霊魂説〔(1)新陳代謝と霊魂説〕
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SumioBaba
霊魂説〔(1)新陳代謝と霊魂説〕
(メールマガジン『「神」を完全に解明しました!!【No.101】』からの引用です。)
[要約]
仮に「霊魂」と呼ばれるような非物質的実体が、自分の身体(脳)に宿っていると仮定してみて下さい。現在の自分の身体(もちろん、脳を含む)を構成している全原子の個数をP個とし、原子1~Pと呼ぶことにすると、これらは新陳代謝により少しずつ、殆どすべてが外部の物質である原子1'~P'に入れ代わっていきます。脳も例外ではありません。にも拘わらず「霊魂」の方は出て行かず、一生自分の身体に存続すると考えてみましょう。すると自分の「霊魂」は、原子1~Pの身体に存在する状態から、原子1'~P'の身体に存在する状態へ変わります。言わば、現在の自分の身体(原子1~P)のコピー(原子1'~P')を作り、自分の「霊魂」を、オリジナルの身体(原子1~P)からコピーの身体(原子1'~P')へ移し入れたのと同じ結果になる、という訳です。新陳代謝で、まさにそのような現象が起きているではないか!?、と主張します。//
次の質問をされた場合を考えてみましょう。他人事ではなく、自分がこの質問を受けた場合を、切実に考えて下さい。
[質問A]
キミ(原子1~P)のコピー(原子1'~P')を作った後、どちらか一方
を殺さねばならない。どちらを生かし続けて欲しいか? できれば
オリジナルのキミの方が、コピーの身代わりに死んでくれないか?
私の答は、もちろんノーです。
絶対に、オリジナルの身体(原子1~P)の方を生かし続けて欲しい!!
と答えます。
この点に関し、「オリジナルの自分とコピーの自分とは同一人物なのだから、どちらが死んでもいい」と反論する人がいますが、これは、私の言いたい意味を曲解しているように思います。こういう答をする場合、第三者の客観的視点に立っていると思われるからです。確かに、他人のオリジナルとコピーのどちらか一方を殺すと言われたなら、自分は「どちらでもいい」と答えそうです。しかし、自分自身が尋ねられたら、どうでしょう? もしオリジナルの自分を殺すのであれば、オリジナルの自分は殺されます。もしコピーの自分を殺すのであれば、オリジナルの自分は生き続けることができます。オリジナルの自分にとって、どちらを殺されるかは、生きるか死ぬかの大問題です。「殺されるのと、生き続けるのと、どちらがいいですか?」と尋ねられているのと同じですから、「どちらでもいい」ということは無いでしょう。「自分は生き続けることを望んでいる、という前提で答えるものとする」という常識的な判断基準を定めれば、答は直ちに「オリジナルの自分を生かし続けて欲しい」になるはずです。
では、次の質問だとどうでしょうか?
[質問B]
現在キミの身体は原子1~Pで構成されているが、新陳代謝により
1年後には、完全に外部の原子1'~P'に入れ代わる。脳も例外で
はない。実はこれから1年間、キミの老廃物の中から原子1~P
をすべて拾い集め、1年後にそれらを用いて、キミ(原子1'~P')
のコピー(原子1~P)を作る。その後、どちらか一方を殺さねばな
らないのだが、キミ(原子1~P)とキミ(原子1'~P')のどちらを生
かし続けて欲しいか? 今、キミ自身で決めてくれ。
これだと私の答は逆転し、
原子1'~P'に代わってしまった身体の方を生かし続けて欲しい!!
です。
基本的にはこれだけの話です。まさに自分の「霊魂」が、原子1~Pの身体から原子1'~P'の身体に移し入れられたように感じているではないか!?という論法です。これまで、数多くの人々とこの論法について議論しましたが、ほぼ100%、[質問A][質問B]に対する答は私と完全に一致していました。
なお、よくこういう質問をする人がいます。
オリジナルの「自分」とコピーの「自分'」とは、同一人物だろうか?
それとも他人だろうか?
これは基準の取り方次第で、答がどちらにもなる愚問です。例えると、「3と8は同じ部類に属すか?、それとも別の部類に属すか?」と聞いているようなものです。「整数か?、非整数か?」で分類するなら、3も8も整数で、同じ部類に属します。「奇数か?、偶数か?」で分類するなら、3は奇数、8は偶数で、別の部類に属します。せっかく面白い問題提起なのに、「答は定まらない」という、曖昧な結論で終わってしまいそうです。正確には、こう尋ねるべきだと思われます。
オリジナルの「自分(今日)」にとって、オリジナルの「自分(明日)」
とコピーの「自分'(明日)」は、対等な存在だろうか?
