【主な登場人物】 誉田屋(こんだや)の旦那・御寮人 娘のお花 番頭の久七【事の成り行き】 神を恐れぬ人間の欲望はとどまるところを知りません。冷凍保存した精液・卵子を使って受精し、代理母胎で出産するなんてことは朝飯前で、細胞を人工増殖させるクローン技術ももはや産業として成り立とうとしています。 肉体のコピーが現実のものとなった今、次は脳細胞に記憶された生理電気回路のコピーということになります。この技術が完成すれば、同じ肉体と同じ記憶を持った人間を無限に作り出すことが可能なのですが、もしそんなことが可能となった暁には人に死滅という言葉がなくなってしまいます。 滅びることの無くなった肉体・精神を保持し続ける。さて、我慢できるのは何年ぐらいでしょうね? 亡くなっては新しく生まれる新陳代謝があってこそ世の中刺激的に楽しいのに、百年、二百年あるいは永久に同じ顔ぶれで生活する苦痛というのは容易に想像がつきます。 で、想像するに神を恐れぬ人間の欲望は、次には自ら命を絶つ合理的工夫を探し求めはじめるのでしょう。そして結局のところ、全知全能の神にお任せして成り行きに生きるのが賢明であることに気付きます(2001/07/08)。 * * * * * このお噺は京都は三条室町に誉田屋さんといぅ縮緬(ちりめん)問屋がございまして、まぁ問屋仲間でも指よりのご大家でございました。ご夫婦のあいだに一人娘、お花さんとおっしゃる娘さんがございまして、このお花さんが非常に器量良し、歳が十八、まぁ室町小町とか今小町とか評判をとっておりますが。 蝶よ花よと手の中の玉のよぉに育てましたが、満つれば欠くる世のならい、ふとした風邪から病の床につきまして、さぁそぉなりますとご両親ビックリいたしまして、やれお医者さんやとかお薬やとか加持祈祷、いろいろ手を尽くしましたがどぉ~しても良ぉなりません。 もぉここ二、三日が危ないといぅことになりましたので、ご両親が枕もとで……■これ、お花、しっかりしとくれや。病は気からちゅうねん、もぉ~ちょっと元気になってくれないかんで★お父っつぁん、わたいよぉ分かってまんのん。もぉわての病気は治れへんと思いまんのん。お父っつぁんやお母はんに先立つ親不幸の罪、どぉぞ堪忍しとぉくれやす。その代わりお父っつぁんもお母はんも、いつまでも達者で長生きしとくれやす。●これお花、何を言ぃなさんねん。あんたに死なれたら、わたいらどないすんねんな、これから先。なぁ、そんなこと言わんと、早よ良ぉなっとぉくれ。お父ぉさんもわたしも、あんたが、可愛い孫ができんのんが楽しみで今日まで育ててんさかい、気をし~っかり持ってくれないかんで。★お母はん、そない言ぅてくれはんのはよぉ分かりまんねんけど、わたい自分でよぉ分かってまんのん。もぉ、今度といぅ今度はいよいよあかんと思てまんのん。すんまへんねんけれど、堪忍しとくれやっしゃ。その代わりな、お母はん、お父ぉさんをいつまでも見たげとくなはれや。わたいがもしも死んだら、どこぞからえぇお子もろて、あと継がしとくれやす。●何を言ぅねんなお花、そんなこと言ぅもんやあれへん■これお花、お母はんが言ぅとおりや。そんな気の弱いこってどないすんねんな、一日も早よ良ぉなっとぉくれ……。しかしなぁ「老少不定(ろぉしょ~ふじょ~)」ちゅうてなぁ、必ず親が先に死ぬとは限らんねん、そらお前が言ぅとおり、ひょっとしたらお前が……■まぁ、こんなことは願わんこっちゃけど、死ぬよぉなことがあったらいかん。いやいや、お前さんなぁ、何ぞ心残りのことがあったら言ぅてしまいなはれ。どんなことでも聞ぃてやるさかい。★お父っつぁんおおきありがと、よぉ言ぅてくれなはった。それやったらお父っつぁん、お願いがおますねん■あぁ、何なと聞ぃてやるで、願いて何や?★お父っつぁん、わたしがもしも死んだら、どぉぞ頭の髪下ろさんよぉにしとくれやす。■おぉ、分かったわかった、何かいな、髪は長いままでえぇちゅうのんか?★それから、えらいすんまへんねんけど、綺麗にお化粧しとくれやす。