症候性脳動脈瘤という病気の病態と治療について
症候性脳動脈瘤の患者さん、家族の皆様へ
脳動脈瘤とは
脳動脈瘤という病気は動脈(血管)の主に枝分かれの部位に膨らみができた状態です。脳動脈瘤が何故できるかは、明かではありませんが、動脈壁に何らかの理由で弱い部分ができ、そこに血液の流れ、加齢による動脈硬化や高血圧などが加わって瘤が発生すると考えられています。脳動脈瘤自体は無症状のことがほとんどですが、まれに脳神経を圧迫して神経症状をきたすこともあります。これを症候性脳動脈瘤と言います。その症状は、脳動脈瘤が発生する部位によって様々です。
海綿静脈洞部に発生すると、その部に存在する脳神経を圧迫して神経症状(眼瞼下垂、複視、全外眼筋麻痺、顔面の疼痛、眼の奥の疼痛など)を来します。また動脈瘤の壁は正常の血管にくらべて弱く破れやすい状態です。普段無症状であっても、ある日突然これが破裂して(血圧の変動、圧上昇などが関与するともいわれますが、就寝中、仕事中など、いかなる時間帯にでも起こり得ます)眼球突出、結膜浮腫、耳鳴りを生じる可能性があります。脳内への逆流が起こりますと、脳内出血や静脈鬱滞による脳梗塞を起こすこともあります。脳内出血、脳梗塞になると種々の程度の後遺症(運動機能障害、感覚障害、失語症、認知障害、空間失認などの高次機能障害)を生じます。動脈瘤が次第に大きくなると、今まで述べたように、脳神経の圧迫が強くなり、症状が強くなったり、海綿静脈洞部から頭蓋内に入り込み、クモ膜下出血を起こす可能性があります。
脳底動脈で、脳幹部の前面に脳動脈瘤が発生しますと、脳幹を圧迫して、複視、意識障害、四肢麻痺などを来します。動脈瘤が破裂しますとクモ膜下出血を起こします。
クモ膜下出血を起こしますと、おおよそ3割の方が死亡する可能性があります。また3割の方が種々の程度の後遺症(運動機能障害、感覚障害、失語症、認知障害、空間失認などの高次機能障害)を生じます。
現在の状態について
これまでの検査の結果、症候性脳動脈瘤があることがわかりました。説明したように、今回、脳動脈瘤は、脳神経や脳を圧迫して種々の症状が出現し発見されました。この状態のまま放置しても症状の改善を得る可能性が少なく、進行してさらに強い症状(眼球が正中で固定する、顔面の痛み、運動機能障害、意識障害など)が出現することがあります。動脈瘤のサイズが大きくなると、突然破裂してくも膜下出血を生じる可能性もあります。くも膜下出血を生じると約30%の人が初回破裂で死亡するといわれています。通常発生しやすい部位の未破裂脳動脈瘤を治療せず放置すれば毎年(注意:従来1-2%程度とされていましたが、10mm以下の大きさでは0.05%との報告も最近なされています)1%の確率で出血を生じると考えられています。症候性動脈瘤に関する破裂率の統計学的な数字は、はっきりしていません。患者さんの脳動脈瘤がいつ大きくなるのか、さらに脳神経や脳を強く圧迫するようになるのかの予測は現在の医学水準ではできません
我々の計画している治療法について
治療の目的は、脳神経や脳の圧迫を進行させないこと、脳動脈瘤のサイズが大きくならないようにすることです。現在、治療法は大きく二つの方法に分けられます。以下にそれぞれの方法並びに利点、欠点をまず説明します。
1) 脳血管内治療による脳動脈瘤塞栓術:主に局所麻酔で血管の中に管を通して脳動脈瘤の中を詰める(塞栓する)ことにより破裂を予防する。
この最大の利点は、脳を触ることなく、手術することが可能です。欠点は、コイルが縮小し、再手術を必要とすることがまれにあります(約3%)。
2) 開頭による脳動脈瘤のクリッピング術:全身麻酔のもとで開頭し、脳動脈瘤の頚部に金属のクリップをかけ(脳動脈瘤クリッピング術)破裂を予防する。この最大の利点は、クリップすることができれば、その効果はほぼ永久的です。
欠点は、脳を触る手術となることで、脳に損傷が起こる可能性があります。
動脈瘤に頸部がないタイプでは、この方法は行えません。
脳血管内手術法による脳動脈瘤塞栓術
病気の治療は、どの分野に置いてもできる限り患者さんの負担を軽減し、体に加わる侵襲を少なくするのは当然のことです。この考えから、心臓を含め全身の血管系の病気に対しては、近年従来の手術方法から血管の内よりの治療へと変わってきました。このことは、脳の血管の病気に対しても例外ではありません。
