寒いなあ。
ああ寒い。
もうすぐ4月だというのに。
こんな日にはコタツに入って鍋でもつついて映画とか観ながらゴロゴロしていたい。
小学生の頃から「肥満」と「食」に悩んできました
幼稚園から新体操を習い始めて7年、
小学6年生になった頃、ダイエッターまなかのデビュー戦が開幕します。
私が所属していたのは、OGにはオリンピック出場を目指すナショナル強化選手がいたりと、新体操界ではそこそこ有名?なクラブチーム。
それまではお遊戯に近い感覚で、年に1回の発表会に向けてぬくぬくと練習に励んでいたのですが、6年生になった私は、中学生・高校生の先輩方の華麗な演技に魅了され、
「私もお姉さんたちのようにカッコよく演技したい!」と選手養成コースに志願するんですね〜。
これが地獄の始まりでした・・・
毎日の体重測定。そして全員に聞こえるように体重を叫ぶ!
選手養成コースに入り、週5回の練習と、それとは別に週1回のバレエレッスンが始まりました。
あんなに優しかった先生たちから笑顔は消え、差し出してきたのは【体重計】。
そのクラブでは、練習の始めと終わりに体重計に乗り、体育館全体に響き渡るような大声で自分の体重を叫ぶ!というルールがありました。
当時、小学生にしては長身だった私ですが、
なんと選手養成コースの子どもたちの中で2番目に重かった。
そう、愛くるしいぽっちゃりっ子だったのです。(笑)
体重が重い子は手具(リボンやボールなど、新体操の道具のこと)を触らせてもらえないどころか、マットの上にも立たせてもらえず、
ただ、ひたすら走るように言われます。
食事制限も始まりました。
学校の給食は量を減らしてもらい、
大好きなプリンもぐっと我慢して、
野菜中心の生活を心がけていました。
体重は1年間で8kg減!
それでもまだ重いと叱られ、週5の新体操ランニング、週1のバレエという日々が続き、幼心に薄々気付き始めます。
「おやおやおや?つらいぞ?」
これ以上何をどうしたら痩せられるのか。
すくすくのびのび健康に育った私のこのカラダのどこがそんなにいけないというのか。
もうこれくらいでいいんじゃないのか。
むしろ今わたし文句の付けようがないってくらいナイスバディーなんじゃないのか。
と、自暴自棄になって反抗心が芽生えてしまった私は、
体育館の外を走らされた時は近くの公園の公衆トイレに駆け込み、
ひたすらツバを吐き続けるという奇行に出るようになります(笑)
当時は痩せるために走るという行為そのものへの嫌悪感がひどすぎて、ツバを吐き捨て体重を軽くしようと真剣に考えていました。
そして、とうとう心の中の何かが振り切れ、
よくトイレの中で隠れてヤマザキのチョコデニッシュパンを貪っていました
(そりゃ痩せられないですよね)
のちに、この頃の走り込みが功を奏し、
学年でもトップクラスで足が速くなった私は中学校入学とほぼ同時に新体操と決別し、
陸上部に入ります!なんて安直なんでしょう!(笑)
中学〜高校の陸上部でも悩んでいました
新体操を辞めた直後は、
「これで自由に何でも食べられる!」とドカ食いを繰り返し、
なんと15kgも太ってしまいます。
まあ、部活のおかげで徐々に痩せることができたわけですが・・・
陸上部では、8年弱の新体操で培った能力(股関節がとっても柔らかいこと+跳躍力があること+週5のランニングで得た走力!)を最大限に活かせるハードル走を専門種目としました。
そこそこ真面目に練習していたので、東京都選抜メンバーに選ばれたり、他校のハードル指導を得意とするコーチからスカウトされ、直々に教わりに行ったりしていたら、言われてしまったのです。
「もうちょっと痩せたら関東大会も夢じゃない」
うわぁあぁぁ。出た、出たよその「もうちょっと痩せたら」。(泣)
関東大会には行きたい。
でも食事制限はもう二度としたくない・・・
無論、意思の弱かった私は関東大会に行けるはずもなく、
中途半端な記録と中途半端な後悔を残し、高校でも陸上競技を続けることにします。
「ケツでか」と呼ばれていた私
高校の部活の練習は、中学の頃とは比べものにならないほどハードで、
顧問だけでなく外部のコーチにもアツく厳しく指導していただきました。
毎年、夏には他校と合同で「高尾山マラニック」(マラソン+ピクニック。でもピクニック要素ほぼゼロw)を行うのが恒例となっていて、
長距離陣と短距離陣に分かれて山道を駆け上がっていくんですが、いや〜キツかった〜。
そのときに、各学校の顧問たちはお互いの部員たちを見合って、あの子いいねとか、あの子はもっとこうしたら速くなるとか、いろいろ語り合っていたみたいなんです。
そのとき、他の学校の顧問が、走り去る私を指差してこう言いました。
「あのケツでか、フォームきれいだね」
今、何とおっしゃいました?
