ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 身勝手な話【FGO・ゲーぐだ♂】2017年1月7日 16:59年上の幼馴染と今も一緒に風呂に入っていると知ると、大抵は驚かれる。自分も相手も男であるし、立香は高校一年生で、相手は大学二年生になる。確かに、その年齢の男同士が一緒に風呂に入っている、というのは珍しいかもしれない。立香は少し成長が遅いのか、線が細く少年の域を脱していないが、幼馴染の体はもう立派な、大人の男性のものだ。サイズ的にも、同じ風呂となると苦労する。といっても浴槽に一緒に浸かるだとか、そういう色っぽい話では決してなかった。そもそも何故そんな事をしているのかというと、彼の、不自由な右腕の為である。ゲーティアの右腕は極端に握力が弱く、上手く動かす事も出来ない。軽い麻痺のような状態なのだ。それは、立香のせいだった。周囲は誰も───ゲーティア本人すら立香を責める事はなかったが、立香はその事をずっと気にしている。10歳の時に、立香は今の街に引っ越してきた。都会か田舎かと言えば、田舎に部類されるような、のどかな所だ。その、立香が引っ越した家の隣に住んでいたのがゲーティアだった。彼は立香より四つ年上で、立香から見た彼はもう大人だった。とは言え当時はまだ中学生だったはずなのだが、上背のあったゲーティアは、立香には酷く大人びて見えたのだ。だからこそ、近寄りがたい印象があった。元々ゲーティアは感情の起伏があまりなく、表情を変える事も稀であったし、感情を表情や声に乗せるのが苦手なのか、いつだって表情を動かさず、抑揚も少ないままに喋る事が多かった。その様子が立香は少し苦手で、通りすがりに挨拶をする事はあっても、それだけだった。ある日、彼が立香を救うまでは。少しだけ陽が傾いて、薄暗くなり始めた時間だった。少し、足を踏み外して。少し、高い崖で。後はただ、真っ逆さまに落ちるだけだった。その時偶々一緒にいたゲーティアが、立香を庇ってくれたのだ。立香を庇うように、立香を抱き込んで転落して、下敷きになった彼の右腕は、ほとんど使い物にならなくなってしまった。わんわんと泣く立香の頬を撫でたゲーティアが、普段中々動かさない顔の筋肉を動かして、小さく笑って慰めてくれた時、立香は、彼の右腕になる事を決めたのだ。「はい、終わったよ」彼の髪を流した、泡まじりの湯が、排水溝に流れていく。くるくると渦を巻いて吸い込まれていった湯が消える頃、ゲーティアはゆっくりと顔を上げた。彼の右腕は酷く不自由であるが、決して動かせないわけではない。とはいえ、ほとんどその腕は、ないのと同じだった。ゲーティアはあの日から、その腕を動かす事が極端に少なくなった。だからこそ、片腕で彼の長い髪を洗うのは苦労するだろうし、それ以上に、片腕では半身を洗う事が難しい。だから立香は、両腕が必要な時にゲーティアの腕になるのだ。この年齢まで風呂を一緒に、とは言ったが、立香は大抵、こうして洗い終えてしまえばそのまま浴室から去る事が多かった。別に、一緒に入る事について、特に恥ずかしいとは思わないし、気持ち悪いとも思わない。ただ単純に、浴槽がそれほど広くないというだけだ。「立香」名前を呼ばれて、手首を掴まれる。立ち上がって浴室を出ようとした立香は、もう一度膝をついてゲーティアの顔を覗き込んだ。「入って行けばいいだろう」事もなげにそう告げたゲーティアに、立香は呆れたように苦笑を浮かべる。「入れないよ。引っ付くしかないじゃん」入れないわけではない。ただ、そうするには二人が密着するしかなかった。立香自身はその事をどう思うわけでもなかったけれど、ゲーティアが嫌だろうと思ったのだ。こうして、彼の腕になる事を立香は勝手に決めて、今まで続けてきた。