ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 レッツ焼肉!2016年4月30日 03:18「国永」「……俺ちょっとナマの方が好き」「だめだ」「…………」しぶしぶと箸を降ろし、じっと七輪の上を見つめる眼は熱い。無理もない、と大倶利伽羅も同じようにとろけた視線を七輪の上に投げる。いい感じにライトアップされた七輪の上、肉の赤身が鮮やかになるような照明をわざわざ選んでいるのか、排気口の真下の網の上は周囲に比べると一際明るい。質のいい炭であることが一発でわかる甘い色の火。磨きあげられた網には汚れの一つもない。「……肉奉行する大倶利伽羅とか聞いたことがない」「ナマで肉を食べたがる鶴丸国永も聞いたことがない」「どこからどう見てもいい肉だろうが。多少ナマでも問題ないだろう」「いいから黙っていろ。……いい肉だからこそ、最上の状態で食いたいだろうが」現世において、刀剣男士に関わる研究会が開かれた。隣にいる鶴丸国永の主は、政府が審神者機関の中心組織の、その割と上位に位置する身分だ。数百万に一、いるかいないか、というほど非常に特異な体質を持っていて、これが歴史修正に対する判断基準の一郭を担っているのだと聞いている。それに比例するように、霊力も潤沢で技術も一流……というわけではないのが、この世の中の不思議な仕組みだ。一点に突出した特異体質は、彼を完璧無比の審神者にはしなかった。技術は一流であるが、扱える霊力は普通の審神者の若干上、というほどで、審神者の中でもトップクラスに位置する連中に比較するとやや見劣りする。それでも、大倶利伽羅の主の数倍以上の霊力を扱えるその主のおかげで、この鶴丸国永はわりとアクティブに現世を謳歌することができている。酸いも甘いも経験してきた初老のその審神者、名をアサヒと言うが、彼がこの度、その刀剣男士に関わる研究会にて、研究報告を行うことになっていた。この鶴丸国永は、常々彼の近侍としてともに現世に顕在することが多い。今回もその経緯でここにいる。対して、大倶利伽羅はいつも通りだ。彼の主は、審神者としての能力が低い。忙しいながらに知り合いの審神者の手ほどきを受けながら、霊力とは何か、魂とは、神とは、妖とは、といった基礎知識を網羅し、ようやっと応用の段階に入って、徐々に進歩を見せはじめている。ついこの間、現世に二振り同時顕現ができるようになった。実験がてら山姥切国広を連れ出して、バイクの後ろに乗っけて静岡方面までツーリングに出かけたのだが、問題なかったので本当に成長しているのだろう。あのとき食ったハンバーグ本当においしかった。そんな成長を見せつつも、ようやっと基礎を抜け出した審神者が、オカルト方面のスピリチュアルな理論の新しい発展など論じられるわけがない。大倶利伽羅の主は、名をリツというが、界隈でも有名な社畜で、今回も当たり前のように研究会の準備と進行を仕切る役目を仰せつかっていた。能力は低いと言えど彼は審神者だ。審神者が聴衆の大半を占める研究会で、これほどおあつらえむきな人材もないだろう。内容が内容なので、きっちりと聴衆の管理も行わなければならないリツは相変わらず多忙を極めた。当たり前のように近侍の大倶利伽羅も忙しかった。無事に終わった研究会は大盛況で、あちこちのお偉いさんから声をかけられていた主は、何にも嬉しくなさそうで、丁寧に返答はしていたけれど、さっさと事務所に戻って報告書をまとめたい、という表情がにじみでていた、と思う。社畜ここに極まれり、だ。当たり前のように主の後に従い、その手伝いをどうやって効率よく終わらせようか、と、頭をひねりにひねっていたら、再びリツに声をかけた審神者がいた。今回の研究会の中心である、アサヒだった。