ほで、ベベもわたいの一番好きなベベ着して、すんまへんねんけれど、土葬にしとくれやす。■分かったわかった、お前の言ぅとおりしてやる。ほかに何かまだ望みはないか?★それから、すんまへんねんけれど、わたいの好きな簪(かんざし)、櫛、笄(こぉがい)、全部付けとくれやっしゃ■あぁ、分かったぁるわかったぁる★それから、も一つお願いがおますのん■何や?★すんまへんねんけど、お金をば三百両持たしとくれやす。■そら何を言ぅねん、三百両も大金を持ってどないすんねん? あの世へ行ったらな、三途の川の渡し賃、六文あったらえぇねん★そぉかて三百両欲しおますのん■三百両持って行ってどないすんねん?★閻魔さんにお願いして、三百両渡して、お父っつぁんやお母はんがいつまでも達者で暮らしはるよぉお願いいたしますねん。●まぁお花、何ちゅう優しぃこと言ぅてくれるねんな……。お父っつぁん、お花の言ぅとおりしてやっとくなはれ■よっしゃ、分かった。お前の言ぅとおり三百両入れてやるで★それからお父っつぁん、も一つお願いがおますのん。■何や?★すんまへんねんけれど、わたし食べたいたべたいと思てたもんがおますのん■ほぉ、いったい、何が食べたい?★あのぉ、四条新町のシン粉屋新兵衛のシン粉が食べとおますのん。■何じゃいなそんなもんぐらい、よっしゃよっしゃ、ほんならすぐに買いにやるさかい……。これ、子ども、ちょっと来なさい。あのな、四条新町ぃ行たらすぐに分かる「シン粉屋新兵衛はん」ちゅうてな、シン粉屋さんがあるさかい、向こぉ行てな、シン粉買ぉてきとくれ。 「かしこまりました……」しばらくいたしますと、丁稚さんがシン粉をば買ぉてまいりまして、■さぁ買ぉてきたで、食べなはれ★お父っつぁん、えらい無理言ぅてすんまへんです■これ、お母はんに食べさしてもろたらえぇがな、その寝たままで★いぃえ、いきまへん、すんまへんねけどお母はん、座らしとくれやす。●そんなことしたら体に悪いがな、無理せんと寝たままで、お母はんが口入れたげるさかい★えらい勝手なこと言ぅよぉでっけど、おんなしいただくねんやったら美味しぃいただきとおますのん。寝てたんでは美味しぃことおまへんさかい、座らしとくれやす。■あない言ぅてんねんさかい、後ろからしっかりと支えてやりなされ●ほんならなお花、起きなはれ。さッ、しっかりしなはれや★へッ……、えらい無理言ぅてすんまへんです。ほんならお父っつぁんいただきます、お母はんいただきます■あぁ食べなされたべなされ。★ほなら、いただきます、おおきに……。あ~、美味し。もぉ先度から食べたいたべたいと思てましてん■それやったら言ぅたらえぇねん、こんなシン粉ぐらい。しかしな、言ぅとくで、シン粉てなもんコナレが悪いさかいな、ぎょ~さん食べたらあかんで。★へぇ分かってま、も一つ食べさしとくれやす■あぁ食べたらえぇがな★も一ついただきます、あ~美味し、こんな美味しぃもんおまへんわ■そない美味しぃかいな、ほならな、また明日食べることにしてな、あとは残しとき。明日の楽しみにし。★お父っつぁん、すんまへんねけど、も一つ食べさしとくれやすいな■何を言ぅねんな、さっきも言ぅたとおり、コナレの悪いもんや、二つだけにしとき★そんなこと言わんと、も一つ食べさしとくなはれ●お父っつぁん、あない言ぅてまんねんさかい、も一つ食べさしてやっとくなはれ。■ほんなら、そない言ぅねんやったら、食べたらえぇがな、食べなはれ★さよか、ほんならいただきまっさ、嬉しやの……、うッ■これ、お花どないした!●お花ちゃん、あんたどないしてやってん!★ん~ッ……■えらいこっちゃがな、顔の色が変わったがな、あぁ~ッ、これッ、誰ぞすぐにお医者さん呼びなさい、先生にすぐに来てもらいなさい。 言ぅてまして、そのうちにだんだんとお花さんの顔の色が変わってきて、唇の色が紫色になって、その場へコトッと倒れてしまいます。 さぁ、お医者さんの来たときにはもぉ手遅れ「あぁえらいことをしたな、食べささなんだらよかったのになぁ……」愚痴こぼしてもしかたがございません。