もちろんゲーティアの両親は心配をしてくれたけれど、立香の気が変わらないと知ればそれ以上何もいう事はなかったし、ゲーティア自身、特に何か言ってきた事はない。だからと言って、そこまでするのはどうなのだろう、と思う。だってそれは立香の甘えになってしまう。ゲーティアの為にしている事ではなくなってしまう。「引っ付けばいい」「あ、ちょっ、待って、服濡れるって!」「いいから」「よくないよ!!」そのまま浴室から出るつもりであったから、ハーフパンツとシャツを着ている状態だったのに、ゲーティアの腕が立香を引き寄せて、その濡れた体に触れてしまう。べっちょりと濡れてしまった服の腹部を摘み上げて、立香は眉を寄せたが、どうせだからと脱ぎ捨てて、一緒に入る事にした。「今回だけね」「あぁ」ゲーティアは何事もないように、抑揚なくそう答えたけれど、本当に納得しているのか怪しいものだ。出会ったばかりの頃からずっと、彼の顔はおよそ感情というものを乗せた事がない。当初はそんな彼に苦手意識を抱いてすらいたけれど、こうして傍に居続けた事で、今ではそれに慣れきってしまったし、そんなゲーティアから感情を読み取る事も出来るようになった。あの日、ゲーティアの腕を駄目にしてしまったけれど、時折それに感謝する事もある。その度にその感謝を醜いものと捨てるけれど。でもきっと、あの日の事がなければ立香はゲーティアの傍にいようなんて思わなかったはずだ。彼の、感情の読めない瞳から逃げようとしたはずだ。「ゲーティア、身長伸びた?」「今更伸びるわけがないだろう」「そうかなぁ……大きいね」「お前が小さい」「怒るぞ」後ろで立香を抱えるようにしている彼を、まるで座椅子みたいに扱って、立香はその胸板に背中を預けてのんびりと目を閉じる。時折、彼の濡れた髪から水滴が肩に落ちてきて、するりと流れ落ちていくのを感じながら、立香は小さく笑った。どうせゲーティアは、立香が怒らないと判っているのだ。それが、そうと判っているから出てくる軽口なのだと思えば、楽しく思えた。「右腕触るぞ」「あぁ」ゲーティアの右腕を取って、ぐ、ぐ、と指でマッサージしていく。圧点や痛点は問題がないと聞いたけれど、それでも、上手く動かない腕がこれ以上酷くならないよう、彼がこれ以上何か失くしてしまわないように、立香は定期的に彼の腕をこうしてマッサージしている。肘から指先まで時間をかけて、痛くならないようにマッサージを続けた後、肩の方に触れようと、立香は上半身を捻った。ふと、立香を見下ろすゲーティアと目があって、立香は動きを止める。じぃと彼の瞳を見つめていると、不意にゲーティアは右腕を動かして、立香の頬に触れた。まるであの日のように、そっと優しく触れる手は、ほんの少しだけ震えている気がした。じくりとした胸の痛みを誤魔化すように、立香はゲーティアの頬に触れる。立香の行動に驚いたらしいゲーティアが、珍しく目を丸くしているのを見て、立香は満足げに笑った。すっきりとした顔立ちに見合って肉付きなどよくもない頬の肉をつねり上げると、痛みに顔を歪めたゲーティアが、酷く不服そうに立香を睨んでくる。「はは…」痛いって、言ってくれたら良かった。痛いって、責めてくれたら良かった。辛いって、口にしてくれたら良かった。動きの鈍い右腕を取って、その手に指を絡める。弱い力で握り返されて、じくりと胸が痛んだ。もしかしたら、単純に優しく、そっと触れてくれただけかもしれない。けれど立香に負い目がある以上、きっとこの感覚は、勘違いは、ずっと続くのだろう。いつか、自分を許した方がいいのだろうけれど、きっとそれは、もっとずっと先の事だろう。「立香」涙が出たわけではなかったけれど、強く、ぎゅうと目を瞑ると、ゲーティアが立香の頭を引き寄せて、頭頂部に口づけるように抱きしめてくれた。