ただし、コピーの「自分'(明日)」は今夜作られる予定だとします。そしてこの場合、同一性を判断するレベルが3つ有ります。
【レベル1】
「自分(今日)」と「自分(明日)」と「自分'(明日)」の3人を、す
べて別人と見なす。
【レベル2】
「自分(今日)」と「自分(明日)」とは同一人物であるが、「自分'
(明日)」だけは別人と見なす。
【レベル3】
「自分(今日)」と「自分(明日)」と「自分'(明日)」の3人を、す
べて同一人物と見なす。
どれが正しいのか、一概には決め付けられません。与えられた問題によって、どのレベルで判断すべきかは、様々だからです。そして、[質問A][質問B]に答える時、我々はどうも【レベル2】で判断しているようであり、それは何故か?という点が問題なのです。
(メールマガジン『「神」を完全に解明しました!!【No.101】』からの引用です。)
[要約]
仮に「霊魂」と呼ばれるような非物質的実体が、自分の身体(脳)に宿っていると仮定してみて下さい。現在の自分の身体(もちろん、脳を含む)を構成している全原子の個数をP個とし、原子1~Pと呼ぶことにすると、これらは新陳代謝により少しずつ、殆どすべてが外部の物質である原子1'~P'に入れ代わっていきます。脳も例外ではありません。にも拘わらず「霊魂」の方は出て行かず、一生自分の身体に存続すると考えてみましょう。すると自分の「霊魂」は、原子1~Pの身体に存在する状態から、原子1'~P'の身体に存在する状態へ変わります。言わば、現在の自分の身体(原子1~P)のコピー(原子1'~P')を作り、自分の「霊魂」を、オリジナルの身体(原子1~P)からコピーの身体(原子1'~P')へ移し入れたのと同じ結果になる、という訳です。新陳代謝で、まさにそのような現象が起きているではないか!?、と主張します。//
次の質問をされた場合を考えてみましょう。他人事ではなく、自分がこの質問を受けた場合を、切実に考えて下さい。
[質問A]
キミ(原子1~P)のコピー(原子1'~P')を作った後、どちらか一方
を殺さねばならない。どちらを生かし続けて欲しいか? できれば
オリジナルのキミの方が、コピーの身代わりに死んでくれないか?
私の答は、もちろんノーです。
絶対に、オリジナルの身体(原子1~P)の方を生かし続けて欲しい!!
と答えます。
この点に関し、「オリジナルの自分とコピーの自分とは同一人物なのだから、どちらが死んでもいい」と反論する人がいますが、これは、私の言いたい意味を曲解しているように思います。こういう答をする場合、第三者の客観的視点に立っていると思われるからです。確かに、他人のオリジナルとコピーのどちらか一方を殺すと言われたなら、自分は「どちらでもいい」と答えそうです。しかし、自分自身が尋ねられたら、どうでしょう? もしオリジナルの自分を殺すのであれば、オリジナルの自分は殺されます。もしコピーの自分を殺すのであれば、オリジナルの自分は生き続けることができます。オリジナルの自分にとって、どちらを殺されるかは、生きるか死ぬかの大問題です。「殺されるのと、生き続けるのと、どちらがいいですか?」と尋ねられているのと同じですから、「どちらでもいい」ということは無いでしょう。「自分は生き続けることを望んでいる、という前提で答えるものとする」という常識的な判断基準を定めれば、答は直ちに「オリジナルの自分を生かし続けて欲しい」になるはずです。
では、次の質問だとどうでしょうか?
[質問B]
現在キミの身体は原子1~Pで構成されているが、新陳代謝により
1年後には、完全に外部の原子1'~P'に入れ代わる。脳も例外で
はない。実はこれから1年間、キミの老廃物の中から原子1~P
をすべて拾い集め、1年後にそれらを用いて、キミ(原子1'~P')
のコピー(原子1~P)を作る。その後、どちらか一方を殺さねばな
らないのだが、キミ(原子1~P)とキミ(原子1'~P')のどちらを生
かし続けて欲しいか? 今、キミ自身で決めてくれ。
これだと私の答は逆転し、
原子1'~P'に代わってしまった身体の方を生かし続けて欲しい!!
です。
基本的にはこれだけの話です。まさに自分の「霊魂」が、原子1~Pの身体から原子1'~P'の身体に移し入れられたように感じているではないか!?という論法です。これまで、数多くの人々とこの論法について議論しましたが、ほぼ100%、[質問A][質問B]に対する答は私と完全に一致していました。
なお、よくこういう質問をする人がいます。
オリジナルの「自分」とコピーの「自分'」とは、同一人物だろうか?
それとも他人だろうか?
これは基準の取り方次第で、答がどちらにもなる愚問です。例えると、「3と8は同じ部類に属すか?、それとも別の部類に属すか?」と聞いているようなものです。「整数か?、非整数か?」で分類するなら、3も8も整数で、同じ部類に属します。「奇数か?、偶数か?」で分類するなら、3は奇数、8は偶数で、別の部類に属します。せっかく面白い問題提起なのに、「答は定まらない」という、曖昧な結論で終わってしまいそうです。正確には、こう尋ねるべきだと思われます。
オリジナルの「自分(今日)」にとって、オリジナルの「自分(明日)」
とコピーの「自分'(明日)」は、対等な存在だろうか?
ただし、コピーの「自分'(明日)」は今夜作られる予定だとします。そしてこの場合、同一性を判断するレベルが3つ有ります。
【レベル1】
「自分(今日)」と「自分(明日)」と「自分'(明日)」の3人を、す
べて別人と見なす。
【レベル2】
「自分(今日)」と「自分(明日)」とは同一人物であるが、「自分'
(明日)」だけは別人と見なす。
【レベル3】
「自分(今日)」と「自分(明日)」と「自分'(明日)」の3人を、す
べて同一人物と見なす。
どれが正しいのか、一概には決め付けられません。与えられた問題によって、どのレベルで判断すべきかは、様々だからです。そして、[質問A][質問B]に答える時、我々はどうも【レベル2】で判断しているようであり、それは何故か?という点が問題なのです。
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