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仮宿の調理師
Publish to anyone2016-05-08 22:39:1152views
イマジナリー調理師なシュウちゃんが、仮宿で相棒のシルフとのんびりまったり暮らしたり、料理したりする話です。
精霊の加護と寵愛を受ける黒衣森。
その東部に位置する森林の奥深くに、新しく人が住み着いた。と、ごくごく稀に森の都市グリダニアで泡の様にふっと浮き出て、泡の様に消えて行く噂があった。
東部森林の奥地には、蛮族が棲む。
あの地にはエターナルバンドの儀式にも使われる十二神大聖堂があるだけあって、精霊の加護と気配がより密になる。
そこに棲み着く蛮族達は、人がこの森で生きる遥か前より、この森で生まれ、育ち、生きてきた。
森の精霊は、争いを好まない。
その気質を多分に含む蛮族も、基本争いを好まず、長年人と調和し、互いに尊重し合い生きてきた。が、それもつい昔のこと。
神降ろしによって、彼等が崇める祈りの神が森へ降臨してから、長閑な森は一級の危険地帯となった。
蛮族の名は、シルフ族。
好奇心旺盛で陽気な、木の葉を纏う小人のような容姿に、心を射られる人も少なくない。ある程度人と友好的な蛮族で、都市部に出入りする姿をよく見た時代もあった。
だが、大陸北部にあるガルマーレ帝国の侵攻が始まって以来、彼等の人間への態度は急変した。人以上に黒衣森に依存する彼等は、森を侵す存在に強い拒絶と怒りを見せた。
ただ森で静かに暮らしたい。シルフ達の祈りが頂点に達した時。森を荒らす帝国へ裁きの光が降った。東の空が一瞬で紫衣に包まれ、煌めく雷閃が幾筋も走り、空を切り裂いた。その裁きの光は、遠く森から離れたクルザスの占星台からも観測された。
それ以来、東部森林の奥地は常に緊迫した空気が流れている。
その森の奥地に居着く者が本当に居るなら、きっと其奴は相当に腕が立つ冒険者か、或いは命知らずの変わり者だー。
グリダニアの冒険者ギルド『カーラインカフェ』
巨大な水車小屋を改装された、温か味のある大きな建物の中で、この店の自慢の一つ、壁から屋根に向かって誂えられた大きなステンドグラスから差し込み、ガラスの色で染められた光が店のあちこちを美しく彩る。
昼夜問わず人に溢れて賑わう。冒険者達と街の人々に人気のカフェの一角で、久方ぶりにぷかりと浮かんだ話題に、店主であり森のギルドの窓口を勤めるミューヌは、エレゼン種の特徴である長い耳をぴくりと震わせた。
また随分な言われようだね。
苦笑と共に思わず唇から溢れた言葉は、彼女がグラスに注いだ飲み物に浮かぶ氷が踊る音で掻き消えた。
涼しげな硝子のコップに注がれた薄い蜂蜜色の液体に、よく冷えたソーダ水を注ぐ。グラスの中でしゅわりと無数の気泡が舞い、ぱちぱちと弾けると、鼻孔を瑞々しい香りが擽った。
「同じ泡でも、沼地に沸くよりも、このグラスで浮く方が似合いの子なのになぁ」
やれやれ。と、大仰なリクションで首を振るとミューヌはグラスの液体に口を付けた。
森の空気はひやりと冷たく、湿り気を伴って肌を冷やす。
青々と競い合うように伸びる若草。ぐんと目一杯空に向かい、陽に枝と草木を伸ばす木々。
上を向けば幾重にも重なり合う葉が空を隠す。木々が光を一人占めするから、僅かに森に影を落とす。しかし、風のささやきに揺れる合間から差し込む木洩れ陽が、きらきらと輝き森に光の柱を落として空気を照らす。
風が吹く度に揺れる柱の先で、暗い地面にぽつりと落ちた光の跡がくるくるとワルツを踊る。
それを見て森の精霊はくすくす笑い、光の粒を追っては舞う。選ばれし森の民しか見えぬのが惜しまれる、心安らぐ光景だ。
緑が一層濃くなる奥地の先に突然ぽっかりと口を開け、太陽が降り注ぐ場所がある。
人が住む家とは違う。繊細で美しい模様がびっしりと縫い付けられた布張りのテントは人が生活するには向かない大きさだ。
丸い球体が幾つも浮かび、だが決して遠くへ飛んで行く事も無く、小振りな布張りの建物をぶら下げて、呑気に空をぷかぷか浮く。
その宙に浮かぶ建物に出入りするのは若々しい葉を纏う小人。と見紛う小柄で陽気な蛮族。シルフ族。
ここは、人との争いを望まず、蛮神の力を拒んだシルフ族が、グリダニア国の領地を間借りして暮らす集落。通称シルフの仮宿。
仮宿に滞在する人間は、グリダニアの長。角尊の幻術皇カヌ・エ・センナより、シルフ族との橋渡し役としての命を受けしグランドカンパニーの特務官と、幻術ギルドの実力者達と、森の恵みと生きる者。園芸師と、ごく稀に魔物を狩りに来た冒険者だけの地に、一人の人間がやってきたのはほんのつい最近の事だった。
さわさわ さわさわ。
枝いっぱいについた葉がゆれて鳴る森の歌声。
生まれる前から、自分はこの歌を知っていた。
森にすむ全てのいのちが聴きながら生まれて、死ぬ。いのちのうた。
「今日も綺麗なお歌でふっち」
ほんのひと月前、この仮宿で生まれた幼いシルフの子は木の葉の音にぷるぷると身体を震わせて、くるりと上機嫌に回る。ぽかぽか暖かい日差しを受けて、頭上からぴんと生えた双葉の様に見える大きな葉も、心なしか嬉しそうに震える。
ゆりかごより生まれしシルフは総じて成体ではあるが、母胎の役割を果たすゆりかごから出たばかりの生まれたての身体は、成熟したシルフ達と比べるとふた回りほど小さく、色もまだ淡い。
植物と同じで、漸く芽を出し、初めて開いた葉が、ぴんと端の端まで広がったばかりの色にも似た、初々しい柔らかな薄緑。
人やシルフ達がそれをどうにか表現したくて、染色の研究を躍起になって繰り返しても、何とか近しい色を作れはしたが、完全再現とまでは行かなかった自然が生んだ色。それが今しか纏えぬ特上のドレスだと、幼いシルフは気付かない。その事に気付く頃には、シルフの身体も心も成熟されて深い森の色へと染まっていく。
仮宿に、生まれたばかりのシルフは少ない。そもそもここに住むシルフの数自体が少ない。
好奇心が強すぎるこのシルフは、ほかの子供とはあまり気が合わず、こうしてよく一人でぷかぷか浮いては木漏れ日の中で踊ってみたり、木の葉の歌に耳を傾けていたり、それに飽きて退屈になったら、冒険者がよく群がり、必死の形相で鎌を入れる草むらの辺りをぐるりと草結びで包囲する、ちょっとしたイタズラ(引っかかる園芸師達はたまったものではない)をしかけてみたりしては一日を過ごす。
どれも愉快な出来事だったが、このシルフが最近一番楽しみにしているのは、仮宿の隅に居る一人の人間と過ごす事だった。
よい子の皆、遊ぶ時のお約束でふっち
これはオトナもコドモも守るオキテ。破ったらとってもコワイことになるでふっち!
