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食品製造現場における総合的な防虫管理システム
イカリ消毒株式会社
天宮 美佳
1. はじめに
今日、多くの食品工場や医薬工場では、有害生物対策を取り入れている。しかし、昆虫類等の有害生物による事故は減少していない。
防虫対策を困難にさせている理由は以下の点が挙げられる。
- 昆虫類は短期間で急激な繁殖が可能であり、発生源がある限りすぐに増繁する。
- 薬剤や機材による殺虫・捕獲は一過性の対応にしかならない。
- 昆虫類は移動能力が高く、特定の場所に止まらない。
- 昆虫類は種類によって生息する条件などが変わる。
したがって、昆虫類の生態をよく理解し、総合的な防虫管理システムの導入を工場全体で進めていくことが必要になる。近年、効果と継続性を考え失敗の少ない取り組みで結果を出している工場が多い。
本稿では、具体的な防除の条件は割愛し、失敗の少ない総合的な防虫管理システムの構築を中心に解説を行う。
2. 総合的な防虫管理システム
IPM(Integrated Pest Management)は「総合的有害生物管理」と訳され、農業分野で研究、検討されてきた害虫防除の概念である。「あらゆる適切な害虫防除技術を相互に矛盾のない形で使用し、経済的被害を生じるレベル以下に害虫個体群を減少させ、かつその低い個体群レベルに維持するための害虫管理のシステム」と定義されている。弊社は農業害虫用のIPMの概念の中から食品や医薬の製造工場に適した部分を抽出、アレンジし、製造工場向けの総合的な防虫管理システム(製造工場向けのIPM)を確立してきた。
総合的な防虫管理システムは、4つの要素から構成される。
①工場内で侵入・発生の危険性を評価する診断調査
②初期改善とルール作りの決定
③力量に見合う教育訓練
④システム安定化の検証
それぞれの活動の一つ一つは重要であるが、それ以上に相互の関係をよく理解することである。①の結果から②〜④は決定され、④の結果から①〜③の再実施などが生じる。
また、①〜④の防虫管理システムは、昆虫類の基礎知識と、基本的な防虫対策の考え方を理解した上で運用する。これらの知識や考え方を持たずシステムを運用すると、調査の評価や対策が間違ったものや効果的ではないものになる。
2.1 工場内に侵入・繁殖する昆虫類の生態
昆虫類が工場に存在する理由は、人や物資の往来によって偶然に迷い込む場合や、光や臭いの影響を受けて必然的に侵入する場合が考えられる。侵入した昆虫の種類によっては、一定の条件が整うと工場内で繁殖を繰り返し定着する。
図1にある生息要因とは次の3つを指し、この条件が備わっていなければ、昆虫は繁殖・定着しない。
①隠れ家・住処に適した隙間や空間がある。
②生息に適した温湿度帯である。
③個体の維持・繁殖に充分な餌がある。
工場で問題になりやすい昆虫類はピックアップし、それぞれの生態と対策を把握しておくと失敗が少ない。
| 区分 | 要因 | 名称 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|
| 内部発生 可能昆虫 | 飛翔性 | 湿潤環境 | 汚れた水域から発生し、内部発生が可能である | |
| 腐敗動植物質から発生し、内部発生が可能である | ||||
| 食性は多様なものが多いが、菌食性のものも存在。代表的な土壌生物で湿潤条件を好む | ||||
| 乾燥環境 | 小麦や小麦を原料を加工品で乾燥したものを好み、粉溜まりなどで内部発生する | |||
| 乾燥動植物質を好む。乾燥貯蔵食品(原料)を扱う場所で内部発生する | ||||
| ノコギリヒラタムシやカクムネヒラタムシが代表。粉体加工品を食害 | ||||
| 乾燥植物質を好み、貯蔵食品の害虫として著名(ノシメマダラメイガなど)。内部発生可能 | ||||
| 歩行性 | 湿潤環境 | 代表的な屋内害虫。住処として壁や機械のわずかなすき間など狭い空間を好む | ||
| その他 | 多くは屋外性だが、屋内でホコリだまりや食品などに発生する種類もいる | |||
| 外部侵入 性昆虫 | 飛翔性 | 光・気流 | 渓流から都市の河川まであらゆる水域から発生する。ときに大量発生することがある | |
| 臭い | 炭水化物の腐敗・劣化した臭いに誘引され、好んで屋内に侵入する種類もいる | |||
| タンパク質を中心にした腐敗物臭によく集まる | ||||
| タンパク質を中心にした腐敗物臭によく集まる | ||||
