でもその瞬間に突然、足や腕、そして命を奪われてしまったら……?
無邪気な時間を一瞬にして吹き飛ばす地雷が眠るカンボジアの大地。その大地をコットン畑に生まれ変わらせる計画が、現地の人々とNPO法人・Nature Saves Camobodia-Japan(ネイチャー・セーブス・カンボジア-ジャパン;以下、NSCJ)によって進められている。
オーガビッツも支援しているこの活動は、オーガニックコットンの力で、地域の文化や人びとの暮らしを取り戻そうという壮大な取り組みだ。
どんな思いで行われている活動なのか? その可能性とは? 現地の最新事情を知るべく、乾季で暑いカンボジアへ向かった。
(NSCJウェブサイトから許諾を得て引用)
1970年代以降のカンボジア内戦時、手当たりしだいに埋められた地雷。その数は400万個とも600万個ともいわれる。
地雷を埋められたのが、戦時下は兵士しか行かない最前線の土地だったとしても、戦争が終わればそこも生活の場に戻る。しかし地雷は、一度埋められれば半永久的に作動する。踏まれれば爆発。いまも、兵士・民間人、大人子どもの区別なく傷つけている。
地雷除去を進めるカンボジア地雷対策センター(CMAC)に展示されていた地雷。地雷が多く使われた理由はその安さ。プラスチック容器にTNT火薬を詰めるだけのシンプルな構造で、一つの価格はわずか3〜5ドルほどしかしない。
希望の畑でコットンを再び……
カンボジア第二の都市、北西部にあるバッタンバンの街から、舗装されていない赤茶けた道を進んで、コットン畑へ向かう。2時間かけて畑のあるバダク村に近づくと、地雷の注意喚起を行う看板が立てられていた。ほぼ取り除かれてきたとはいえ、まだ完全に安全ではないことが分かる。
背の高い草むらの間、舗装されていない道路脇にすっと伸びる細い道を10分ほど歩く。進みながら、ちらほらとコットンの真綿が落ちているのを見て、ついつい胸が高鳴る。
と、4haの開けた土地に出る。そここそ、NSCJの希望の畑だ。無農薬無肥料のなるべく自然な状態で栽培されたコットン畑は、カンボジアの風景にすっぽりと調和していた。
それもそのはず。カンボジアは内戦前、綿の産地として知られていた。ポル・ポト時代に行われた米生産に集中する政策で、長らく続いたコットン生産はにわかに廃れてしまった。1985年には完全になくなったといわれる。
NSCJが行うのは、内戦以前まで続けられてきた「伝統の」コットン作り。
Photography: Hiroshi Ake
そう話すのは、NSCJ理事長の山本けんぞうさんだ。何度か現地調査をしたあと、2009年から地雷原にあるこの土地で活動をスタート。カンボジア地雷対策センター(CMAC)に地雷除去を依頼し、約1カ月をかけて地雷を除去したという。やはり、この土地から数個の地雷が見つかったと振り返る。
NSCJ理事長を務める山本けんぞうさん。NHK海外特派員としてカンボジアに赴任したのが、カンボジアとの出会いだった。(Photography: Hiroshi Ake)
Photography: Hiroshi Ake
栽培を始めて6年目。今年も大きく力強く弾けた白いコットンボールを見れば、この土地がずっと昔から綿花栽培に適していた豊かな場所だと分かる。
Top/Bottom Photography: Hiroshi Ake
織物の島へ
バダク村の畑では現在、年間3トンのコットンが生産される。作られたコットンは、ある島で生地へと生まれ変わる。その道のりをもう少し追いかけてみよう。
コットン畑から南東へ約250キロ。バダク村のコットンが運び込まれるコーダエ村(Koh Dach)は、メコン川上の中洲の島にある。別名「Silk Island(絹の島)」。その名のとおり、絹織物の産地として知られる場所だ。
メコン川をフェリーで約10分。中洲の島・コーダエは、伝統の手織りが見られると、観光客にも人気のスポットだ。
バナナやマンゴーの木が茂り、牛がのんびりと草を食む。緑の合間に断続的に続く高床式の民家の軒下には、必ずといっていいほど織機が置かれている。まさにその呼び名に偽りない風景だ。
コーダエ村で織物の指導をする、NSCJ副理事長の岡本昌子さん自身、テキスタイル作家として長い経験を持つ。その岡本さんが大切にしている村の女性たちが手紡ぎ・手織りをしている。
現地の手紡ぎ手織りをまとめるワンさん宅の軒下には、おばあちゃんたちや若い女性たちが集まっていた。使っている綿繰り機や糸紡ぎの機械は、かつて伝わっていたものを再現したものだったり、フランス植民地時代から隠し持っていたものだったりする。
綿繰り機は、日本でもかつて使用されていたものと全く同じ。でもこれも、この村に昔から伝わっていたという。
バタク村でとれたオーガニックコットンは、ここで「クロマー(伝統の万能布)」と呼ばれる、ストールに仕立てられる。
コーダエ村で作られるクロマー。染めも村に自生する植物を使った天然染め。優しい色合いが目にも心地良い。
昔ながらの栽培、綿繰り、手紡ぎ、手織り……。地雷、そして人の争いが奪ったものは、大地だけではない。大地に育まれた文化だ。NSCJの活動とは、それを取り戻す活動なのである。
いっしょにカンボジア綿の風合いを届けたい
これ以上、カンボジアに伝わってきたものを失わせないことも、NSCJの使命の一つだと、岡本さんは話す。
そんな現地の人々に寄り添うNSCJの思いに共感が集まり、オーガビッツをはじめ、多数の寄付が集まっている。2015年までに、畑には小屋や井戸、トイレができた。
昨年には畑に井戸ができ、トイレができた。これで家族と離れずとも、長時間畑で作業できるようになった。
Photography: Hiroshi Ake
当初からバダク村でコットン栽培に取り組むチャンタさんは、8km離れた自宅から畑まで通っている。寄付によって整えられたこれら設備に、大きく助かっていると話す。
日本とカンボジアで手を取り合い、一つずつ課題をクリアしながら、前に進む。岡本さんは、次なる課題を商品の品質だと見据えている。
綿を織るときならではのコツを指導するNSCJ副理事長であり、テキスタイル作家の岡本昌子さん。
今後、オーガビッツにできることはなんだろうか? 最後に尋ねてみた。
(構成・文/Fragments; Photography/Hiroshi Ake, otherwise by Fragments)