脳血管撮影装置の進歩で、一回の撮影であらゆる方向から脳動脈瘤やその他の血管の病気を観察することが可能です。また血管の中を誘導するマイクロガイドワイヤー(外径0.3mm)とマイクロカテーテル(外径0.7mmほどの細い管)、バルーンカテーテル(血管の内側より血管を広げたりできる風船付きの細い管)や金属コイル(主にプラチナ金属でできたコイル状のもので、電気を通電することにより切り離しをする)などの開発がすすみ、脳内の細かな血管にまでカテーテルを挿入して血管を拡張したり、金属コイルを動脈瘤内に運ぶことが可能となりました。このように血管の中からカテーテルなどを使用して病変部(脳動脈瘤や血管狭窄部位)に到達し、そこで種々な治療を行う事を脳血管内手術といいます。
脳動脈瘤塞栓術について
患者さんの状態に応じて局所麻酔、全身麻酔を選択します。
通常は右鼠頸部に局所麻酔をし、右大腿動脈を穿刺します。血液中に抗凝固剤を投与し血管内で血液が固まらないようにした後、マイクロカテーテルを大動脈の中を通り(頸動脈/椎骨動脈)を経由して脳動脈瘤に到達させます。この操作に苦痛は伴いません。ここで脳動脈瘤と周囲の血管との関係を完全に把握するために血管撮影を繰り返します。これは大事な血管を詰めることなく脳動脈瘤だけを閉塞させるために必要な情報を得るためです。
脳動脈瘤の塞栓は、金属コイル(プラチナ)で行います。径の大きいコイルから小さいものへと順番に詰めていきます。ちょうど手鞠の糸を外から中へと巻いていくような状態です。脳動脈瘤の中をコイルで充満し、瘤内に血流が入ってこなくなれば終了です。おおよその目安の充填率は約20%程度です。つまり100%コイルで充満させることは不可能です。約20%程度の充填で、瘤内に血液が入らなくなり、つまり破裂しなくなります。しかし時間経過ともも脳動脈瘤が再出現する可能性もあります。
特殊な状況として、脳動脈瘤の頸部(入り口、首根っこ)が非常に大きいために、金属コイルを瘤内で巻いているときに、脳の正常血管に飛び出してくることがあります。術前に種々の検査で予想が可能です。このような脳動脈瘤では、金属コイルを送り込むカテーテル以外に、飛び出しを防ぐために支えとなるバルーンカテーテルが必要になります。この場合は、左右の大腿動脈を穿刺する必要があるか、あるいはさらに太い管で大腿動脈を穿刺する必要があります。一時的に脳血流を遮断することになり、この遮断に耐えられない状態の方は、この治療を断念しなければなりません。
親血管塞栓術について
脳動脈瘤が巨大(約22mm以上)である方は、脳動脈瘤塞栓術は不可能となります。その理由は、金属コイルの最大径が、22mmであるからです。このような場合には、動脈瘤が存在する親動脈自体を閉塞するという方法しか行えません。この親動脈の閉塞に耐えられない患者さんには、この治療は断念しなければなりません。また先の検査(親動脈遮断テスト)において、この親動脈の遮断に耐えられると診断された方でも約10%程度の頻度で、脳梗塞になると言われています。
ステント併用脳動脈瘤コイル塞栓術について
上記の親動脈閉塞に耐えられない患者さんの場合は、親動脈にステントを留置した上で、動脈瘤の膨らみをコイルにて塞栓する方法があります。これは極めて、親動脈を温存できるので有効な方法です。しかし脳内に留置することができるステントが、現在の日本では使用することが不可能です。心臓血管用ステントで代用することになります。したがって、保険適応となりません。
またステントを留置することにより、不利益を生じる可能性があります。生涯にわたっての抗血小板剤の内服やステントによる血管狭窄の可能性などがあります。
脳血管内手術後の治療について
終了後は抗凝固剤を使用するために(血栓塞栓性合併症を予防するためです)、1日間は穿刺をした足を自由には動かせません。従ってベッド上で安静にして頂くことになります。
アンギオシール(大腿動脈に開いた穴をフィブリンの糊で固める方法)という特別な止血機材を使用した場合は、ある程度の安静後(最初40分程度の絶対安静、その後約4時間の穿刺した足の安静)、ベット上で体を動かすことができます。何よりも大腿動脈などに大きな管(シース)が挿入されるため、安全上の問題、ご自身の負担を軽減することもあり、アンギオシールの使用をお勧めします。しかしアンギオシールは、使用できる血管状態でなければなりません。また購入(約4万5千円の自己負担がかかります)して頂いて使用を試みても、結果として不完全であることが稀にあります。その場合は、医師によって止血させて頂きます。両方の大腿動脈を穿刺した方は、片方のみアンギオシールを使用します。したがって、安静度は約1日となります。