しかたがないので、それから親類へ知らしまして皆が寄って来まして、その晩はお通夜(つや)をいたします。 明くる日、言われたとおり頭を綺麗に結ぅて、顔へは紅・白粉(おしろい)を付け、一番好きやと言ぅてた着物を着せて、もちろん頭の物は立派なもんをば全部差しまして、三百両のお金をば棺桶へ入れまして、これをば土葬にいたします。 そんなんで、一日、上を下へと騒いでおりましたので奉公人もみな疲れてしもぉて寝てしまいましたが、夜中に番頭の久七が……▲ふぁ~あぁ~、よぉ寝たなぁ……、疲れてたもんやさかい、もぉついお布団へ入るなりよぉ寝てしもたが、なぁ、いつももっと遅ぉに寝んねんけど、今日はちょっと宵寝したさかい、今時分に目が覚めてしもたがな。しかし、弔いのあった晩てえらい寂しぃもんやなぁ、あんな綺麗なお嬢さん死んでしまいはって……、なぁ、旦さんもお家はんもお力落としやろ。▲もぉ寝はったやろか知らん? あぁ、お向かいやなぁ……、お向かいの嬢(いと)はんが三味線弾ぃたはるなぁ……、そやそや、ご親類のお方が大勢、今日来たはった、お泊りになってんな。なぁ、あぁして達者で三味線弾ぃて、わぁわぁ言ぅたはる家(うち)があるかと思たら……▲さぞかし旦さんもお家はんも今時分、泣きの涙やろなぁ……、しかしご大家のお嬢さんとは言ぃながらえらいことしはったで、えぇ着物着せて、櫛、簪、笄、立派なもんやなぁ。おまけに三百両ちゅうお金持って……、もったいない話やなぁ、三百両も金があったら、商売できんねん。店が一軒持てんねや。▲ここであともぉ三年働いたら暖簾(のぉれん)分けてもらえんねんけど、暖簾分けてもろて、とても百両のお金はもらわれへんで。そや、皆よぉ寝とぉるなぁ、三百両のお金、あれ一時拝借しとこ。あれで出世したら、そのときに改めて謝って返したらえぇねん……▲なぁ、そや、ひとつこれから墓原行って、墓掘り起こしたろ。せや、まぁえぇわ、どっちみちもぉ二度とここへは帰って来ぇへんねん。三百両も金があったら何も要れへん、荷物はみな置いといて……、よっしゃ、これからいてこまそ。 番頭の久七がその晩から姿を消しました。ところが、誉田屋忠兵衛さん、大事にしてたお嬢さんが死んでしもたちゅうので、もぉ今まで一生懸命働いて、何楽しみにこれから商売していくねん、つくづく世の中が嫌になってしもた。 店のもんにはそれぞれ、それ相当のお金をやって暇を出してしまう。お店の方は親類へ預けまして、娘の冥福を祈るため年寄り夫婦が西国巡礼に出ました。 西国から四国ズ~ッとお遍路いたしまして、今度は坂東の方を回ろっちゅうのでやってまいりましたのが江戸でございます。江戸をあちらこちら巡礼いたしまして、何ぼお金があるっちゅうたって巡礼姿、えぇ宿屋で泊まるわけにはいきません。木賃宿風の汚い宿屋で毎晩泊まっておりますが、やはり忘れられんのは娘さんのこと。 宿屋の汚ぁ~いせんべぇ布団の中で、寝よぉとするがなかなか寝付けんもんでおまして、■お婆さん、お前さん今日気が付いたかな?●お爺さん、何でんの?■いや、今日な、そぉ道で、向島やったかいなぁ、ちょ~どうちのお花とおない歳ぐらいの娘はんと会ぉたなぁ●お爺さん、わたいも気が付きました。あの子が生きてたら、ちょ~どあのぐらいやのになぁと思てな……。えぇ、あの子さえ生きててくれたらこんな辛い思いせんかて……●今時分は親子三人で、おんなし、このお江戸へ来るねんやったら、物見遊山に来たもんを、あの子がいえへんがために……■これ、お婆さん、もぉ今さら何ぁ~んぼ言ぅても愚痴や、泣きなさんな。泣きなさんなっちゅうねん。●「泣きなさんな、泣きなさんな」て、お父っつぁんかて、泣いてなはんのと違いますのか?■あ、アホなこと言ぃないな、わしゃ泣いたりせぇへんがな●そぉかて、涙が出てまっせ■違うがな、この江戸ちゅうとこは暑いとこやさかいな、目ぇから汗が出んねん。●よぉそんなアホなこと言ぃなはる……、まぁともかくな、明日は浅草の観音さんへお詣りして、娘のお花のことをお願いしまひょ■そぉしょ~、そぉしょ~、今晩はもぉこのまま寝よか。 