リツの上司と同等の立場を持つ彼と、リツはそれなりに懇意の間柄にある。上司同士が非常によき友であり、よき仲間であり、よき理解者だからだ。持ちつ持たれつの関係は円滑で、だからこそ大倶利伽羅も、そちらの鶴丸国永とは懇意だ。冴えた力強い考え方をするこっちの鶴丸国永を、大倶利伽羅はそれなりに好ましい眼で見ている。働きをねぎらったのち、アサヒはリツを食事に誘った。が、リツは困ったように眉を下げた。当然である。上司と懇意であるものの申し出を断るというのは彼の選択肢にはない。だが、報告書をまとめるという大層面倒くさい仕事を先送りにすると、あとあと重くなるということも知っている。妥協案として、何故か自分が鶴丸国永と肉を食うことになっているのだ。アサヒはどこにいったか、というと、途中で不肖の弟子である審神者を見つけて、説教がてら一緒に飲みに出てしまったのである。絶賛意味がわからないが、二刀顕現ができるようになったリツのもとには、骨喰がついている。アサヒにも初期刀である加州が控えているようなので、あまり気兼ねせずにふたりは研究会が行われていた施設を出た。事の成り行きをからから笑っていた国永のおかげで、大倶利伽羅ももうなんでもいいや、という投げやりな気分になっていた。「しかし、お前のところの主は本当によく働くな。若いからか?」「……働いていないと死ぬんだろう」「難儀な性格だな……お前も苦労するなぁ。あの子ちゃんと寝ているのか? どうせ最近も徹夜仕込みだろう」「今日明日は布団から出さない」「賢明だ」「……帰ったら湯浴みだけはしておかんとならんな……」「は? お前が? なんで?」「あいつ逃がさないようにホールドしておかないと勝手に仕事始めるんだ」「……はぁ? つまりなんだ、一緒に寝ているということか?」「そうだが」「…………まじか……」「互いに不本意だ。だがそうでもしないと本当に聞き分けのない主でな……。短刀だとなだめられて短刀が寝るし、脇差しだと言いくるめられてだめだし、太刀、大太刀、槍連中はあの体格だからな……かなりミニマムサイズのうちの主はつぶれる」「ミニマム」「陸奥と切国と正国と和泉守との交代制。守り刀が打刀とかあの主にしてなかなかにありえないとは思っている」「ゴージャス極まりない抱き枕だな」「ただし正国と陸奥の場合は主に痣ができるから、いざという時にしか頼まない」「寝相悪いのか……」「俺と和泉守と切国のローテだ。切国の場合だと逃げられる確立がフィフティだから、基本的には俺と和泉守のローテ」「あー……」「国永、いいぞ」「おう」ぺろりと上タンを手前の網に持ってきてやると、颯爽と箸を伸ばす。レモン汁が入った小さな器にちょいとつけると、ぱくり、と、口に放り込む。「いや、何となく想像はつくがな、あの子本当にちょっと何が起因でそういう思考回路になるのかわからないくらい、こう、追いつめられて、あの、仕事しているように、ええっと……、あの……あの、」「……国永?」「……………………うまい…………」瞬きをも忘れ、呆然とした様子で浅く呟いた国永の声はか細い。あんまり愕然としているから、そこまでかよ、と冷めた眼で自分も一枚タンをとる。軽くレモンをつけて、口の中に入れて、一噛みした瞬間。程よい弾力とともに、じわりと肉汁が口の中に広がった。「…………」なんだこれ。くむくむと咀嚼を続ける。普通、タンと言えば力強い弾力による歯ごたえが特徴的で、さっぱりとした風味が人気の一品だ。塩をつけたりレモンをかけたり、タレではなくどちらかと言えば淡白な酸味によく合うのは、その素材自体のなめらかな舌触りと飲み込みやすい肉の風味があるからだ。差し置いて、これはなんだ。くむくむと咀嚼を続けるとほろほろと口の中でほどけていく、これはなんだ。