| 歩行性 | その他 | 多くは屋外性だが、エサや隠れ家を求めて、屋内に侵入することがある | ||
| ほとんどは屋外に生息。隠れ家を求めて迷い込んだり資材と共に持ち込まれることが多い | ||||
| 屋外性のものが普通だが、エサや隠れ家として屋内を好んで生息する種類もいる | ||||
なお、対策を行う上で昆虫類の大まかな区分を考えることも重要である。
2.2 昆虫類に対する工場の「防御力」
昆虫類に対する工場の「防御力」を把握し、必要に応じて改善し、運用していくことが大切である。「防御力」とは、バリア機能、誘引源コントロール、発生源コントロール、サニタリーデザイン(洗浄または清掃し易い構造)である。
3. 総合的な防虫管理システム
3.1 工場内で侵入・発生の危険性を評価する診断調査
防虫対策の仕組みを構築するには、工場内で侵入・発生の危険性を評価する診断調査を行う。この現状分析がスタートであり、最も重要な事項である。不十分な分析は、昆虫の発生の繰り返しとなる。
(1)事前準備
事前に必要な項目は、
- 過去のモニタリングデータの整理と解析
- 問題となる昆虫類の生態、発生時期情報
- 排水系統、機械配置、動線、給排気図面
- 清掃等の防虫管理に係るルール、記録類
これらの情報と自社の昆虫類に対する防御力を加味し、確認すべき重点ポイントや調査ツールの選定を行う。
(2)診断調査
事前準備の内容に基づき、診断調査を実施する。
- ルールの理解度、役割分担把握のための現場ヒアリング
- 清掃状況と清掃の状態
- 工場休止時の情報収集(機械内部、ダクト内部等)
この調査結果から得られた発生可能昆虫・発生可能時期を図面に記入し、「昆虫類危害地図」を作成しておく。この危害地図をルール作成やルール見直しの話し合い等に活用出来れば、昆虫の発生の繰り返しを防ぐことが出来る。管理の状況が変化した場合は、危害地図を改訂することも必要である。危害地図の一例を図4に示す。
(3)問題の本質を考える
調査結果から明らかになった問題を改善するだけでなく、予防的な再発防止を明確にする。何故このようなことが生じたのか?を追究することが重要である。この問題の本質を考える際、問題を管理するルールがあったのかどうか、管理者側のルール認識と従事者側のルール認識が合致していたのか等々、問題をルールというフィルターにかけて考えると、管理の弱点が見えてくる。
3.2 初期改善とルール作り
3.2.1 清掃や構造改善による初期改善
診断調査の結果、多くの問題が明確になった場合は、その状態で総合的な管理システムを導入しても進まない。この場合は、調査結果をもとに優先順位を設け、清掃や構造改善など初期改善を行うと、その後のシステムが構築・運用しやすい。
初期改善は、下記の2点が一般的である。
- 減数処理:薬剤処理、一斉清掃
- 施設設備の強化:ハード面が極端に弱く、ソフト面管理が困難な場合
昨今、殺虫剤の使用が厳しくなっている。減数処理の手段としては殺虫剤に頼らない方法、清掃による減数処理、集中捕獲、ムース・エコ防虫システムの依頼が増えている。また、建物の密閉度が低い、前室が狭いなど建物のバリア機能の補填として、吸引式大型捕虫器(写真1)の導入も多くなっている。
3.2.2 ルール作りの要点
現状分析後、昆虫類危害地図(図4)などの結果に基づいて、工場の欠点を反映したルールを決定する。
このルール作りでは、完璧なルール・理想的な決め事にこだわらないことが重要である。運用しながら修正を加える。ルールを作成する際の要点と、清掃のルールの一例を図5,表2に示す。
昆虫類の防除対策ルールが未整備な工場では、ルールは仮決めし運用をスタートさせる。実行してみなければ、それが良いルールかどうか判断がつかない。行動を始めた段階では何度もルールの見直しを行い、現実にあったルール作りを心がける。
3.3 力量に見合う教育訓練
昆虫類の防除システムの構築は、多くの情報が必要である。工場の規模が大きくなれば、社内でこの情報を処理する管理者・責任者も必要になる。また、すべての従事者が有害生物管理に関係しているため、それぞれの役割に応じた教育・訓練の重要性は高い。
3.3.1 防虫管理者
管理者には、昆虫類の知識、モニタリング手法とデータ解析手法を適切に把握し、管理する力量が求められる。
防虫管理者教育は、実習や実演が含まれた内容が効果的であるため、ワークショップ形式で開催することが望ましい。
〈表4 モニタリング同定・分析ワークショップセミナースケジュール(例)〉
3.3.2 防虫担当者
