• 〜〜After a few days〜〜



    「……ヤベェ…ちょっと太ったか?」

    笠松は風呂場の鏡の前で、自身の姿を写し、頭を捻っていた。

    「……最近、メシ食っても直ぐに腹が減って、食ってばっかいたからなぁ…。」

    以前よりも少しだけ出た腹を撫でながら、頭の中で肥えた自分を想像し、顔を青ざめた。

    「……少し、飯の量を減らすか…。」

    これが笠松がダイエットを決意した瞬間だった。






    〜〜After a few days〜〜



    今夜は2人揃っての食卓だというのに、炊きたてのご飯を方張り、甘じょっぱい生姜焼きを突ついているのは黄瀬だけだった。

    「…幸男さん、ご飯食べないんスか?」
    「……あー…、今あんまし食いたくねーからいーわ。」

    しばらく飯の量を控えているのに、腹は出る一方で…。
    鏡を見る度に焦る俺は、仕方なく夕食を抜く事にし、適度な運動も始めた。

    流石にこれ以上太ったら、洒落にならない…。
    綺麗なこいつの傍らに居られなくなる…。

    「……でも、最近顔色悪いっスよ?ちゃんと食べた方がいーんじゃないっスか?」
    「…いや、マジで要らねーから。」

    断固として断りを入れれば、黄色の細い眉がションボリと垂れ下がる。
    そんな様子を苦笑いして眺めた笠松は、話題を変えようと口を開いた。

    「…涼太、珈琲飲むか?」
    「はいっス。」
    「ん。」

    椅子から立ち上がり、キッチンに向かう。
    食器棚に手を掛け、黄瀬がお気に入りのマグカップを取ると、身体がグラリと傾いた。

    (……な、んだ…?)
    (…目の前が…真っ暗に……)

    (……何も……見え……ねぇ……)



    定番の豆腐とワカメの味噌汁を啜りながら(幸男さんの味噌汁サイコーっス〜!)と小さな幸せを感じていると、キッチンから何かが割れる音と、重いものが落ちたような鈍い音がした。

    瞬時に危険を感じ取った黄瀬は、身を翻してキッチンに駆け込む。

    そこには、割れた硝子破片の中に、うつ伏せに横たわる笠松の姿があった。

    「幸男さん!!!」

    黄瀬は、硝子の破片には目もくれず、一目散に笠松の元へと駆け寄り、身を起こす。

    「幸男さん!!」

    腕の中に抱え上げて、顔を覗き込めば、青ざめていたものの意識はあるようだった。

    薄っすらと開いた瞳が、黄瀬の姿を捉えて「……涼太…」と力なく名前を呼んだ。

    「話さないで!」

    黄瀬は焦りながらも、笠松の様子を確認していく。

    (…引きつけや、痙攣は起こしていない。倒れていたのはうつ伏せだから頭を打った心配もない。…これなら動かしても大丈夫か。)

    「…幸男さん、ここは硝子が飛び散ってて危険だ。少し動かすよ。」

    笠松の身体を横抱きにして抱え上げると、立ち上がりリビングへと向かう。
    広いソファーに笠松を寝かせると、自分の上着を脱いで、横たわる身体の上に被せた。

    ズボンのポケットからスマホを取り出して、救急車の番号を素早く打ち込むが、発信ボタンを押す前に、指が止まる。

    フと、頭の中に、赤司から受け取った病院の診察券が浮かんだ。

    黄瀬はチラリと笠松を見て、スマホに打ち込んだ番号を削除すると、寝室に向かって走り出した。


    廊下を駆け抜け、ドアの前に来ると、勢いよく寝室のドアを開けて、ベッドの横にあるチェストに手を伸ばす。

    引き出しを開ければ、白い封筒が入っていた。

    黄瀬は迷わずにその封筒から病院の診察券を取り出して、カードに書かれている電話番号に電話をかけた。











    昼間は賑わう病院も、夜になれば静寂が訪れる。
    誰も居ない寂しい待合室で、黄瀬は1人、長椅子に腰を下ろしていた。

    暇さえあればいじっているスマホも、音楽も、今は何もする気になれない。
    ただひたすら笠松の診察が終わるのをジッと待っていた。






    どのぐらい経っただろうか。
    診察室の扉が開き、中からナースが現れる。
    そのナースの足は、黄瀬の前で止まった。

    「…笠松様の身内の方ですか?」
    「…はい、そうっス」
    「先生からお話が御座います。こちらへどうぞ。」


    診察室に通されて、辺りを見回しても、笠松の姿は何処にも見当たらない。

    「……あの、ゆき…、笠松さんは何処っスか…?」
    「ゆっくり休ませる為に、先程病室に移しましたので、心配いりませんよ。」

    背後から声をかけられ、振り向くと、そこには白衣を着た初老の男性が椅子に座って微笑んでいた。

    「私は、ここの医院長を務めております、佐伯と申す者です。以後お見知り置きを。」
    「俺は、黄瀬涼太と言います。よろしくお願いします。」

    軽く頭を下げながら(…何故、病院長が直々に診察を…?)と考えながら、佐伯の向かいの丸椅子に腰を下ろした。

    「…笠松様の事は、赤司様から仰せつかっております。」
    「……!!」

    『赤司』の一言で、黄瀬は瞬時に意味を悟った。

    その表情を見た佐伯が、にっこりと顔に皺をよせながら、優しい口調で言葉を述べる。

    「…黄瀬様には、何と無く察しがついているようですね。」
    「……まさか…幸男さんが……」
    「…えぇ、その『まさか』ですよ。…さぁ、詳しいお話をしましょうか。」

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