タン自体は厚い、とは言いがたい。だが、どこか、さくり、と歯が沈むように肉を割り、ほどけていくのだ。ぷりっとした弾力は損なわれていないのに、思わず惚けるほどレモン汁の酸味が肉のうまみに絡む。喉を滑り落ちていくうまみは、言いがたい甘みにも感じられて、本当、なんだこれ。「…………」「…………」無言のまま一枚二枚と網にのせた。これはやばい。これは、やばい。これはどっかり網にのせてはいけない類いの肉だ。じっくり焼き具合を見定めないといけない類いの肉だ。絶対に国永にはトングを渡してはいけない。いや、この鶴丸国永は分別のあるタイプだと思うけれど、いろんな本丸を見てきているからこそ微妙に決心ができない。というより、これは自分が焼きたい。頼んだハラミをそろりと二枚のせると、国永の眼はぎらりと静かな野獣のように細められた。「…………」「…………」じうじうと細く響く肉の焼ける音。たなびく細い煙。なんだか空きスペースがもったいなくて、勝手に頼んだ蛤をのせる。小さめではあるが肉厚で、つるりとした肌色がきれいな蛤だった。わずかにのせられたバター、照明の輝きにてらりと輝く身、これ絶対うまいだろうが。「…………」「…………それ、いいぞ」トングで示すと、国永は躊躇いもなくタンをさらった。真顔のまま口に入れて、くむくむと顎を動かしている。いや、ちょっとこれはおかしい。何がおかしいって、何もおかしくはないんだけれど、何かがおかしい。じうじうと肉の焼ける音は続く。プロポーズでもする直前かのように真剣な眼差しが、七輪の上の肉を舐めるように見つめる。ふわり、とふくれた上ハラミ、トングの先でひっくり返すと同時に、それもいいぞ、と、黙ったままトングで示せば、それはお前が食え、と強い眼差しが帰ってくる。ありがたく箸を伸ばした。普通うまいものが目の前にあれば、独り占めしたい精神が働くものだが、この肉はその欲望さえ押さえつける何かがある。再び口にいれる上タンは、やっぱりおかしいくらいにうまい。「……犯罪的、だな…………」「日本始まってるな……」「飢饉だなんだで苦しんでいた過去が嘘のようだな……」「これほど美味を追求して何になる、とは思うが……」「追求するだけの……価値がある……この、多幸感……!」いったいどこの食レポだ、と主に突っ込まれそうなレベルの会話である。ふつふつと泡を吹く蛤が、ころり、と重心を移動させた。ナマの艶を失い、しっとりと火が通った蛤に、そろりと醤油をたらす。じっと見つめている間にゆるやかに醤油が絡んで、頃合いか、と、トングを伸ばした。自分が食べたいと言って頼んだ品だ。三つあるうち、二つは自分のでいいだろう。「あ」「あ……」「ああああ……」「…………」「…………」「……君のそんな絶望した顔、初めて見たな……」「……手づかみで、いけるなら、いっていたのに…………」「やめなさい火傷するぞ」ものの見事に蛤の中に満ちていた、うまみの凝縮された汁が炭の上にひっくり返って蒸発していく。すごいいい匂いがするが、これほど切ない思いをするはめになるとは思わなかった。ぽたぽたと炭の上にしたたる汁を心底絶望した眼で見送って、大倶利伽羅は鬱々と口元に蛤を持っていく。そこまでなるか、と、国永は眼を細めた。もう一つ、たっぷりと汁の残っている蛤をこっちによせてくれる大倶利伽羅は、やはり根が優しいのだろう。ぱくり、と、口に入れた。横でうっとりと蛤の味に溺れる大倶利伽羅の肩をはったおしたくなる。そういうレベルじゃない。そういうレベルじゃないんだ。「……次はこぼすなよ」「…………? ……ああ」「絶対だぞ!」「あ、ああ」押され気味にこくりと頷くと、最後の一つを網の上にのせると、間に焼きあがっていたハラミを二手に分ける。少しナマ、それはもう把握済みだ。