できません。 実家は、鉄筋コンクリート製の集合住宅でした。今回、階下は全焼認定されるほどバッチリ燃えたにもかかわらず、ガラスが炎熱で砕け散っていた実家の部屋はカーテンにも家財道具にも着火しないでそのまま鎮火を迎えたわけです。そしてその後も、丸焦げの部屋が足元にありながら、最低限の生活はできる状態がまだ保たれています。これは堅牢な構造がなせる業といっていいでしょうが…一方で、今回は運よく助かったこの避難劇、単に自分の家族のみならず、棟あるいは階段を共用する世帯同士でだけでも、再検証した方がよいように思います。 さらに、「防火扉」でもある玄関ドアの扱いも、いま一度おさらいしておくべきですね。地震発生時と、火災発生時では対応が全く逆になるので、本当に気をつけねばなりません。地震の時は、避難路確保の意味で開放定位が鉄則ですが、火災時は逆に開放してしまうと今回のように煙を拡散したり延焼を引き起こしたりしかねず、閉塞定位が原則です。実は妹が避難する際、火元居住者が玄関近くでうずくまっているのに気づいたと言いますが、単にうずくまっていることで責任感を果たそうと思うくらいなら、体当たりしてでも、それこそ骨折しそうになるくらいでもドアを強引に閉じてほしかった…これは、私が「防火管理者」になる際に学んだことでもあります。 この長いエントリを読んで下さった方々へ。類焼はしましたが、命が失われていない分、まだやり直せる余地はいくらでも残っています。とは言え、物的に失われた物の数は計り知れません。これは私自身が防火管理者だから言うのではなく、自身が火災に向き合うことになったからこそ、声高に叫びたいことです。火災は、失うものは多けれども基本的に何も生み出しません。全く火を使わずに暮らすことは難しいものですが、けれども恐ろしい火災につながることのないよう、火の扱いには十二分に注意を払うことは誰でもできるはずです。折しも、関東地方では冬型の気圧配置が続いて空気が乾燥しがちな季節です。どうかこれ以上、火災で不必要な損失が起きることがないように、ただただ祈るばかりです。 |