仮宿の外はコワイ魔物がイッパイいて、シツレイなことにわたぴらを野菜と勘違いして食べようと襲ってくるでふっち!だから遊ぶのは仮宿の中だけ!
それと、奥にある吊り橋は絶対絶対ゼッタイに!渡ってはいけないでふっち!
え?ファナクシオは奥に行ってる?
…ファナクシオは、大事なシゴトがあるんでふっちよ
とにかく!奥に行けるシルフは特別でふっち。仮宿の中でも特に強い魔力を持つシルフは、あの辺りならまだ平気なんでふっち
でも、アナタたち子供が近付いたら大変なことになるでふっち!
あの奥にいる魔物は、仮宿の周りをウロウロする奴等とは比べものにならない強さでふっち。それに、あの奥は神ちゃまのナワバリでふっち
…シルフ族なら殺されはしないでふっち。特に子供なら…
でも!連れてかれたらビリビリされるでふっち!
え?ビリビリされたらどうなるって?そ、それは……
お、長ちゃまーーーーーー!!
仮宿のコドモがゼッタイ近寄らないコワイ吊り橋の近くに、木で出来たおうちがある。
まだ小さなわたぴからしたらとても大きいおうちだけど、アナタは『あまり広くはないかな?もしも他に人が居たら、家の中ですれ違う時にうんとお腹を引っ込めて、少しでも薄く潰れなきゃぶつかってしまいそうだもの』なんて言ってたでふっち。
でも!それはよく分からないものが、おうちの中にたっぷり詰まっているからでふっち!
吊り橋の近くに行くと、今日もわたぴの知らないにおい。
辛いような甘いような不思議なにおい。お鼻が少しツンとして、だけどキライじゃない。ヒトが使うもののにおい。仮宿に居たらイッショウ知らずにヨボヨボの枯れ葉になってたでふっち!
「〜♪」
吊り橋が見えるころには、匂いとイッショにおうたが聞こえてくるでふっち。
仮宿に居るグリダニアのヒトは、このおうたを聴くとなんとも言えない、ビミョウなお顔をするから、あまり上手くはないのかぴら?
ヒトのおうたのことはよく分からないでふっち。
グゥーブーの鳴き声にくらべたら全然マシってはげまぴたら、アナタもビミョウなお顔をしていたケド…。
この森では見かけない、赤い実がなる可愛い茂みを抜けると、きらきらの銀色あたまがくるっと回る。この仮宿を仮宿にしているヒトと目が合った。
「や、こんにちは。リラクシオ」
「こんにちはでふっち。シュウ」
シュウは持っていた小さなナイフを置いて、オシゴトをやめて立ち上がると片手をぴんと伸ばして、ぴょんと跳ねてくるくる回る。
わたぴもぷかぷか浮いたまま、くるくる回って最後におじぎ。
わたぴ達のアイサツで、周りの草木もくるくる回る。
「ところで、このにおいは何でふっち?」
「ん?これのことかな?」
仮宿に暮らすヘンなニンゲンのシュウは、アンテロープとはちょっと違うお耳が生えている。グリダニアのニンゲンとは違う姿。同じニンゲンなのに面白いでふっち。
シュウは、さっきまで細かくトントンしていたニンゲンの食べ物を見せてくれた。
薄い黄色の実が近づくと、キョーレツなにおいがして、わたぴはぴゃっ!と後ろに跳ねてしまう。
「そ、それでふっち!何でふっちかそのにおい」
「これはパールジンジャーだけど…。そっか、これラノシアに群生する野菜だから知らないのか」
「らのしあ…?」
「海に囲まれた島があるんだよ。パールジンジャーは、そこで育つ食べ物さ」
「ふ〜ん。こんなヘンなニオイするものを食べるなんて、ニンゲンはやっぱり変わってるでふっち」
「いやいや、君等が大好きなミルクルートの臭いの方が信じられない代物だから」
「わたぴはまだミルクルートかみかみしたコトないから、わからないでふっち」
「それがいい。その方がゼッタイにいい」
シュウはうんうんと頷くと、刻んだパールジンジャー?と言った実を、小さなお鍋に入れて、その上に薄い木の色をした粉をたっぷりかけると蓋をする。
今日のオシゴトはこれで終わりでふっち?
と、わたぴが聞く前に、シュウはまたパールジンジャーを取り出してイジワルそうな顔で笑った。イタズラを考えるオトナのシルフ達よりもずっと、ずーっとワルイお顔でふっち!センチネルも泣いて逃げるお顔でふっち!!
「まだまだ、終わらないのだよリラクシオくん。まぁ、ゆっくりしていきなよ」
「ま、まだその実を使うでふっちか〜」
ぴええ、と泣きそうなわたぴを見て、シュウは楽しそうに小さなナイフを実に突き刺した。
下拵えとして、丁寧に泥と埃を落とした大振りな傷一つ無いパールジンジャーは瑞々しく、淡いクリーム色をしていて、その名の通り色味の濃いパールによく似ている。
重みも張りも上々。先程刻んだパールジンジャーと同じく、こちらもまたスキレットの刃を滑らせるのが楽しみだ。
こちらの仕度が終わる頃には、鍋の中身も丁度良い塩梅になるはずだ。すぐに火を入れられる準備をしておこう。簡易コンロの燃料口に火属性シャードを一欠片放り込んでスイッチを入れる。
愛用の、分厚い、角が丸みを帯びたローズウッド俎板を清潔な布巾でさっと一拭き。真ん中には俎板の上の鯛もといパールジンジャー。
深爪気味の指先が、木の鍵盤を弾く。ぴこぴこと耳の先が揺れる。
とん、と、とん。とんー。
「わたしの〜こいびと とてもかれんなスキレット〜♪」
息を吸って吐いたと同時に出てくる陽気なメロディ。それに載せて手が動き、細かく薄く、パールジンジャーの衣を生み出す。
ざくざく、ざくざく刻む度に溢れる豊富な水分と瑞々しい香り。臭みのある食材の臭い消しにも使われる一方で、香りと風味を出すために使うことも出来る優秀過ぎる料理の名脇役。
だけどこれから作る一品は、これが無くちゃ意味がない。
「きょっおのえものは パールジンジャー!