防虫管理に関連する実務(現場の問題改善や清掃等)をこなす防虫担当者においては、現場に密着した実践的な教育が必要である。昆虫類危害地図(図4)は、現場の危険個所を教える教育ツールとして活用できる。また、PCO(Pest Control Operator)業者などの現場点検に同行し、点検個所や点検時のポイントを知ることも効果的である。
3.3.3 一般従事者
一般の従事者には決めたルールを伝える教育が必要である。特に、実施による効果と意味を教え、なぜその頻度・内容でやるのかを理解させる。例えば、清掃の実施方法を詳しく教えるよりも、出来上がりの基準を明確にしてその根拠を伝える。ルールを変更した都度、これを実行する。
3.4 システム安定化の検証
検証には、昆虫類の捕獲データの評価とルールの遵守状況を確認する監査の2種類がある。昆虫類の管理システムの検証では両者を同時に実施する。
3.4.1 昆虫類の捕獲データの評価
昆虫類の侵入・生息状況を捕獲データで管理することで、防除システムのバランスの崩れを知ることができる。そのために、工場内にはモニタリングの目的に応じたトラップを適切に配置する必要がある(写真2)。
さらに、弊社ではWebを利用し24時間捕獲数をデータ管理、監視できるモニタリングトラップ(商品名:オプトカウンタ:写真3)も利用できる。
〈写真3 WEBによる24時間リアルタイム監視型モニタリングトラップ〉
昆虫類の捕獲データより、表5に示す3つの評価が可能となる。
即時的評価は短期間のルール実施の効果判定を良く示し、相対的評価は防御力全体の評価に対し有用である。絶対的評価は工場の管理システムが安定してくれば、工場ごとの特定の指標としても役立つ。
なお、この絶対的評価の基準作成には、データが多いことが望ましく、過去2〜3年程度のデータを元に算出する。
3.4.2 現場監査の考え方と会議運営
昆虫類の管理のみではなく、防虫活動を確認する監査活動は充実させる必要がある。特に昆虫類の管理は、清掃・洗浄、機械メンテナンス、施設保全、原材料管理などの衛生管理と関連性も高い。
監査活動で問題解決するには、確認されたデータを題材にそれぞれの立場で問題の原因や対策の効果を相互確認する検証会議を持つ。改善を停滞させないように会議を必ず月1回程度開催し、管理状況の相互把握に努める。(大音:2010;図6参照)
防虫対策の検証会議が行われている工場は少なく、PCO業者からの報告会に終始している場合がほとんどである。PCO業者の報告は会議へのインプット情報の一つであり、工場の活動に反映させることが重要である。
検証会議は、診断調査の結果を受けて決めた活動計画の進捗状況を確認・共有し、問題があれば防虫対策の活動に是正をかける場である。会議の役割が認識されている工場ほど問題解決が進んでいる。
4. まとめ
防虫活動は繰り返すことで、総合的な昆虫類の管理が改善される。
昆虫類の管理は殺虫や防除よりも、清掃などの他の衛生管理との重複が多い。その関連性をよく理解しながら活動を展開しなくては効率的な管理はできない。現場にあわせた展開の工夫がなくては効果が半減する。
現場で起きている事実を把握して、原因に対する改善活動を定着させることが、昆虫類の防除対策を進める上で最も重要である。また、防虫対策はPCO業者へ業務委託しているケースも多いが、防除活動を業者に一任することは不可能である。PCO業者に任せているから・・・ではなく、いかに業者の知識・ノウハウを利用し、パートナーシップとして防虫管理に対峙していくかを考えなければならない。
参考文献
- 江藤諮、島田博行、佐藤邦裕:そ族・昆虫の防除システムとその運用.人を動かす食品異物対策、サイエンスフォーラム、255-301(2001)
- イカリ消毒株式会社LC環境検査センター・西日本分析センター:虫の手引き-1、2-3、46-47(2007)
- 富岡康浩・池尻幸雄:害虫編.写真で見る有害生物防除事典、オーム社、19-100(2007)
- 大音稔:食品工場における防虫対策.ジャパンフードサイエンスVol.47 NO.4、6572(2008)
- 大音稔:食品製造現場における異物混入対策-総合的な異物対策の考え方と進め方-.環境管理技術Vol.28 NO.3、12-21(2010)
- 田近五郎:食品製造現場における異物対策-混入異物の検査手法とその留意点-.環境管理技術Vol.28 NO.4、9-19(2010)
- 木村悟朗:食品製造現場における異物対策-屋内で発生する昆虫類-.環境管理技術Vol.29 NO.1、7-19(2011)