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世界で一番の幸せ者(だざはる)
だざはる+オダサクを添えて。佐藤先生から手紙をもらってあわあわする太宰と、ひたすら呆れてるオダサクと佐藤先生。季節とかは深く考えてません。似非関西弁で失礼します……オダサクほんと難しい……。
*作中でオダサクが出てきますが、似非関西弁になります。ご注意ください。
「潜書お疲れさん。太宰クン宛に手紙が届いとったで」
有魂書への潜書から帰ってきたばかりの太宰へと、本日助手であった織田から意味深な笑みと共に一通の手紙が手渡されたのは、そろそろおやつの時間帯に差し掛かろうかという頃であった。
「俺宛ぇ? ま、どうせファンレターでしょ。モテる男はこれだから――」
得意げに言いながら、何となしに手紙をひっくり返して通信欄を確かめた瞬間、太宰は続けるはずだった言葉を失った。金の瞳をこれでもかというくらいに丸くして、書かれた名前を凝視する。
太宰がいま幻覚を見ているのでなければ、そこには確かに『佐藤春夫』と書かれているように見えた。少し丸っぽい筆跡も自分の知る師のものによく似ている。
慌てて宛名欄を見る。太宰治。うん、間違いがない。これは他の誰でもなく、自分を示す名前だ。本名よりもしっくりと馴染むように感じるのは、今の自分が『津島修治』ではなく『太宰治』として転生しているからだろうか――などと現実逃避をしかけ、慌てて首を左右に振る。違う、今はこんなどうでもいい事を考えている場合じゃない!
「な、なあオダサク、俺はいま夢を見ているわけじゃないよな!?」
バッと視線を手紙から上げ、目の前にいる友人の肩を掴みゆさゆさと揺する。
「ちょ、ちょお太宰クン!落ち着いて!!」
「だって、だってお前、佐藤先生からの手紙だぞ!? 俄かに信じがたいだろ!!」
織田の制止によりひとまず揺さぶることはやめた太宰が、力一杯訴える。
「いやいや佐藤先生だって手紙ぐらいなんぼでも送るやろ」
「それは他の奴への話だろ!俺は特別なの!今まで何度お願いしても手紙をくれたことなんてなかったんだぞ!」
「それ、自分で言うてて悲しくならん?」
呆れと同情の入り混じった織田の言葉に、太宰は首をぶんぶんと横に振った。
「うるっさいな!細かい事はどうでもいいんだよ!そんな事よりオダサク、これ、夢じゃないよな?!な!?」
「あーはいはい、夢じゃあらへん。れっきとした現実やで」
「そ、そうだよな!という事は、この手紙も現実……」
ごくり。唾を飲み込みながら素っ気のない茶封筒を見つめる。佐藤からの手紙。信じられない、信じられないが、どうやら現実らしい。そう思うと手にしている紙ぺら数枚の手紙が、すさまじく重たい金属かなにかで出来ているように思えてくる。
いったい、中身は何だろう。太宰の方に思い当る用件は無かった。最近はお叱りを受けるような事もあまりしでかしていない――と思う。自信はないが。
手紙を掲げてひたすら唸っていると、織田が呆れたように溜息を吐いた。
「あんなあ、そんなに見つめとっても中身なんてわからへんやろ」
「それは、そうだけど……もしこの手紙が先生からのお叱りだったら、心の準備もなしに読んだら死にたくなっちまうだろ」
「太宰クンが言うと冗談に聞こえないの、ほんま怖いわ」
わざとらしく織田が両腕で自分の体を抱きしめてみせる。太宰はじとりと織田を見やった。
「悪いけど、俺は真剣なの。万が一にも『お前とは金輪際縁を切る』みたいな内容だったらどうすりゃいいんだよ」
「なんでそう太宰クンは妙なところでネガティブなんやろなあ……。もしかしたら『お前と飯でも食いに行きたい』とか書いてある可能性もあるやん」
「そりゃそうだけどよお……」
尚もうじうじと言い募る太宰に、織田はお手上げだとばかりに肩を竦めた。
夜。
太宰の目の前、文机の上には、未だ開封されていない手紙があった。
織田も言っていた通り、悪いことが書いてあるとも限らないのだからさっさと開封してしまえばいいことは解っている。解っているが、太宰にはこの手紙が開けられないでいた。
今の太宰の心境を例えるならば、大好きなデザートが勿体なくて食べられない子供、というのが一番当てはまるだろう。太宰とて佐藤から突然なんの脈絡もなく絶縁の手紙が来るなどとは思っていない。直近で怒らせたような記憶もないので猶更だ。
この手紙が、太宰にとって都合の悪い話を持ってきている可能性は低いだろう。
そう、理性では解っているのだ。だというのに開けられない。自分でも驚いているくらいだ。いつもの自分ならば、誰に言われずとも即座に開けて中身を読みふけっていただろうに。
――だって。だって、初めての手紙なのだ。
転生して初めて、佐藤からもらった手紙。敬愛する師が、不肖の弟子の為に意識と労力を割いてくれたもの。
そっと、茶封筒の表面、書かれた宛名の字を撫でる。既に乾ききった洋墨は太宰の手になんの跡も残すことはない。
「……でも、そろそろ読まないと、だよな」
自分に言い聞かせるように呟く。佐藤とて用もなく手紙を出したわけではないだろう。少なくとも次に会う時までには中身に目を通しておかねば、それこそ無用の叱責を買う羽目になるに違いない。
ゆっくりと手紙を手に取って、裏返した。通信欄に一瞥をやってから、呼吸をひとつ。慎重に糊付けられた部分を剥がしていく。びりびりと紙の破ける音が部屋の中に響いた。
その時。
「太宰、いるか?」
ゴンゴンと扉を叩く音と同時に掛けられた声に、太宰は動きをビシリと止めた。ぎぎぎぎと油を差し忘れた機械のような歪な動きで音の発生源である扉を見やる。
「は、はい、います」
今日は珍しいことばかり起きる日だ。佐藤が部屋に来ることなど滅多にないというのに。何か火急の用件でもあるのだろうか。もしかしなくとも、この手紙の中身に関する事だったりするのだろうか。
「入るぞ」
思わずどもりながら返事をすると、端的な言葉の後で、問答無用でノブが捻られる音がした。鍵をかけていなかったことを思い出し、太宰の顔から血の気が引く。
「ちょ、ちょっと待ってください!!!」
言いながら先ほどまでの慎重さなど忘れたように大慌てで中身の便箋を引っ張り出す。まずいまずいまずい!読まなければ!今すぐ!こういう時に限って封筒の端に紙が引っ掛かって肝心の便箋が取り出せないのは何故なのか。太宰は思わず舌打ちを零しながらも、なんとか便箋を取り出すことに成功した。よし、後は目を通すだけだ!