ひと、ふた、みっつ!まだたりない♪」
3つ、いや、4つ分のパールジンジャーを薄切りにしたら、分厚い陶器の片手鍋へ移す。
そこへたっぷりのメープルシュガーを塗して、満遍なく甘い大粒の結晶を行き渡らせれば、一先ずこの鍋は暫くこのままにしておく。
先に用意しておいたもう一つの鍋を開けると、一斉に閉じ込められていた匂いが溢れて、辺りに甘くスパイシーな香りが広がった。想像以上に強い香りに、念の為虫や魔物避けの香草を焚いておいてよかったと思いながら、薄い黄金色の液体が溜まった鍋をコンロに乗せる
「あなたとわたし あまいシュガーにとろけるの!
ゆっくりまぜて ま~ぜまぜ〜♪」
燃料口にぽいと火属性シャードを一欠片放り込むと、既に先客として失礼していた欠片に触れて、発火準備万端だった結晶の力が誘発されて火を噴いた。
コンロの摘みを動かして火加減を調節すれば、あとは焦げないようにゆっくりゆっくり混ぜるだけ。
「レモンをしぼってぽいぽぽ〜い!」
黄色い楕円の形をした実をダン!と真ん中から一刀両断。二つに分かれたサンレモンを両手に取って、鍋の上で思い切り握り潰す。
調理師の作業はほとんどが力仕事だ。重いフライパンを振り続けるのにも、自分より背の高い一級品のアッシュトゥーナを、スキレット一本で頭から尻尾まで綺麗に捌いて美味しく戴くためにも、何より必要なのは筋力だ。
無駄に逞しくなった握力の前では、綺麗に半分に切られて、無防備な果肉を晒したサンレモンを潰すなんて朝飯前なのだ。
ふつふつと、鍋肌の淵に小さな気泡が立ち上る。ぱちんぱちんと弾けて消えて、酸味の中にツンと香る甘さは、サンレモンの香りが混じってただ甘ったるいだけのものから変化して、爽やかな酸味が鼻に残る。だけどそれ以上に強烈に鼻腔を圧倒するのは、熱を加えられたパールジンジャーの香り。
少しでも時期がずれたらこうは行かない。旬の素材の力を感じて、帽子の中に閉じ込めた耳がぴくんと跳ねる。
グリダニアのマーケットボード経由で試しに買った食材でこの品質。直接現地に赴くのも良いかもしれない。なるべくフライパンとスキレットの柄以外の感覚を、手に与えたくないのだが仕方ない。ハチェットを振るわねば手に入らない食材が、そこにはあるのだ。
「とろけるアンバー?ノー!パール! ジンジャーシロップ出来上がり!」
火を止めても気は抜かない。余熱でシロップを焦がさない為に、大きく何度か混ぜて粗熱を逃す。
むわりと立ち上る蒸気をもろに顔に受けて、一気に鼻の奥が熱くなる。熱気に混じる揮発されたパールジンジャーの成分をたっぷり浴びながら、キッチンペーパーを何枚か重ねた笊に鍋の中身を残らずぶちまける。
パールジンジャーの破片や繊維、サンレモンの薄皮、種。メイプルシュガーの欠片に潜んでいたごくごく小さな不純物も残らず受け止めた先から、ぽたりと滴が落ちる。
一滴、二滴、三滴程落ちた所で、濾された液体が細長い黄金の糸となりガラス容器に溜まっていく。そのまま笊を放置して、作業台の横にあるバスケットを開け、美しく透き通る青いグラスを取り出す。ウルダハのマーケットで一目惚れして購入したグラスセットは、華美な装飾は無いものの、特別な加工を施された分厚いガラスの層は冷熱対応で、注ぐものを選ばず使い勝手が良い。
そこに保冷庫から取り出した氷をたっぷり入れてぐるぐるとマドラーでかき混ぜてグラスを冷やし、溶けた水を一度捨てて準備は完了だ。
「お、終わったでふっち?」
「ああ。甘口ジンジャーシロップ、完成さ」
鍋を煮出したあたりで、匂いに耐え切れず逃げたリラクシアが茂みから顔を出す。渋い顔が一瞬で、きょとんとした子供らしい顔へと変化した。
保存容器の中に溜まった液体は、シュウが高らかに唄った通り、琥珀によく似た色合い。濁りも、食材の残り滓一つ無い美しい色にリラクシアの目が釘付けとなる。
蜂蜜よりも濃い色になったのは、大量に加えたメイプルシュガーの多さと、軽く煮詰めた為に色が深くなったからだというシュウの言葉も、リラクシアには届いていない。
「さて。味見してみるか」
「これ、飲み物でふっち!?」
「流石にこのままは飲まないさ。これは…」
大きなスプーンで琥珀色の液体を掬い、氷で満たされたグラスに開ける。
まだ温度が高いシロップを受け止めて、氷がぴきぴきと音を鳴らす。
「ジンジャーシロップを大さじ2…いや、3でいこう。これにソーダ水を注いで混ぜたら…完成!ジンジャーソーダ!」
封を開けた瞬間に、中に閉じ込められていたガスが抜けてシュウシュウと音がする、新鮮なソーダ水をグラスに注いでマドラーでシロップとよく混ぜる。
濃い琥珀色が薄れて黄金色になれば完成だ。ソーダ水の泡がはじける様と合わさり、まるでエールだ。
「うーん…。ソーダじゃなくてエールのが格好つくな。アルコールは入っていないけど」
「ぷわわ〜。キレイでふっち」
「そんじゃま、味見といきますか」
グラスを近づけると、微かにジンジャーの匂い。身を切った時に溢れた独特の揮発性を含んだ香りに似ているが、果汁にはない甘みと酸味が後から顔を出す。口を付けると炭酸の泡がまとわりついてぱちぱちと弾ける感覚と、ジンジャー独特の辛味のコンボで唇がちくちくと刺激される。少し刺激が強すぎるから、アルコールが入っていないとはいえ、子供には向かない飲み物だろう。
口内に含むと、舌がツンと痺れた後にやって来る芳醇な香りと甘み。ごくりと嚥下しても、喉に残る炭酸がはじける刺激。空の口内に空気が触れると後を引く熱に誘われて、また一口、二口と口を付ける。これは間違いなくエールだ。しかもアルコール分が無いから幾ら飲んでも悪酔いしない飛び切りたちの悪い。
ごく、ごくと、あっという間に嚥下してしまう。炭酸とジンジャーで口の中が心地よい刺激でヒリヒリするのを、小さくなった氷をひとかけら口に入れて鎮めてやる。
「美味い…流石私、天才か」
止まらず、もう一杯とシロップをグラスに注いでいるのを、リラクシアがじっと見つめている。
「もしかして、飲んでみたいの?」
「ふっちっち!」
「…シルフ族って、食事は日光なんでしょ?でもミルクルートは摂取してるし、液体ならイケるか?」
少しだけだよと前置いて、シュウはもう一つグラスを取り出して氷を入れ、このままでは刺激が強いかもしれないからと、念のため蜂蜜を2さじ入れて、ジンジャーシロップは控えめに。ソーダ水と蒸留水を混ぜた微炭酸の水で割った甘めのジュースを作って差し出す。
「ダメだったらすぐ吐き出しなさいね」
日光と少しの嗜好品だけで生きていけるシルフ族。その為、小さな口に歯は無く、消化器官などの内臓も存在しないからその体は驚くほど小さくて軽い。
特にまだ生まれたばかりのリラクシアなんて、抱っこしようと思ったらシュウの片腕で充分すぎるくらい軽い。初めて会った時、柔らかい絹糸の束に若葉を貼り付けた愛らしい木の葉のお人形が飛ばされたのかと勘違いしたのが懐かしい。
小さな手がグラスを手にして、一口。少し間をおいて二口飲んで、リラクシアはグラスを置いた。
「…口の中がパチパチしたでふっち」
「うん」
「なんだか優しい味で、かと思ったらシビシビして、」
「うん」
「これが、ニンゲンの飲み物なんでふっち?」
どうやらシルフ族には味覚はあるらしい。
食べ物を摂る必要がないのに味覚はあるなんて、なんだか不思議な話だ。
「優しい味。っていうのは、これかな?」
蜂蜜をスプーンにすくって差し出す。重くねっとりした濃厚な蜜は木漏れ日にきらきらと輝いて、宝石を煮溶かして作られた特別なものに見えた。
リラクシアは、それに指をつけて口に咥えた。
「これ、これでふっち!優しくて、ふわふわして、しあわせな気持ちになる、不思議な味でふっち」
「それはね。甘い。っていうんだ」
「甘い?」
「そう。で、痺れるっていうのは。辛い。かな?
