【第19回】国産オーガニックチーズという新しい価値
2016年12月20日更新
北海道の北部、オホーツク海に面した興部(おこっぺ)町は、人口4000人弱に対して牛がその3倍も飼育されているという酪農が盛んな町です。東京からのアクセスは飛行機でオホーツク紋別空港まで飛び、そこから車で約40分の移動。車窓には海岸線と牛の放牧風景が広がります。
この地で最も早くチーズ作りを始めたのが「ノースプレインファーム」。
4代目となる現社長の大黒宏(だいこく・ひろし)さんの曾祖父が、徳島から隣町に入植し農地を拓いたことから、その歴史は始まりました。冬の雪と厳しい寒さで、そして夏はオホーツク海からの海霧の影響で低温になるなど、畑作にはあまり向かない土地であったことから、酪農に転換し、生乳の生産を始めたそうです。
すべての乳製品の原料となる「生乳」は、酪農家が牛を飼い、乳を搾って生産しますが、その先の乳製品、例えば「牛乳」に加工するには、また別に乳処理業の営業免許が必要となり、設備も造らなければなりません。そのためほとんどの酪農家は生乳を農協(北海道の場合はホクレン)に出荷し、大手の乳製品加工業者が牛乳に加工しています。このように日本の乳製品業界は「生乳生産者(酪農家)」と「乳製品加工者(企業)」が別々の産業として成り立ってきました。
酪農が盛んな興部でも、生産される生乳は、大手メーカーの工場で加工されていたそうです。しかし現社長は、自分たちが生産したミルクを地元で飲めないということに疑問を感じ、「酪農家が乳を搾り、それを乳製品に加工するのは当たり前のこと」という考えから、1988年に乳処理業の免許を取得し、自社のミルクプラント(牛乳への加工工場)を建設して、低温殺菌牛乳「オホーツクおこっぺ牛乳」を商品化。そのタイミングで「ノースプレインファーム株式会社」を設立しました。
そして3年後の1991年には、興部町で最初のチーズ製造所として、チーズの生産を開始したのです。
今から25年ほど前の製造開始当時からノースプレインファームでは「ゴーダチーズ」(商品名)を作っています。
当時は、まだまだナチュラルチーズが根付いていなかった時代。ゴーダといえば本家はオランダですが、日本で作られているプロセスチーズの原料に、たいていゴーダタイプのナチュラルチーズが使われていたことから、多くの人にとって一番馴染みやすい味わいのチーズだったのでしょう。そしてまた現在のチーズのラインナップもゴーダタイプのセミハードチーズが中心です。
「良質な材料で良質なチーズ、そして食べ飽きないチーズを作っていくこと」がノースプレインファームのチーズ作りの考え方だと製造責任者の吉田年成(よしだ・としなり)さんはいいます。その理念の通り、ここのゴーダチーズは、香りや味わい全体の印象は穏やかでおとなしいのですが、まろやかなミルクの味わいやバランスの良い塩加減、雑味のないきれいな味わいが特徴です。
そして、この農場の自慢は「すべてのチーズに、オーガニックの自給飼料で育てている牛の安全なミルクを使っている」ことです。
春から秋にかけては、搾乳牛、育成牛(まだ歳の若いお産をしていない牛)ともに、日中は放牧をしています。青草をモリモリ食べている牛の放牧風景は、ヨーロッパの酪農風景と何ら変わらず、ここは本当に日本なのかしらと思うようなのどかさです。
雪に閉ざされてしまう冬の間は、夏の間に採草地とよばれる牧草畑で収穫した、オーガニックの乾草(かんそう)やラップサイレージを与えているとのこと。牛に与える餌の確保については、海外からの輸入飼料の価格高騰や、そして最近気がかりな遺伝子組み換えの飼料(肉や乳などには影響がないという見解ではありますが)など、日本の酪農家が直面している問題ですが、ノースプレインファームは代々続く農地を利用して、これまで通り粗飼料*は自給でまかなってきました。
さらに2001年から牧草地への化学肥料の投入をやめ、2013年に飼料の「有機認証」を取得。2014年には乳製品など加工食品対象の「有機加工食品の認証」と生乳の「有機畜産物認証」も取得し、3部門で有機JAS認証を取得。乳製品の一部は「オーガニック」を全面にうたった製品として販売を始めました。
*全飼料のうち、粗飼料は85%ですべて自給で有機認証。残りの15%は輸入の配合飼料も含まれるが、非遺伝子組み換えのものを使用している。
