3月9日(日)夜
さて。
日曜日。
このところウイークエンドになにを食べるか、
内儀(かみ)さんのリクエストに応えていたが
今日は私が決めた。
久しぶりに新橋の鮨や[しみづ] 。
まあ、東京でも有名店と言ってよかろう。
今、私が決めて通っている鮨や。
東京の、上位クラスの鮨やは、むろん安いものではなく、
そうそう行けるものでもないが、この年齢になってくると
自分の好みが決まってきたので、いろいろな店を歩く必要がなくなった。
また、鮨やというのは、そこの親方とのコミュニケーションが
取れているかどうか、というのがとても大切である。
にぎる鮨はもちろん、親方のキャラクター、考え、店の雰囲気、
居心地など含めて、自分に合っているか、で、ある。
そういう意味で、今[しみづ]が私にはピッタリときている。
もっとも、あちらこちらと浮気をするのではなく、ここぞと
決めたら通う、というのが、やはり、本来正しいのであろう。
そう。
余談だが、東京の鮨やの場合、店主は“大将”ではなく
“親方”と呼ぶのが正しい。私も以前は気が付かなかったが
本来、大将は東京では使わない。関西の言葉であろう。
江戸落語を聞いていてもそうなのだが、江戸・東京の
職人の世界での師匠というのか、親分というのか、お頭、
店であれば店主、は基本すべて、昔から親方である。
例外は、大工。大工は棟梁。江戸弁風に訛るなら、トウリュウ。
左官(これも江戸弁ではシャカンと訛る)も親方、床屋も親方で、
鮨やも親方というわけである。(相撲部屋も親方だが、この流れ、
で、あろうか。)
ともあれ。
[しみづ]は、最近では立ち喰いの店に行ったが柳橋の[美家古鮨]
系統といってよいのであろう。
柳橋[美家古鮨]→神田[鶴八]→新橋[鶴八]→
新橋[しみづ]となる。
この前も書いたが柳橋[美家古]は創業が江戸までさかのぼれる
東京でも数少ない系統である。
むろん、ただ歴史が古いだけではなく、やはりポリシーが
はっきりしているのがよい。
これには柳橋[美家古鮨]の先代親方の影響が大きいようである。
(このあたり、神田[鶴八]の先代親方の著作に詳しい。
この本、以前の東京の鮨やの雰囲気が知れて、読み物としても
おもしろい。)
江戸前仕事で、守るべきものは守るというのであろうか。
やはり[美家古鮨]の系統は、どこもこのあたりがしっかりしている。
[しみづ]にたどり着く前に、例によって、ゴタクが長くなって恐縮である。
和食がユネスコ無形文化遺産になったことであるし、江戸前鮨は
江戸・東京発祥で世界に広まっている、日本が誇るべき食文化である。
今日は改めて、私が考える江戸前鮨を、少し書いておきたい。
もうしばらくのお付き合いを。
さて、江戸前鮨。
江戸前鮨を特徴付けているのは、なんといっても独特な下拵え、
いうところの“仕事”で、あろう。
今は冷凍、冷蔵の設備とこれらを駆使した、魚介類のサプライチェーンが
世界中に張り巡らされている。
しかし、これは、たかだか戦後のことである。
つまり、それ以前は生の鮮魚というのは、獲れた日、
せいぜい翌日までに食べてしまわなければならなかった
わけである。
これを少しでも長く保たせる工夫が、江戸前仕事といってよかろう。
ゆでる、煮る、酢で〆る、しょうゆのつゆに漬ける、などである。
実際の種では、海老(ゆでる)、煮蛤(煮る)、〆鯖(酢で〆る)、
まぐろのづけ(つゆに漬ける)、といった具合。
また、細かいことだか、鯵などの光ものや貝類も生でにぎらず、
酢洗いといって、一度酢を潜らせてからにぎっていた。
にぎる種をいわば完全に生の状態でにぎることは
ほとんどなかったのである。
にぎりの鮨は文政年間、1820年台に江戸で生まれた
とされている。
ここから戦後までは125~130年。
戦後から今までは70年。
まだ、冷蔵設備なしの期間の方が長いのである。
130年程度の間に、江戸前仕事というのはある程度完成されており、
その後に冷蔵設備が出てきて、生でにぎれるようになった。
結局、どうしたら一番うまいにぎりずしなのか、
ということなのである。
江戸前至上主義というのか、なんでもかんでも、
昔のままやっているのがよいのかというと、私は
そうではないと思うのである。
また、逆に、古い江戸前スタイルのにぎり鮨が
すべてダメかといえば、それも違うと思うのである。
(判りやすい例だと、小肌などは酢〆意外にはない。)
130年工夫をしてきた技を冷蔵設備ありで
最もうまいにぎりずしにするにはどうしたらよいのか、
ということを、鮨職人は懸命に努力する、
これが正しい姿であろう。
また、それをしているのが数寄屋橋の二郎氏なのか、
銀座八丁目の水谷氏なのか、、一流のにぎりずし職人
なのだと思うのである。
で、長々と書いてきてしまったが[しみづ]もそういう
伝統は伝統で守り、最もうまいにぎり鮨を目指して、
新しい試みもしている、鮨職人の一人であろうと、思っている。
と、いうことで、予約は6時半。
例よって着物に着かえて、6時頃出て、銀座線で新橋まで出る。
烏森神社の前を左に曲がって次の細い路地を右。
[しみづ]は左側。
間口は1間、1間半、二間はなかろう。
格子を開けて入り、名乗って、ご主人に会釈。
と、いうことで、今日はここまで。
明日につづく。
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