順調に経過しますとおよそ7日間で、退院ができるようになります(引き続き他の治療が必要な方は、入院継続が必要です)。手術後は、抗血栓剤の内服が少なくとも2ヶ月必要になります。患者さんによっては、継続した内服が必要な方もおられます。脳動脈瘤の状態は、少なくとも2年間経過を見る必要があります。再出現をきたし、再治療を必要とすることがあるからです。支障のない限り以下の検査を定期的に行います。
単純レントゲン(約3か月毎)、MRI(約6か月毎)による画像検査。再発が疑われる場合には入院をして頂き、脳血管撮影を行います。
脳血管内手術により予想される臨床上の利益
今回の脳血管内手術では、脳動脈瘤内には血液が入りにくくなり、瘤の増大を抑制することができたり、破裂しにくくなります。
これにより以下の利点が生ずると考えます。
○ 脳動脈瘤内に血液が入らなくなることで、脳神経の圧迫が解除される可能性があり、これにより現在の症状が改善する可能性がある。
○ 脳動脈瘤内に血液が入らなくなることで、破裂を防ぐことが出来る。
○ 脳を直接触らないために、脳へのストレスが少ない。
脳血管内手術治療で起こりうる合併症について
1.)手術中、手術後の脳梗塞、脳動脈瘤破裂の可能性
正常動脈の塞栓を生じ脳梗塞の危険性(文献上3-10%、当科の成績2%)があります。起これば、合併症の中でこれが最も重篤な状態になると考えられています。この発生の理由は、血管内に機材を留置していることにより血栓が形成されるためとコイルが正常血管に逸脱して狭窄を生じるために起こります。特に、バルーンカテーテルを併用しての手技を行わなければならない脳動脈瘤では、その血栓塞栓性合併症の発生頻度は増加する可能性があります(血管内皮が損傷し、血栓が形成されやすくなり、それが末梢の血管に飛んでいくため)。この血栓塞栓性合併症を予防するために術前から抗血栓剤を内服し、術中に抗凝固療法を行っています。しかし、これらの対策を行っても血栓塞栓性合併症により脳梗塞が発生する可能性がありますし、あらゆる技術を用いてもこれらの状況が回避できない場合は、この治療法を途中であきらめ、開頭手術を含めた他の方法にゆだねる場合もあります。
手術後に血栓を形成しないように点滴にて抗凝固療法を行いますが、それでも血栓が形成されることがあり、また脳血管内手術終了後にコイルが移動し、動脈が狭くなったり、詰まることもあります。
上記のことは、処置をすることで改善しますが、後遺症(運動機能障害、感覚障害、失語症、認知障害、空間失認などの高次機能障害)を残すこともあります。
脳動脈瘤の壁は薄く破れやすい状態です。治療のために、マイクロカテーテルや、金属のコイルを瘤内に入れなければなりません。しかし、この操作によって術中に破裂することがあります。破裂すれば当然クモ膜下出血となり、場合によっては致死的になることがあります。治療中に破裂した場合には、出血が止められなくなり急いで開頭手術をしなくてはならない可能性があります。しかし、開頭術を行っても、脳腫脹が激しく、脳動脈瘤の処置が不可能なことがあります。海綿静脈洞部に限局して存在する場合は、眼球突出、結膜浮腫、拍動性耳鳴が出 現します。動脈瘤を処理することで、症状は改善します。
2)現在の症状が改善しない
脳動脈瘤が脳神経や脳を圧迫することで、現在の症状が出現していると考えられます。コイルを充填し、動脈瘤内に血液が入らなくなることで、脳神経への圧迫が弱くなり症状が改善する可能性はありますが、その頻度は約60%程度で、改善しないこともあります。
3)コイルの問題点について
脳血管内治療での塞栓術の長期成績が、ようやく報告がされるようになってきました。脳動脈瘤が完全に塞栓されたとしても、その効果が永久に続くかについては、今のところ100%ではありません。動脈瘤の大きさが大きい(10mm以上)ほど瘤内に留置したコイルは、血液が当たる圧によって縮小をしていきます。コイルの縮小によって再び脳動脈瘤が出現し、再出血を起こす可能性が出てきます。現在1割程度の患者さんがもう一度血管内治療が必要とされています。
脳血管内治療で使用する塞栓物質(プラチナのコイル)の数十年以上の長期的な生体に対する影響は不明です。
4)親血管を閉塞した場合、ステントを留置した場合の問題点