なんだか、小さな子供相手に食育の授業をしているみたいだ。
「おひさまの光にも、こういう味があればいいでふっち」
「はは!もし太陽の光に味があったら。か!面白いね」
子供の感性と視点は、成長するにつれて自然と零れ落ちてしまう事が多い。想像もしなかったリラクシアの言葉にはっとさせられたシュウは大口を開けて笑う。森の暖かな空気が舌に触れて、ぽかぽかした。
太陽の光が食事の代わりとなるシルフにとって、太陽の光に味があったなら、それはきっと彼等が生きるのに新しい彩りを与えただろう。そして、シュウは太陽の光を味わえるリラクシアにほんの少し嫉妬するのだ。
そのあり得ない『もしも』の食卓を考えると、まだ感じたことのない味に手が届きそうになって、シュウは尻尾をうずうずと震わせた。
「う~!でも今はこの片付けと、もう一種類試作を考えないと!」
もうひとつの放置していた鍋に、今度は赤い実と黒い実を投げて、またコンロの火を点ける。
同じ手順でシロップをもう一種類作る間に、使用した調理器具をさっと片付けて、煮沸消毒済みの瓶を用意する。
火を止めた鍋の中身を、また同じように笊で漉す。
今度は、煮崩れたパールジンジャーの他に、様々なものが残っているのを見てリラクシアは首をかしげた。
「さっきのと違う?」
「うん。これは味を変えてみた」
シュウが同じ手順でさっと作った液体をぐぃと飲む。と、「辛っ!」と短く悲鳴が上がった。目を潤ませ、ミコッテ族だというのに、犬のようにひぃひぃと舌を出して荒く息を吐いていた。
「? どうしたでふっち?」
先ほどの甘くて幸せな飲み物と何が違うのか。
好奇心の赴くままグラスを口にしたリラクシアは、甲高い悲鳴を上げて、空高く跳び上がった。というよりも、打ち上げられたとも言える速度で上空で暴れまわる。
「く、く、く!くちが、くちがヘンになるでふっぴ~!ふぴゃあああああ!」
シュウが作ったもう一種類のジンジャーシロップに新しく加えられた食材は、ドラゴンペッパー、ブラックペッパー、クローブ、スターアニス、シナモンなど、香りと辛味が強いスパイスがふんだんに使われており、香りと味の奥ゆきは一層深まったものの、ドラゴンペッパーの辛味が想像以上に強く、シュウでも思わず口を離したのに、まだ子供のリラクシアにとってのそれは飲み物というよりも、危険物に近かった。
「うぅ…次から、ドラゴンペッパーは念のため、量を控えよう…」
急いで蜂蜜水を二つ作ってリラクシアに手渡す。ごくごくと甘い水を飲んで、リラクシアが落ち着いたのを見守りながら、シュウはこの辛く作りすぎたシロップをどうしたものかと頭を悩ませた。
ミューヌの喉を攻撃する液体は確かに辛く、舌を痺れさせたが、それが今日のまかないでもあるアンテロープのレバーケーゼや野菜を挟んだバーガーサンドには抜群に合う飲み物だった。
確かに辛いものが苦手な者には刺激が強すぎるが、こうした辛口の飲み物は、少々癖のあるレバーや香りの強い肉によく合う。やや興奮気味に試作だとシロップを置いて行った製作者が「酔わないからこそ性質の悪いエール」と力説していた理由がよく分かった。
飾りとしてグラスに挿したくし切りのライムをギュッと絞ると、また一段と爽やかな風味となり、口の中をさっぱりと洗い流してくれた。
今日は気温が高く、少々暑い。
カウンターで飲むのも良いかもしれないと、新しく入れた魔法のエールを注いで冒険者ギルドの受付カウンターに立つ。すると、常連客でもあり、最近グリダニアで名を上げ始めた冒険者のパーティが依頼も求めてミューヌに声をかけてきた。
「ミューヌさん!最近噂で聞いたんですけど、東部森林の奥に不審な人がいるって本当ですか?」
帝国の先兵ですかね?依頼とか出てます?と聞くリーダー格の青年に、ミューヌはくすりと笑って、汗をかいたグラスを指でつ、となぞりながら、『本日のおすすめ』と書かれた手書きの日替わりメニューを差し出した。
「不審者じゃないよ。東部森林で噂になっているのは、君と同じ冒険者で―」
手書きメニュー欄には、パールジンジャーを使用した料理が多く記載されていた。その中でもひときわ大きく書かれたのは、『ジンジャーエール』と『辛口ジンジャーエール』の二種類の飲み物。そしてそのメニューの左下には、小さくこう書かれていた。
「仮宿の調理師。シュウ・マリィ」
その東部に位置する森林の奥深くに、新しく人が住み着いた。と、ごくごく稀に森の都市グリダニアで泡の様にふっと浮き出て、泡の様に消えて行く噂があった。
東部森林の奥地には、蛮族が棲む。
あの地にはエターナルバンドの儀式にも使われる十二神大聖堂があるだけあって、精霊の加護と気配がより密になる。
そこに棲み着く蛮族達は、人がこの森で生きる遥か前より、この森で生まれ、育ち、生きてきた。
森の精霊は、争いを好まない。
その気質を多分に含む蛮族も、基本争いを好まず、長年人と調和し、互いに尊重し合い生きてきた。が、それもつい昔のこと。
神降ろしによって、彼等が崇める祈りの神が森へ降臨してから、長閑な森は一級の危険地帯となった。
蛮族の名は、シルフ族。
好奇心旺盛で陽気な、木の葉を纏う小人のような容姿に、心を射られる人も少なくない。ある程度人と友好的な蛮族で、都市部に出入りする姿をよく見た時代もあった。
だが、大陸北部にあるガルマーレ帝国の侵攻が始まって以来、彼等の人間への態度は急変した。人以上に黒衣森に依存する彼等は、森を侵す存在に強い拒絶と怒りを見せた。