そもそもハラミというのはちょっと中が赤いくらいがちょうど良いのであって、だからこそ噛んだ時に口の中にうまみが広がるのであって、「…………」「…………」うまみが広がるってレベルじゃない。だいたいおいしいものにあたると、あまりのうまさに怒るか、食べ終わってしまうために悲しくなるかの二択だったのだが、そういうものを容易く超えていく美味があるのだと途方に暮れる思いだ。ただ肉を焼いただけなのに。ただ肉を焼いただけなのに!運ばれてきた豚肉の盛り合わせ、きれいなピンク色にいっそ謝罪したくなる。トングでつかんだ細長い肉に、ほう、と一つため息。「こいつは焼くのが難しいんだよな……」「ああ、わかる。油が滴り落ちるんだよな」「だがこれは本当にうまい豚トロだろ……身の部分にサシがほとんどない。きれいに分離されている……」「ちょいナマが好きな俺だが、豚トロはちょっとかりかりの方が好きだ」「それな」「それな!」わかりあえた。肉ってすばらしい。しゅ、と網に触れる音さえ聞き取れてしまう。ゆっくりと肉の表面に油が溶けだしていく、そのタイミングを知っているのはいったい人間の中にどれくらいいるのだろう、とぼんやり考える。やばいプレミアムハイボールおいしい。やはり焼き肉には炭酸である。過たずにごり杏露酒を選んだ国永の趣味もわからないではないのだが、炭酸のほうがやっぱりいい、と喉を駆けくだる苦みに恍惚とする。ぺらぺらメニューをめくっていた鶴丸をつついた。豚トロをぺろりと皿の上にのせてやると、おう、と、口元に小さな笑み。慎重に蛤をつまんで、じっと皿の上で殻の熱が引くのを待っている間は、いっそ拷問かもしれない。「寄せ豆腐食べていいか?」「……豆腐好きなのか?」「だって桜えびかかってるんだぞ」「ガチだわ」「ガチだろ」「白いから豆腐好きのか?」「豆腐が好きだから白いんだよ」「鶴どこいった」「どっかいった」ようやっとまともな会話ができると思ったら、やっぱり国永は正気じゃないらしい。鶴どっかいったとか、アイディンティティを捨てるな。そっとつまみあげる蛤、ちゅう、と音を立てて吸い付く。あ、と本当にいろいろ後悔のような歓喜のようなよくわからない感情が脳髄を掻き回す。俺はいったい何をしたんだ。もったいないなんてレベルじゃない事をした。じわじわと舌の上で踊る海産物特有のとろりとした甘み、柔らかく口内にすべる身の感触。申し開きできない。なんでこれを自分は炭の上に盛大にぶちまけたのか。こんなの後悔しかない。少し甘みの強めな醤油だったためか、淡い海の味が活かされてちょっと涙が出てきた。本当に自分何やったんだろう。はー、と大きなため息とともにハイボールを飲めば、なんかもう幸せというか、なんというか、ぶっ飛んだ愉悦が身を満たす。隣で国永が動きを止めているのにようやっと気付いた。「……大丈夫か」「…………おいしい」「ああ……」寄せ豆腐だ。いつ来たのだろう。というかいつ頼んだのだろう。そこまで蛤に没頭していたのだろうか。見かけは普通の豆腐だ。ほどよくのせられた桜えびは、色も鮮やかで艶もよい。刻みネギの青さが眼にも楽しく、たっぷりとそそがれた出汁が豆腐の表面をつるつると流れていた。肉の脂で幸せになっている口の中に、あんなさっぱりしたものを突っ込んだら何かもったいないような気がしないでもないのだが。「これは、うまい……じゃなくて、おいしい」「おいしい」「うまいというのは、ちょっと憚られる」「憚られる」「……うまい、じゃない。おいしい」「…………ちょっと食べていいか」そこまで呆然と解説されても、それほどまでに言葉足らずだとほとんど何も伝わらないのだがどうだろう。いいぞいいぞ、と手際よく皿にわけると、ほれ、と差し出す。