術前の評価として、親血管を閉塞することに耐えられるかのテストを行いますが、完全に保証されるものではありません。バイパス術を必要とするような状態になったり、脳血流が減少して脳梗塞を来す可能性も否定でいません。また、ステント留置後に、親血管は温存されていても、急性閉塞を来す可能性も否定できません。この場合は、ステントを必要とした状態でしたので、閉塞した場合は、脳梗塞となる可能性が高いです。
5)放射線による障害の可能性
脳血管内手術治療はX線の透視のもとで行う方法であり、通常の血管撮影と異なり長時間の透視が必要となります。この為に放射線の被曝が多くなり、頭部の脱毛や皮膚炎、神経炎、更に希ですが眼球に及ぶと白内障、視力障害を起こすことがあると考えられています。
6)感染や大きな皮下血腫
生体は皮膚、粘膜などに被われ外からの微生物の侵入を防いでいます。我々は無菌手術を心がけていますが、手術の際、微生物の侵入を100%ゼロにすることは現在の医学水準からは困難です。従って、必要に応じて微生物を殺す薬剤すなわち抗生物質を投与します。多くの患者さんではこうした治療により術後感染の問題は生じませんが、患者さんの抵抗力が弱かったり、抗生剤の効き目が悪かったりすると術後、皮下膿瘍、敗血症などの感染性合併症を生じる可能性があります。この手術法では、大きな管を血管に挿入するために、術中に管の横から、術後の止血法や術後の安静が保てないなどにより穿刺部に大きな皮下血腫を作ることがあります。皮下血腫を生じますと疼痛が持続したり、場合によってはその血腫を取り除く手術が必要になることもあります。アンギオシールという止血機材を使用した場合は、皮下血腫の形成を少なくしたり、術後の安静において、患者さんの負担は随分軽くなりますが、その部分に感染するという報告をあります。ただし抗生剤を使用することで、予防することが可能であると言われています。
7.)薬剤、麻酔などによるショックなどの危険性
脳血管内手術では通常全身麻酔はおこないませんが、カテーテル穿刺部の局所麻酔、不安、時に頭痛を軽減するために鎮静剤、鎮痛剤等の薬剤を使用します。また血管撮影用の造影剤を使います。これらの薬剤は高い安全性が確立されていますが、人によっては使用した薬剤に対し過敏な反応性ショック、薬剤アレルギーや予想しえない副作用を生じることがあります。また状態に応じて全身麻酔が必要なことがありますが、この場合には麻酔による様々な危険性があります。
8)多臓器の合併症
糖尿病、高血圧、胃潰瘍など様々なこれまで顕在化していなかった疾患が手術を契機として発症することがあります。また患者さんがこれまで既往疾患として持っている病気がより重くなることもあります。
開頭による脳動脈瘤クリッピング術、コーティング術
全身麻酔をかけ開頭して、脳動脈瘤の頸部に金属のクリップをかけます(脳動脈瘤クリッピング術)。または、膨らんだ部分を糊などで覆うコーティング術を行います。しかしながら、脳血管内治療に比べて、患者さんへの侵襲は極めて高いです。
これまで説明したように治療には様々な問題を生じることがあります。従って、こうした危険性をさけ様子を見るすなわち経過観察を希望される患者さんもあると思います。ここで再び経過観察のみを行った場合どうなるかということを述べます。
現在の症状が進行し、症状が固定します。動脈瘤脳のサイズが大きくなり、頭蓋内にあると、ある日突然これが破裂してクモ膜下出血を生じる可能性もあります。脳動脈瘤が破裂しますと死亡したり、重い後遺症を生じることが多くあります。統計によれば脳動脈瘤を治療せず放置すれば毎年1%の確率で出血を生じると考えられています。具体的に患者さんの脳動脈瘤がいつ何時破裂するか、あるいは破裂しないかの予測は現在の医学水準では不可能です。しかし10年、20年という単位で考えると脳動脈瘤が破裂し死亡したり、重い後遺症をもたらす可能性は高いと考えられます。また、くも膜下出血後には脳血管攣縮によって脳梗塞、非常に強い場合は脳死に至る可能性もあります。
我々は、全身状態・年齢・動脈瘤の状態などの条件を考慮すれば、脳血管内治療が適当であろうと考えています。
脳血管内治療は約4時間を予定しています。しかし手技上、あるいは患者さんの状態から手術時間が延長することもあります。
患者様、患者様の家族の方が我々の計画している治療法を拒否され別の治療法を選択されても、拒否したことにより不利益は被りません。すなわち治療途中で退院を早めるとか、あるいは今後、診療治療を行わないなどのことは決して我々はしません。また、いったん我々の予定している治療法に同意された後でも患者様、患者様の家族の方がこれを拒否され別の治療法を選択されてもその理由で患者様には不利益は被ることはありません。