食欲を「おあずけ」できる人は成功しやすい
人生がうまくいかないのは、やるべきことをやらなかったせいだ。やるべきときに、やるべきことを先送りして、やらなくてもいいことに手を出してしまう。自制心が無いせいで、どれだけのチャンスを逃してきたことか。
衝動をおさえれば人生はうまくいく
「おあずけ(Stay)」ができる犬は、かならず賢い。自制できるワンちゃんは粗相が少ないので、飼い主によく愛されて、幸福な生涯を送ることができるだろう。
ヒトの場合も同じらしい。米国スタンフォード大学の実験によれば、目の前にあるお菓子を「おあずけ」できた4歳児は、我慢できずに食べてしまった子よりも、将来のSAT(大学進学適正試験学業)の成績が良かったり、すぐれた問題解決能力をそなえる傾向にあるという。
学業成績が良い者は、エリート校で高度な専門知識を身につけることができるから、大学を卒業後には能力に応じた社会的名声や高収入を得ることになる。つまり、幼いころから自制心によって食欲を抑えることができた子どもは、幸せになりやすい。
なぜ自制心が必要なのか?
食べたい、買いたい、ぶん殴りたい……など、日常生活のなかでわき上がってくる、おさえられない気持ちのことを「衝動(しょうどう)」という。
衝動とは、突発的にわき起こる激しい欲望だ。食欲や物欲などの激しい衝動に駆られた者は、なにがなんでも欲望を満たさずにはいられなくなる。まるで、自動車のハンドルがきかなくなってしまったように、心と体が制御不能におちいってしまう。自制心を働かせて抵抗しなければ、衝動に支配されている時のわたしたちは野生動物と大差がない。
ダイエットの失敗やクレジットショッピングによる多重債務など、衝動がもたらす結果はさまざまだ。生きているかぎり、ヒトは「衝動」から逃れることはできない。自制心の弱い人は、満腹でも食べたくなるし、欲しいと思ったら借金をしてでも買いあさってしまう。すぐに後悔する。自己嫌悪におちいる。
脳器質の障害による依存症ならば、衝動に負けてしまうのは仕方がないことだ。しかし、たいていの人は「自制心が弱い」から、衝動に屈しているにすぎない。近年、研究者によって自制心のメカニズムが少しずつ明らかになってきた。本書には、最新の研究結果をふまえた「自制にまつわる心がけ」が紹介されている。
自制心の使用回数は決まっている
ある状況下で自制心を発揮することで、別の状況では自制心を行使する能力が下がってしまう
(『なぜ「つい」やってしまうのか 衝動と自制の科学』から引用)
つまり「自制心とは限りある資源であり、急速に消耗してしまうもの」というわけだ。フロリダ州立大学の心理学者ロイ・バウマイスターの研究が、それを証明している。次のようなものだ。
空腹の被験者たちを集めて、目の前に「大根」と「焼きたてのクッキー」を並べて置いた。この実験では、被験者たちを3つのグループに分けた。
【1】「大根を食べろ。ただし、クッキーは食べてはいけない」と指示されたグループ
【2】「クッキーをすこしなら食べてもいい」と指示されたグループ
【3】「なにも食べてはいけない」と指示されたグループ
そのあと、被験者たちの学力ではけっして解くことができないテストを出題して、ギブアップするまでの時間を計測した。
いちばん粘り強かったのは「クッキーを食べてもいい」という指示を受けた被験者たちだった。まったく自制心を消耗しなかったので、難問に長いあいだ取り組むことできた。
「なにも食べてはいけない」のグループがストレスを感じたのは当然だ。【2】の被験者たちよりも、あきらめるまでの時間が早かった。
意外なのは「大根は食べていいけれど、クッキーは食べてはいけない」と指示を受けた被験者たちのストレスの大きさだった。すぐにあきらめてしまったのだ。味もそっけもない大根を強制的に食べさせられたうえに、おいしそうな「焼きたてクッキー」で口直しすることも許されなかったので、自制心をかなり消耗したようだ。
食べないダイエットが失敗しやすいワケ
あらゆる意味で、自制心は筋肉と似通っている。筋肉と同様に、鍛えることで強くなる。そして、使用直後に力が出なくなるという意味で、自制心にも筋肉と同じように疲労が見られるのだ。
(『なぜ「つい」やってしまうのか 衝動と自制の科学』から引用)
筋肉は、グルコースを消費することによって動いている。自制心も同様であり「体内のグルコース濃度が低いときには自制心の働きが弱まる」という研究結果が報告されている。
グルコースとは、糖質(炭水化物)のことだ。思いつきの食事制限ダイエットでは、慢性的にグルコースが不足する。自制心を発揮するための燃料であるグルコースが足りなければ、ダイエットの途中で「食欲にまつわる衝動」に負けてしまうだろう。
自制心を保ちたいなら、適切な量の食事が欠かせない。急がばまわれ。ダイエットで理想の体型を目指したければ、近道はないと考えたほうが良さそうだ。
(文:忌川タツヤ)