ふむ、と首をかしげると、肉がほとんどなくなった現状に、次は何を頼もうかと適当に差し込みメニューに視線を投げる。稀少部位のオンパレード、さすがに価格が通常メニューよりも倍違うのだが。「……ああ。うん」「……わかるだろう」「…………おいしい」おいしいです。ええおいしいですとも。今別のところに意識をそらしていたから、衝撃はダイレクトに脳内を揺さぶった。さくり、と、割れて、とろり、と、しなだれる。弾力がない、とろとろ、というわけではない。豆腐独特の、あの不思議な幸せな弾力は残っている。舌先で崩せるほどだが、ふんわりと豆の香りは芳しく、何より豆腐に絡む出汁が冗談ばりにうまい。普通、甘みだとか塩みだとか、食材にはそういったものがあるのだが、一線を超えていくうまみという表現を作った日本人、本当に頭おかしいな、と心底思う。「思わず真顔になってしまうな……」「うまい」「何を話していたっけか」「そんな昔の話はもう覚えていない」「……そういや君、主どのから書類預かってないか。確か報告書の覚え書きを渡してくれるという約束があるそうなんだが」「あるけど今じゃなくてもいいだろ……。ちゃんと持ってきている」「そこは疑っていないぞ。君は実に優秀だ」「お誉めいただき至極恐悦」「混ざっているぞ」「レアケースなんでな」「本当にレアケースだよな……うちの大倶利伽羅こんなんじゃないぞ」「そっちの大倶利伽羅のほうがよければ、今度はそいつとくるといい」「拗ねるな拗ねるな」「いや結構本気で言っているぞ。若干他の本丸に行った時に引かれるからな」「君、それでいいのか……」「他本丸の短刀に他本丸で会って真っ青な顔になって逃げられるとすごくこう、ああ、もう慣れあおう、って気になる」「君もアイディンティティ相当捨てているぞ」ふー、と一つ息を吐くと、ぴ、と指を立てて首を傾げた。何気ないおねだりである。「価格張るんだがいいだろうか」「お。いいねぇ、いいもの選ぶじゃねぇか」「あんたも混ざってるぞ」「あいつがそう言って金刀装以外を身につけたときってすごいよな」「見る眼がないと?」「いや。その刀装が本当に金刀装以上の働きをすることの方が多い」「和泉守の目利き能力はさすがに之定譲りなのか……」「で、どれを頼むんだ?」引っ張りだした稀少部位、とやらには、見慣れぬ肉の部位が書いてある。ランプ、イチボ(国永がぼそりといちご、と言ったのは聞き逃していないが黙っておいた)、カイノミ、サーロイン。「ザブトンはうまいよな。焼けるぞ。頼むか?」「君、どうしてそう、稀少部位のおいしい焼き方とか知っているんだ……?」「人には言えない秘密があるものだろう」「お前は刀だし俺も刀だ」「二重で先回りするな」「いや、どうせなら食べたことのない部位がいいな……。そのトウガラシとかいうの、どうだ?」「ネーミングが笑える」「辛いのか?」「そう言うわけではないと思うが……」注文を終えて、一息つく。いや本当に真剣に食べてしまっていた。会話らしい会話をしていないような気がする。「財布が主持ちでよかったな……さすがに怒られるだろうか」「リツは怒らんぞ」「そうなのか?」「こういうものにあまり糸目を付けない。俺のバイクも一括購入だったし」「あの子金持ってんだな……」「使っていないだけだな……。役人の給与と合わせて審神者の給与ももらっているんだから、おそらく現世では相当な高給取りだろう」「まあ仕事が趣味です、と言わんばかりの子だしな……趣味でも見つけたらいいのに」「ジャンクフード巡り」「堕落しきっているな」「最近のジャンクフードは高級路線も入ってきて何がなんだか」「あのな」「ん」「全然今の状況と関係ないんだが、今自分の吐いた息が鼻を通っていってすごいいい匂いがして今めっちゃ幸せ」「今それ言う必要あったか」突然話が変わったと思ったら何なのだ。