当たり前のことですが、チーズはミルクから作られます。チーズ製造の際にミルクに加えるものといえば、乳酸菌、凝乳酵素、食塩くらいですから、ほぼ添加物フリーな食品といえます。しかしその原料となるミルクを出す牛が何を食べているのか......というところまでは、気にかける人もまれですし、トレースできないという現状もあります。
自給飼料、しかも有機飼料を使った酪農を実践し、そのミルクで乳製品を作っているところは全国的にみてもそうたくさんはありません。そしてさらに、たとえオーガニックミルクで乳製品作りをしていたとしても、積極的にパッケージに有機とうたっていないことが多いようです。
ヨーロッパでは有機マークが付いた乳製品を市場でも当たり前に見かけますが、日本ではオーガニック食材店で時折見かける程度。これは製造されている国産オーガニックチーズの絶対数が少ないということもありますが、私たちの関心がまだまだ低いことの表れでしょう。今の日本では、食べ手も作り手もその価値の大きさに、まだ気付いていないのかもしれません。しかし、これからますます食の安心・安全を気にかける食べ手は増えてくるでしょうし、作り手もほかとは違う付加価値として(特に国際的な経済協定で市場が開放されたときには)、大いにアピールすべきポイントになることでしょう。
いち早く、そうした製品作りを始めたノースプレインファームで、現在、有機の認証マークが付いているのは「季節の有機セミハードチーズ」と「おこっぺ有機モッツァレラチーズ」のみですが、そのほかのチーズの原料にも、すべてオーガニックのミルクを使用しているとのこと。ゆくゆくはどのチーズもオーガニックのチーズとして販売をしていきたいと考えているそうです。国産ナチュラルチーズ界に、"オーガニック・ナチュラルチーズ"という価値をしっかりと提示することによって、「選ばれるチーズ」となることでしょう。
ここからは、今回ご紹介した工房のチーズを3人のテイスターがテイスティングして、その味わいと楽しみ方をご紹介します。ノースプレインファームでは、ゴーダタイプのバラエティともいえる風味の違うチーズのラインナップを揃えています。
「春草の有機チーズ(春の、季節の有機セミハードチーズ)」(770円/100g)
全乳(脱脂をしないミルク)で作るチーズ。季節による餌の違いでチーズの色や風味が違う。有機JAS認証。
●テイスティングコメント
「淡いたまご色をした水分多めの若いセミハードチーズ。しっとりとした食感で口溶けがよい。ほどよい塩気、酸味、ミルクの風味、ほろ苦さがバランスよくおさまっている」(佐藤)
「やさしく穏やかな味わいで、後味に少し酸味もあり爽やか。ミルクの良さが伝わるチーズ」(吉安)
「ねっとりとしていて口溶けがよく、スーッと溶けていく。ミルクの良さを感じる香りのよさとコクのあるクリーム感。程よいうま味。バランスが良く余韻が心地よい」(柴本)
●こんなふうに味わいたい
食べやすくさまざまな使い方ができるチーズ。普段の食事やおやつに取り入れて気軽につまみたい。たっぷりの野菜と一緒にパンにはさんでサンドイッチにしたり、オーブン料理などで加熱するのもおすすめ。
「おこっぺハードチーズ(夏ミルク)」(770円/80g)
夏のミルク(有機生乳)を使い、1年以上熟成。
●テイスティングコメント
「ところどころにアミノ酸の結晶がある。華やかでフルーティな香り。塩気は強いがとがっていない。うま味と熟成感が強く食べ応えがある」(佐藤)
「ミルクの質の良さが、熟成を経て複雑に変化した印象。お酒のおともにおすすめしたい複雑で深みのある味わい」(吉安)
「ほろっとしたテクスチャーとアミノ酸のしゃりっとした食感が楽しい。うま味がしっかりとしていて甘味があり、複雑で力強くも上品な味わい」(柴本)
●こんなふうに味わいたい
お酒に合わせて。ソーヴィニヨン・ブランなどハーブ系の香りの白ワイン、またはウイスキー、日本酒やビールでも。
Data
ノースプレインファーム
北海道紋別郡興部町北興116-2
tel 0158-88-2000
農場内直営ショップ「ミルクホール」(tel 0158-82-2422)
営/10〜17時(繁忙期は閉店時間を延長)、火曜休(祝日は営業)