ただ森で静かに暮らしたい。シルフ達の祈りが頂点に達した時。森を荒らす帝国へ裁きの光が降った。東の空が一瞬で紫衣に包まれ、煌めく雷閃が幾筋も走り、空を切り裂いた。その裁きの光は、遠く森から離れたクルザスの占星台からも観測された。
それ以来、東部森林の奥地は常に緊迫した空気が流れている。
その森の奥地に居着く者が本当に居るなら、きっと其奴は相当に腕が立つ冒険者か、或いは命知らずの変わり者だー。
グリダニアの冒険者ギルド『カーラインカフェ』
巨大な水車小屋を改装された、温か味のある大きな建物の中で、この店の自慢の一つ、壁から屋根に向かって誂えられた大きなステンドグラスから差し込み、ガラスの色で染められた光が店のあちこちを美しく彩る。
昼夜問わず人に溢れて賑わう。冒険者達と街の人々に人気のカフェの一角で、久方ぶりにぷかりと浮かんだ話題に、店主であり森のギルドの窓口を勤めるミューヌは、エレゼン種の特徴である長い耳をぴくりと震わせた。
また随分な言われようだね。
苦笑と共に思わず唇から溢れた言葉は、彼女がグラスに注いだ飲み物に浮かぶ氷が踊る音で掻き消えた。
涼しげな硝子のコップに注がれた薄い蜂蜜色の液体に、よく冷えたソーダ水を注ぐ。グラスの中でしゅわりと無数の気泡が舞い、ぱちぱちと弾けると、鼻孔を瑞々しい香りが擽った。
「同じ泡でも、沼地に沸くよりも、このグラスで浮く方が似合いの子なのになぁ」
やれやれ。と、大仰なリクションで首を振るとミューヌはグラスの液体に口を付けた。
森の空気はひやりと冷たく、湿り気を伴って肌を冷やす。
青々と競い合うように伸びる若草。ぐんと目一杯空に向かい、陽に枝と草木を伸ばす木々。
上を向けば幾重にも重なり合う葉が空を隠す。木々が光を一人占めするから、僅かに森に影を落とす。しかし、風のささやきに揺れる合間から差し込む木洩れ陽が、きらきらと輝き森に光の柱を落として空気を照らす。
風が吹く度に揺れる柱の先で、暗い地面にぽつりと落ちた光の跡がくるくるとワルツを踊る。
それを見て森の精霊はくすくす笑い、光の粒を追っては舞う。選ばれし森の民しか見えぬのが惜しまれる、心安らぐ光景だ。
緑が一層濃くなる奥地の先に突然ぽっかりと口を開け、太陽が降り注ぐ場所がある。
人が住む家とは違う。繊細で美しい模様がびっしりと縫い付けられた布張りのテントは人が生活するには向かない大きさだ。
丸い球体が幾つも浮かび、だが決して遠くへ飛んで行く事も無く、小振りな布張りの建物をぶら下げて、呑気に空をぷかぷか浮く。
その宙に浮かぶ建物に出入りするのは若々しい葉を纏う小人。と見紛う小柄で陽気な蛮族。シルフ族。
ここは、人との争いを望まず、蛮神の力を拒んだシルフ族が、グリダニア国の領地を間借りして暮らす集落。通称シルフの仮宿。
仮宿に滞在する人間は、グリダニアの長。角尊の幻術皇カヌ・エ・センナより、シルフ族との橋渡し役としての命を受けしグランドカンパニーの特務官と、幻術ギルドの実力者達と、森の恵みと生きる者。園芸師と、ごく稀に魔物を狩りに来た冒険者だけの地に、一人の人間がやってきたのはほんのつい最近の事だった。
さわさわ さわさわ。
枝いっぱいについた葉がゆれて鳴る森の歌声。
生まれる前から、自分はこの歌を知っていた。
森にすむ全てのいのちが聴きながら生まれて、死ぬ。いのちのうた。
「今日も綺麗なお歌でふっち」
ほんのひと月前、この仮宿で生まれた幼いシルフの子は木の葉の音にぷるぷると身体を震わせて、くるりと上機嫌に回る。ぽかぽか暖かい日差しを受けて、頭上からぴんと生えた双葉の様に見える大きな葉も、心なしか嬉しそうに震える。
ゆりかごより生まれしシルフは総じて成体ではあるが、母胎の役割を果たすゆりかごから出たばかりの生まれたての身体は、成熟したシルフ達と比べるとふた回りほど小さく、色もまだ淡い。
植物と同じで、漸く芽を出し、初めて開いた葉が、ぴんと端の端まで広がったばかりの色にも似た、初々しい柔らかな薄緑。
人やシルフ達がそれをどうにか表現したくて、染色の研究を躍起になって繰り返しても、何とか近しい色を作れはしたが、完全再現とまでは行かなかった自然が生んだ色。それが今しか纏えぬ特上のドレスだと、幼いシルフは気付かない。その事に気付く頃には、シルフの身体も心も成熟されて深い森の色へと染まっていく。
仮宿に、生まれたばかりのシルフは少ない。そもそもここに住むシルフの数自体が少ない。
好奇心が強すぎるこのシルフは、ほかの子供とはあまり気が合わず、こうしてよく一人でぷかぷか浮いては木漏れ日の中で踊ってみたり、木の葉の歌に耳を傾けていたり、それに飽きて退屈になったら、冒険者がよく群がり、必死の形相で鎌を入れる草むらの辺りをぐるりと草結びで包囲する、ちょっとしたイタズラ(引っかかる園芸師達はたまったものではない)をしかけてみたりしては一日を過ごす。
どれも愉快な出来事だったが、このシルフが最近一番楽しみにしているのは、仮宿の隅に居る一人の人間と過ごす事だった。
よい子の皆、遊ぶ時のお約束でふっち
これはオトナもコドモも守るオキテ。破ったらとってもコワイことになるでふっち!
仮宿の外はコワイ魔物がイッパイいて、シツレイなことにわたぴらを野菜と勘違いして食べようと襲ってくるでふっち!だから遊ぶのは仮宿の中だけ!
それと、奥にある吊り橋は絶対絶対ゼッタイに!渡ってはいけないでふっち!
え?ファナクシオは奥に行ってる?
…ファナクシオは、大事なシゴトがあるんでふっちよ
とにかく!奥に行けるシルフは特別でふっち。仮宿の中でも特に強い魔力を持つシルフは、あの辺りならまだ平気なんでふっち
でも、アナタたち子供が近付いたら大変なことになるでふっち!
