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2016年10月06日

前回からの続きで友ヶ島を取り上げます。

交通アクセスなどは前回と同じなので、前頁を見てください。


前回、①と②を書きました。

②の第二砲台跡から海沿いにテクテク進むと、③の友ヶ島灯台に着きます。



綺麗な灯台です。
明治3年4月、リチャード・ヘンリー・ブラントン(イギリス人)により着工、明治5年(1872年)6月25日に竣工点灯した、日本で8番目に出来た洋風建築の灯台。
後に灯台建設地一帯が、群の要塞基地となったため、ここに移設されました。
紀淡海峡を運航する船舶の「みちしるべ」として現役の灯台です。
昭和55年に改築されましたが、ほぼ原型どおりに保存されているそうです。



灯台の隣「子午線広場」にて。
日本標準子午線、日本最南端の地。
東経135度。
英国グリニッジ天文台を通るグリニッジ子午線(経度0度線)から9時間進んでいるラインで、日本の標準時となるラインです。
東経135度子午線が通過する12市のうち、ここが南の端。
後ろに見えている島は、淡路島です。
明石海峡大橋が開通した年に連れて行ってもらってから淡路島へ入っていませんが、友ヶ島から見るとけっこう大きいことに驚きます。
淡路島は、日本列島の国産みの神話の舞台として有名ですね。

実は友ヶ島(沖ノ島ではなく神島のほう)も国産み神話と関係が有るのではないか・・・と言われているそうです。

日本神話については、「花の窟」で簡単にまとめましたので、興味のある方はそちらもご覧ください。
花の窟、花窟神社(世界遺産)の記事はこちら(三重県)



(ウィキペディアから抜粋)
「イザナギノミコト(男神)とイザナミノミコト(女神)が、国生みの際に、「天の浮き橋(あまのうきはし:天と地を結ぶ宙へ浮く橋。神はこの橋を渡って地へ降りるとされる。)」に立ち、天の沼矛(ぬぼこ)をまだ何も出来ていない海原に下ろし、「こをろこをろ」とかき回し矛を持ち上げると、滴り落ちた潮が積もり重なって島となった。これがオノゴロ島である。
平安前期の古代諸氏族の系譜書である『新撰姓氏録』では、オノゴロ島は沖ノ島など友ヶ島の島々と一説がある。」




オノゴロ島は、「神々がつくり出した最初の島」です。
友ヶ島(神島)のほかに、沼島、絵島も候補として上がっているそうです。
古事記とオノコロ島伝説
私は、淡路島か沼島がオノゴロ島なんじゃないのかな~と思ったり・・・。
皆さんは、どう思われますか???


神話の世界に思いを馳せながら、私達は木陰で持参した菓子パンを食べました。
とても天気の良い日でしたから、海を見ながら食べたかったのですが上空をトンビが旋回していたため、木陰で隠れるようにランチタイム・・・。



この景色!
綺麗~~~!
もうね、自然は汚したらアカンよ~。
ホンマ、自然の中に身を置くと、そう思う・・・。
生かしてくれてありがとう!
空と海が眩しいから、私の瞳と心もキラッキラ輝く~!
写真を見て思い出すだけで、最高に気持ち良い~~~!!



海沿いにテクテクと南下すると④地点の孝助松(こうすけまつ)海岸に到着。
写真に写っていませんが(ごめんなさい)、夫の後ろの崖の上に、一本だけ松がピコッと立っていました。
磯遊びに良いところです。



テクテクと島内の歩道を歩いて、タカノス山展望台へ向かいます。
友ヶ島に訪れる人の大半は、海の家のわき道からタカノス山展望台をめざすため、蛇ヶ池、灯台、孝助松(こうすけまつ)海岸は人が少ないです。
この道を歩くのも、私達家族だけでした。



椿が見ごろでした。
2月~4月まで、椿の群落を楽しめるそうです。



⑤地点の、タカノス山展望台に到着。
友ヶ島に到着してから二時間半が経過していました。
景色を楽しんだり、木陰でパンを食べたり、ゆっくり散策していましたからね・・・。
島の西側は人が少なかったですが、タカノス山展望台はけっこう混雑していました。
近くに居た方に「どちらからこられたんですか?」と尋ねたところ、「奈良です」とおっしゃいました。
もっと遠くから来ていた方もいらっしゃるでしょうね~。

