エンターテインメント、トレンド、健康・美容、消費、女性と働き方をテーマに、ヒット案内人が世相を切るコラム「ヒットのひみつ」。今を象徴するキーワードから、話題の理由、面白いワケなど、「ひみつ」を明らかにします。今回のヒットワードは「PM2.5美容」 。微小粒子状物質「PM2.5」の影響は呼吸器だけではないことがわかってきて、その「意外な商機」に業界が注目しています。
中国では微小粒子状物質「PM2.5」などの大気汚染問題が依然深刻。春に北京駐在が決まった知人は、高ろ過フィルター付きマスクや空気清浄機を携えて心配顔で旅立ったが、2014年7月に入っても「視界が悪い」日が続いているという。
PM2.5による大気汚染が慢性化している中国・北京市内
PM2.5といえば、ぜんそくや慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患、心血管疾患などへの悪影響が知られているが、実は糖尿病のリスクを上げることも明らかになっている。
中国の糖尿病患者数は1億人超、インドは6000万人超とも言われる。生活習慣のほかに大気汚染まで原因になるとすれば、今後さらに罹患者の増加スピードの加速要因になる可能性もある。
■健康不安を背景にPM2.5対策市場が急拡大
こうした健康不安を背景に成長しているのが「PM2.5ビジネス」とも呼べそうな市場。中国では空気清浄機やフィルター付きマスクなどがよく売れており、空気清浄機ではシャープ、ダイキン工業、パナソニックなど日本製品の人気が高いようだ。たとえばダイキン工業は2014年1月、2014年度の中国での販売目標を、前年度の約2倍の15万台にすると発表。また、現地では屋内レジャー施設も盛況と報道されている。日本国内でも、大陸からの気流の影響を受けやすい冬場や春先を中心にPM2.5対策製品の売り上げは伸びた。不織布大手の日本バイリーンが2013年9月に発売したPM2.5対策マスク「フルシャットマスク」シリーズは、2013年度は計画値の2倍以上の実績値となり、14年度は13年度の4倍を見込んでいるという(同社広報)。
こんな「PM2.5ビジネス」に、健康分野だけでなく意外な商機が芽生えつつある。それが「美容」だ。きっかけは2010年に有名な皮膚科学会誌に発表された「大気汚染に含まれる排気ガスなどの微小粒子状物質(PM10以下)がしわやシミを増やす」という大規模な疫学研究。世界中の皮膚科医や美容業界が注目した研究だ。
仕掛けたのは化粧品メーカーのクリニーク。もともとドイツで25年以上行われていた大気汚染に関するプロジェクト調査に対し、新たに皮膚研究のための助成をし、ドイツの研究機関などが調査した。農村部(空気のきれいな地域)と、排気ガス(交通量)の多い地域に30年間継続して住んでいた400人の高齢女性の肌を調べた結果、排気ガスの多い場所に住む人では額で35%、頬で15%多くシミが現われることが明らかになったのだ。
ドイツのルール地方の都市部と農村部に住む70~80歳の女性合計400人を対象に、大気汚染と肌老化の関係を調べた。1日あたり、1万台以上の車が通る幹線道路から100m以内のエリアの人は、額で35%、頬で15%シミが多く、ほうれい線も4%多くできていた。(データ:Journal of Investigative Dermatology 130,2719-2726,2010)
この研究を基に、同社は2011年に紫外線カットとともに微小粒子状物質が肌に付着するのを防ぐという、新コンセプトのスキンケア製品「イーブン ベター シティ ブロック ポリュテクション」を発売。現在も売り上げは堅調だ。また、これを追う形で各メーカーが「大気汚染から肌を守る」成分入りの化粧品を発売し、市場が広がっている。
「イーブン ベター シティ ブロック ポリュテクション40」 クリニークが、大気汚染対策数スキンケアとして発売。ポリマー複合体が大気中の浮遊粒状物質の付着を防ぎ、肌を守る。5616円