寝まして明くる日、浅草の観音さんへお詣りしまして、浅草近辺をばズ~ッと歩いておりまして、出てまいりましたのが並木町。■お婆さん、世の中にはおんなし屋号の店があるとみえるなぁ●ホンに、向こぉの暖簾に「誉田屋」と書いておますなぁ■そぉやねん、わしゃさっきからな「誉田屋」といぅ屋号を見てな、何ご商売なさんねんなぁて見たら、うちとおんなし縮緬問屋さんや。ひとつお願いして、ここで休ましてもらおか。●お爺さん、これも何かの縁でおまっさかい、そないしまひょ。おんなし休むねやったら、うちとおんなし屋号の「誉田屋」はんで休ましてもらいまひょ■そないしょ~、そないしょ~……■ごめんやす◆へ、いらっしゃい。何です?■すんませんが、ちょっとこの軒をお借りして休ましていただきます◆あぁ、どぉぞ、休んでください■えらいすまんこってございます◆あ、お弁当とりはんねんやったら、お茶さしあげましょか?■いえいえ、もぉお構いなしに◆お弁当食べはりまんねやろ?すぐにお茶持って来さしますから……、これ、丁稚。お茶さしあげなさい。 夫婦がそこでお弁当をとっておりますと、丁稚さんが、▼あのぉ~、ちょっとお尋ねいたします■はい、わたしですかいな▼あのぉ、間違ごぉてたら失礼(ひつれぇ)でございますが、あんさん方お二人さん、京都のお方と違いますかいなぁ?■はいはい、分かりますかな、はい、わたしら夫婦は京都からこちらへまいりましたもんで▼さいでございますか、しばらくお待ちを…… 丁稚さんが内らへ入りますと、しばらくすると出てまいりましたのが当家の主人。▲えぇ~、先ほど手前どもの丁稚に尋ねさせましたところ、京都のお方と承りましたが、さいでございますかいな?■はいはい、いかにも、わたしら京都のもんでおますが、え? あんさんご当家のご主人で? 軒をお借りしてお弁当つかわしていただいとります▲それやったら、あんさん、わたくしの顔をお見忘れでございますか?■あんた……? ホンに、そぉいぅたらどこかでお見かけしたよぉなお顔でおますが、なぁお婆さん、お前さんこのお方、どっかでお見かけしたよぉに思わんか?●ホンにお爺さん、よぉ見たお顔やが……、あんさんいったいどなたさんで?▲お見忘れはごもっともでございます。わたくし、久七めにござります。誉田屋の旦さんでございますな■へ? いや何かいな、うちにいてなさった番頭の久七っとん……。ホンに、そぉやがな、お婆さん見てみぃな、久七っとんがこない立派になって、ほで何かいな、ここのご主人?「誉田屋」ちゅう暖簾上げて?▲わけはのちほど申しあげます。ともかく、ここは端近(はしぢか)、どぉぞ奥へお通りくださいませ■いやいや、わたしら巡礼の身の上、いや、奥へなど……▲何をおっしゃいますやら旦さん、今日からそんなことしていただかんでも結構でおます。どぉぞ、どぉぞ奥へお通りください……、ぜひ、お目にかけたいものもございますので。■いや、何を? わしらに見せてくださる?▲ともかく、そんなことおっしゃらず、どぉぞ奥へお通りを■さよか……、ほんならお言葉に甘えてそないさしてもらいまひょか。 奥へ通りますと、そらもぉ大層なもてなし方。着てた巡礼姿をばコロッと変えまして奥の間で待っておりますと、しばらくいたしますと久七、紋付の羽織を着まして袴はいて、▲先ほどは旦さん、えらい失礼をいたしまして■何をおっしゃる、これこれ、そんなとこい座らんと、こっち入っとぉくなされ。何やわたしらに見せたいもんがあるちゅうてなさったなぁ▲へぇ、ぜひ見ていただきたいもんがございますので、こちらへただ今呼びますで……、これ、こっち入りなされ。★お父っつぁん、お母はん、お久しゅ~ございます……■お婆さん、お花やなやがな、お花やがな●ホンにお父っつぁん、お花が……、幽霊と違うのんかあんた?▲ご不審の点はごもっともでございます。何もかも申し上げます。あの晩からわたくし、お店を飛び出しました。