私達の後ろに見える、小さな島が「神島」で、神々が最初に生んだ島「オノゴロ島」かもしれないと言われている候補地のひとつです。
神島はもともと少彦名命(すくなひこなのみこと)と大己貴命(おほなむじのみこと)を祀っていたそうですが、仁徳天皇(大阪府堺市に有る日本一の巨大古墳・大仙古墳に埋葬されていると言われている天皇)の時代に、離島では何かと不自由であろうと、加太に遷座したのが、現在の淡島神社(日本国内に約1000社余ある淡島神社の総本社)だそうです。
淡島神社はつい最近、奉納された人形を、USJのお化け屋敷での使用に下ろしたということで、問題になりました。(これは良くないと思う・・・)

そういえば、現在私が住んでいる近くに創建が紀元前423年というめちゃくちゃ長い歴史を持つ「穴澤天神社」があり、毎月お参りに行くのですが、こちらの御祭神も少彦名命(すくなひこなのみこと)と大己貴命(おほなむじのみこと)です。
どちらの神様も、山や丘の造物者であり、命名神です。

神話の世界・・・歴史ロマンを感じますね~。



テクテク歩いて、⑥地点の友ヶ島第3砲台跡に到着。
手前にある、水の溜まった円のようなものが砲座です。



クリック(タップ)すると拡大できます。
各砲座はトンネルで繋がっています。
トンネルはそんなに距離があるわけではないのですが、すごく暗いです。
携帯電話のライトで足元を照らしながら歩きました。
途中、地下に降りる連絡通路があり、個室もあるのですがめちゃくちゃ暗いです。
一人で置いていかれたら発狂しそうなレベルの「闇」です。
携帯電話のライトじゃ足りないからどうしよう~と思っていたら、運よくボーイスカウトグループの探検と重なったため、子供達の懐中電灯で中を観察することが出来ました。
ガラーン・・・としたレンガ造りの小部屋で、何もありませんでした。
ドラゴンクエストのダンジョンみたいな雰囲気なので、探索したいかたは懐中電灯を持って行くと良いかと思います。



弾薬支庫跡。
ここも雰囲気が良いので、観光客がたくさん居ました。



だれが置いたのか、天空の城ラピュタの巨神兵のフィギュアが置かれていました。

ジブリ作品が好きな方は、ぜひ東京都三鷹のジブリ美術館へ足を運んでください。
→→三鷹の森 ジブリ美術館の記事はこちら


私達はこの後、南垂水(みなみたるみ)キャンプ場へと抜けて、トイレ休憩を済ませた後、野奈浦桟橋へ戻りました。



南垂水(みなみたるみ)キャンプ場近くにあった説明板。
修験者の開祖・役小角(えんのおづぬ)がここに来ていたんですね。
役小角(えんのおづぬ)について触れた記事はこちら。北口本宮冨士浅間神社②、吉田の火祭りと富士講

私達は沖ノ島の西側しか散策しませんでしたが、東側の虎島は行場跡があるそうです。
時間と体力が有れば行ってみたかった!


友ヶ島に11時20分に到着し、臨時便の15時半の船で帰ったので、滞在時間は4時間でした。
5歳の子供と一緒だったため、ゆーっくり周りましたが、島を一周したい方は半日見ておくほうが良いかもしれませんね。
私はあまり「ラピュタっぽい」と思いませんでしたが(ごめんなさいネ。倒れた自動販売機は撤去したほうが良いと思う)、ぜひ友ヶ島の散策を楽しんでください。



楽しいお出かけになりますように。
→→友ヶ島①の記事はこちら


→→友ヶ島と雰囲気の似た無人島が東京湾にあります。猿島の記事はこちら。



こちらの記事もどうぞ。(和歌山市の観光・お参り)
1)徳川御三家紀州藩・和歌山城(国の史跡)和歌山城動物園 
2)マリーナシティ①ポルトヨーロッパ 
3)マリーナシティ②黒潮市場和歌山土産
4)和歌山電鉄貴志川線。いちご電車、おもちゃ電車、たま電車
5)日前神宮・國懸神宮(三種の神器の八咫鏡より前に創られた鏡が御神体)
6)伊太祁曽神社(日本中に木を植えた神様)
7)和歌浦①紀州東照宮(関西の日光)
8)和歌浦②和歌浦天満宮(学問の神様・菅原道真公が大宰府へ向かう途中寄った所)
9)和歌浦③玉津島神社(天皇や有名歌人も参拝した和歌の神様を祀る神社)
10)和歌浦④塩釜神社と不老橋
11)和歌浦⑤妹背山
12)紀三井寺
13)友ヶ島(ラピュタの島)①友ヶ島②

→→
記事一覧は、こちら 

→→東日本の記事一覧は、こちら

→→西日本の記事一覧は、こちら


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