唐突な方向転換に冷静なツッコミが止まらない。会話を楽しもうという気概はないのか。あと何を言っているのかちょっとよくわかりませんね。でも鶴丸国永ってそういう刀。運ばれてきたトウガラシとやらをじっと見つめる。赤みの強い肉だ。ロースに近い。サシがないわけではないので、強火で一気にあぶると焦げそうだ。じっと肉を観察する大倶利伽羅を、なんだか面白そうなものを見る眼で見つめる国永が、とんとんと早く食べようぜと机を叩く。そっとトングでつまんで、網の上にのせた。端っこだ。「君、いったい何をそんなに悩むんだ。早く焼けばいいだろう」「……国永。あんた、タンやらハラミやら豚カルビやら、見てただろうが」「うん?」「上、というものがつく肉はな……脂が多い」「脂身が、か?」「違う。サシのことだ」赤みの部分に走る油のことを、サシ、という。このサシ部分が多ければ多いほど、基本的には上位と見なされる。サシの多い肉は、熱を通す事で柔らかくなるので、舌の上でそれこそとろけるように崩れるのだ。網の上にのせると、固まっていたサシが熱で溶けだして、表面に浮いてくる。潤むように表面を包むと、場合によっては本当に赤く溶けだしていく。火で焼くと一気に熱が通ってしまって、サシの部分にある脂を飛ばしてしまうので、硬くなる。程よく脂を残さないと、肉は柔らかくならない。「炭火である利点はここだな。直接火に当てないから、じっくりと脂が溶けだしてくる。だが、熱が強すぎる部分におくと、火をあてるのと同じで一気に硬くなっていく。……そういう肉はじっくり端っこであぶるように焼くのがいい」「……か、語るなぁ、君……」「光忠直伝」「すごいな君のとこの燭台切」「この肉はサシもあるが、赤みの部分が多い。けれど、薄さを見ればやっぱりじっくりいったほうがいいだろう。そこらへん見てた」「こだわり」「うまいもののために妥協はしない」「すごい」「食欲を満たすためには慣れあいも辞さない」「君、刀だよな?」そこまで食に傾倒していると心配になってくるぜ。ぼやく国永の前に、そっと肉を出してやった。これを食って同じ事がいえるなら言ってみろ。案の定、焼けるのが早い。あぶってよかった。「……どうだ」「…………こう」「ん」「噛んだら」「……ああ」「じゅわっと」さっきから語彙力が消滅しているような気がしないでもないのだが、この鶴丸国永は正気だろうか。そんな手をわきわきされたって伝わらんもんは伝わらんのだ。冷めた眼で真顔のまま咀嚼を続ける国永を眺めていたが、それ以上はひたすら手をわきわきさせるだけで、気持ちが悪いだけである。仕方なく程よく焼きあがった一枚を箸でつまんで、口にいれた。「………………」語彙力が消滅した。「…………確かに……」「ああ……」「噛んだら…………じゅわっと…………」「するだろ」「した……」それ以上どう表現しろというのだ。そりゃ手をわきわきさせる他なくなるだろうよこのうまさ。舌の上でとろける、という当たり前のテンプレートセンテンスは使えない。とろけないのだ。だからといって硬いわけではない。噛みごたえが凄まじいわけではないのだ。けれど、噛むたびに、じゅわり、と、染み出してくる。程よく効いたブラックペッパーの辛み、けれどステーキのような剛胆さは感じない。繊細、けれど脆くはない。力強い、けれど押し付けがましくない。蹂躙してくる、けれど引き際も抑えてきている。ばかか、と、頭を抱えた。なんだこの肉。本当に肉か?語彙力が消滅した。はー、と、大きなため息とともに、敗北感に気持ち良く身を浸しながら、二枚また、網の上にのせた。*食い散らかしたわけではないけれど、どこか尊い達成感のような、悟りの境地のような心地で飲み食いを繰り返し、腹がふくれてきたところで、そろそろシメ行くか、と、国永がメニューを開いた。