が、遅かった。ガチャリ。扉の開く音が無情にも響く。
「ん、ああ、悪い、開けちまった。……ん?その手紙……」
佐藤の声が訝し気な色を帯びる。太宰は便箋を片手に固まるしかなかった。
「あの、その、これは、ええと……」
うまい言い訳が思いつかない。指示語ばかりが口をついて、文章にならない。手が震えるせいで、握っていた便箋がぐしゃりと嫌な音を立てた。
すると、佐藤が大きなため息を吐いた。多大な呆れを滲ませたそれに、太宰の肩が大きく震える。俺はなんて馬鹿な奴なんだ。勿体ぶらずに見ていれば、先生に叱られずに済んだのに。もしかしたら褒めてもらえたのかもしれないのに。
「お前、まだ手紙を読んでいなかったのか」
呆れが先立っているのか、言葉に怒気は含まれていない。太宰はひたすらに体を縮こまらせながら、こくりと小さく頷いた。
「は、はい……すみません……」
「なるほど、道理で幾ら待っていても来ない訳だ」
「……来ない?」
佐藤の言葉の意味が解らず、太宰は少しばかり涙に潤んだ瞳をぱちぱちと瞬かせた。佐藤は苦笑すると、太宰が握りしめている便箋を指差して。
「手紙、読んでみろ」
一言告げた。太宰はくしゃくしゃになってしまった便箋の皺を伸ばして、書かれた文面に目を落とす。
『司書からサクランボを分けてもらった。確かお前の好物だったよな? 良ければ分けてやるから、今夜俺の部屋に来てくれ』
太宰は文面を三度見返し、それから顔を上げた。
案の定、絶縁するなんて内容なんかじゃなかった。誰かに言づけても問題ないような、至極簡単な用向き。それどころか。
「先生、これ……」
言いたい事はたくさんあった。ありすぎて言葉にできず、半端な声だけが零れ出る。
なんでこんな簡単な内容を手間暇かけてまで手紙にしたんですか。俺がサクランボを好きだってことを覚えていてくれたんですか。他にも好きそうな奴はいるのに、真っ先に俺に分けようって思ってくれたんですか。
俺が想像しているより、先生は俺の事を大事に思っていてくれたんですか。
太宰のそんな内心の疑問を察してなどいないだろうに、佐藤は仕方がないという風に小さく笑った。
「最初は食堂にでも持っていこうと思ったんだけどな。お前の顔がふと浮かんで……そういえば、昔好きだと言っていたことを思い出したんだ」
「でも、なんで手紙で、わざわざ」
言葉が思うままに口に出てこない。片言に問えば、佐藤は眉を下げて苦笑した。
「お前が手紙をくれって言ってきたからだろうが」
「……あ」
今まで何度お願いしても手紙をくれたことなんてなかったんだぞ!
昼間、織田へと言い放った自分の言葉が頭にフラッシュバックする。それから、佐藤に手紙をせがむ自分の声。「先生、手紙を下さい。先生の手紙を大事に持っておきたいんです」何度も訴えた言葉が頭の中に木霊するなか、手にしているしわしわの便箋を見やる。簡潔な文面に込められた佐藤の優しさが、じんわりと滲んでくるような気がした。
「あ、ありがとう、ございます……!」
やっとの思いで口にできた言葉は震えていて、自分のみっともなさが恥ずかしい。そんな太宰へと佐藤は柔らかな笑みを向けて、ぽんぽんとふたつ頭を撫ぜた。
「どういたしまして。それで、サクランボはどうするんだ? 本当ならお前が俺の部屋に来なかった時点で締め切りなんだが……生憎、まだ他の候補が見つかってなくてなあ」
わざとらしい口振りで告げられた問いかけに、太宰は金の瞳を輝かせた。ああなんて優しい人なんだ!感激が体の奥から太宰を貫いて、衝動のままに佐藤へと抱き着く。
「俺、食べたいです!お願いですから他の奴なんかじゃなくて俺にください!」
自分よりも体格の良い師の体を思い切り抱きしめ、肩口に顔を埋めながら訴える。ふわりと鼻をくすぐるのは佐藤の体臭だ。深く考えず、良い匂いだと思った。
「わかったわかった。本当にお前はいちいち大袈裟なやつだな」
聞きなれた師の呆れ声。それから、宥めるように優しく擦られ、叩かれる背中。鼻孔を擽る師の体臭。
ああ幸せだ。こんな良い師に巡り合えた俺は、この世界で一番の幸せ者に違いない。
ほこほこと湧いてくる暖かな幸福感に浸りながら、ふと太宰は、これから食べるサクランボも世界で一番甘いものなのだろうなと思った。
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