・・・ケツでか?
悲しくなりました。
こんなに一生懸命走っているのに、おしりばっかり見て笑われていたのか。
その後、顧問からそっと呼び出され、本気で関東大会目指すならもう少し痩せるように言われました。
またこれか。
帰りに部員みんなでラーメンを食べたのですが(反省の色が見られませんね)
麺やスープの半分を友達にあげ、もうこれが私にとって最後の一杯になるかもしれないという覚悟で半泣きで麺をすすったのを覚えています。
結果、またしても関東大会には手が届かず、
私の熱く苦い青春は終わってゆくのです。
部活引退後、デブまっしぐら!
部活を引退してからは、受験勉強のためにカフェに入り浸る毎日。
家や自習室より、なぜだか少しざわざわしてるカフェのほうが集中できたのです。
毎日お砂糖とミルクたーっぷりのコーヒーをがぶがぶ飲んで勉強してました。
そして、着実に肥えてゆきました。
無事、受験が終わってからも乱れた食生活は変わることなく、
おまけに美味しいまかない付きのアルバイトまで始めちゃったもんだから
大学2年生の冬にはパンッパンのメス豚になりました。ええ、メス豚です。
鏡を見るたび、
あ〜これはいかんな〜まずいよな〜とは思っていたのですが、
何せ食事制限が、あの自由を奪われた感覚が、
とにかく怖くてたまらなくて、好きなものを好きなだけたらふく食べる!というスタンスが変わることはありませんでした。
なんだろう、こう、見るからにデブ!ってかんじではないんですが、
とてもじゃないけど華奢な女の子ではない。
スラッとした可愛い女の子への憧れと嫉妬心を抱えながら、
華のぽんじょ生活を送っておりました。
不本意ながら大成功したインドダイエット
今までの人生で、新体操をやっていた頃以来の細さになれたことがあります。
大学4年生になるタイミングで1年間休学し、
バックパッカーとして世界一周する中で、
インドで起こった悲劇。そう、食中毒です。
コルカタの屋台で買ったチョウメン(焼きそば)に当たってしまい、
嘔吐下痢の嵐!地獄絵図のようなひどい状態でした。
一時帰国しようか迷うくらいフラフラだったのですが、なんとか旅を続けることに。
3日間ほどは水もろくに飲めない状態でしたが、それからは少しずつ食事を摂れるようになりました。
それでもお腹がゆるい状態が一月近く続き、ガリガリに痩せこけてしまったんですね。
体重計が置いてある宿はなかなかないので、正確な体重はわかりませんが、
インドを出てからの期間も含めるとたぶん7〜8kgは痩せたんじゃないかなあ。
しかし、ヨーロッパ圏に入ってからは美味しくてかつ衛生的な料理の数々の誘惑に負け、またもや食べてしまいます。
そして今。
また太り始めている・・・。
お尻と腰のあいだのお肉を「希少部位」と呼んでいるのですが、
その希少部位あたりが確実に肥えてきている。
そして職場の後輩にアゴをたぷたぷ触られ、「ここ気持ちいい!」と言われたときに、
やり場のない悲しみと怒りが込み上げ、決意したのです。
絶っっっ対痩せてやる。
(まんじゅうもぐもぐ)
・・・とまあ、こうしていろんなダイエットを試みたり甘い誘惑に簡単に負けてしまったり、深く傷ついた割にはあっさり立ち直る私に最適なダイエット方法を誰か教えてください。
できれば5月頃の会社の健康診断までに痩せたい、という話でした。
おわり。