更に強く目を閉じて、彼の髪をくしゃくしゃにかき混ぜて抱きしめ返す。あの日のゲーティアが『大丈夫だ』と耳元で繰り返す度に、少し、辛い。きっとそれはとても身勝手な話だ。[newpage]ゲーティアの右腕は、生まれつき麻痺したように動きが鈍い。それを知っているのはゲーティアだけだった。両親にも、周りの誰にも、上手く隠して生きてきた。何故隠して生きてきたのかと言われても、自分にもよく判らない。何故だかそうしなければいけないような気がした。自分を心配そうに、時折不安そうに見る両親がそうさせたのかもしれない。彼らの瞳に宿る色を、どう捉えて良いのか判らなかった。右腕を、その半身を、瞳の奥を、見定めるように見つめてくる父を、安心させる為だったのか。それとも、時折笑い忘れた瞳で見つめてくる母を、騙す為だったのか。どちらにしろ、ゲーティアは自分の身を自分一人で守る為に、右腕の事を隠し通した。それを隠さずにすむようになったのは、中学生の時、隣に引っ越してきたばかりの少年───立香を、庇うように抱きしめて崖から落ちた時だ。運が良かったのか悪かったのか、ゲーティアは右腕を下敷きにするように、したたかに地面に打ち付け、体重で押しつぶした。当然、医者は右腕を調べたし、そうして鈍い腕の動きを、そのせいだとした。命に別状はなかったし、目立って大きな傷もなかったが、検査入院をする事になったゲーティアの前に現れた立香は、ゲーティアの姿を見るにつけて、それはもう見事なほどに、わぁわぁと泣き喚いた。ごめんね、と繰り返す立香の姿はあまりに痛々しくて、ゲーティアは、気まぐれで助けた彼の頬を撫でて、どうにか微笑んでみせた。大丈夫だと繰り返して、それでも泣き止まない立香を抱きしめて、最初からほとんど動かなかった右腕で、彼の背中を撫でて、泣き止むのを待った。ゲーティアにとってその事件は単純に、右腕の事を暴露するいいきっかけとなったにすぎなかったが、どうやら周囲は───特に立香はそうではなかったようで、その後、彼は事あるごとにゲーティアの右腕の代わりになろうとした。今までだって、右腕を庇って生きてきたのだから、今更どう不自由になる事もない。けれどその真実は、ゲーティアの口から出てくる事はなかった。立香があまりに一生懸命に、ゲーティアを想うから。ゲーティアへの罪悪感で押し潰されそうになりながら、懸命に、ゲーティアを真っ直ぐと見つめる立香があまりに可哀想で、健気で、滑稽で、いじらしかった。だからゲーティアは、今までは右腕が上手く動かない事を隠してきたけれど、これからは、それが決して立香のせいではない事を隠していく事にした。それが、どれだけ罪深い事であるかは判っているつもりだったけれど、立香が傍にいると、ゲーティアは少し、この息苦しい世界の中で、息がしやすくなる気がしたのだ。だから、手放す事は出来なかった。ただ単純に、傍に居て欲しいと言えれば良かった。それを言うには少し、ゲーティア本人の自覚が足りなかったけれど。「……泊って行け」風呂に入り終えて、髪も乾かした頃に、ゲーティアは立香にそう告げた。立香は、ゲーティアの言葉に緩く目を瞬かせた後、困り果てたように笑う。「そこまで出来ないって」「どうせ隣に帰るだけだろう」普段であれば、こんな我儘は言わない。右腕としての役割を終えた彼を、ゲーティアは特に引き留める事もせずに帰すのが常だった。だからこそ、立香は戸惑うように眉尻を下げてしまう。「宿題ある…」「持って来い。見てやる」「えぇ……うう…」こんな時間まで放っておいた宿題なのだから、おそらく、彼の苦手な教科なのだろう。だからこそ、ゲーティアの言葉は甘い誘惑になったはずだ。彼が断わるだなんて微塵も考えずに、ゲーティアは立香が頷くのを待つ。結局、ほんの少しの間考えるように沈黙した後、立香は「じゃあ一旦帰る」と言った。