この鶴丸国永はよく食べる。下手したらこのほっそい身体に、本日は自分よりも食べているかもしれない、と大倶利伽羅はぼんやりと隣からメニューを覗き込む。よく食べるけれど所作は一分の隙もないのだから、本当に平安の刀は雅だ。そういう時代の生まれでなくてよかった。「……一択だな」「いいよな、つけ麺」カルビスープのつけ麺だ。写真にはぎっちり赤いスープに黄みがかった太めの麺。うまくないわけがないだろう、と、無駄に店に信頼を寄せてオーダーを通す。散々肉を食べた身体には、多少重たそうに見えたから、一つを半分こだ。あとは若さでカバーする。国永は知らない。運ばれてきた品は、正直写真よりも見目がよかった。つやつやの麺は見るからにこしがあるし、スープのなかにものすごい勢いででかい肉のかたまりがある。これは結構苦しいかもな、と思ったら、一口食べた鶴丸がおもむろに顔をあげてこっちを見た。「……重いのか」「違う。めっちゃさっぱり」「え」「さっぱり……」こっちが何を言っているのかさっぱりだ。カルビスープと言えばごってりして濃厚なのが当然で、そんなさっぱりしていてカルビスープがカルビスープとして勤まるものか、と、差し出された器に麺を浸す。すすったあと、大倶利伽羅は何度目になるかもわからない敗北感に目眩を起こしそうになった。どうしようこの感覚癖になりそう。「……なんだこの肉を食べた後のシメというものを隅から隅までわかりきっている味は……」「すごいな……」色とは裏腹に辛みは浅い。うまみを活かしきった辛さだ。さらりと口の中でほどける味の合間合間に、A5ランクのカルビを煮出した出汁が効いている。なんでそんなランクの高い脂の多い肉で、こんなさっぱりとした口当たりのスープができるのか。噛みごたえのあるカルビは、されど歯に何も残さずにきれいに噛み切れて、噛み締めるたびにスープのうまみが喉に伝う。ずるいずるいとぼやきながら麺をつまんで浸していく。「煮卵は半分な」「ああ、もちろんだ。俺たまご好きでな、自前で味たまごつくるくらいなんだ。たまごってなんであんなにうまいんだろうな……夜中にインスタントラーメンつくってそれにいれるだけで、なんだかごちそうを食べている気になるんだ」「ああ……俺の場合それチャーシューだな……」いいながらたまごを二等分する。色の変わったたまごは程よいとろみを持っていて、箸から逃げない。きれいに等分されて、これはあのスープにつけたらさぞかしうまいだろうなぁ、と遠く思う。「黄身にまで味が染みている、これみたいにとろっとしているの本当に好きでな……最初はうまく作れなくて苦労したんだが、ようやっと最近安定してこのとろみが出せるようになってな。なかなかに塩梅が難しい」「…………」「白身も凝固しすぎると歯触りが素っ気ないだろう? だからあのつるっとした感じを残すのに、いったいどんな調味料が必要なのか結構考えに考え抜いてな。いやぁ現世におけるラーメン屋はすごいよな、それぞれの店で違う味付けにはなるが、基礎としての味たまごのうまさを損なっていない。職人の国だ……俺は日本が大好きだ」「…………………たまごやるよ……」「…………へ」「やるよ……」「あ、いや、そういうつもりじゃないんだ、ただ俺はたまごのすばらしさを真剣に語ってしまっただけで、いや本当にそういうつもりでは、」「いいから食えよ……」そこまで語られて自分も食べるとかいう選択肢があると思うてか。たまごの話から日本に話が飛ぶとか、この国永のなかで煮たまごの存在はどれほどになってしまっているのだろう。切国のラーメンの時も思ったが、彼のなかでのたまごのポテンシャルがやばいことになっている気がしないでもない。たまごの事に関しては、この国永を疑う必要がない、と確信した。