放射線治療が始まって脱毛が始まった

抜け始めたのは左前頭部から

少しずつではあるが、気のせいではなく確実に薄くなっていると分かるので放射線治療の副作用だと確信できる

そして放射線治療を始めて17日目に一気に前部、後部が広範囲で抜け落ちた

私の脱毛は髪の毛全てが抜けた訳ではなく、全く抜けない部分が少しあった

なので逆に髪の毛が残っている部分と抜け落ちた部分が白黒ハッキリしているので恥ずかしくて仕方がなかった

これならスキンヘッドにしても目立ってしまう

一気に抜けたのは先ず朝起床した時の枕にいつもより多く髪の毛が付いており「ついに来たか‥(-_-)」と思いお風呂に入ってシャンプーをすると脱毛が止まらなかった

シャンプーし終わってたくさんシャワーで頭を流しても、手ぐしをすると手には大量の髪の毛が‥

これを何回も何回も繰り返して鏡を見ると自分の頭部が綺麗な肌色になっていた

しかも剃刀でスキンヘッドにするのとは訳が違い、毛穴まで一切無い感じに脱毛した

完全に毛根が死んだ状態になっているので「一生このまま生えてこないんじゃないのか‥」と思い、真剣にアデランスを考えた(毛根が死んでるからいくらアデランスでも無理かな?)

医者からは「放射線で髪抜けるけど半年くらいで生えてくるからそれまで我慢してね」と言われていたけど、不安たっぷりだった(特に私は60Gyと放射線量が多いので最悪の結果のリスクが大きい)

いくら入院して放射線治療していると誰もが知っていても、やはり部分ハゲは恥ずかしくて脱毛が始まってからは寝るときとお風呂以外は必ずタオルを頭に巻いて過ごすことにした

食事の時もリハビリの時も日中ベットにいる時も常に頭にタオルだったのですぐに私のトレードマークになった

結局、私にとっての放射線治療の副作用部分脱毛だけで特に不安だった食欲低下や全身倦怠感が現れる事がなかったのは本当にありがたかった

お陰様で不味い病院食を美味しく食べる事が出来た(笑)

やはり人間は食事が出来るのは最も幸せな事なんだと確信した

これも今回の大病のお陰で知ることのできた幸せな気付き

放射線治療抗がん剤治療には副作用のリスクがあります

脳腫瘍の外科手術は障害が出るリスクがあった

副作用で特に不安だったのが

食欲低下

嘔気

脱毛

もちろん副作用が出る人、出ない人はいるし出る人にも強弱がある

先にも少し出ましたが一緒に放射線治療を受けに行っていた男性

彼は私と同じ病院の同フロアの入院患者で部屋は違うので当然名前も知らない。私より少し早く放射線治療を開始していた

ただ彼は私と違い放射線治療抗がん剤治療を同時に行っていた

人によっては私のようにすべてを順番に行っていく患者と、二つの治療を同時に行う人もいる

そして放射線治療と抗がん剤治療を同時に行うことはよりキツい副作用が出やすい

初期や小さな腫瘍の場合は外科手術しないで放射線治療からってありますしそれぞれ違います

私と一緒に北海道がんセンターに受診した彼は初めて院内で見掛けた時から失礼な言い方ですが、ザ•病人って雰囲気で頭ツルツルで顔色は青白くて点滴棒かもしくは誰かに支えてもらわないと歩けない感じで、毎日洗面所でゲロゲロしていた

そんな雰囲気だったので性別はさすがに男性と分かっても年齢が不詳だった。

後に聞いてみると確か35歳くらいで若い人だった

その彼やナース達と話している時に「どの治療がきつかった?」という話題になった

人によっては放射線治療がキツい人

抗がん剤治療がキツい人

外科手術がキツい人いるそうで

その彼は

「放射線治療がぶっちぎりでキツい。放射線治療始めたら突然脱毛が始まって一気にツルツルになった。食事も全く出来ない」

と話していた

確かにナースとは

「今日はご飯スプーンの半分食べれたんですね?調子良さそうですね^ ^」

なんて言ってたからこれを聞いてこれから60Gyくらうのに充分すぎる不安要素が生まれた

10時間の大手術をクリアして後怖いのは抗がん剤治療だけだと思って放射線治療はノーマークだったのに(汗)

