外部メディアへ、糖質制限を題材に記事を寄稿をすると、読者からさまざまな反響をいただく。
反響がないよりは、反響があったほうが良いのだが、しかしポジティブな反応ばかりではない。
最近、目に付いていて、根深い問題だと考えさせられずにはいられないのが、「結局はバランスの良い食事と、適度な運動」という思考停止だ。
・適度な運動を毎日行って、間食をやめてバランスのとれた食事を取れば良いだけの事。
・結局どう足掻いたって「バランスの良い食事と適度な運動」が答えなんだよな。
・食ったら動け。ただそれだけの事だろうに。
・運動しろや なんで楽して痩せようと思うのか
・低脂肪高たんぱくで野菜海草きのこ類を中心 1日1600calに食事制限して有酸素運動をする これ以外のダイエット法はウソ
・正直片っ端からバランスよく必要最低限食べてれば太らないしガリガリにもならないし体調不良にもなりにくい。 バランスですよ
これらは一見すると正しく、まともな意見を表明しているように見える。
が、実際には、昔ながらの誤った栄養学に立脚した “まとも” であり、たとえば体育会系の部活動で「水なんか飲むな!」と要求するような根性論でしかない。
今となっては、水を飲まずに運動をする理不尽さは、老若を問わず多くの日本人が理解している。しかし、ほんの数十年前までは、根性を鍛える指導方法が幅をきかせていた。
おそらく、指導者たちは、「それで結果が出ている」と胸を張っていたに違いない。
「バランスの良い食事&適度な運動」が最良の方法だとは限らない
体重管理も同じで、確かにバランス良くほどほどに食べ、間食をせず、それなりの強度の運動を習慣にしていれば、「結果は出る」だろう。
がしかし、最良の方法であるとは限らない。
ご飯やパンや麺類など炭水化物(糖質)を主食にしていると、血糖値が大幅に上昇するため、食事のたびに体内でインスリンが大量に追加分泌される。
インスリンが分泌されれば、血糖が脂肪に変わるばかりか、すでに体内にある脂肪の分解が抑制されてしまう。つまり、身体はエネルギー蓄積モードになり、代謝が落ち込み、ちょっとやそっとの運動では痩せない体質になってしまう。
「バランスの良い食事&適度な運動」=「禁欲的な食事量制限&高負荷な運動の習慣」
この状態で運動をするのは、サイドブレーキを掛けっぱなしでアクセルを踏むようなものだ。
結果、禁欲的な食事量制限をしたうえで、かなりの強度の運動を習慣にしなければ、適正体重を保つことができない。
もともと代謝の高い10代20代ならばともかく、30代を越えてくれば、
「バランスの良い食事&適度な運動」=「禁欲的な食事量制限&高負荷な運動の習慣」
なのだ。この事実は、糖質制限を始める以前の私自身はもちろん、体重増加を気にしている世の中の多くの人々が実感しているとおりである。
インスリンの大量追加分泌に疑問を持て
「結局はバランスの良い食事と適度な運動」という言い方が、なぜ思考停止かと言えば、インスリンが大量に追加分泌される異常な前提を疑わないからだ。
ブレーキを掛けっぱなしでアクセルを踏んでいるのに、
「ほら、前に進むじゃないか。何の問題があるんだ?」
と言っているようなものだ。
そんな苦行をせずとも、ブレーキをリリースしてアクセルを踏めば、ストレスなくスムーズに進める。
すなわち、糖質の過剰摂取をやめ、食事ごとのインスリン大量追加分泌を減らせば、我慢せずに満足いくまで食事をしていても、自然に適正体重に落ち着く。運動は必要ないケースも多い。
私は実際、運動をまったくせずに(お腹いっぱい食べて)学生時代の体型を取り戻した。
食事量制限&運動をする or 炭水化物の過剰摂取を止める のトレードオフ
どうしても炭水化物を主食にしたい、という人もいるだろう。それが、コカインと同様にドーパミンの放出量が増えるがゆえの依存症だとわかっていても、食べ続ける人も少なくないだろう(飲酒や喫煙を見れば明らかだ)。
炭水化物を主食として食べ続けるという選択肢は、個人の価値観であり、尊重されなければならない。
日本は米食文化という側面もある。私も米は美味しい食べ物だと思うし、否定するつもりはない(主食にはしないが、嗜好品としてたまには楽しむ)。
これは、シンプルなトレードオフの話だ。
炭水化物依存症を止める気がないのなら、禁欲的な食事量制限をしたうえで、かなりの強度の運動を習慣にしなければならない。
食事量制限や、運動の習慣を持つことに困難を感じるのなら、炭水化物の過剰摂取を止めなければならない。
どちらもできない、やつるもりがない人は、肥満に甘んじるしかない(それもまた、価値観だ)。
常識を疑うのには困難がつきまとう
自分の中の常識を疑うのは、すごく難しい作業だ。
私も、切羽詰まってはじめて本気で考え、やっと炭水化物を疑うことができた。
「結局はバランスの良い食事と適度な運動」と思考停止する人の気持ちも理解できる。
昔の私自身を思い返しても、ちょっとやそっとでは耳を傾けてくれないだろう。
何かできるとすれば、彼らが切羽詰まったときにすぐに情報が得られるように、Web上に有益な情報を用意しておくことくらいかもしれない。