2008年06月05日

 日本人は身体や住まいの清潔好きと言われる。風呂が好きだし、掃除も好きだ。ニオイに関しても結構気にする。しかし、みやびな平安時代の都は「糞尿都市」と呼んでいいほど衛生環境は悪く、臭かったというのだ。そこに住んだ人たちの悪戦苦闘ぶりがしのばれるではないか。まあ、衛生概念(基準)も、清潔にする行動も、昔と今ではかなり違うだろうけどね。もちろん、こういうことって個人(の感覚)差も大きい。(大体、トイレで用便して手を洗わん奴がいるんだからさ)

 そこで〈屁〉なのだが、平安時代の〈屁〉はあまり臭くなかった、というのが音成の推定である。考古学・民俗学者の樋口清之『秘密の日本史』(1977年、祥伝社刊)によると、平安京の食事や入浴や糞便処理の生活はこんな感じだったらしい。
(平安時代に多かった)結核はビタミンAの欠乏、脚気はBの欠乏が原因で、ともに一種の栄養失調だ。それは食事が悪いのが原因だ。だいいち四足獣の肉は、殺生禁断の仏教の教えのおかげで追放されたし、鶏肉は食べない。動物蛋白のほとんどは魚介の乾物だから、これはいくら上手にもどしても、消化吸収は低い上に、運動不足だからなお消化されない。飯は、半搗米(はんつきまい)を蒸したものだが、これとてカロリーはあっても消化が悪い。生鮮食はごく少ないが、わずかの救いは、毎食海藻を食べることぐらいである。
(中略)
 さらに、当時の公家には入浴の風習があまりひろがっていない。だいいち、『源氏物語』にも、食事の記事とともに入浴描写がない。逆に清少納言は、女の襟につけた白粉が、あかで浮き上がって唐衣(からぎぬ)の襟をよごしている有様を書いている。夏は水浴や水拭きをするが、とくに冬は入浴の風習がなく、病気のときの水蒸気浴(これを風呂という)があるくらいだから、肌は不潔で臭かった。
 これが、薫物(たきもの)といわれる香が発達するもとだが、いくら匂いをたきこめても、体臭と人工の匂いは共存してしまう。いまの人々の想像を越えて唐衣装束の(俗にいう十二単衣)の女は近よると体臭が相当ひどかったと思うべきだ。そのうえ、風邪でもひくと、生ニンニクをかじるからますます臭い。これは『源氏物語』に、男に対する女の返事に、今夜はニンニクを食べて臭いから通って来ないでくれ、という意味のことを書いてあるのでも明らかだ。
 いやなことばかりならべて申しわけないが、宮殿内や貴族の室内も臭かったと思われる。それは便所という隔離された場所がなく、長方形の樋箱(砂を底にしいた箱)に室内で用便するからである。冬の夜など、わざわざそれを鴨川まで流しにも行けず、部屋に置いてあると、男が通って来ても、その臭気は、やはり室内の薫物(たきもの)に立ちまじって臭ったと思われる。

 これが「源氏物語」の世界の人たちなのか。つまり、こういうことになるのだが…。
(1)肉を食べなかった→〈屁〉があまり臭くない
(2)消化の悪いものが多く運動不足→〈屁〉はよく出る
(3)あまり入浴しない→体がいつも汗で汚れている
(4)体臭がきつかった→体はとても汗臭い
(5)便所がなく室内で用便した→部屋に糞便臭が漂う
(6)何にでも薫物をした→匂いで臭いを打ち消した

 遊牧民のような肉食だと〈屁〉は少ないが臭い。日本は古代から比較的温暖な気候に恵まれ、基本的に植物性食料が豊かで、農耕(稲作)も定着したわけである。こういう民族は〈屁〉は多いが臭くない。まあ、食性によってこういう傾向があるのだが、樋口が指摘する、ほとんど肉食しない都の貴族ともなれば「臭くない屁がよく出る」という身体のスイッチが完璧にオンされていたのではないかと思われるのだ。

 しかし、ニオイだけならば〈屁〉はシカト(無視)できたのではないのかな。むしろ体臭や室内の糞便臭が問題であり、これを消すために熱心に薫物をしたのである。まわりが臭いや匂いに満ちていれば、〈屁〉が少々におっても屁でもない。平安貴族にとって「ニオイのない透かし屁は問題ない」ものだったと思われる。で、問題になるのは音だった…。

 ブーとかビーとかプーとか、この音ばっかりは〈屁〉の存在を明かしてしまうのだ。しかも、〈屁〉が多く、こきたい気分となれば(音を立てて)粗相しないようにいつも注意が必要だね。こういう(音を恐れる)危機意識は屁意(こきたい気分)を感じるたびに肛門が決壊しないかと緊張をもたらす。決壊したときのことを思うと、あるかもしれない事態(音で屁の存在が暴かれる)を思い浮かべて羞恥が煽り立てられるわけである。

 かくして日本では〈屁〉というものは、日常生活において、もっぱら音の存在によって(認知され)恥を喚起したのだ。そういう視点で古典を眺めてみると、多くは音の存在が〈屁〉の話の眼目になっているのである。(時代が下がるほどにニオイも眼目になってくるんだけどね)

 「宇治拾遺物語」の中に藤大納言忠家の話がある。セックスの真最中に愛人が高らかに〈屁〉をこいてしまう。女は恥ずかしさのあまり口もきけず起き上がれない。忠家も意気沮喪して、あまりの情けなさに出家しようと決意するが、やがて馬鹿馬鹿しくなって思い直すという話である。眼目になっているのは女が「高らかにこく屁」なのだ。ニオイに関する言及は全くない。

 「今昔物語集」には近衛の舎人だった秦の武員(たけかず)の話がある。寺に参って僧正の話を聞いているうちに、あやまって高らかに〈屁〉をこいてしまう。僧正も僧たちもこれを聞いて、あきれて何も言わず、僧たちは顔を見合わせていた。しばらくして武員が手のひらで顔を覆って「ああ何たること、死にたい」と言ったとたん、皆がドッと笑い出し、武員は逃げ出してしまったという話である。これも眼目は「高らかにこく屁」になっている。

 全国に広く分布する民話の「屁ひり爺」は放屁芸で殿様に認められ富裕になる話だが、それは〈屁〉を楽器のようにひり分ける「音」の芸である。「屁ひり嫁」は特大の〈屁〉が富をもたらす話だ。こちらは「音」ではなく、何でも吹き飛ばす「屁の威力」が眼目になっている。いずれにしてもニオイは眼目にはなっていないのである。

 日本の〈屁〉の話における「音」の重視やニオイの無視は枚挙にいとまがない。こうした〈屁〉の扱いは、日本人は〈屁〉を音として耳にすることが多く、〈屁〉をニオイとして鼻にすることが少ないことからきているわけなのさ。

 平安貴族について言えば、体臭や室内の糞便臭や薫物に囲まれて〈屁〉はニオイとしては存在を主張できず、音として存在を主張したのである。そもそも〈屁〉のニオイ自体があまり臭くなかったのだからね。

 だからまあ、要するに、この因果には恥の文化とされる日本の原点を解き明かすヒントがあるはずであ~る。間違いない(のかな~)。
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