国立がんセンターが2014年6月下旬に「希少がんセンター」を開設しました

対象は罹患率(10万人当たりの年間患者発生数)が6未満のがんで

軟部肉腫

脳腫瘍

皮膚メラノーマ

骨の肉腫

網膜芽細胞腫

小児がん

などが含まれます

希少がんは「五大がん」と呼ばれる

胃がん

肺がん

大腸がん

乳がん

前立腺がん

と比べると罹患率が数十分の一〜数百分の一です

悪性腫瘍の治療(外科手術、放射線治療、抗がん剤治療)の二つ目の放射線治療開始

私が入院していた病院には放射線治療をすることが出来なかったので近くの北海道がんセンターに通院して治療を受ける事に

入院してるのに更に別の病院へ通院って訳が分からないですが(笑)

通院には入院していた病院が毎回車で送迎してくれたので面倒ではなかったが、後の明細書には送迎代をきちんと請求されていました

ここで、軽くではありますが放射線治療の事を説明しておきます

放射線治療って芸能人が◯◯がんの治療のため休養。放射線治療を行う。なんてよく聞きますよね

まず放射線治療に掛かる時には放射線治療の専門医の放射線腫瘍医と話し合い放射線治療の内容や照射期間を決めます

その最初の説明の際に放射線治療を受けるあなたのためにという冊子をくれます

超簡単に言うと放射線治療とは放射線をがん病巣に照射することによりがん細胞を死滅させる効果をねらうものです

放射線はがん細胞だけでなく正常な細胞も死滅させます

東日本大震災で放射能汚染問題で頻繁にニュースで取り上げられていましたが、がん治療に使われる重要な治療ですが決してカラダに良いものではありません

細胞を死滅させなきゃがん細胞は死滅してくれないので、リスクを負って生きるって事ですね

放射線治療の目的はいくつかに分けられているようで

根治的照射

緩和的照射

術前照射

術後照射

予防的照射

があり、私の場合は術後照射になります

放射線腫瘍医との話し合いでの放射線治療計画を作りました

総線量=一回線量×照射回数

そして照射期間

一般的な放射線治療では10回〜30回を分割しますが、私はMAXの30回照射することに

放射線量は合計で60Gy

1日一回の照射で、週に5日行われます。

一回の照射時間は5分とか短時間で痛みも何も感じません。

ただベットに横になっているだけです

ただ放射線を照射させる病巣がずれてしまったりすると余計に正常な細胞を多く死滅させてしまうので最初にシェルと呼ばれる固定具を付けて頭部が完全に動かないようにしてから照射が行われます

副作用や合併症には

皮膚炎、脱毛

悪心、嘔気、食欲低下、めまい、全身倦怠感

中耳炎、外耳道炎

けいれん発作

などがあります

一緒に北海道がんセンターに受診して放射線治療を受けていた患者さんに頭が完全にツルツルで頻繁にゲロゲロしていた30代前半の人がいたのでものすごく放射線治療は怖かった

放射線量が50〜60Gyの場合は永久脱毛になる場合があるので、私は60Gyなので不安が大きくなった

しかも副作用は上記の障害(早期障害)の他に晩期障害があります

放射線治療を終えてからの数年後に出てくる事があり

放射線性脳壊死が起こると麻痺や失語があります。これは40Gyを超えるとリスクが高まるそうですが、起こりうる頻度は数%程度です

そんな予備知識を持って受ける放射線治療だったので不安で胃に穴が空くかと思いました

入院して手術も終わり、リハビリが始まって外出も出来る様になった

相変わらず病院食は美味しくないしロビーに置いてある数冊の興味ある本は読み終わってしまった(興味あったのは東野圭吾さんの文庫本5冊と金太郎の漫画くらいで他は誰がコレに興味を持つのか?と思うほどの古めかしい漫画や小説が置いてある)

暇な時はひたすらワイドショーを見たりバラエティ番組を見たりしていて、なんとなくテレビの前にいる顔触れが固まってきて次第に会話するようになった^ ^

病室では会話する患者さんはいなかったがロビーでは会話する”病友”が出来た☻

最初は名前も知らないで会話していて互いの名前を知るのは随分後になる(笑)