■そぉやがな、弔いの晩からやったなぁ、お前さん、いんよぉなったん。皆が探したんやがなお前さんをな、なぁお婆さん。いやいや、うちもよぉ~さん奉公人置いてたけどはぁ、たいてぇ出ていくときはな、自分の荷物だけやなしに店の品もんまで持ち出す人が多かったけど、お前さん全部置いて出なさったなぁ。■汚れもんまでちゃ~んと置いときなさったなぁ、お前さん、感心なお方やがな。それなりゃこそ、今こぉして江戸の土地ぃ出て来て、立派に商売してなさんねんがな。▲えらい無断で「誉田屋」といぅ暖簾上げまして、まことに相すまんこってございます。今も申しましたとおり、わたくしあの晩、悪いこととは知りながら、決して悪気があったんやおまへん。わたくしこら、もぉ神に誓こぉて申しあげます。▲あぁして嬢(いと)はんをば葬りはって、三百両といぅ大金をば一緒に葬ってしまいはった。そぉいぅことがお上へ知れましたら、どぉいぅ厳しぃお咎(とが)めがあるやも分かりまへん。そんなことがあったらいかん、あの三百両のお金、一時拝借いたしまして商売をして、まぁ出世した暁にはお詫びを申してお返ししょ~と思て、実はあの晩……▲嬢(とぉ)はんのお墓、掘り起こしました、へぇ。すると「だれや?」とおっしゃる。わたしビックリいたしました。久七でおます「久七っとんか、わて何でこんなとこにいてんねん?」と、こないおっしゃった。びっくりしましたわ、わたし。実はこぉこぉこぉいぅわけで、お葬式済ましまして、悪いこととは知りながら三百両の金をば掘り起こしにまいりました。▲「そぉか……、実はな、わたいなぁ、お父っつぁんやお母はんに無理言ぅて、シン粉食べてて、三つ目のシン粉が喉へ詰まったらしぃ。それをばお前が、今抱き起こしてくれたときに、どぉやら通ったらしぃ」こないおっしゃったもんでおまっさかいね、ほで、わたし「あ~、相すまんこってございます。さぁ、お店帰りまひょ。旦さんやお家はんが喜びはりまっさかい、すぐに帰りまひょ」と、こない申しましたらな。▲「一旦こんな姿になって、今おうちへ帰ったら『向こぉの娘はいっぺん死んで蘇ったもんや』と世間に評判が立つと嫌やさかい、久七すまんけど、わてを連れて逃げとくれ」と、こないおっしゃいます。▲三百両といぅお金がございますので、この江戸へ嬢はんと一緒に出てまいりまして、まぁ無断で「誉田屋」といぅ暖簾を上げまして。慣れた縮緬問屋をやらしていただきましたところ、お陰で近頃では奉公人も七、八人置けるよぉになりまして、こぉして……▲嬢はんと無断で夫婦(みょ~と)になって、相すまんこっておますねが、子どもが二人できました……、旦さんとお家はんの孫さんが二人できましたんで。一生懸命こしらえましたわたし、へぇ。■そぉか……、よぉこしらえてくれた。もぉわしも婆さんもな、孫の顔が見とぉてな、それだけが心残りやったんやがな、いやぁ~、よぉしてくれた、よぉしてくれた、決して叱りゃせん。よぉまぁお前さんがあの晩に墓掘り起こしてくれなんだら、お花がこないして無事にいられへんねん。お前さんはうちのお花の命の親や。助けの親や。おおきに、おおきに、よぉやってくれた……■ほで何かいな、孫はどないしてる?▲ただ今、よぉ寝とりますので、明日必ず会ぉていただきます■そぉか、良かった、良かったなぁ。ほで何かいな、お花、お前幸せか?★お父っつぁん、お陰で幸せに暮らしとぉります。今までえらい苦労さしまして、わたしのために。いぃえぇ、お便り差し上げよと思たんですけれど、かえってビックリなさったらいかんさかい、折があったらといつも久七と言ぅとりましたんです。えらいすまんこってございました。■何を言ぅねんな、ちょっとでも早よ知らしてくれたらよかったんや。それがために、わしも婆さんも四国から西国からズ~ッとこないして、お前の冥福祈って巡礼してたんやがな。▲ともかく、今晩のところはお疲れでございまっしゃろさかい、どぉぞお休みを。離れに床がとってございますで■まぁ、積もる話もあるけど、明日ゆっくりと話もしょ~、それからな、孫ともゆっくり会えるさかいなぁ、婆さん。