うっとりとした口調で壮大に語り続けたその声は、事実真実を奏でるもののそれで、人の弱みに付け込んであわよくばたまごをせしめようなどというずるい考えはまるでない。いっそこのたまご愛に共感してくれ、といわんばかりの論舌だった。鳥だけにたまごには愛着があるのだろうか。もうこの鶴丸国永は今後、たまながさん、とでも呼んでやったらいいのではないだろうか。いいのか、いいのか、と二度三度と確認してくる国永の眼は、言い過ぎてしまった後悔とたまごを食べられる喜びとで複雑な色をしている。あーあーあー、と、なんだか自本丸の短刀を見やるような気持ちで、いいから、と、小皿を押しやった。しばらくぎゅっと考える顔をしたが、そんな幼い表情もできるものなのだなぁ、とちょっと意外に思った。飄々と、けれどまっすぐに、誰をも見捨てようとせず、力強く前を見る鶴丸国永だ。対外的に見ても、かなり精神的に熟しきっている。なんだかんだ現世で問題があった時に頼るべき刀として認識しているのに、たまごの前では子どものようだ。……酒に酔ってはいないのに、どうにも頭がふわふわしている。この程度の量で酔うはずもないのだ。肉に酔ったのだろうか。「……じゃあ、ありがたくいただくな」「ああ」こちらを拝んでから静々とたまごをスープに浸す。何と言うか、ここまで幸せそうな顔をされると、もう一個味たまごください、と言って、食べさせてやるべきなんじゃないかと思う。もくもくと麺とともにたまごを咀嚼している鶴丸の幸せそうな顔でお腹いっぱいです。*「……うまかったな」「ああ……」呆然と店から出て、空を見上げる。晴れ渡っている。よく星が見えた。とっぷりと暗い周囲、少しざわついているが十分静かな方だろう。おいしかった。本当においしかった。幸せだ。「……また来たいな、この店」「ああ」「いい金額だったな」「だが、予想していたよりも安かった」ふあ、と、前髪をそよがせる風の冷たさが心地よい。遠く、先ほど出て来た施設を見やった。まだ明るい部屋がある。案の定だ。けれど、深夜を回る頃には彼も本丸に連れていって完全ホールドのもと眠りに落とさなければならない。「あんたは」「すぐに帰るよ。……うちの主も、そろそろお開きになるようだしな」「そうか。俺はあっちに帰る」「……無理、するなよ」「ありがとう」大倶利伽羅にありがとう、っていわれると、すごくこう、な。苦笑しながらいいたい事はよくわかる。きっと彼のところの大倶利伽羅は素直じゃなくて、そういう台詞をすんなり吐けないのだろう。自分だからよくわかる。よくわかるけれど、さらっといってしまった方がラクだということを覚えたこの身だ。レアケース上等だ。「次に会えるのはいつになるかねぇ」「しばらく先である事を祈っている」「そうだな。そう頻繁に会うような事件が起きてしまっては、頭が痛い。……うまかった。ありがとうな。まさかの展開だったが、これはこれでとてもいい経験だった」「ああ。肉に酔うなんて思ってもみなかった」「美味は人を酔わせると言うが、本当だったなぁ」じゃあ、と片手をあげれば、ひらりと手をふりかえされる。背を向けて歩き出した。明かりのともる施設の五階が、本日の作業場だ。骨喰がパートナーなら、仕事の段取りも上々だろう。ふう、と息を吐くと、確かに甘い肉の香りが自分からして、なるほど、と苦笑した。これはデザートも欲しないのが当然だ。五メートルほど歩いたところで、気がついた。「国永ー!」「おうっ!」思わず振り返って大声をあげる。びっくぅ、と大げさに身体を跳ねさせた国永はおろおろしながらこっちを見やった。危ない、忘れていた。忘れ去っていた。「書類!」「あ!」会うのがしばらく先である事を祈った矢先に、明日会う、なんて間抜けな事をするところだった。