私はナースとの会話の中で他の患者の名前を覚えていった

外出の際に行くのは下着や食料を買う為にUNIQLO や ドン・キホーテによく行っていて、暇つぶしにブックオフ や タワーレコードに行っていた

好きな古本を買って病室で読んだり久しぶりに好きなアーティストの音楽を聴くとなんか凄く嬉しくて懐かしい感じがしてついつい視聴コーナーで踊ってしまっていた(笑)

(私の趣味は読書です。なのでインドア派なイメージを持たれるかもしれないがClubで音楽を聴くのも大好きだったのですぐに身体が動いてしまう

そもそも私の経歴など紹介させてもらっていないのですが、実際に会って経歴を話すと趣味は読書ですと言うとすぐに嘘つけと突っ込まれると思います(笑))

そして外出の際に最も嬉しくて涙が出そうになったことは、やはり外食です

北海道札幌。ここに入院していて本当に感謝しています。

UNIQLOやドン・キホーテ、古本屋、レコードショップ、そして美味しいお店がいくらでもあります!本州の人が羨ましがる食材が全てあります^o^

医者からは食事に関しては何一つ注意されることはなかったので好きなものを食べに出ました。さすがにお酒は飲みませんが、ラーメン、スープカレー、海鮮丼etc‥‥

札幌産まれのナースにオススメなど聞いて外出するのが楽しかった^ ^

そして

次の段階の治療放射線治療が開始される事になった

入院して1ヶ月で外出許可が出た

手術してICU入ってリハビリ始まってといろいろな事があったけど、まだ1ヶ月しか経っていない事に驚いた

外出許可された時には手術したのは半年くらい前の事のように感じていた

術後のレントゲン撮影でも良好な回復をみせていてリハビリも問題ないので1人で札幌の街中を歩くことが出来た

しかしこの時期は年末の北海道なので雪が降ったりととにかく寒かった(>人<;)

医者からは

「菌が付着する事のないようになるべく帽子を被るかタオルを巻いて過ごすように」

と言われていたので初外出の時にはニット帽を買いに出掛けて、院内ではずっとタオルを巻くようにしていた

入院してからの初の外出

1ヶ月振りの外の空気

お店の人やすれ違う人。行き交う車や路面電車。

札幌は都会なので人は多い

何も世の中は変わっていない

でも、私は

「誰一人、まさか俺が悪性の脳腫瘍になって奇跡的に障害も残らず歩いてる」なんて考えもしないんだろうなと思った

ただ軽く買い物を済ませて病院に戻るだけのなに一つ楽しいこともない外出だったけど、今までで経験した事の無い感覚の外出だった

外を歩いて買い物をする

こんな事が

とても幸せに感じた

そして何かに感謝した

点滴も外れて寝る 食べるだけの生活

仕事や学校へ行っていた頃は寝る 食べるだけの生活にものすご〜く憧れていた^ ^

が、しかし

実際にそんな生活を病院で実現させてしまうと予想以上に苦痛な生活です

人間とはやはりやるべき事 や 目的が楽しく生きるためには必要なことです

ある日ベットで横になっているとリハビリの先生がやって来て

「今日からリハビリしていきますよ!」

リハビリは

作業療法

理学療法

言語療法

があり私は幸いにも言語障害は一切無かったので作業療法理学療法のリハビリを週5日〜6日 一日50分ずつ行う事になった

正直、私の場合は幸いにも身体にも一切障害が残らなかったので話す 動く事に不自由は無かった

なのでリハビリ目的は体力維持を目的とされた内容だった

本来は脳神経外科の患者なので身体に障害が出てしまう患者が多いらしく

リハビリテーション室にはありとあらゆる器具や道具があった

雰囲気は保育園の教室のようで、可愛いぬいぐるみがあったり玩具のようなものもたくさんあった

退院した後の生活のためにとキッチンまであり実際に患者とリハビリの先生と料理などをしていて美味しそうな香りが漂っていた^ – ^

(病院食がヒドく不味いので余計に美味しそうだった(笑))

私のリハビリ内容は理学療法 も 作業療法も内容にはそれほど変わりが無く

軽いウエイトを使った筋トレ

腕立てなどの基本的な筋トレ

エアロバイク

ボール遊び

など

を午前と午後に行っていた

私にとってはリハビリの担当の作業療法士と理学療法士もどちらも同年代だったので友達として楽しく会話しながらの運動だったので有意義な時間となった