あの奥にいる魔物は、仮宿の周りをウロウロする奴等とは比べものにならない強さでふっち。それに、あの奥は神ちゃまのナワバリでふっち
…シルフ族なら殺されはしないでふっち。特に子供なら…
でも!連れてかれたらビリビリされるでふっち!
え?ビリビリされたらどうなるって?そ、それは……
お、長ちゃまーーーーーー!!
仮宿のコドモがゼッタイ近寄らないコワイ吊り橋の近くに、木で出来たおうちがある。
まだ小さなわたぴからしたらとても大きいおうちだけど、アナタは『あまり広くはないかな?もしも他に人が居たら、家の中ですれ違う時にうんとお腹を引っ込めて、少しでも薄く潰れなきゃぶつかってしまいそうだもの』なんて言ってたでふっち。
でも!それはよく分からないものが、おうちの中にたっぷり詰まっているからでふっち!
吊り橋の近くに行くと、今日もわたぴの知らないにおい。
辛いような甘いような不思議なにおい。お鼻が少しツンとして、だけどキライじゃない。ヒトが使うもののにおい。仮宿に居たらイッショウ知らずにヨボヨボの枯れ葉になってたでふっち!
「〜♪」
吊り橋が見えるころには、匂いとイッショにおうたが聞こえてくるでふっち。
仮宿に居るグリダニアのヒトは、このおうたを聴くとなんとも言えない、ビミョウなお顔をするから、あまり上手くはないのかぴら?
ヒトのおうたのことはよく分からないでふっち。
グゥーブーの鳴き声にくらべたら全然マシってはげまぴたら、アナタもビミョウなお顔をしていたケド…。
この森では見かけない、赤い実がなる可愛い茂みを抜けると、きらきらの銀色あたまがくるっと回る。この仮宿を仮宿にしているヒトと目が合った。
「や、こんにちは。リラクシオ」
「こんにちはでふっち。シュウ」
シュウは持っていた小さなナイフを置いて、オシゴトをやめて立ち上がると片手をぴんと伸ばして、ぴょんと跳ねてくるくる回る。
わたぴもぷかぷか浮いたまま、くるくる回って最後におじぎ。
わたぴ達のアイサツで、周りの草木もくるくる回る。
「ところで、このにおいは何でふっち?」
「ん?これのことかな?」
仮宿に暮らすヘンなニンゲンのシュウは、アンテロープとはちょっと違うお耳が生えている。グリダニアのニンゲンとは違う姿。同じニンゲンなのに面白いでふっち。
シュウは、さっきまで細かくトントンしていたニンゲンの食べ物を見せてくれた。
薄い黄色の実が近づくと、キョーレツなにおいがして、わたぴはぴゃっ!と後ろに跳ねてしまう。
「そ、それでふっち!何でふっちかそのにおい」
「これはパールジンジャーだけど…。そっか、これラノシアに群生する野菜だから知らないのか」
「らのしあ…?」
「海に囲まれた島があるんだよ。パールジンジャーは、そこで育つ食べ物さ」
「ふ〜ん。こんなヘンなニオイするものを食べるなんて、ニンゲンはやっぱり変わってるでふっち」
「いやいや、君等が大好きなミルクルートの臭いの方が信じられない代物だから」
「わたぴはまだミルクルートかみかみしたコトないから、わからないでふっち」
「それがいい。その方がゼッタイにいい」
シュウはうんうんと頷くと、刻んだパールジンジャー?と言った実を、小さなお鍋に入れて、その上に薄い木の色をした粉をたっぷりかけると蓋をする。
今日のオシゴトはこれで終わりでふっち?
と、わたぴが聞く前に、シュウはまたパールジンジャーを取り出してイジワルそうな顔で笑った。イタズラを考えるオトナのシルフ達よりもずっと、ずーっとワルイお顔でふっち!センチネルも泣いて逃げるお顔でふっち!!
「まだまだ、終わらないのだよリラクシオくん。まぁ、ゆっくりしていきなよ」
「ま、まだその実を使うでふっちか〜」
ぴええ、と泣きそうなわたぴを見て、シュウは楽しそうに小さなナイフを実に突き刺した。
下拵えとして、丁寧に泥と埃を落とした大振りな傷一つ無いパールジンジャーは瑞々しく、淡いクリーム色をしていて、その名の通り色味の濃いパールによく似ている。
重みも張りも上々。先程刻んだパールジンジャーと同じく、こちらもまたスキレットの刃を滑らせるのが楽しみだ。
こちらの仕度が終わる頃には、鍋の中身も丁度良い塩梅になるはずだ。すぐに火を入れられる準備をしておこう。簡易コンロの燃料口に火属性シャードを一欠片放り込んでスイッチを入れる。
愛用の、分厚い、角が丸みを帯びたローズウッド俎板を清潔な布巾でさっと一拭き。真ん中には俎板の上の鯛もといパールジンジャー。
深爪気味の指先が、木の鍵盤を弾く。ぴこぴこと耳の先が揺れる。
とん、と、とん。とんー。
「わたしの〜こいびと とてもかれんなスキレット〜♪」
息を吸って吐いたと同時に出てくる陽気なメロディ。それに載せて手が動き、細かく薄く、パールジンジャーの衣を生み出す。
ざくざく、ざくざく刻む度に溢れる豊富な水分と瑞々しい香り。臭みのある食材の臭い消しにも使われる一方で、香りと風味を出すために使うことも出来る優秀過ぎる料理の名脇役。
だけどこれから作る一品は、これが無くちゃ意味がない。
「きょっおのえものは パールジンジャー!
ひと、ふた、みっつ!まだたりない♪」
3つ、いや、4つ分のパールジンジャーを薄切りにしたら、分厚い陶器の片手鍋へ移す。
そこへたっぷりのメープルシュガーを塗して、満遍なく甘い大粒の結晶を行き渡らせれば、一先ずこの鍋は暫くこのままにしておく。
先に用意しておいたもう一つの鍋を開けると、一斉に閉じ込められていた匂いが溢れて、辺りに甘くスパイシーな香りが広がった。想像以上に強い香りに、念の為虫や魔物避けの香草を焚いておいてよかったと思いながら、薄い黄金色の液体が溜まった鍋をコンロに乗せる
「あなたとわたし あまいシュガーにとろけるの!