彼の両親に泊る報告をして、放置していた宿題や、着替えをこちらに持ってくるのだろう。家を出る前に、立香がゆっくりと振り返ったのを見て、ゲーティアは緩く目を瞬かせた。くしゃりと笑った立香の真意はよく判らなかったが、その小さな背中を見送る。扉が閉まる音を聞いて、リビングから父が顔を出して廊下を覗き込んできた。「立香くん、帰っちゃったのかい」「今日はこっちに泊るから、着替えを持ってくると」「そっか」ふにゃりと、気の抜けた顔で父が笑う。その顔からそっと目をそらして、ゲーティアは玄関の扉へと視線を移した。きっとすぐに戻ってくるだろう。少しの間、背中に父の視線を感じていたが、ゲーティアが振り返ろうともしない事を察したのか、すぐに父はリビングへと引っ込んだようで、背中に刺さる気配もなくなった。すぐに、玄関のチャイムが鳴る。おそらくそれは立香のはずで、判っているのに、部屋に上がるからという理由で、律義にそうしているのだろう立香が少しだけおかしくて、ほんの僅か口角を持ち上げた。「もう部屋に上がるか」「親御さんに挨拶してから行くよ」肩にかけた鞄に着替えを詰め込んでいるのか、小さな鞄はパンパンに膨れていて、それを見せないように立香はぐいぐいとゲーティアの体を押した。ゲーティアは立香を待たずに部屋への階段を上り、背中で声を聴く。よほど自分よりも親しげな声を感じながら、ぼんやりと目を閉じる。すぐに、バタバタと早足で階段を駆け上ってゲーティアを追いかける音が聞こえて、ゲーティアはゆっくりと振り返った。「ちゃんと勉強教えろよ」目が合ったと思えばそうやって睨みつけてくる立香に、ゲーティアは目を細めて頷く。その反応をどう受け止めたのか、少しだけ不満そうに立香が唇を尖らせたのを見て、ゲーティアは小さく首を傾げたのだけれど、立香はそれにも不満そうだった。宿題を解いている途中に休憩を入れて、飲み物を持って部屋に戻った時、立香は机に突っ伏すようにして眠ってしまっていた。どうやらどうにか宿題を解き終えたらしく、安心したら力が抜けてしまったのだろう。もう終わっているのなら用もないだろうと、立香が開いたままの教科書とノートを閉じる。まだまだ軽い彼の体を、片腕で器用に抱き上げて、ベッドの上に体を横たえた。おそらく立香は、当然この部屋に泊るつもりではあっても、同じベッドで眠る事など考えていなかったはずだ。けれどゲーティアはまるで当然のように、空けたスペースに入り込んで、細い体を引き寄せた。すっかり眠りに落ちた立香の体は暖かく、天然の湯たんぽのようだ。ゆっくりと目を閉じて、息を吸う。右腕を立香の体の下に潜り込ませて抱きしめると、ふと、あの日の事を思い出した。あの日、どうせ動かない右腕を、捨てる程度のつもりで彼を守ったのは、本当に気まぐれだった。どうせ使い物にならないのだからと下敷きにしたのは、故意ですらあったのだ。いっその事消えてなくなればいいと思った。そんな腕への罪悪感に押し潰されそうになっている立香を、とても哀れだと思う。彼が、時折悲しげに、苦しげに、辛そうに、自分の右腕を見るのを知っている。マッサージをする指が震えている時があるのを、ゲーティアは気づいていた。罪悪感を、負い目を利用して、立香を傍におく。その事を、ゲーティアは少しも、悪く思った事などない。いつか知られて、どれだけ手酷く罵られたとしても構いはしなかった。そんな、いつ来るか判らない未来の事などどうだって良かった。「ゲーティ、ア」とろりと吐き出された声はあまりに柔らかく、ふわふわとしていて、寝ぼけて名前を呼んだだけなのだろうとすぐに判る。見下ろせば、立香の閉じきった瞼から、じわりと涙が滲んだのが見えた。指でそれを拭いながら、見なかったフリをする。心を痛めるなんて出来るはずもない。だってそれはとても身勝手な話だ。