「クラリソニック アリア」 クラリソニック事業部が9月中旬に投入する新機種の音波洗顔ブラシ。2万1000円(税抜き)
さらに、この流れを加速させそうな研究が2014年に発表された。ロレアルグループのクラリソニック事業部が、PM0.3~5.0の大気汚染物質に見立てた汚染マーカーを肌に塗布し、音波ブラシ「クラリソニック」での洗顔と手洗顔で洗い上がりを比較した結果、洗顔ブラシは肌に負担をかけずに約30倍汚れを除去できたという臨床試験結果を米国皮膚科学会で発表したのだ。
頬の汚れの取れ具合が“見える化”された研究成果は、国内でも2014年6月に紹介された。
効果が一目瞭然の画像と、「毛穴の奥に入り込んだPM2.5を取り除く」という時代の不安をうまくつかんだキーワードで訴求した音波洗顔ブラシは、多くの美容関係者や美容女子の注目を集めたうえ、「百貨店バイヤーからの反響も予想以上に大きかった」(クラリソニック事業部広報)という。
PMと皮脂に見立てた色つきの汚染マーカーを使い、汚染物質の除去力を調査。試験の結果、クラリソニッククレンジングブラシの音波洗顔(右)が汚染物質に対して手洗顔(左)と比較して優れた除去能力を発揮することが分かった(データ:クラリソニック)
「PM2.5美容」元祖のクリニ-クは、7月に音波洗顔ブラシ「クリニーク ソニック システム ピュリファイング クレンジング ブラシ」を新発売。1万1500円(税抜き)
実はこの洗顔ブラシ市場には、「PM2.5美容」の元祖でもあるクリニークも、2014年7月に音波洗顔ブラシで参入したほか、他社からも製品が立て続けに発売され、賑わいを見せている。「音波洗顔器への消費者購入意向から推測すると、2013年に40億円だった市場が2014年には100億円へと急成長すると予測される」と同社広報(2013年12月調査 日本ロレアル調べ)。しかも対象は国内消費者ばかりとは限らない。美容感度の高いアジア女性の中には、自国に比べ消費税の安い日本に音波洗顔ブラシを買いに来る人がいるそうだ。
ある調査によるとフランスやインド、ブラジルなどでは、「大気汚染がシミを引き起こす」という事実は、消費者の認知度も高い。だが日本ではまだ一般の人にまで広く浸透していない。化粧品メーカー、シュウ ウエムラの2013年7月の調査では、PM2.5の体への影響は65%の人が気にしているのに対し、肌への影響を気にしている人は27%、大気汚染と肌老化の関係リスクを知っている人は6%に過ぎなかった(20~40代女性500人へのネット調査)。
まずはPM2.5が肌老化の原因になること、紫外線と互いに作用し合うとより肌に悪影響を与える可能性もあるということを、広く知らしめることが必要だが、アジア女性、中でも日本女性の“しみのない白肌”へのこだわりぶりは相当なもの。その日本女性が“新しい敵”の存在を認識したら、じっとしているはずはない。加えて、アジアの美容女子は日本の美容トレンドを熱心にウオッチしている。だからこそ、今後、「PM2.5美容」はアジア女性も巻き込んで新しいヒット市場となる可能性を秘めている。
最後に余計なお世話かもしれないが、たばこの煙にも高濃度のPM2.5が含まれるので、喫煙“美容女子”は大気汚染以上のPM2.5にさらされていることを知っておいてほしい。喫煙は紫外線に次ぐシミの要因で、一般に2.5~4.7倍シミを増やすといわれているのだから。
黒住紗織(くろずみ・さおり) 日経BPヒット総合研究所主任研究員。日経BP社ビズライフ局プロデューサー。サンケイリビング新聞社を経て、90年、日経BP社入社。『日経レストラン』『日経ベンチャー』などの記者を経て、2000年より『日経ヘルス』編集部。その後『日経ヘルスプルミエ』編集部 編集委員など。女性の健康、予防分野の中で、主に女性医療分野を中心に取材活動を行う。
[参考] 日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。
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