ゆっくりまぜて ま~ぜまぜ〜♪」
燃料口にぽいと火属性シャードを一欠片放り込むと、既に先客として失礼していた欠片に触れて、発火準備万端だった結晶の力が誘発されて火を噴いた。
コンロの摘みを動かして火加減を調節すれば、あとは焦げないようにゆっくりゆっくり混ぜるだけ。
「レモンをしぼってぽいぽぽ〜い!」
黄色い楕円の形をした実をダン!と真ん中から一刀両断。二つに分かれたサンレモンを両手に取って、鍋の上で思い切り握り潰す。
調理師の作業はほとんどが力仕事だ。重いフライパンを振り続けるのにも、自分より背の高い一級品のアッシュトゥーナを、スキレット一本で頭から尻尾まで綺麗に捌いて美味しく戴くためにも、何より必要なのは筋力だ。
無駄に逞しくなった握力の前では、綺麗に半分に切られて、無防備な果肉を晒したサンレモンを潰すなんて朝飯前なのだ。
ふつふつと、鍋肌の淵に小さな気泡が立ち上る。ぱちんぱちんと弾けて消えて、酸味の中にツンと香る甘さは、サンレモンの香りが混じってただ甘ったるいだけのものから変化して、爽やかな酸味が鼻に残る。だけどそれ以上に強烈に鼻腔を圧倒するのは、熱を加えられたパールジンジャーの香り。
少しでも時期がずれたらこうは行かない。旬の素材の力を感じて、帽子の中に閉じ込めた耳がぴくんと跳ねる。
グリダニアのマーケットボード経由で試しに買った食材でこの品質。直接現地に赴くのも良いかもしれない。なるべくフライパンとスキレットの柄以外の感覚を、手に与えたくないのだが仕方ない。ハチェットを振るわねば手に入らない食材が、そこにはあるのだ。
「とろけるアンバー?ノー!パール! ジンジャーシロップ出来上がり!」
火を止めても気は抜かない。余熱でシロップを焦がさない為に、大きく何度か混ぜて粗熱を逃す。
むわりと立ち上る蒸気をもろに顔に受けて、一気に鼻の奥が熱くなる。熱気に混じる揮発されたパールジンジャーの成分をたっぷり浴びながら、キッチンペーパーを何枚か重ねた笊に鍋の中身を残らずぶちまける。
パールジンジャーの破片や繊維、サンレモンの薄皮、種。メイプルシュガーの欠片に潜んでいたごくごく小さな不純物も残らず受け止めた先から、ぽたりと滴が落ちる。
一滴、二滴、三滴程落ちた所で、濾された液体が細長い黄金の糸となりガラス容器に溜まっていく。そのまま笊を放置して、作業台の横にあるバスケットを開け、美しく透き通る青いグラスを取り出す。ウルダハのマーケットで一目惚れして購入したグラスセットは、華美な装飾は無いものの、特別な加工を施された分厚いガラスの層は冷熱対応で、注ぐものを選ばず使い勝手が良い。
そこに保冷庫から取り出した氷をたっぷり入れてぐるぐるとマドラーでかき混ぜてグラスを冷やし、溶けた水を一度捨てて準備は完了だ。
「お、終わったでふっち?」
「ああ。甘口ジンジャーシロップ、完成さ」
鍋を煮出したあたりで、匂いに耐え切れず逃げたリラクシアが茂みから顔を出す。渋い顔が一瞬で、きょとんとした子供らしい顔へと変化した。
保存容器の中に溜まった液体は、シュウが高らかに唄った通り、琥珀によく似た色合い。濁りも、食材の残り滓一つ無い美しい色にリラクシアの目が釘付けとなる。
蜂蜜よりも濃い色になったのは、大量に加えたメイプルシュガーの多さと、軽く煮詰めた為に色が深くなったからだというシュウの言葉も、リラクシアには届いていない。
「さて。味見してみるか」
「これ、飲み物でふっち!?」
「流石にこのままは飲まないさ。これは…」
大きなスプーンで琥珀色の液体を掬い、氷で満たされたグラスに開ける。
まだ温度が高いシロップを受け止めて、氷がぴきぴきと音を鳴らす。
「ジンジャーシロップを大さじ2…いや、3でいこう。これにソーダ水を注いで混ぜたら…完成!ジンジャーソーダ!」
封を開けた瞬間に、中に閉じ込められていたガスが抜けてシュウシュウと音がする、新鮮なソーダ水をグラスに注いでマドラーでシロップとよく混ぜる。
濃い琥珀色が薄れて黄金色になれば完成だ。ソーダ水の泡がはじける様と合わさり、まるでエールだ。
「うーん…。ソーダじゃなくてエールのが格好つくな。アルコールは入っていないけど」
「ぷわわ〜。キレイでふっち」
「そんじゃま、味見といきますか」
グラスを近づけると、微かにジンジャーの匂い。身を切った時に溢れた独特の揮発性を含んだ香りに似ているが、果汁にはない甘みと酸味が後から顔を出す。口を付けると炭酸の泡がまとわりついてぱちぱちと弾ける感覚と、ジンジャー独特の辛味のコンボで唇がちくちくと刺激される。少し刺激が強すぎるから、アルコールが入っていないとはいえ、子供には向かない飲み物だろう。
口内に含むと、舌がツンと痺れた後にやって来る芳醇な香りと甘み。ごくりと嚥下しても、喉に残る炭酸がはじける刺激。空の口内に空気が触れると後を引く熱に誘われて、また一口、二口と口を付ける。これは間違いなくエールだ。しかもアルコール分が無いから幾ら飲んでも悪酔いしない飛び切りたちの悪い。
ごく、ごくと、あっという間に嚥下してしまう。炭酸とジンジャーで口の中が心地よい刺激でヒリヒリするのを、小さくなった氷をひとかけら口に入れて鎮めてやる。
「美味い…流石私、天才か」
止まらず、もう一杯とシロップをグラスに注いでいるのを、リラクシアがじっと見つめている。
「もしかして、飲んでみたいの?」
「ふっちっち!」
「…シルフ族って、食事は日光なんでしょ?でもミルクルートは摂取してるし、液体ならイケるか?」
少しだけだよと前置いて、シュウはもう一つグラスを取り出して氷を入れ、このままでは刺激が強いかもしれないからと、念のため蜂蜜を2さじ入れて、ジンジャーシロップは控えめに。ソーダ水と蒸留水を混ぜた微炭酸の水で割った甘めのジュースを作って差し出す。
「ダメだったらすぐ吐き出しなさいね」
日光と少しの嗜好品だけで生きていけるシルフ族。その為、小さな口に歯は無く、消化器官などの内臓も存在しないからその体は驚くほど小さくて軽い。
特にまだ生まれたばかりのリラクシアなんて、抱っこしようと思ったらシュウの片腕で充分すぎるくらい軽い。初めて会った時、柔らかい絹糸の束に若葉を貼り付けた愛らしい木の葉のお人形が飛ばされたのかと勘違いしたのが懐かしい。
小さな手がグラスを手にして、一口。少し間をおいて二口飲んで、リラクシアはグラスを置いた。
「…口の中がパチパチしたでふっち」
「うん」
「なんだか優しい味で、かと思ったらシビシビして、」
「うん」
「これが、ニンゲンの飲み物なんでふっち?」
どうやらシルフ族には味覚はあるらしい。
食べ物を摂る必要がないのに味覚はあるなんて、なんだか不思議な話だ。
「優しい味。っていうのは、これかな?」
蜂蜜をスプーンにすくって差し出す。重くねっとりした濃厚な蜜は木漏れ日にきらきらと輝いて、宝石を煮溶かして作られた特別なものに見えた。
リラクシアは、それに指をつけて口に咥えた。
「これ、これでふっち!優しくて、ふわふわして、しあわせな気持ちになる、不思議な味でふっち」
「それはね。甘い。っていうんだ」
「甘い?」
「そう。で、痺れるっていうのは。辛い。かな?
