温泉と皮膚
作者: ミルディス皮フ科院長:村上義之
先日、久しぶりに温泉へ行きました。ここから程近い鬼怒川温泉です。九州にいた頃はよく温泉へ行っていましたが、北千住で開業してからは時間がとれずご無 沙汰していました。東京ドームシティのラ・クーアも清潔で設備が整っていて気持ちがよいのですが、いかんせん混雑ぶりに辟易してしまいます。それに比べる と温泉地では適度な人ごみですし、途中の行程やその地域の環境(森林浴効果など)を楽しむこともできます。温泉旅館などに宿泊すれば、お料理も楽しみの一 つになります。
温泉利用は、体を休め、疲労をとって体力を養う「休養」、心身を休ませて健康を保つ「保養」、病気治療のため体を休める「療養」の三つに大別することができ、これらを「温泉の三養」と呼ぶそうです。私はこれに料理を楽しむべく「栄養・滋養」を足して、「四養(しよう)を しよう??」として、温泉を楽しんでいます。「お気に入りの温泉、あるいは温泉宿はどこですか?」と問えば皆さんすぐに数件を答えてくださるほど日本人に とって温泉は馴染みの深いものであるとともに、人それぞれに思い入れが異なるものであるとの感を強くします。雰囲気、料理、泉質(効能)、値段などの価値 基準が異なるため仕方のないことなのでしょう。
今回、鬼怒川温泉では、「温泉と皮膚」について考えてみました。よく美人湯あるいは美肌 湯などと呼ばれる温泉があります。大学時代、私がよく同級生とクラブ活動終了後に行っていた佐賀県の古湯温泉(不老長寿の薬を探しに日本に来た徐福が約 2200年前に発見したとされるもの。アルカリ性単純泉)も“美人の湯”と呼ばれていました。
一般的には「日本三大美人の湯」として、群馬県の 川中温泉(硫酸塩泉)、和歌山県の龍神温泉(重曹泉)、島根県の湯の川温泉(弱アルカリ性単純泉)、「日本三大美肌の湯」としては佐賀県の嬉野温泉(含食 塩重曹泉)、島根県の斐乃上温泉(アルカリ性単純泉 or 放射能泉)、栃木県の喜連川温泉(含硫黄―ナトリウム・カルシウムー塩化物泉)が知られていま すが、これらの共通点としては「アルカリ性」である、「Cl-(塩素イオン)の量よりNa+(ナトリウムイオン)の量の方が100mg/l以上多い」くら いのもので、どうも根拠は曖昧なようです。
温泉・温泉地の効果
~物理的効果(温熱・浮力・水圧)、化学成分による効果、変調効果、環境効果について
先ず、温泉の物理的効果として「温熱」 (血管拡張・リンパ循環促進、皮膚呼吸の刺激・新陳代謝促進、鎮痛・筋緊張緩和など)があり、一般的に42℃以上の熱いお湯では神経系・循環器系を興奮さ せ刺激するといわれ、38℃以下のぬるいお湯では逆に神経系・循環器系の興奮を抑え、鎮静・鎮痛作用を示すと言われます。また、温泉に溶けているイオンや 化合物が皮膚の蛋白質と結びついて皮膚表面を被覆して熱放散を妨げるため、真水に比べると保湿・保温効果(湯冷めしにくい)を発揮します。「浮力」(体重が軽くなり、入浴中の運動が容易になり、関節への負担が軽減される)を利用して、変形性関節症などのリハビリにも用いられます。「水圧」 によって下半身の血液が胸郭や心臓へ戻り、心臓が血液(水分)が多いと勘違いして利尿ホルモン分泌するため、体液の一部が尿として排泄され、軽度の脱水傾 向となり、見かけ上の血液量が減って心臓の負担が軽減されます。水圧に抗して腹式呼吸を行えば呼吸筋の負荷訓練にもなります。
「化学成分による効果」としては、「血管拡張作用」と「殺菌作用」 などが挙げられます。炭酸ガスや硫化水素ガスなどが皮膚を通して吸収され、血管を拡げる(この炭酸ガスを利用したのが花王の入浴剤「バブ」)ので、血管抵 抗が減って血液循環がよくなり血圧も低下します。筋肉内の疲労物質(乳酸など)も除去しやすくなり、疲労回復につながります。また草津温泉がアトピー性皮 膚炎に有用とされていますが、pHが低いこととマンガンやヨウ素イオンによることが知られています。
体内に吸収された温泉成分の刺激や、反復して入浴することによる刺激にて神経系や内分泌系に作用する「変調作用」。さらには地形・気候・植生などが変化(転地)することによって、精神安定(鎮静)作用が得られ、「環境効果」とも言えます。
温泉とアトピー性皮膚炎
~皮膚の清浄化(殺菌作用)
「ア トピー性皮膚炎によい温泉は?」との話もよく耳にします。通常、皮膚のpHというのは皮膚そのもののpHではなく、皮脂膜のpHを示しており、本来は皮脂 に含まれる脂肪酸や汗に含まれる乳酸やアミノ酸などによってpH4.5~6.5の弱酸性の状態に保たれています。皮膚の「酸外套」とも言われ、細菌からの 防御機能の一端を担っています。それがアトピー性皮膚炎患者さんでは中性からアルカリ性域に傾いていること、また皮膚での分泌型IgA(細菌をやっつける 抗体)が減少していることによって、皮膚表面での細菌(主にブドウ球菌)が増加する結果となります。一部の細菌から放出される毒素(スーパー抗原)がアト ピー性皮膚炎の増悪因子になることも知られています。
考えられる温泉入浴による一番の効用は、「皮膚の清浄化作用」ではないかと思います。泉質としてのpHが酸性であることから、皮膚表面のpHを正常な状態に近づける、マンガンやヨウ素、銅イオンが細菌に対して殺菌作用を示すのも一因でしょうが、それ以上に皮膚表面の様々な老廃物を単純に除去する入浴・洗浄効果が大きな要因ではないでしょうか?