●ホンマやなぁ、お父っつぁん、こんな嬉しぃことないなぁ■こんな嬉しぃことない▲で、旦さん、もぉこぉなったら、ここにずっといてくれはりますか?■当たり前やがな。お花がこないして元気でいてて、お前さんと夫婦になって、孫までできてんねや、わしゃもぉどこへも行けへん。なぁ、お婆さん?●そらえぇけど、店のほぉどないすんねん?■あんなもん要れへんいれへん。あんなもん人にやってしもたらえぇがな。■こないしてえぇ婿と孫がいっぺんにでけてしもたんや、こんな嬉しぃことない▲ともかく、お休みを■そぉか、ほなら今晩はゆっくり休ましてもらうわ。 離れへまいりますと立派な絹夜具。二人が入りましたが、今晩もまた寝られまへん。■なぁ、お婆さん、考えてみたらえらい違いやなぁ。夕べまではあないして汚ぁ~い臭ぁ~いせんべぇ布団にくるまって寝てたが、今晩はこないしてフカフカとした綿の入った絹夜具で寝られるねんなぁ……。まぁこぉしてお花や久七や孫に会えたちゅうのんも、今日、浅草の観音さんへお詣りしたお陰やなぁ。南無大慈悲大勢至(せし)観音菩薩さま、南無阿弥陀仏……、ありがとぉございます、ありがとぉございます。●ホンマやなぁお父っつぁん、こんな嬉しぃことないなぁ■ホンマやで、こんな嬉しぃことないわ。な、これから何年わしら生きられるか分からんけど、ここのうちで厄介になろ。まぁ今まで苦労したお陰がこぉして報いられてん、ありがたいこっちゃ。これも観音さんのお陰や。●ホンマやなぁお父っつぁん、今晩は温ぅによぉ寝られそぉやなぁ■そぉやなぁ、夕べまでは寝られなんだなぁ●そぉやがな、お布団は薄いし、臭いし、おまけに何や知らんけどモゾモゾ、ムズムズ痒ぃてかいぃて寝られなんだ、あら何でやろ?【さげ】■さぁ、これも観音さんのお陰やがな。【プロパティ】 誉田屋(こんだや)=最近は紺田屋と記される。誉田は大阪府羽曳野市の地 名(米朝師)。誉田屋庄兵衛が京都室町二条に店舗をかまえ、西陣織着 尺、白亀綾縮緬(宮中・将軍家の絹肌着)、ビロードを主体に呉服商 を営んだのが祖。 老少不定(ろうしょうふじょう)=人の寿命に老若の定めのないこと。 シン粉=精白したうるち米を洗い干してひいた粉。細かいものを上シン粉 という。和菓子に用いる。シン粉餅。(シン=米偏に参) 四条新町のシン粉屋新兵衛=京都の童(わらべ)はやし言葉「四条の新町し んこ屋の新兵衛はんが尻にしんこはさんでしんきくさがって死んだげ な」「四条の新町しんこ屋の新兵衛はんが芝居の終いにしんこをしも た」より お家=家のうち、畳の上。転じて、その家のうちに住む主婦のことを指し ていう。お家さん。おえはん。 こます=~する。物にするなどの意にいう下品な語。イテコマス:やって しまう。暴力で抑えつけてしまう。強姦する。 坂東(ばんどう)=関東地方の古名。足柄峠・碓氷峠の坂より東の地の意。 東国。 端近(はしぢか)=縁側・上がり口など外に近いこと。上がりはな。 よぉ~さん=たくさん。ぎょ~さん。 嬢(いと)はん=お嬢さん。「いとけない」また「いとしご」の「いと」。 「はん」は「さん」の転訛。トウサンともいう。 勢至菩薩(せいしぼさつ)=梵名マハースターマプラープタは、仏教におけ る菩薩の一尊。「大勢至菩薩」と表記されることもある(wiki)。 観音さんのお陰=観音さん:虱(しらみ)の俗称。 音源:1970年3月31日録音「角座・春の上方落語の会」 2001年再放送「なみはや亭」(ABC)[Yさん調べ] 【作成メモ】 ●参 照 演 者:main=六代笑福亭松鶴 sub=* ●main高座記録日:1970/03/31 ●音 源 名:なみはや亭(ABC) ●ファイル公開日:2001/07/08 ●江戸落語相当:紺田屋 ●更 新 日:2010/10/03 ●リクエスト数: ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。 記録日のmain演者によるさげを採用しました。 |