なんだか、小さな子供相手に食育の授業をしているみたいだ。
「おひさまの光にも、こういう味があればいいでふっち」
「はは!もし太陽の光に味があったら。か!面白いね」
子供の感性と視点は、成長するにつれて自然と零れ落ちてしまう事が多い。想像もしなかったリラクシアの言葉にはっとさせられたシュウは大口を開けて笑う。森の暖かな空気が舌に触れて、ぽかぽかした。
太陽の光が食事の代わりとなるシルフにとって、太陽の光に味があったなら、それはきっと彼等が生きるのに新しい彩りを与えただろう。そして、シュウは太陽の光を味わえるリラクシアにほんの少し嫉妬するのだ。
そのあり得ない『もしも』の食卓を考えると、まだ感じたことのない味に手が届きそうになって、シュウは尻尾をうずうずと震わせた。
「う~!でも今はこの片付けと、もう一種類試作を考えないと!」
もうひとつの放置していた鍋に、今度は赤い実と黒い実を投げて、またコンロの火を点ける。
同じ手順でシロップをもう一種類作る間に、使用した調理器具をさっと片付けて、煮沸消毒済みの瓶を用意する。
火を止めた鍋の中身を、また同じように笊で漉す。
今度は、煮崩れたパールジンジャーの他に、様々なものが残っているのを見てリラクシアは首をかしげた。
「さっきのと違う?」
「うん。これは味を変えてみた」
シュウが同じ手順でさっと作った液体をぐぃと飲む。と、「辛っ!」と短く悲鳴が上がった。目を潤ませ、ミコッテ族だというのに、犬のようにひぃひぃと舌を出して荒く息を吐いていた。
「? どうしたでふっち?」
先ほどの甘くて幸せな飲み物と何が違うのか。
好奇心の赴くままグラスを口にしたリラクシアは、甲高い悲鳴を上げて、空高く跳び上がった。というよりも、打ち上げられたとも言える速度で上空で暴れまわる。
「く、く、く!くちが、くちがヘンになるでふっぴ~!ふぴゃあああああ!」
シュウが作ったもう一種類のジンジャーシロップに新しく加えられた食材は、ドラゴンペッパー、ブラックペッパー、クローブ、スターアニス、シナモンなど、香りと辛味が強いスパイスがふんだんに使われており、香りと味の奥ゆきは一層深まったものの、ドラゴンペッパーの辛味が想像以上に強く、シュウでも思わず口を離したのに、まだ子供のリラクシアにとってのそれは飲み物というよりも、危険物に近かった。
「うぅ…次から、ドラゴンペッパーは念のため、量を控えよう…」
急いで蜂蜜水を二つ作ってリラクシアに手渡す。ごくごくと甘い水を飲んで、リラクシアが落ち着いたのを見守りながら、シュウはこの辛く作りすぎたシロップをどうしたものかと頭を悩ませた。
ミューヌの喉を攻撃する液体は確かに辛く、舌を痺れさせたが、それが今日のまかないでもあるアンテロープのレバーケーゼや野菜を挟んだバーガーサンドには抜群に合う飲み物だった。
確かに辛いものが苦手な者には刺激が強すぎるが、こうした辛口の飲み物は、少々癖のあるレバーや香りの強い肉によく合う。やや興奮気味に試作だとシロップを置いて行った製作者が「酔わないからこそ性質の悪いエール」と力説していた理由がよく分かった。
飾りとしてグラスに挿したくし切りのライムをギュッと絞ると、また一段と爽やかな風味となり、口の中をさっぱりと洗い流してくれた。
今日は気温が高く、少々暑い。
カウンターで飲むのも良いかもしれないと、新しく入れた魔法のエールを注いで冒険者ギルドの受付カウンターに立つ。すると、常連客でもあり、最近グリダニアで名を上げ始めた冒険者のパーティが依頼も求めてミューヌに声をかけてきた。
「ミューヌさん!最近噂で聞いたんですけど、東部森林の奥に不審な人がいるって本当ですか?」
帝国の先兵ですかね?依頼とか出てます?と聞くリーダー格の青年に、ミューヌはくすりと笑って、汗をかいたグラスを指でつ、となぞりながら、『本日のおすすめ』と書かれた手書きの日替わりメニューを差し出した。
「不審者じゃないよ。東部森林で噂になっているのは、君と同じ冒険者で―」
手書きメニュー欄には、パールジンジャーを使用した料理が多く記載されていた。その中でもひときわ大きく書かれたのは、『ジンジャーエール』と『辛口ジンジャーエール』の二種類の飲み物。そしてそのメニューの左下には、小さくこう書かれていた。
「仮宿の調理師。シュウ・マリィ」
☆ジンジャーシロップ☆
・パールジンジャー(生姜・または新生姜) ・・・・・500g
・メイプルシュガー(砂糖ならなんでも可) ・・・・・ 500g
・サンレモン(レモン) ・・・・・1個(またはレモン絞り汁大さじ3くらい)
[作り方]
① 生姜の皮は剥きません。皮の汚れをしっかりこそぎ落とすように洗う。枝分かれした部分は切り落として隙間までしっかり洗う
② 洗った生姜を薄切りにして、厚手の鍋へ入れる
③ 砂糖をまぶして30分ほど放置
④ 水分が出てきたら、鍋を火にかけてじっくり煮詰めていく。アクはこまめにすくう
⑤ 最後にレモン汁を加えて火を止める。
⑥ 鍋の中身を漉して、煮沸消毒した瓶に詰めて粗熱が取れたら冷蔵庫で保存
☆保存期間は冷蔵庫で大体2週間~一か月くらいが目安ですが、しっかり煮沸消毒しないとカビや菌が繁殖する場合もあります。
また、蜂蜜より砂糖を使った方がいくらか長持ちします。2週間を目途にした方が安全だと思います。
炭酸水で割ってジンジャーエールにしても、肉料理に使ってもよし。魚料理にも使えるし、冬は紅茶に入れて飲むと体があったかいよ!
上記レシピは基本のものです。
砂糖をグラニュー糖や三温糖にしたり、蜂蜜も一緒に入れたりしても大丈夫です。黒糖を使ったら色が黒くなるらしいです。
辛口が好みなら、生姜をスライスではなくすりおろしたものに、お好みのスパイス(シナモン・クローブ・カルダモンなどが一般的らしい。もっと辛くしたい場合は唐辛子をいれましょう)を入れて調節してください。
好みでいくらでも味が変わるので、色々試してみてください。
記載したレシピは、私が参考にしつつアレンジしたものになります。検索すればいろんな作り方が出てきますので、そちらを参考にするのも良いと思います。
良いジンジャーシロップライフを!
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