その他に、高張性の強食塩泉では浸透圧で皮膚表面の水分を除去するため、海水浴と同様に「じゅくじゅくした湿疹」に有効な場合もありますが、当然ながらし みて痛い(痛みで痒みが軽くなるという人もおられますが)ものですし、アルカリ性単純泉や重曹泉では清浄化効果が高くて有用、硫酸カルシウムや硫酸マグネ シウムなどのにがり成分が多いほうが皮膚蛋白質を凝固させて皮膜形成になるので保湿に有用とも言われます。高温であれば、痒みは強く感じられますから、そ の後の掻き破る行為につながることもあるでしょう。硫黄泉では角質溶解作用が強く、よけいに肌荒れを起こす方もおられます。
このように人様々な 作用を生じますので、「アトピー性皮膚炎によい温泉」というのは、ご本人に合った温泉ということです。但し循環湯よりは源泉掛流しが塩素や細菌の観点から はよいでしょう。いずれにせよ、温泉だけを過信せず、その後の保湿剤などのスキンケアは欠かせません。
美肌?と温泉成分
~重曹泉(ナトリウムー炭酸水素塩泉)による効果=洗浄効果
油で汚れたお皿を冷水につけるよりも、お湯につけておいた方がよく汚れが取れます(温度があがると洗浄能力が高まる)。さらにナトリウムイオン(Na+)は水分を蓄える作用以外にも、皮脂の成分である脂肪酸(R-COO-H)と結合するとR-COO-Na(石鹸)に化学変化するために、Na+が多いお湯では石鹸効果に よって皮膚表面がスベスベ・ツルツルに感じられます(グリセリン発生量が多いとヌルヌル感)。また、炭酸水素イオン(HCO3-)は洗浄補助剤となって Na+の石鹸効果を高めます。カルシウムイオン(Ca+)やマグネシウムイオン(Mg+)が少ない水(いわゆる軟水)では石鹸の泡立ちがよいですね。塩素 イオン(Cl-)が多いと石鹸効果が阻害されます。石鹸が高価であった時代には、これらの泉質は非常に有用であったのかも知れません。確かに重曹泉に入浴 した時には自分の肌がスベスベに感じられて気持ちよいものです。
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私なりに温泉地にて、温泉というものについて皮膚との関わりという観点から、少し科学的に書いてみました。皆さんの温泉への興味につながれば幸いです。
最後に、耳よりな話を一つ。先日、「Blue Mercury」 という活性水素水を製造販売している会社の室田社長にお会いした時に、「水素水を飲むよりも、水素風呂に入って皮膚吸収を活用したほうが抗酸化作用に優れ る」というお話を伺いました。これは実に画期的で、毎日お風呂に入りながら健康維持(アンチエイジング)を図れるという願っても無い事で、このシステムを 利用した銭湯を計画中とのことでした。風呂好き民族である日本人のためにも、温泉・入浴の効能などのさらなる科学的な解明が待たれます。話は逸れますが、 別府に九州大学温泉治療学研究所(温研と呼ばれていましたが、後に生態防御医学研究所として統合)があり、そこの寮に同僚数人で泊めて頂き、ふぐの刺身に 肝の薬味をたっぷりつけてたらふく食べて、広い湯舟の温泉につかって夜中まで宴会をした楽しい記憶があります。気のおけない人達と、美味しいものを食べ、 美味しいお酒に気持ちよい温泉、ここまで揃えばどんな温泉でもストレス発散の特効薬になりますよね。あ~、あの時よ、もう一度……。余り情報ばかりに振り回されずに、ご自身に合った身近な温泉を探す、遠くても心身ともにリラックスできて温泉を楽しめればそれで良いのでしょう。